41.追走
ルティアさんがさらわれた。
私は2回目のエオラプトル×俊敏性強化(小)、消費魔力10倍で追いかけている。
しばらく走ると箱馬車が見えてきた。
馬車は、以前マリッパさんと別れた三叉路を北へ、別に貴族領の方向へ向かっていた。
馬車を引くのは大きな魔剛馬。あの馬車だ。あの中にルティアさんが。
敵の馬車は三叉路を曲がりきると、加速していった。
逃がすか。減速して曲がる暇はない。
私は三叉路の真ん中に飛び込んで、地面を転がって方向転換。馬車を追う。
「ルティアさぁぁん!」
馬車の後部に追いつく。
もうすぐ1分が終わるというところで馬車の横を並走する。
「ルティアさんを返せっぇぇ!」
「なんだ? こいつ、さっきの。走って追いついてきただと?」
箱馬車の扉が開き、先ほどの野盗の一人が姿を現した。
「なんてガキだ。これでも喰らえ!」
野盗は矢を放って来た。
矢が左腕をかすめて、血が出てくる。
3回目のエオラプトル×俊敏性強化(小)、消費魔力11倍だ。
加速して魔剛馬の斜め前を走る。
これからどうする。馬車に飛び乗る?
いや、ここで馬車を止める。
残りの魔力は10。全部使ってやる。
「ブルカノドン×火炎!」
魔法の火の玉を馬車の進行方向の地面に発射。
爆発、地面が弾け飛ぶ。
急に減速した私はよろけ、爆風で吹き飛んだ。
馬車は魔剛馬ごとひっくり返っている。
「はぁはぁ……やった」
あとは野盗を倒して、ルティアさんを助けるんだ。
「このガキめ。よくも」
野盗の一人が転倒した箱馬車から出てきた。
剣を手にこちらにやってくる。
立ち上がろうにも身体が痛い。野盗が目の前までやってくる。
「よくも手間を取らせてくれるな。死ねぇ!」
このままでは剣を振り下ろされる。
こんな所で死んでいられるか。スクテロサウルス×盾!
「出ない!?」
しまった。魔力を全部使い切ったんだった。
剣が振り下ろされる。殺される。
私は目をつぶった。
金属音が聞こえる。刃物と刃物がぶつかる音だ。
剣はやってこない。
どうしたのだろうと目を開けると、野盗の剣は一本のナイフに止められていた。
「フィリナちゃんではありませんか。恩人と再会できてマリッパは嬉しいのですよ」
ナイフの持ち主は、かつて助けた貴族の従者のマリッパさんだった。
「なんだテメぇは!」
剣をナイフで止められた野盗はうしろに飛びのいて、マリッパさんを警戒する。
倒れた馬車の中からも、残りの野盗が現れた。
「もしかしてフィリナちゃん、この悪そうな人たちと戦っていて魔力を消耗したのですか?」
「そんな感じです。馬車の中にルティアさんが……」
ダメだ。喋る元気もない。
「ルティアさん? 馬車の中? とりあえずマリッパは命の恩人に恩を返せる状況に遭遇出来てとても嬉しいのです」
「おや、容姿から察するに、その娘がマリッパの恩人かな?」
声がするほうに顔を向ければ、進行方向に一台の幌つきの荷馬車が止まっていた。
人の良さそうなお爺さんが馬車から降りてきた。
少し上等な服を着ている。
喉が隠れるほどの長いお髭をたくわえているけれど、整っていて白くてキレイだ。
このお爺さんがマリッパさんの仕えている貴族だろうか。
馬車の御者席からは二人の男の人が降りてきた。
一人は両腰に剣を下げている。二刀流なんだろうか。
もう一人は服の下からもわかるくらいの筋肉の持ち主だ。
「なんだジジィども。邪魔する気か」
「そちらの娘さんは、こちらの連れの恩人でのぅ。引き渡してくれんか。あと、馬車の中にいるという娘さんも」
「変なジジィだな。ブッ殺してやれ」
野盗がお爺さんにも迫って行く。
「やれやれ。ミガットさん、ムーアさん。痛い目あわせて差し上げなさい」
野盗がお爺さんへ駆けだした。
目の前で戦いが始まった。
始まったというのに、身体が動かない。
「フィリナさん、眠ってしまって良いですよ。あとはマリッパたちが掃除しておくのです」
私は本日、二度目の気絶をしたのだった。
☆☆☆
「フィリナさん! フィリナさん!」
目を覚ます。ルティアさんは?
そう考える前に本人が抱きついてきた。
「よかった。目を覚ました。私のために危険な目に」
ルティアさんは頬ずりしてくる。
「ルティアさん、無事だったんですね。ここは」
移動中の幌馬車の荷台のようだ。
「この方たちが助けてくれたんです」
振り向けば、先ほどのお爺さんとマリッパさん、あと二人の女性もいた。
二刀流の人は御者席にいる。
私はお爺さんにお礼を言った。
「はなしはルティアちゃんから聞いたぞ。なんでもオスニエル家の娘さんを護送しているところを野盗に襲撃されたと」
「はい。ルティアさんがさらわれてしまったので、私が走って追いかけて取り戻そうと考えていました。でも魔力切れで動けなくなって。そうだ。野盗たちは」
「全員倒してやったのですよ。今は縛ってうしろの馬車に詰めているのです」
マリッパさんに言われて、荷台から後ろを見れば、野盗たちが乗っていた箱馬車がついてくる。
御者席には筋肉の人がいた。箱馬車の中に野盗たちが拘束されているみたいだ。
騎士たちでも苦戦した野盗たちを全員拘束するなんて。
馬車にしたって横転していたはずだ。どうやって元に戻したんだろう。
「フィリナちゃんたちの行き先はオスニエル子爵の街じゃろう。ワシらと目的地は同じじゃな。いずれ仲間にも追いつくじゃろう。この馬車でゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます。あの……」
「ワシのことは御隠居でよい。皆からそう言われておる。貴族の仕事は息子に引き継がせ、今は気のあう子分とともに旅三昧。ただのジジィだから遠慮はいらんよ」
お爺さん改め御隠居さんは楽しそうに笑った。
夕方になる頃には御令嬢の馬車に追いつくことができた。
キコアはもちろん、御令嬢は泣きそうな勢いでルティアさんの帰還を喜び、そして謝罪していた。
ルティアさんは謝罪されるようなことはなかったと御令嬢を慰めた。
ウィナミルさんは御隠居さんに何度も礼を言っていた。
夜になった。
いつもと変わらず、遅めの夕食を取る。
このあとはラケロパさんたちと交代で夜の番をする。
いつもと違うのは御隠居さんたちも、同じ場所で野宿していることだ。
なんだか今晩は心強い。
もうひとつ、違うことといえば、御令嬢も私たちと火を囲んでいることだ。
御令嬢は黙って火を見つめている。
私たちが夕食を食べ終わると、御令嬢は立ち上がった。
「今日は私が不用意に馬車の外に出てしまったために……ごめんなさい」
「もう良いのです。こうして戻って来られたことですし」
ルティアさんは御令嬢を座らせた。
「それにフィリナさんは命がけで私を助けに来てくれました。それだけ私のことが大事だということがわかったのです。フィリナさんの気持ちを再確認できました。その点は良かったことです」
御令嬢は黙っている。
「そろそろ聞かせてくれないかな」
謝罪をしたというのに御令嬢はテントに戻らない。
きっと、なにか言いたいことがあるのだろう。だから私は聞いてみた。
「以前、命を狙われているって言っていたよね。そして今日は野盗が襲ってきた。マルネス子爵が関係していたんだね」
野盗は誰に雇われていたのか。その答えを御隠居が野盗たちから聞きだしたのだ。
よく聞き出せたものだとウィナミルさんが感心していた。
「ワシの子分のお姉ちゃんにな、尋問の専門家がおるんじゃ。ほら、怖い目つきの」
御隠居さんは、そう話していた。
馬車の中にはポニーテールの鋭い目つきの女性がいたことを思い出した。
もう一人のオカッパのほうは糸目だった。
ポニーテールのほうかな。
野盗を雇って令嬢の誘拐を企てていたのはマルネス子爵。
野盗たちは情報の行き違いか、誘拐したのは御令嬢に扮したルティアさんだったけれど。
野盗たちはオスニエル家には詳しくなさそうだ。
御隠居たちは、それ以上のことは聞き出せなかったみたい。
ルティアさんも御隠居たちに助けられるまで、ずっと気絶していたので野盗たちの会話も聞いていないという。
「御令嬢のお父様とマルネス子爵の仲が悪かったことは聞いています。だからといって、部下を刺し向けてまで誘拐するなんて信じられません」
ルティアさんも首を傾げる。
「なにか、マルネス子爵の秘密を知っているんだね。ここには冒険者以外誰もいないよ」
御令嬢は静かに頷いた。
「私はあなた方に迷惑をかけてしまった。私には命を狙われる理由をおはなしする義務がありますわ。聞いて下さいまし」




