51.昇格お断り
竜魔人に変貌したマルネスが死んだ翌日。
私たちはエリーが住む子爵様の屋敷のお茶会に招かれた。
これからの伯爵の街のことや、帝国側にマルネスの件を追及することなどを御隠居さんから聞くことができた。
さらに同席している冒険者ギルドの支部長が、私たちのランクを上げると言ってきたのだ。
「やった! 冒険者になって2年。やっと昇格だ」
少なからず緊張気味だったキコアが声を上げて喜ぶ。
「うむ。御令嬢の護送に魔竜の撃退。さらに公爵様の殺害を試みた逆賊の制圧。もはや冒険者の初心者であるGランクの仕事の域を越えている。よってキコアとフィリナの二人をFランクに昇格させる」
「念願のFランク。これで仕事の幅が広がるぜ」
キコアは両手を上げて歓喜している。
でも私は喜べない。
「あの、私はGランクのままで良いです」
キコアの動きがピタリと止まり、この場にいる全員の視線が私に注がれる。
「理由を聞かせてもらってもいいかの?」
御隠居さんがみんなを代表するように聞いてきた。
「私、冒険者に登録してから、まだ一ヶ月と少ししか経っていません。そんな私が冒険者として2年もがんばってきたキコアと同じランクに昇格するなんて。Fランクは早過ぎます」
それに……異例の出世は敵を作ることになりかねないし。
「お、おいおい」
ギルド支部長だ。
「ランク昇格に年月なんて関係ないぞ。たしかに多くの冒険者はGからFになるには2年以上かかる。だけどな、偉い仕事を成し遂げたヤツは経験年数に関わらず昇格できる。オマエはそれだけのことを二ヶ月足らずでやってのけたんだ」
「そうですわ。私なんて天職のおかげでいきなりFランクでしてよ。フィリナは胸を張るべきです」
エリーもFランク昇格を肯定してくれる。
でもね。
私はキコアやルティアさんほどの冒険者としての知識がない。
一人で馬には乗れない。
マルネスとの戦いでは剣術を知らないがために苦戦してしまった。
神様からもらった天職と特技、仲間の協力で偶然にも上手くやってきただけなんだ。
ここで告白するべきかもしれない。
「みなさん、私と天職と特技は神様にもらったものなんです。スゴイ魔法が扱えるのも、そのためなんです。ルティアさんやキコアのように、一生懸命に冒険者をやってきた子たちと違います。偶然手に入れた力で魔物や魔竜と戦ってきただけなんです」
天職と特技は神様からもらたもの。
これを詳しく説明するとなれば、私が別の世界から転生したことを明かさなければならない。
ここはちゃんと説明して、リオハ村の人たちには黙っていてもらおう。
私は俯き、そしてみんなの顔をチラリと見上げた。
みんな、なんだか口を開けている。
当然だ。私の正体は神様から都合よく力をもらって、その力を利用してきた人間なんだ。
みんなにとっては、凄い子が現れたと喜んでいたところ、その実力は神様から与えられたモノ。
いわばズルした人間なのだ。
「ほっ! フハハハハハハ」
御隠居さんが大笑いし始めた。
ルティアさんとエリーがクスクスと笑う。
キコアは「なんだ。そんなことかよ」と呆れたように椅子の背もたれに背中を預けた。
「天職と特技。たしかに神から授かった力じゃな。たしかにワシらも神に感謝しとるよ」
御隠居さんは満面の笑みでこちらを見てくる。
「神から与えられた天職、特技。それらを活かして医者になり人を救う者、騎士となり人を守る者。みんなみんな与えられた力を活用し、人のために役立てておる」
子爵様とウィナミルさんが頷く。
「フィリナちゃんは冒険者として神の力を使い、エリーちゃんや多くの人間を救った。たしかに力は神から与えられたモノ。しかし力を人のために使おうと考え、危険に身をさらしたのはフィリナちゃん本人じゃろう。だったらフィリナちゃんの功績でもある」
「フィリナ、冒険者ギルドは天職、特技のことも加味してオマエをFランクにしようと考えているんだ」
支部長は呆れた感じで頭を掻いている。
「私も天職と特技を与えてくださった神には感謝していますよ」
「これでは天職と特技を考慮されて、最初からFランクの私が傲慢な人間みたいですわね」
「エリーのお友達は信心深いようだね」
ルティアさんは微笑み、エリーと子爵様は顔を見合わせている。
「天職と特技を持つ者の功績。その全てが神の物じゃったら、ワシは公爵ではなく、とうの昔からただのジジィじゃな」
御隠居は笑い疲れた感じだ。
みなさん、私はそういう意味で言ったんじゃない。
本当に神様からもらった力なのに。
「しかし、まいったのぉ。今回の昇格は口止め料も含んどるのじゃが」
口止め料?
御隠居が支部長をチラリと見る。
「ああ。キコアとフィリナは魔竜と戦った。子爵領が王国の西端に近いとはいえ、魔竜が現れることは前代未聞だ。戦中ならまだしもな。魔竜が現れたことを吹聴されては市井に混乱が生まれる。そこで今回のランク昇格には口止め料が含まれているんだ」
支部長がいう戦中とは、昔に起きた人類と魔竜の戦いのことだろう。
「魔竜は戦後から今日に至るまで、王国では南方伯の土地の近辺、世界的に見れば暗黒大陸でしか、その姿は目撃されていない。そんな魔竜が王国の内陸部に現れたことを広められちまえば、国民が混乱しちまうからな」
魔竜を撃退した私たちは、ウィナミルさんから魔竜のことを誰にも言わないよう約束してくれと言われていた。
だからキコアも私も『首の短い羊飼い』の女将さんや娘さん、ギルドの冒険者たちにも、そのことは言わなかったし、自慢もしなかった。
「それを言ったら支部長だって部外者だぞ。魔竜のこと知っちまっていいのかよ」
キコアが紅茶をすすりながら支部長を睨む。
「キコア、バカ言え。俺は冒険者ギルドの支部長だぞ。国の緊急事態を知り、全世界の冒険者ギルド支部長に情報を伝え、共有させる義務がある。魔竜が出現したとあっては、招かれるのは当然のことだ」
「ふぅん。そうなんだ」
「魔竜の件は、冒険者ギルド本部を通じて、各国各領のギルド支部長に知らされるだろう。一般職員や冒険者には伏せられるだろうからな。魔竜のことを一般人に知られるのはマズイ。貴族の御令嬢であるエリザベス嬢、騎士の親族であるルティアの昇格は無しだ」
支部長の言葉を察するに、ルティアさんとエリーは信用されているようだ。
二人なら魔竜のことを吹聴しないで当り前と考えているみたいだ。だから昇格なし。
「Dランク冒険者なら、貴族の護衛は勤めたことがありますし」
既にDランクのルティアさんにとっては、貴族の護衛の達成は昇格条件に見合わないようだ。
でも……そうじゃないんだよ。
冒険者になって、たった1ヶ月ちょっとで昇格したら、よく思わない人間が絶対現れる。
そんな人間と遭遇するのはイヤなんだ。
相手にもしたくないのに。
「どうしてそんなにFランクになるのが嫌なんじゃ」
私が浮かない顔をしているのか。御隠居さんが声をかけてきた。
「あの……私を昇格させるくらいなら、代わりに昇格させてほしい子がいるんですが」
「ほぅ。それは誰じゃな」
「ルティアさんです」
みんなの視線が一斉にルティアさんに向いた。
「ルティアさんはウィナミルさんと同じく騎士になりたいんです。でも騎士になるには冒険者のBランクにならなければなりません。ルティアさんはDランク。あと2ランク必要なんです。私はGランクのままで構いません。だからルティアさんを」
私にはまだFランクは早い。
ここで昇格したら、ほかの冒険者から意地悪をされかねない。
けれど私の代わりにルティアさんに昇格してほしいのも本音だ。
ルティアさんには夢を叶えて欲しいんだ。
「フィリナさん。そんなに私のことを」
ルティアさん、何故か目を潤ませ、頬を紅潮させて私を見てくる。
「冒険者が騎士になるにはBランクでなければダメなのかの?」
「そ、そんな決まりはございません!」
御隠居さんの視線を受けた子爵様はブルブルと首を振った。
ウィナミルさんの様子を窺うと、脂汗をかいている。
「そうか。ルティアちゃんをBランクにさせたいか。二階級特進は今回の任務だけでは難しいのぉ」
「そうですか。それでも、わたしはGランクで構いません」
どうか、このままGランクのままで。
「そう言っとるが。どうかの、支部長」
「むぅ。二人のぶんの新しい冒険者証を持って来たんだがな」
支部長はふたつの冒険者証を円卓の上に置いた。
「あ、俺の名前が彫ってある。ちゃんとFランクって彫ってあるな」
キコアが光の速さで新たな冒険者証を掴んだ。
目を輝かせながら冒険者証を覗いている。
「キコア、これまでの冒険者証を回収するぞ」
「うん!」
支部長はキコアに渡されたGランクの冒険者証を握ると、Fランクと掘られたと思しき私の冒険者証を引っ込めた。
「ふぅむ。ルティアちゃんをBランクに……。これはダンジョンの攻略が近道かもしれんのう」
「ダンジョン!?」
ルティアさんとキコア、エリーが同時に反応した。
ダンジョンって何だろ。
御隠居さんはニヤッと笑っていた。




