60.第2層へ
ダンジョンの第1層と第2層の中間点。
そこは侯爵領の東部を南北に走る谷だった。
そこへ魔物ビッグモールが出現。私たちはこれをやっつけた。
「私たちも解体、手伝っていいかしら」
「ありがとうございます。助かります」
私たちはその場にいた冒険者の手を借りてビッグモールを解体している。
鋭い爪は武器に加工され、骨は防具の一部となる。目は眼病に効くようだ。
特にお肉はとても美味しく、貴族が喜んで買ってくれるらしい。
「フィリナ、解体した素材はどうするんだ?」
「解体を手伝ってくれた人にも分けてあげたいんだけど、どうかなキコア」
「良いんじゃねえの。新年だしな」
得られたお肉は解体の手伝いを買って出てくれた屋台の店主に焼いてもらうことにした。
ビッグモール肉は、この場にいる多くの冒険者に振る舞われた。
一部は店主に差し上げて、一部は私に回復魔法をかけてくれた男性にあげた。
そうだ。ダンジョンに来る前に宿泊した宿の人たちにも持って帰ってあげよう。
肉をクリオロフォサウルス×冷凍で冷やしてから、パンファギア×収納の魔法空間に納めていく。
これでいくらか保存がきくはずだ。
ルティアさん、リナンが美味しそうにお肉を食べていく。よかった。
「なんなんだよ、オマエ」
見れば美味しく焼かれたビッグモール肉にかぶりつきながら、シアンタという女の子が私を睨んでいた。
「フィリナちゃん、お肉ご馳走さま」
「本当にGランクなのかい? 信じられないな」
ほかの冒険者が絡んでくる。
美味しいお肉とお酒でご機嫌の様子だ。
そちらに視線を取られ、再びシアンタに視線を戻したとき、その姿は既になかった。
☆☆☆
その日はテントを張って、谷底で宿泊した。
翌朝。
「さてと、ここから先は第2層ってことだな」
谷底には第2層の入口がある。
ここでもギルド職員がダンジョンに潜入する冒険者の入場管理を行っていて、冒険者は列を成している。
「お姉さんがたは、このまま第2層へ潜入するのですね」
リナンが聞いてくる。
「うん。どうかしたの?」
「案内人は第2層でも御入り用でしょうか」
なんだ。そういうことか。
「もちろん、雇用延長だよ」
リナンがいてくれて何度も助かった。
みんなも頷いてくれる。
「あの、リナンは第2層のことは半分しか知りません。多くの冒険者同様『4分の2地点』にある転移陣で地上に引きかえしているんです。それでもよろしいですか」
「構いません。『4分の2地点』まで私たちを案内してください」
「むしろ、『4分の2地点』の先に俺たちが連れて行ってやるぜ」
「その先まで到達出来れば、あなたの案内人としての必要性は上がるかと思いましてよ」
リナンの顔がパァっ! と明るくなる。
「お姉さまがた、これからもよろしくお願いします!」
第2層の入口は39個。その中のひとつに私たちは潜入した。
リナンが言う。
「ギルド職員の手筈で、入口はできるだけ冒険者が被らないよう分散されています。しかし第2層ともなれば通路は複雑。隣の入口の通路と中で交わるなんてことは、よくあることなんです」
冒険者はダンジョンに湧く魔物を狩りに来ている。
獲物を争奪しないよう、入口でできるだけ分散し、時間を開けて中へ入れているんだ。
「さらに第2層に出てくる魔物は第1層のものとは異なります。連携して立ち向かわなければ、倒すことは難しくなります」
それが第2層。私たちは気持ちを引き締め、通路を進んだ。
「今のところ、出てくるのはミッドナイトバットだけだな」
出現する魔物は大きなコウモリだった。
皮はマントの素材になるらしく、キコアが喜んで皮を剥いでいた。
第2層潜入三日目でやっと安全区域に到達。そこで一泊する。
第2層は第1層に比べてとても長い。
☆☆☆
四日目。第2層『4分の2地点』の攻略に出た。
第2層五日目。『4分の2地点』の中間。
グングン進むとT字路に出る。
「ここには行き先の案内がないね」
第1層の分岐点では、壁に行き先は掘られていたのに、ここではそれはない。
「先達の冒険者に、そこまでの余裕はなかったのかも知れません」
ここでリナンは首を傾げながら、カバンから初めて地図を出した。
「地図に示されていない分岐点です。魔王竜の魂の影響でダンジョンに変化が生じたと考えられます」
ダンジョンは深層に近づくほど、その通路は日に日に変化するのだという。
ダンジョンには安全区画や転移陣が用意されている。
一方で強力な魔物が住んでいて、経路も変化していく。
このダンジョンは冒険者を導いているのだろうか。それとも排除しようとしているのだろうか。
なんだかダンジョンの性格が分からないというか……。
リナンの判断で右に進む。
しばらくずっと歩くことになる。
「もしかしたら、隣の通路と繋がっているかもしれません。その際、魔物は別の冒険者に狩られたあとかもしれません。ご了承ください」
リナンが気まずそうに言う。
隣の通路ということは、別の冒険者が別の入口から潜入しているかもしれない通路だ。
場合によっては、別の冒険者によって魔物は退治されているかもしれない。
「まぁ、仕方ないですわよ」
エリーが零す。
しばらく歩けば広間に出た。
「これは?」
一体の亀の魔物の死骸がある。
甲羅は弾け飛んでいている。それでも亀と分かったのは、そのフォルムだ。
一方、広間の隅では一人の冒険者が倒れていた。
「この子って……」
青みかかった長髪をポニーテールでまとめている。
たしかシアンタって子だ。剣を握ったまま伸びている。
「大丈夫ですか」
私はシアンタに駆け寄り、身を揺する。
「なんだ? オマエ……」
「よかった、生きていた。通りかかった冒険者です。いま傷の手当てを」
御隠居様からポーションを譲り受けていた。ポーションは魔法の回復液だ。
死んだ者が生き返ったりしないだろうけれど、出血を伴う傷程度なら回復できる。
「ねぇ、この子に使ってあげてもいいよね?」
振り返ると、キコアが青ざめた顔をしていた。
「なんだか、床の変な突起物、踏んじまったみたいだ」
それって罠のこと?
見ればキコアの右足がプルプルと震えている。
「先達の冒険者の注意書きはなかったの?」
「はい。おそらく冒険者も知らない罠だったのか、第2層ゆえ魔王竜の魂の力によって、新たに発生した罠かもしれません」
リナンが冷静に解説してくれる。
キコアがそっと右足を宙にあげる。
すると天井が開き、4体の魔物が降ってきた。
大きな亀型の魔物だ。
食卓ほどの大きさがある。ドーム状の甲羅を背負っている。
シアンタが振り絞るような声を上げた。
「気をつけろ。そいつはボクと引き分けた強力な魔物だ!」
「トリックトータス! 倒したと見せかけて襲ってくる魔物です!」
リナンの叫びで私たちは臨戦態勢だ。
ルティアさんは妖精猫と憑依、素早い剣撃で亀の魔物の頭を攻撃する。
エリーも拳を魔物の顔面に浴びせる。
キコアも鋼鉄の槍で足をつついていた。
私も剣で魔物の顔や足を攻撃する。
わざわざ硬そうな甲羅なんて攻撃するもんか。
魔物は噛みつこうと首を伸ばしてくるけれど、何とか避ける。
攻撃を繰り返すのち、甲羅にヒビが入っていく。
「なんで? 甲羅には攻撃していないのに」
「気をつけて下さい。この魔物は自ら甲羅を破裂させます。距離を取って下さい!」
ルティアさんの指示が飛ぶ。
私たちが魔物から離れると、じきに魔物の甲羅は弾け飛んだ。
背中がむき出しになるかと思いきや、依然として背中には妙なものが張りついている。
平べったい甲羅。
その上にあるのはフジツボだろうか。魔物は動かない。
「第二の姿です。ああやって死んだふりをして、近づいてくる冒険者を攻撃するんです。背中の突起物からトゲを発射します」
リナンが注意を促してくれる。
「じゃあ矢で攻撃だな」
キコアに従い、パンファギア×収納の魔法空間から弓矢を出す。
死んだふりをしている魔物にキコアが矢を射った。
近づかなければトゲに当たる心配はない。
矢が命中した魔物たちは、今度こそぐったりした。
「もう背中からトゲは出ないよな?」
「絶命させれば心配はありません」
キコアとリナンたちは魔物に近づいていく。
今回も素材をいただくのだろう。
ふと、最初から広間にあった魔物の死骸に目が行った。
広間の隅で倒れているシアンタが倒した魔物だと思う。
シアンタは引き分けたと言っていた。
さらに魔物の背中には甲羅がない。
嫌な予感がする。
広間の壁に目を向けてみれば、何かに穿かれたような、生々しい痕跡。
それらは、できてまだ新しい。
意識して見ることにより分かることがある。
部屋の壁四方が全て、何かに抉られた跡がある。
壁際の床には硬そうな欠片が落ちている。
あれは、亀の甲羅?
シアンタが倒した魔物には甲羅がない。
私たちが倒した魔物には甲羅がある。
もしかして。
そのとき、シアンタが呻いた。
「逃げろ……」
「みんな。まだ終わってない!」
スゴイ爆発が来るんだ。
魔物に近づいているキコアたちがこちらに振り返る。
魔物の甲羅には再び亀裂が入りはじめた。
アギリサウルス×俊敏性強化(中)でキコアを急いで担ぐ。
「みんな、急いで通路に戻って!」
ルティアさんはすぐにリナンを担ぎ、エリーと共に通路へ走っていた。
あとは倒れているシアンタという子だ。
「キコア、先に行ってて!」
「ほぁ?」
キコアを通路にブン投げて、あとは倒れているシアンタを回収して通路に向かった。
最後に私が通路に飛び込んだのと同時に、パァン! とはじける音がした。
通路から広間を覗けば、破裂した甲羅は四方に拡散して、壁に突き刺さり、床へと落ちていく。
亀の魔物の背中がむき出しになっていて、肉を突き破って巨大な一つ目の虫が辺りをうかがっていた。
人の腕ほどの大きさだ。
「あれは寄生虫か? 宿主が死んで出てきたのか」
「第三の姿ということでしょうか」
「寄生虫にしても大きすぎますわ」
「はい。あんな姿は知りません」
魔王竜の魂の力は魔物を強化させるだけではなく、人間が想像もつかないような変容を魔物にもたらすんだ。
寄生虫はしばらくすると魔物の中に引っ込んだ。
近づくと、再び背中から出てきてこちらを警戒してくる。
ルティアさんがさらに近づくと、寄生虫の一体が勢いよく飛び出してきた。
ルティアさん目がけ、一直線に向かってくる。
これをルティアさんは剣で斬り伏せた。
「警戒していたので対応できましたが、そちらの方は寄生虫の魔物に襲われたのでしょうね」
ルティアさんはシアンタに憐みの目を向けていた。




