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54.ダンジョンのある街

 私たちはダンジョンがあるバナバザール侯爵領の街にやってきた。

 時刻は夜。まずはゴハンを食べるために訪れた飲食店では、酔っぱらった女の子が騒ぎを起こしていたのだ。


 シアンタと呼ばれた女の子は青みかかった長い髪をポニーテールにし、背中に大きな剣を担いでいる。

 身長は10歳の身体の私よりちょっと高いくらい。

 年齢だってちょっと年上なんだろう。

 それなのにお酒をのんで酔っぱらっている。


「ダンジョンをぉ、攻略するのはボクだぁ!」


 言葉からして冒険者なんだろう。どうして荒れているんだろう。

 ほかの冒険者と口論になっていた彼女。

 ここでさらに黒服の男たちが入店して来て彼女を取り囲んだのだ。


「シアンタ! 今日こそツケを払ってもらうぞ!」


 黒服の中でも小柄な男に凄まれている。

 男は貴族が着るような上等な服を身に付けている。

 ほかの男たちも似たような黒服を着ているけれど、雰囲気からして普通の人じゃない。

 冒険者……違うな、山賊……用心棒という言葉がしっくりくる感じだ。


 女の子と口論していた冒険者たちは、空気を察したのか、離れていく。


「あうぅ? 今度は誰ぇ?」


 女の子は微妙に呂律ろれつの回らない喋り方で男のほうへ向いた。


「俺は高級宿『詩の創造物』の支配人だ。何度も会っているだろ。シアンタ、キサマの未払いの宿泊費、今日こそ払ってもらうぞ」


「ほぇ?」


「一年前からたびたびウチの宿に泊まっているだろうが。そのたびに自分は貴族の娘だ。金の心配はない。そう言って宿泊しては、翌朝になれば金も払わず勝手に出ていく」


 取り立てかな。

 『詩の創造物』なる宿は、この辺りで一番の高級宿だと店員さんが教えてくれる。

 なんでも偉い公爵様が宿泊したこともある貴族ご用達の宿なんだそうんだ。

 どこかで聞いたことがある?


「シアンタ。たしかにキサマの持つ貴族証はアルバレッツ家のものだった。だから俺たちも、いずれ金をまとめて払いに来るものだと待っていた。けれど、いつまで経っても払いに来やしない。いくら貴族でもあんまりだぞ」


「なんだぁ、そのことかぁ。ボクがダンジョンを攻略すればギルドからたくさんお金がもらえるよぉ。そうすればお金払えるから。ヒック」


 シアンタという女の子は虚ろな目で、フラフラと支配人に答えていた。


「俺が支払いを求めているのは今だ! だいたいダンジョン攻略なんてスゴ腕の冒険者でも無理難題なんだぞ。オマエのようなヒヨコが攻略できるわけがないだろ!」


 支配人は怒り心頭だ。


「『詩の創造物』っていえば、御隠居様が紹介してくれた宿の名前と同じですね」


 ルティアさんに言われ、私はパンファギア×収納の力で、魔法空間から御隠居さんの紹介状を取り出す。

 紹介状は封筒に入っていて、封筒には『詩の創造物・支配人殿へ』と御隠居さんの字で書かれていた。


「できますよぉだ! ボクは聖竜剣士なんだぞぉ。攻略なんて、あと少しでぇ……」


「黙れ低級冒険者。貴族だと思って下手に出てやれば舐めやがって。もういい。家族の者が支払いに来るまで、キサマを宿で強制労働させてやる。嫌なら銀貨一枚からでも分割払いしてみろ。とにかく宿泊費を払え!」


「う~ん、むにゃぁ……」


 女の子は怒鳴る男を前にして、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。

 これには支配人も激怒した様子だ。


「キサマ商売人を舐めやがったな。これまで何回も支払いを要求した。そのたびキサマは払わなかった。もういい。強制労働だ。このガキを連れていけ!」


 黒服の一人が女の子を立たせようとする。

 けれど女の子に殴られてしまった。

 それを見た別の黒服が女の子のポニーテールを掴んで引っ張った。


「ぎゃあああ! 痛い痛い痛い!」


 女の子は叫ぶ。

 黒服はポニーテールを掴んだまま、女の子を後ろ向きに店の外まで連れ出そうとする。

 もしかして、そのまま宿まで連れていくのだろうか。

 さすがにそれは酷い。


「あの、やめて下さい!」


 私は支配人に駆け寄った。

 女の子を引きずる黒服が止まる。


「なんだ、オマエは」


「その子を許してやってください」


 支配人は溜息をついた。


「あのな。こっちは意地悪しているワケじゃないんだ。宿泊費を踏み倒されようとされているんだ。許されないことをされたから、許してないんだ」


 それもそうだけど……

 あ、そのとき私は手にしていた御隠居さんの紹介状に気付いた。

 名案がひらめいたのだ。


「あの、私たちはこれから、そちらのお宿に泊まろうと思っているんです」


「ウチはガキの冒険者が泊まれるような宿じゃねぇよ」


「あの、これ、紹介状なんですが」


 私は紹介状を支配人に見せた。

『詩の創造物・支配人殿へ』。

 そう書かれた紹介状を支配人は受け取り、開封する。


「支配人、一体どこの田舎商人の紹介状ですかい?」


「ああ。いや、少し黙ってろ」


 支配人は紹介状を必死に読んでいる様子だ。そして。


「こ、これはリリエンシュテルン公爵様直筆の紹介状だ!」


 震えはじめた支配人が持つ紹介状を、別の黒服が覗きこむ。


「それ、偽物なんじゃないですかい? こんなガキに公爵様が」


「バカ言え。紹介状の筆跡は公爵様が宿泊簿に記帳されたものと同じ。さらに公爵様はウチに宿泊されたのち、俺たちに感謝状を寄こしてくれた。俺は心が挫けそうになるたびに公爵様の直筆の感謝状を読み返し、仕事に励んできたんだ。この俺が見間違えるか!」


 支配人はもう一度手紙を凝視して、次に私へ視線を移す。


「紹介状には、のちに公爵様がたてかえるので、四人の少女らを宿泊させてやってくれと書いてあるが」


「その四人、私たちのことです」


 支配人がテーブルに視線を移すと、ルティアさん、キコア、エリーが手を上げた。

 それにしても御隠居さん、宿泊費まで払ってくれる気だったんだな。


「支配人さん、提案があります。私たちは別の宿に泊まりますから、私たちがそちらに宿泊したことにしてくれませんか。浮いたお金を、あの女の子の宿泊費に当ててほしいんです。女の子を自由にさせて下さい」


「なっ! 待ってくれ。公爵様のお知り合いを泊めないなんて。どんな事情があろうとも、これでは紹介状を無視したことに」


「お願いします。御隠居さんには上手く誤魔化しておきますから」


「公爵様を誤魔化す? アナタたちは一体……」


「お願いします」


「わ、わかった。わかりましたよ」


 そして支配人たちは女の子を解放。

支配人は去り際に「シアンタの件はいいから、泊まりに来てくれ」と言っていた。


「みんな、ごめんね。高級宿、泊まれなくなっちゃった」


「構いません。フィリナさんらしい人助けです」


「どうせダンジョンでは野宿ですわ。眠れればどこでもいいですの」


「今晩は安宿にでも行こうぜ」


 みんなは気にしていないようだ。

 黒服から解放された女の子は虚ろな目で、店の片隅で寝ころんでいた。



☆☆☆



 私たちはそのまま、飲食店の二階の宿に泊まった。

 店主は私が女の子を助けたことに感動し、安く泊めてくれたのだ。


 店主のはなしによれば、女の子の名前はシアンタ。

 どこかの貴族の娘のようで、一年ほど前からダンジョン攻略を目指しているそうだ。

 でも上手く行かないのか。

 ダンジョンから帰って来ては、飲食店で酒をあおり、高級宿で養生を繰り返しているそうだ。


 もっとも、上手くいかないのは彼女だけではなく、多くの冒険者がダンジョンを攻めあぐねているらしい。

   



 翌朝、私たちはゆっくり朝食を取り、まずはこの街の冒険者ギルドへ行くことにした。

 まずはダンジョンの情報収集だ。


「ようこそ。バナバザール侯爵様の街の冒険者ギルドへ」


 受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれる。

 早朝の時間をずらしてやって来た甲斐あって、現地の冒険者の姿はない。

 冒険者の朝は早いのだ。


「私たち、王国の西側からきた冒険者です。ダンジョンで冒険するためにやってきました。ダンジョンについて教えていただけますか」


「よく来てくださいました。ギルドの奥はダンジョン資料室となっております。ぜひ情報収集してからダンジョンに向かって下さい」


 お姉さんは奥へ案内してくれる。

 早朝ならこうも行かない。

 その日の仕事を求める冒険者の対応でギルド職員は忙しいからだ。


 ダンジョンに潜るのに必要な道具。出てくる魔物。冒険者の心得……全てが資料室で書物となっていた。


「資料って紙でできているよね」


「紙が多いということは、それだけ林業にお金をまわすほど潤っている街だということですね」


 私はルティアさんに頷くと、資料室の本に目を通した。



☆☆☆



 午後は買い物だ。ダンジョンを冒険するに当たって必要な道具をそろえたい。

 予算はエリー護送のあとにギルドからもらった報奨金。

 それとエリーが子爵様からもらったおこずかいだ。


 ギルドの資料には、必要な道具は書いてあっても、それらを売っている店の場所までは記していなかった。

 受付のお姉さんに聞いてみると、冒険者向けの道具屋を教えてくれた。


 購入した道具はパンファギア×収納の魔法空間に入れていく。

 こうしてダンジョンの街の二日目は過ぎていった。


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