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47.帰還、謁見、そして本性

 エリザベス護衛の12日の夜。

 魔竜に襲われた私たちは何とかこれを退かせた。


「あの竜魔人は誰だったのでしょうか」


「少なくともマルネスのように金銭に目をくらませた貴族ではないな。あの剣筋は並大抵では達せない域のものだ」


 ルティアさんからエリーのはなしを伝え聞いたウィナミルさんは、あの竜魔人の正体をマルネスではないと断言した。

 さらに、そこらの騎士崩れでもないと付け加える。

 すると、マルネスに手を貸していた竜魔人は何者なんだろう。



☆☆☆



 エリザベス護衛の旅、15日目の昼。

 ついに私たちはオスニエル子爵の街に戻ってきた。

 貴族街を抜け、最奥部にあるオスニエル子爵様の屋敷に辿り着く。


「おおっ! エリー、待ち焦がれていたよ」


 屋敷の前に馬車をつけると、馬車から降りたエリーに、一人のイケメンと二人の美女が駆け寄ってきた。

 エリーは三人に抱き寄せられ、頭を撫でられている。


「あの人たちは誰なんだろう」


「あの方たちはオスニエル子爵様の御子息とお嬢様。エリザベス様の従兄姉様です」


 一緒に箱馬車から出てきたばあやが教えてくれた。

 続いて屋敷から出てきた中年の男性が、ウィナミルさんへ近づいていく。

 背が高く髪と口髭が整っているオジサンだ。

 ウィナミルさんは男性に傅き、男性はウィナミルさんにお礼を言っている様子だ。


「あの方がオスニエル子爵様であります。これでエリザベス様も一安心ですね」


 ばあやが聞いてもないのに説明してくれる。


「さて、さっさと帰るぞ。俺たちは騎士団本部だが、オマエたちは冒険者ギルドだな」


 ラエリンが私たちに声をかけてくる。

 マリッパさんはいつの間にかいなくなっていた。

 エリーは従兄姉たちに囲まれ、なんとも幸せそうだ。

 これで私たちの冒険者としての任務は終わった。


 でもマルネスが残した問題は何も解決していない。

 それを解決するのは貴族であるエリーの仕事だ。

 従兄姉たちに抱きすくめられ、顔をゆがませるエリーを見ながら、彼女の健闘を祈った。



☆☆☆



 急かすキコアに連れられて冒険者ギルドへ赴き、護衛の報奨金をもらった。

 その金額は金貨3枚。銀貨にして300枚だ。

 Gランク冒険者の18日分の平均的な収入が金貨一枚なのだから、今回の一ヶ月の任務の報酬は破格とも言える。


 翌日、キコアと私は角ウサギを狩りに行き、ルティアさんは『首の短い羊飼い』で従業員として働いた。


 また、二日後には偉い公爵様がオスニエル子爵様の屋敷にやって来るというので、ウィナミルさんたちは警護の準備に追われているようだ。

 偉い公爵様が来るので近隣の貴族も、この街にやってくる。

 ラケロパさんも奥さんの実家である『首の短い羊飼い』には戻らず、兵士として警護の任につくと言っていた。


 偉い公爵様が来ることは庶民には聞かされていない。

 貴族街で秘密裏に歓迎会を催すのだという。

 それでも庶民街を守る兵士たちを見てみると、何かソワソワした様子だった。


 角ウサギの尻尾を持って冒険者ギルドへ行き、報奨金をもらう。

 帰ろうとすると受付のお姉さんが呼びとめてきた。


「御令嬢の護送を務めた御三人に、子爵様から招待状が来ております」


 招待状? 

それは二日後、偉い公爵様の謁見の場に、私たちを招くというものだった。



☆☆☆



「なんだか場違いじゃないのか」


 キコアの言うとおり、貴族街での私たちは浮いている。

 王国の中でも、王都の近隣でもない街に公爵様がやってきたのだ。

 謁見の会のあとに催されるパーティがある。

 謁見の場に招待されていない貴族の家族でも、パーティには参加できるらしい。

 そこで近隣の貴族の奥方や御子息、大商人も公爵様に御挨拶しようと、馬車で貴族街にあるパーティ会場に向けて急いでいるのだ。

 

 私たちは豪華な馬車が走る貴族街を徒歩で、ある場所を目指して歩いていた。

 その場所はオスニエル子爵様の執務館だ。

 子爵様は自分の屋敷で公務をすることはなく、執務館なる場所で文官と共に執務に当たっているらしい。


 そこの二階で公爵様の謁見の会が催される。

 執務館の入り口に面する通りには多くの馬車が縦列駐車していた。

 執務館の敷地内だけでは停めきれないようだ。


「みなさーん!」


 執務館の門の前ではエリーが手を振って待ってくれていた。


「皆さんお久しぶりです。会いたかったですわ」


「まだ別れて二日しか経ってねーけどな」


 エリーはとっても嬉しそうだ。

 今回の催しの幹事となるオスニエル子爵。

 その姪、エリザベス嬢を無事に送り届けた者として、私たち冒険者3名も招かれている。


 たしかにエリーを命がけで護送したワケではあるのだけれど、わざわざ見知らぬ冒険者を謁見の場に招くことなんてあるのだろうか。

 ルティアさんに聞いてみると、分からないと答えていた。


「さぁ、参りましょう。公爵様がお待ちですわ」


 エリーに連れられ、執務館の門をくぐる。

 門番に招待状を見せると「どうして冒険者が?」という顔をされてしまった。

 上等な服を着た貴族たちが執務館に入っていく。


「俺たち、いつもの服でよかったんだよな」


「招待状には普段着で構わないって書いてあったけどね」


 キコアの言うとおり、なんだか場違いなのだ。

 執務館の二階。縦に長い部屋の奥には大きくて豪華な椅子がある。

 赤いじゅうたんの上に貴族らが整列し、そのうしろに家臣が続く。

 一番うしろが、何故か招かれた私たちだ。

 私たちのほかに冒険者はいない。

 前方にはエリーの従兄姉たちもいる。


「エリーはあちらに行かなくていいの?」


 エリーはどうしてか、私たちといる。


「当り前でしてよ。私だって冒険者なのですから」


「あれはお兄様ですね」


 赤いじゅうたんの両サイドには騎士が並んでいる。

 ルティアさんの言うとおり、その中にはウィナミルさんもいた。

 黒きG討伐戦で一緒だった髭の騎士団長と、三角帽子の魔法士団長は最奥の椅子の脇に構えている。


「おい、マルネスがいるぞ」


 キコアが前方にいる貴族の中にマルネスの姿を見つけたようだ。

 ここにいるということは、エリーと私たちが伯爵の街を発った後、マルネスもこの街に向けて出立したんだな。

 マルネスは無表情を装っているけれど、うっすらとした笑みを顔の裏に隠しているような、そんな不気味さを感じた。


 しばらくするとオスニエル子爵とピアノニッキ伯爵が、最奥の椅子の向こうにあるカーテンをめくって現れた。


「間もなくリリエンシュテルン公爵がいらっしゃる」


 子爵様の声で、会場のざわつきはピタリと止まる。

 やがて、奥のカーテンからフード付きのローブを着た顔の見えない人が現れた。

 あの人が公爵様なんだ。


 続いてやってきた二人の従者もフードで顔は見えない。

 騎士以外はじゅうたんの上で傅く。


 公爵様から最も遠い私たちも、エリー、私、ルティアさん、キコアの順に並んでかしずいた。

 今は顔を上げてキョロキョロと見回してはいけない。

 それでも少しだけ顔を上げると、公爵様が豪華な椅子に座り、ピアノニッキ伯爵とオスニエル子爵が貴族らの先頭で傅いているのが見えた。


「皆の者、この度は多忙の中、この場に馳せ参じてくれたこと、礼を言う」


 侯爵様、優しいお爺さんの声だ。

 それでいて威厳と聡明さを感じる不思議な声質だった。


「まずはオスニエル子爵よ。この場を設けてくれた礼を言うぞ」


「もったいなきお言葉です」


 そのあと、公爵様はこの場にいる貴族一人一人に声をかけ、日頃のお仕事へのねぎらいの言葉を送っていた。

 みんな、感謝の言葉を返していた。


「さてオスニエル子爵、そなたにはピアノニッキ伯爵領に住む姪殿がいるそうじゃの。その姪殿は先日、この子爵領に移住してきたとか」


「は、はい。そうでございます」


 子爵様の声が多少うわずっている。

 予想外の話題を吹きかけられたのだろうか。


「姪殿がこの街に至るまでの旅路は困難を極めたと聞いた。野盗のなりをした、どこぞの私兵。さらに魔竜の襲来」


 魔竜だって!

 そんな言葉が貴族たちのあいだから漏れる。公爵様は続ける。


「そんな中、よくぞ姪殿の護衛を全うした。騎士ウィナミルよ」


「……はっ!」


 ウィナミルさん、急に名指しされて返事が遅れたな。


「ほかの騎士、兵士、冒険者も御苦労であった」


 私たちも誉められた。


「ちなみに姪殿を襲った私兵なのじゃがな、噂によればある貴族からの命で動いていたそうじゃ。ピアノニッキ伯爵、心当りはないかの?」


 前方の貴族たちがざわつきはじめる。


「そのような貴族に、一切の心当りもありませぬ」


「そうじゃったか。ところでピアノニッキ伯爵の街では時おり、平民の誘拐事件が起きているそうじゃな。その裏では人身売買が絡んでいるとか」


「そ、そのことにつきましては、領内の貴族、騎士全力で治安維持に取り組んでいる最中でございます」


 ピアノニッキ伯爵は弁明する。


「ん、分かっておるよ。お主も有能な臣下を失って大変だと聞いておる。精進し、人々の安寧に努めてまいれ」


「ははっ!」


「それはそうとワシが気にしておるのはな、誘拐事件の現場に妙な男がおったということなんじゃ。男の右腕には竜の紋章があったらしい。その男、迷惑なことに王国の貴族にそっくりじゃったというのだ」


 またも貴族たちがざわつきはじめた。

 なんだろう、これは。

 既にエリーは公爵様に誘拐事件のことを相談したのだろうか。


 前にいるエリーをチラリと見ると、エリーはこちらの視線に気付いてか、首を横に振り始めた。


「その貴族とは、何者なのでしょうか」


 ピアノニッキ伯爵の声で、部屋は静まり返る。

 ここにいる貴族、騎士たちが公爵様の声に耳を傾けている。


「それはお主の家臣、マルネス子爵じゃよ」


「ひ、ひどい。いくら公爵様だからって、その発言は酷すぎますよ!」


「口を慎むのだ、マルネス子爵! 勝手に立ち上がるな!」


 伯爵がマルネスを黙らせようとする。

 でもマルネスは止まらない。


「なにか、なにか証拠でもあるというんですか。証拠もないのに、こんな大勢の前で。ぼ、僕は怒ったなぁ! これでも僕は伯爵領のために、資金の確保に夜も眠らず勤しんでいるというのに!」


「これは悪かった」


 公爵様はマルネスに謝罪を入れた。


「あくまで、そなたに似ていた者がいたという話じゃ。噂に踊らされ、そなたにいらぬ嫌疑をかけている者もいる。であるからして、大勢のいるこの場で無実を晴らしてやろうとしたまでじゃ」


「な、なんだ。そういうことだったら。多分僕を陥れようと、貴族に反感を持つ者が僕のふりをしただけじゃないですかねぇ。僕は何ひとつ悪いことなんてしてないのに!」


「わかったから座るのだ!」


「わかってくれれば良いんですよ」


 伯爵に言われたマルネスは再び傅いたようだ。

 こんなやり方ではダメだ。

 自分が悪人だなんて認める悪人がいるワケない。

 エリーは今、どんな顔をしているのだろう。


「うむ。ここでそなたが右腕に竜の紋章がないことを明らかにしてくれれば、完全に身の潔白が証明されるというものじゃ」


「え?」


 公爵様の追及は続いていた。

 安心しきっていたと思われたマルネスは、おかしな声を上げる。


「そなたそっくりの男の腕には竜の紋章があったというんじゃ。ならばマルネス子爵よ。その右腕をワシに見せてはくれぬかのう。ワシは臆病者じゃ。そなたに紋章がないことを確認できなければ安心できぬ。見せてくれぬかのう」


「竜の紋章……その情報はどこから」


「ワシ独自の情報網じゃ」


 チラリと前方のマルネスを見やると、マルネスはこちらに振り返り、憎悪に満ちた視線を送っていた。

私たち、違う。エリーを見ているんだ。


「どうしたんじゃ。マルネス子爵」


 マルネスは公爵様に向き直った。


「貴族が人前で肌を晒すなど」


「子爵! 腕を侯爵様に見せて差し上げろ!」


「う……ぐぅっ……」


 伯爵に急かされたマルネスはうめき声を上げた。


「こ、こんなところで僕が終わるなんて。これから贅沢三昧が待っているというのにぃ!」


「な、なんだ?」


 マルネスの周囲にいた貴族たちが悲鳴を上げる。

 顔を上げて見てみれば、マルネスは竜の魔人に変貌していた。


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