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57.街とダンジョンの関係

 ダンジョン潜入初日。

 入口の広場でダンジョン案内人のリナンを雇った私たちは、潜入して4時間で魔物に遭遇した。

 これを倒し、今はダンジョン第一層の『4分の1地点』にいる。


 さらに歩くと通路の脇にある部屋をみつけた。


「ここは安全区画です。ここなら魔物は襲ってきません」


「不思議。歩いて10時間ちょっとで安全区画なんだね」


「はい。今日はここで休むことをお勧めします。第一層は4日もあれば踏破できますよ」


 リナンは笑顔で答えてくれた。

 まだ9歳なのに体力がある。


「では今日はここで休みましょう」


 ルティアさんたちは重いカバンを下ろし、ここで宿泊するつもりだ。

 安全区画。

 学校の教室くらいの広さで、この部屋にもランタンや光る苔が灯っている。


 キコアは数時間前に捕まえた魔物ブラックラットの毛皮を剥いで肉を捌いていく。


「コイツの肉、売れば角ウサギくらいだろうな。せっかくダンジョンに潜っているんだ。高く売れる魔物に会いたいぜ」


 エリーは手早く火を起こし、ケトルに水を注ぎ食器を並べていく。

 水が湧く前にルティアさんは簡易テントを組み立て、空いた時間で就寝の準備を整えている。


「エリーってお嬢様だよね。こういうの、得意なの?」


「ええ。お父様から一通り野宿の術は習いましたわ。護送されているときは、ばあやたちに任せておりましたが」


「リナンさんも一緒に食べましょう」


「ありがとうございますルティアさん。リナンは干した果実も持っています。食後に皆さんで食べましょう」


 ルティアさんもリナンもテキパキ動く。

 私は……何をしていいのか分からない。

 リオハ村から子爵様の街への旅、エリーの護送、何度も野宿をしたけれど未だに食事を作るときの振る舞い方が分からない。


「ダメだ。私、なにもできない」


「フィリナには収納の魔法があるじゃねぇか。水の運送、助かってるぞ」


 キコアの言うとおり、パンファギア×収納の魔法空間の中には、水の入った容器がたくさんある。重くもないし嵩張らない。


「それでもキコア、魔物の捌きかたを教えて。あとエリー、私にもお父さんから教わったっていう野宿の術を……」


「もう終わってしまいましたわ」


「また明日な」


「うう……なんだか無力感だ」


「あれだけ強い攻撃魔法を扱えるのに」


 リナンは不思議そうな顔で私を見ていた。



☆☆☆



 二日目。

 初日と同じく、通路に仕組まれた罠は、とっくの昔に解除され、分岐点の壁には道案内の文字がナイフで掘られていた。


 昨日と違うのは魔物がフライングフロッグに変わっただけだった。

 この魔物、四人掛けのテーブルくらいの大きさで、背中に羽がある。

 何体もの巨大なカエルがニワトリのように飛んでくるものだから、とっても驚いた。


「うまそうだなぁ!」


 キコアは喜んで槍を振り回していた。




 朝から歩いて10時間経過。


「あ、安全区画ですよ」


 すると第一層の『4分の2地点』の終点だ。

 あれ? 安全区画の入口の壁に印がある。


 ●●○○という印だ。

 誰かが掘ったものじゃない。もともと掘られていた感じ。


「この場所が『4分の2地点』の終点だという意味です。今朝までいた『4分の1地点』には●○○○という印がありましたよ」


 リナンが教えてくれた。


「なんだか部屋の奥が明るくないか?」


 キコアの言うとおり、奥の床面が光っている。

 見てみれば直径2メートルほどの円の中にたくさんの記号が書かれてある。

 円も含めて光っているのだ。


「これは地上に戻るための転移陣です。この上に立てば地上に戻ることができますよ」


なるほど。ずいぶん親切なダンジョンだな。


「みなさん、帰られますか」


 リナンが聞いてくる。


「来たばかりだから帰らねえよ。魔物の肉くらいしか手に入れていないしな」


「魔竜王の魂を無力化していませんしね」


 キコアとエリーの意見にみんなが頷いた。




「さきほど魔王竜の魂の無力化と仰いましたが、本気なのですか」


 食事をしながらリナンが問いかけてきた。


「ええ。このダンジョンの深層に眠る魔王竜の魂の力により、出現する魔物は年々強くなっていると聞いておりますわ。いずれ街にも被害が及ぶ。でしたら、そうなる前に冒険者が魔王竜の魂を無効化すれば、街は救われますわ」


「ねぇリナン、魔王竜の魂を無効化する方法って知らないかな」


 ダンジョンの深層部に眠る魔王竜の魂。

 それを無効化する方法までは、ギルドの資料には記されてなかったのだ。


「無効化ですか。そもそもダンジョンができて以来、誰ひとりも深層部には辿り着いていません。ただ……聖竜の魂は聖竜石になると言います。魔王竜の魂も、石のような形状になるかと思います。それを砕けば」


「魔物から魔石が取れるように、魔王竜からも魔王竜石ってこと? それを砕けばダンジョンはダンジョンでなくなると」


「はい……魔竜からも魔石が取れたといいますし」


 リナンは浮かない顔だ。

 それもそうだ。魔王竜の魂が無力化されれば、魔物はダンジョンに住まない。

 ダンジョンはダンジョンではなくなり、冒険者も寄り付かず、冒険者を相手にしてきた街の商売は廃れてしまう。


 リナンだって冒険者を相手にする案内人だ。

 ダンジョンはいつまでもあってほしいはずだ。

 私たち嫌われちゃったかな。


「リナン。もしほかの手段があれば、私たちだってそっちを選択したいよ。街の人たちの生活はダンジョンによって支えられているんだもんね」


「フィリナさん。気にしないでください。このことは街のみんなが分かっていることなんです。今のダンジョンが危険であるということも理解できます」


「危険?」


「20年ほど前のことです」


 以前からもダンジョンの魔物は年々強くなり、第2層以降の経路も複雑に変貌してきた。

 けれど20年前、急に魔物が強くなった時期があったそうだ。


 多くの冒険者から死傷者が出たため、魔物の狩りが減少。

 当然魔物の数が増え、ダンジョンの外に溢れるようになってしまった。

 魔物が多く、冒険者の数が足りない。

 ダンジョンの外に出てきた魔物は騎士団が討伐するようになったものの、いたちごっこの状態だった。


 そこで領主である侯爵様はダンジョンの出入口にフタをしてしまった。

 これで魔物は外へ出てくることができない。ところが。


 街では地盤沈下が発生し、領内の崖は崩れ、街の緑は枯れ始めてしまった。

 どうやらダンジョンにフタをしてしまったために、魔王竜の力が外に出ることができず、中に籠った結果、領内の大地に異常が出てしまった。

 それが学者たちの出した答えだった。


 侯爵様はすぐにフタを撤去。

 溢れてくる魔物は周辺領の騎士団、冒険者の力を借りて大規模討伐。


 さらに第一層と第二層のあいだに屋外に通じる通路を作って、できるだけ魔王竜の力が中に籠らないようにしたんだという。


「それ以来、魔物が急激に強くなることはなくなったんですが、ここ数年、また」


 リナンは複雑そうだ。


「だから最悪の事態が起きる前に、誰かが魔王竜の魂を無効化することには賛成です。侯爵も納得しています。むしろ冒険者の方々には、いち早く深層への経路を見つけ出して頂き、その情報をもとに騎士団が魔王竜の魂に挑む。そんな算段が考えられているんです」


 このことは街の人たちも知っている情報だという。


「じゃあ頑張って魔王竜の魂のところに行かなくちゃね」


「はい。ただ、私が心配なのは……」


 なんだろう?


「ダンジョン潜入の最高記録は第4層の『4分の1地点』までなんです。そこには魔物キメラがいるからです。その記録も20年前まで。魔物は強化され、経路は生き物のように数ヶ月で変化。最高記録は年々短くなっているんです」


 ここ数年の最高記録は第3層の『4分の1地点』の途中までなんだそうだ。

 多くの冒険者が第2層の『4分の2地点』で引きかえすという。

 すると冒険者の目的は魔物を狩って素材を売ること。それだけなんだ。


「たしかにフィリナさんは強いと思います。だけど……」


 そうか。リナンは私たちが危険な目に遭うのを見たくないんだ。


「大丈夫だよ。ルティアさんは強いから」


「はい。リナンさんを見ていると保護欲をかきたてられます。リナンさんは私たちが守りますから安心して案内をお願いします」


「フィリナもじゅうぶん強いぞ」


「強い魔物が出てきても、私の特技で粉砕してさしあげますわ」


 安心したのか、リナンは笑顔を取り戻した。



☆☆☆



 三日目。

 安全区画の先は階段だった。これまでも短い階段があったけれど、今回は長い。

 ずいぶん深く下りるようだ。


 階段を下りていると、片方の壁がなくなる。

 広めな空間を見下ろすことができる。

 学校の体育館をすっぽり入れられるほどのスペースだ。


「なにか居ます」


 下りる途中で、最初に気付いたのはルティアさんだ。

 見下ろした先にある床面の真ん中に、大きな物体がこんもりとしている。


「山? お、ちょっと動いたな。魔物か?」


 キコアが目を凝らす。

 この空間にもランタンや光る苔があるものの、それらは壁際にあるので、部屋の中央を陣取っている物体まではよく見えない。


「発炎筒、ありますよ」


「お待ちになってリナンさん。正体を見極めてからが良いですわ」


 みんなで目を凝らす。目がだんだん慣れてくる。

 あ……私気付いちゃった。

 ここまで来るのに現れた魔物。

 大きなネズミに大きなカエル。それらを食糧とする魔物って。


 大きな塊は私たちの声や足音で目覚めたらしく、ニョロニョロと山のような姿勢を崩し、不気味な曲線になって鎌首をもたげた。

 みんなを見れば、嫌そうな顔をしている。


「あれはグランドスネークですね」


「でかくないか? 長くないか?」


「人を丸飲みしそうですわね。はぁ……」


 エリーは重い溜息をもらしてしまった。

 グランドスネーク。金色の鱗に覆われた巨大な蛇が眼下で蠢いている。


「はい。たしかにグランドスネークです。でも通常よりも2倍はあるようです」


「ねぇリナン。入口の職員の人、この通路が比較的楽だって言っていなかったっけ?」


「たしかにそうですね。でも何があるか分からないのがダンジョンです。それに88番目の入口は、たいした魔物がいないとかで不人気でした。冒険者がしばらく来ないのを良いことに、魔物は大きくなったんだと思います」


「グランドスネーク。故郷の冒険者から聞いたことがあります。エサに恵まれれば死ぬまで成長し続ける魔物だと」


 ルティアさんが眉間にしわを寄せる。


「どうしますか? 引きかえして転移陣で地上に戻りますか」


 リナンは戻ることを勧めてくれるけれど。


「昨日の晩、リナンさんの前であんなにカッコつけたんですものね」


 エリーは長いスカートの裾を持ち、バサバサと上下に揺らす。

 カランコロン。

 スカートの中から竜鱗材のナックルが落ち、エリーはそれを拾って腕に嵌めた。

 ルティアさんとキコアも戦う表情になっている。


「倒してくるからリナンはここで待っていて」


 リナンにそう告げると、私たちは階段を駆け降りた。


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