58.VSグランドスネーク
ダンジョン第1層の『4分の3地点』です。
「近くで見るとデカイな」
「魔物の身体は長いです。頭との戦闘に気を取られていれば、尾が攻撃を仕掛けてきます」
ダンジョン潜入三日目。
私たちは巨大な蛇の魔物グランドスネークと遭遇した。
長さにして30メートル以上はある。とっても太い。
階段の上から見たときはニョロニョロしていたけれど、近くで移動されたらズルズルっといった感じだ。
鱗のある大きな壁が右から左へと移動しているように思える。
「皆さん、立ち止まれば周囲を長い身体で囲まれます。さらに毒液を吐いてきます。気をつけて」
ルティアさんの注意が飛ぶ。
キコアが弓を構えて矢を飛ばすけれど、鱗に弾かれてしまった。
「鱗、硬いんだね」
「フィリナ、できるだけ傷つけるなよ。コイツの鱗は高く売れそうだ」
「じゃあ、どうやって倒せばいいの?」
火炎の魔法をぶつけようか。
そう思った矢先にキコアの無茶ぶり。
「腹なら比較的攻撃が通りやすいといいます」
ルティアさんのアドバイスで魔物の正面にまわる。
魔物は鎌首をもたげている。お腹が丸見えだ。
けれど正面に立てば魔物は身体を発射するような速度で、大きな口を開きながら突進してくるのだ。
これをアギリサウルス×俊敏性強化(中)で避ける。
「魔物の身体が大きすぎますのよ。通常のグランドスネークの倒し方は通用しませんわ」
エリーが嘆くのも当然かも。
ダンジョンは魔王竜の魂の力で、そこに住む魔物を強化してしまう。
通常のグランドスネークの体長がいかほどかも分からないけれど、30メートル以上の巨大蛇を倒すなんて至難の業だ。
魔物が吐いた毒液はダンジョンの床面に当たり、溶かし続けている。
あの床面に踏み込んだら靴底も溶けそうだ。
毒液を吐かれ続ければ、立ち振る舞う場所が減ってしまう。
なんだか魔竜よりも戦いづらいかも。
「なにか打開策はないんですの?」
「そういえば冒険者の先輩が言っていました。グランドスネークの鱗を剥ぐときは、首元に切れ目を入れて、一気に剥がせばキレイにとれるそうです。きっと首元も鱗が薄いのだと思います」
「首元って、めいっぱい動いてる所じゃんかよ」
エリーの質問にルティアさんが答え、キコアが不満を叫んでいる。
グランドスネークの鱗はキコアの鋼鉄の槍すら満足いく攻撃を通さない。
エリーの竜鱗材のナックルからなる打撃も、魔物は身体を常に移動させ、同じ個所を攻撃されまいとしている。
私が剣で斬りつけても、相手は意に介さない様子だ。
「こうなったら首元を斬らなくちゃ。蛇の首元……?」
蛇の首ってどこ?
「蛇の首元は頭と胴のあいだです。頭蓋骨と肋骨のあいだですよ」
ルティアさんが魔物に剣撃を浴びせながら教えてくれた。
でもね。私って蛇の胴の始点が分かるほど詳しくないんだ。
「蛇だったら寒さに弱いよね。冷凍の魔法で。でも、こんなに動き回られたんじゃ」
相手は巨大だ。一点だけ凍らせても意味がない。
全体を凍らせる時間はくれない。
それはエリーの護送のときに襲ってきた魔竜だって同様だった。
それに全体を凍らせても、倒しは出来るけれど素材として活用できるかどうか。
一点だけ凍らせて有効な個所。
ルティアさんは首元が弱点だと言っていた。じゃあ首元に命中させて……。
「あ、首元までいけるのなら、いっそのこと」
良いアイデアが浮かんだ。
「ルティアさん!」
「どうかしましたか」
「私、魔物の頭まで駆けのぼってみます」
グランドスネークはほとんど鎌首をもたげた姿勢で戦いに臨んでいる。
それもそうだ。頭を地面に付けている状態で戦えば、大事な頭部を攻撃に晒してしまう。
「フィリナさん? ……わかりました。私が受け止めます」
ルティアさんは分かってくれた。
私はアギリサウルス×俊敏性強化(中)で魔物の背中に駆けあがり、頭めがけ、鎌首をもたげる背中を駆けあがった。
首を駆け抜けて、頭頂部へ。
そこから魔物の顔の正面に正対するよう飛び降りる。
落下の中でグランドスネークと目があった。
相手はエサが自分からやってきたとばかりに大きな口をあけて私を捕えようとする。
「今だ! クリオロフォサウルス×冷凍!」
冷気の風を魔物の口めがけて放つ。
口は周囲の空気ごと一瞬で凍りついていく。
口の中はもちろん、鼻と口周りに大きな氷の塊がくっついた状態だ。
私は落下。それをルティアさんが受け止めてくれた。
グランドスネークは口と鼻を塞がれて、息ができずにもがき苦しんでいる。
「攻撃をやめて、しばらく様子を見ましょう」
私たちは、やってきた階段へ戻り、グランドスネークの行く末を見守った。
グランドスネークはのたうちまわって、やがて動かなくなった。
☆☆☆
「あんな魔物の倒し方、初めて見ました」
リナンが呆気にとられた表情で私たちを見ている。
今は死んだグランドスネークの解体の最中だ。
ルティアさんの言うとおり、首元に斬り込みを入れてみたら、鱗を含めた体表は上手く剥がすことができた。
力自慢のエリーが横たわった魔物の上に立ちながら、金色の体表をカーペットのようにクルクルと巻きながら剥がしていく。
「喉元には毒袋があるといいます。斬りこむ際には注意を」
体表が剥がされ、むき出しになった魔物の喉元に、ルティアさんが慎重にナイフを入れていく。
「毒液は樹木や雑草を枯らす除草剤として買い取ってもらえます」
毒袋を見つけたルティアさんはマントをはおり、口元に布を巻いた格好で毒袋ごと壺の中に納めていた。
壺、溶けなきゃいいけど。
「鱗に毒液、あと骨だな。高く売れる。この魔物自体が宝物庫ってことだ」
「はい。これだけ大きな魔物なんです。血は医療ギルドが買い取ってくれます。目だって珍味に。睾丸は精力増進の薬になります」
「お肉は固くて癖がありそうですが、保存食にはなりそうですわね」
キコアとリナン、エリーが肉を分解していく。
私もみんなに教えてもらいながら解体を行っていく。
そして得られた鱗、肉、骨は私のパンファギア×収納の魔法空間に納めた。
「これだけあればダンジョンに潜入した甲斐があります。冒険者が一ヶ月生活するのに十分な金銭は得られると思います」
リナンも嬉しそうだ。
これでリナンに払う給金も賄えたことになる。
解体作業だけで数時間要してしまい、私たちはこの部屋で野宿することになった。
安全区画ではないので、交代で夜番をする。
グランドスネークの部屋だからか、ほかの魔物は出ずに四日目の朝を迎えた。
☆☆☆
四日目。
先を進む私たちは2体のグランドスネークと遭遇した。
それでも一体目のグランドスネークほどの大きさではなかったため、比較的容易に倒すことができた。
「やっぱり最初の蛇が特別だったんだね」
「こっちの攻撃も通ったしな」
キコアは嬉しそうに倒した魔物を解体していた。
四日目の7時間目で安全区画に到達。
魔物の解体に時間がかかったんだ。
第一層の『4分の3地点』と『4分の4地点』のあいだだ。
ここには地上へ戻ることができる転移陣はない。
私たちはこの場所で一泊した。
☆☆☆
五日目。
足を進める私たちの前に現れたのは魔物はナメクジ型の魔物、スラムスラッグだ。
「これは外れです。素材には向いていません」
「知ってるぜ。肉は寄生虫だらけ。焼いたところで溶けちまう」
「はい。一応、グランドスネークの食糧にはなっています」
ルティアさんとキコア、リナンが食用ではないことを教えてくれた。
ダンジョン潜入で改めて分かったことがある。
ルティアさんは魔物に詳しい。弱点だって知っている。
さすがDランクの冒険者だ。
キコアは魔物を捌くのに慣れている。
幼少期から飲食店で働いていた経験が役に立っているんだ。
エリーは野宿するとき、とにかく準備が早い。
テントの設営や火起こし、あっという間にやってくれる。
リナンもダンジョンに詳しいのだ。
この中で最も冒険者に不向きなのは私なのかも。
「やっぱり、まだまだGランクなんだ」
「どうしたんだ?」
素材にならないと分かればいなや、火炎の魔法を使うように指示してくれたキコアが不思議そうに首を傾げる。
「フィリナの火炎魔法のおかげで天井に張り付いているスラムスラッグだって退治できたんだぜ」
「あんなのが頭上から落ちてくるんだと想像しただけで怖気が立ちますわ」
焼け焦げた魔物を前にしたエリーは、今や安心した表情をしている。
私にはまだまだ勉強することがあるんだな。
冒険者ランクの昇格は、そのあとで十分なんだ。
五日目。6時間経過。
「これは。スゴイです。順調です。まもなく『4分の4地点』も終わります」
T字路のさしかかり、先を見据えたリナンが興奮気味に言った。
「随分早くありませんか」
「はい。お姉さんがたが魔物を倒すのが早いからだと思います」
「グランドスネークに比べれば、苦戦はしませんでしたからね」
ルティアさんに言われたリナンは「さすがです」と誉めてくれながら、T字路を右折して私たちを先導してくれた。
「この通路、これまでの通路と違う気がする」
なんだか新しい気がするんだ。
「はい。お気づきのとおり、これは20年前に人が作った通路です。できるだけダンジョン内に魔王竜の魂の力が籠らないようにと、谷底へ抜ける通路を作ったんです。それが、この通路となります」
「谷底に通じているの?」
通路を抜けると、そこは広大な空間だった。
青空が見える。太陽光が五日ぶりに私たちを照らした。
ここは一体?




