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42.告白(1)

 マルネスは部下を放ち、オスニエル子爵のもとへ向かう御令嬢を襲った。

 御令嬢はマルネス子爵の、なんらかの秘密を知っているらしかった。


「あれは一年前のことでしたわ」


 火を見つめながら御令嬢ははなしだした。


「当時お父様のような闘士になりたかった私は、ときおり屋敷を抜け出しては修行と称して庶民街へ出向いておりました。だって屋敷では闘士の訓練なんて、させてもらえませんでしたもの」


 そこで冒険者ギルドを覗いたり、ケンカを聞きつければ見学していたらしい。


「そんなふうに街を回っていたところ、お友達ができましたわ。平民の子、と言っても服装からして貧しい家の子だったと思います。でも一緒にいて楽しかった。伯爵の街では同い年の貴族の娘なんておりませんでしたし」


 お友達と遊ぶようになって数ヶ月。

 事件が起きたそうだ。


「誘拐されましたの。その子と共に」


 そう言えば、ばあやが言っていた。

 ピアノニッキ伯爵領の西側は帝国と隣接している。

 国境付近の街は、追手を逃れた犯罪者が国内外から集まりやすいんだそうだ。

 交易のため人の流れも激しく、治安も悪化する。


 伯爵の街から西に行けば行くほど、領内に点在する街の治安は悪くなる。

 子供や女性を誘拐する輩だって現れるとのことだ。

 伯爵の街だって領内の東側だからって油断はできない。

 マルネス子爵は伯爵の街で賭博場を開いたものだから、治安は一層悪くなる。

 だからこそ御令嬢の父親は治安維持に心血を注いでいた。


「連れてこられたのは薄暗い小屋でしたわ。私はお友達と共に帝国にでも売られるものだと覚悟しておりました。けれど、違ったのです」


「何があったんだよ」


 キコアは続きを促すけれど、御令嬢は黙っている。

 彼女は震えはじめ、自身を抱きすくめている。

 これ以上、嫌な記憶を思い出させるのは酷だ。


「この季節は冷えますね。今日はもう休みましょう」


 ルティアさんが御令嬢にテントへ戻るよう促した。

 この世界にも四季があるようで、リオハ村を出たときはまだ暑かったけれど、最近は涼しい。

 夜になれば冷え込む。この先もっと寒くなるみたいだ。


「いえ……聞いて下さいまし」


 苦しそうな表情の御令嬢は、深く息を吐き出し、手を膝に戻した。


「私たちをさらった男は二人。そこへもう一人、フード付きのコートを纏った男が現れましたの。男の一人が見たこともない器具を持ち出すと、泣き叫ぶあの子の腕に、器具の針を刺したのです」


 針がついた器具?


「刺された腕は腫れあがり、あの子は腕を抑えて床に倒れましたわ。その後、痙攣を始め、動かなくなるのに時間はかかりませんでした。フードの男は言いましたわ。また失敗か。やはり薄めた血では完成しないのかと」


 そして男はこう続けたそうだ。

 やはり高貴なる者が濃い血を与えられてこそ竜魔人は完成する。

 そうして確認するかのように、コートの袖をまくりあげ、自身の腕を眺めたのだそうだ。

 その腕には竜の顔面を正面から描いたような紋章があったという。


 さらにフードの男は御令嬢に気付くと楽しそうに笑ったそうだ。

 オスニエル家の娘に薄めた血を与えたら、どうなるか。

 高貴な者が薄めた血を取りこんだ場合、完成するのか、拒否反応を起こすのか。


「そして男は震える私を楽しむように、フードを取りましたわ。その顔は、マルネスだったのです。おどろく私にマルネスは、あの子を苦しめた器具を私の腕に刺そうとしました」


 必死に抵抗する御令嬢の腕を掴み、マルネスは器具を振り上げた。


 いつも自分の邪魔をするオスニエル。あの男の娘が竜魔人になった暁には自分の私兵してやろう。

 失敗して死んだとしても、娘の死体は見せしめに屋敷の庭にでも放りこんでやる。


 そう言い放つマルネスの顔は狂気に満ちていたという。


「もうダメかと思いましたわ。そのときです。あの人が助けに来てくれたのは」


 御令嬢の腕に器具の針が近づいたときだった。

 小屋の壁を蹴り破り、外の光を背負ってやって来たのは一人の少女だったという。

 少女の髪は、見たことがないほどの明るい桃色。

 一見ワンピースのような服は胸と各所に大小のリボンがくっついていて、スカートはふんわりとしたボリュームがあるものの、何故か前だけが短いものだった。


 一瞬、舞台役者が乱入してきたのかと混乱した御令嬢だったけれど、その少女は拳と蹴り、それぞれ一発で襲いかかってきた男たちを倒したんだそうだ。

 少女を敵として認識したマルネスは腕を掲げると、腕の竜の紋章が輝き、竜の化け物……まるで竜人間のような外見に変化したという。


 少女と竜人間のマルネスは交戦。

 マルネスは撤退し、御令嬢は少女に救出されたというのだ。


「なんだ、そのはなし。情報多いぞ」


 キコアが頭を抱えている。


「つまり。マルネス子爵は裏で子供を誘拐。子供を使って何らかの実験をしていた。そのことをエリザベス嬢は知ってしまったがために、命を狙われたということでしょうか」


 御令嬢は頷いた。

 その後、少女は御令嬢のお友達を確認すると「間にあわなかったか」と悔しそうにしていたという。

 お友達は既に、冷たくなっていたのだ。


 少女にお友達を背負ってもらい、まだ間に合うはずだと、屋敷に連れ帰った御令嬢は、ばあやに頼んで医者を呼んでもらった。

 しかし、やってきた医者でも施しようがなく、お友達は冷たいままだった。


 少女は小屋に残してきた男たちを兵士に突き出すと言って姿を消した。

 そしてばあやの知らせを受けた父親と数人の騎士がやってきた。

 娘が死んだ女の子を連れ帰ってきたのだ。

 街の治安維持を担当する父親だ。飛んで帰ってくる。


 御令嬢は父親に全てをはなした。

 父親が言うには、街の衛兵の事務所には奇妙ななりをした少女が現れ、誘拐犯である二人の男を突き出していったという。

 そして父親から、マルネス子爵が絡んでいたことは他言無用と言われたそうだ。

 これは自分が必ずマルネスの尻尾を掴んでやると。


 御令嬢はマルネスが子供を誘拐して人体実験を行っていること、お友達を殺したこと、それらをどうにかして公表してマルネスを糾弾したいと考えていた。

 けれど当時9歳の子供には何もできない。

 犯罪者を仕留める兵や騎士を統括する立場である父親には既に報告している。

 しかし、なんらマルネスに変化はない。


 相手は貴族。庶民が罪を犯したものならともかく、貴族が相手ならば、拘束して尋問するのも難しい。

マルネスだって、そう簡単に証拠は残さないし、尻尾も出さないだろう。


「貴族のパーティが開かれれば、私は赴いてマルネスの悪行を暴こうとしてやりましたわ。でも証拠がない。せめて腕の竜の紋章さえ確認できればと思いましたが、マルネスは人前で腕を見せることはありませんでした」


 貴族の人たちは滅多に半袖なんて着ない。夏でも長袖なんだそうだ。

 御令嬢の父親はどこまでマルネスまで迫っていたのだろうか。


 そして先日、伯爵領に魔物の群れが現れ、御令嬢の父親が騎士団を率いて戦った。

応援が間にあわず父親は死に、応援を率いていたのはマルネスの息のかかった騎士だった。


 さらに今日、御令嬢が事件以来、初めて街を離れ、ちょうどピアノニッキ伯爵領とオスニエル子爵領の中間地点で野盗に襲われた。

 野盗は、雇い主の名をマルネスと吐いた。


「もうマルネスが悪者に決まってるじゃねーか。捕まえることはできねーのか」


「私たちは冒険者です。貴族を裁くのは上級の貴族でしかできません」


 キコアにルティアさんが応える。

 ピアノニッキ伯爵もマルネスに対して怪訝な態度は取っていなかった。

伯爵も決め手となる証拠を押さえられていないのか、御令嬢の父親から何も聞いていないのか。


 ほかにも気になった点はある。

マルネスが変貌したという竜のような人間。竜魔人。

 御令嬢のはなしから推測すると、マルネスは何者かの血を身体に取りこんで、竜魔人になったようだ。

そして、子供たちをさらって自分と同じ竜魔人を作ろうとしていた?


「エリザベス様、マルネス達が使っていた、針のついた器具って?」


「ええ。細い円筒状のガラスの先に針が付いたものでした。針の反対側から、中の液体を押しだす作りになっていましたわ。ガラスの中は赤い液体で満たされていました。あのようなガラス細工は初めて見ましたわ」


 赤い液体は、きっと何者かの血なんだろう。

 何者かの血を他者の体に入れる器具。


「注射器だよね」


「チュウシャ……? なんて言ったんだフィリナ」


「注射器だよ。それを使って」


「なんだそりゃ?」


 この世界には注射器はないの?

 ルティアさんもキコアも意味がわからないという顔をしている。


 御令嬢は貴族の娘だ。

 風邪や病気になれば、この世界の先端の医療を受けるだろう。

 そんな御令嬢が注射器を知らないんだ。

 そもそもガラスなんて普及していない世界だ。ガラス窓だって庶民街では見かけない。


 注射器を作った者。それはマルネスとともに人体実験に関わっている者。

 それはきっと、私と同様にこの世界に来た人間なんだ。


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