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39.誘拐

 御令嬢の護送が始まって二日目の午後。

 キコアは朝から御令嬢の格好をしている。

 御令嬢はメイド服で貴族の使用人の格好をしている。


 馬車の中では、ルティアさんは故郷であるガストン男爵領のはなしをし、そこから天職である妖精使いのはなしに。

 ルティアさんが猫の妖精ミックを呼び出すと、御令嬢はとても感動し、ミックを膝の上に乗せて、とても御満悦だった。

 お昼の休憩を挟み、午後の移動が始まっている。


「私も強くなりたいですわ」


 ルティアさんがDランクであること。

 ウィナミルさんの少年時代の剣の稽古のはなし。

 それらをルティアさんが話して聞かせてくれたあとのことだった。


「お嬢様」


「だってばあや。私のお父様は闘士。私だって同じ天職に恵まれましたわ。お父様のように、この力で人々を守りたい。家族や友人を守りたい。天職があるだけでは宝の持ち腐れ。力を活かすためにも、ぜひ、強くなる方法を教えて下さいまし」


 御令嬢は立ち上がると、私たちに頭を下げた。


「ルティアさん。その年齢でDランク。天職や特技を使いこなしているとお見受けしますわ。私にも力の使い方を」


「そう……言われましても」


 ルティアさんは困惑気味だ。

 キコアは、何が起きた? という顔をしている。


「武器ならありますわ」


 御令嬢はスカートのすそを掴むと、バサバサと振った。

 カランコロン。

 何かがスカートの中から出てくる。


「それはナックル? しかも竜鱗材ドラゴアーマーじゃねぇか!」


 キコアが覗きこむ。

 スカートから出てきたのは、ボクサーのグローブのような形状のものだ。


「その通りですわ。お父様の形見です。私はこれで戦いたい。そうですわ。あなた方、夜は私に稽古をつけて下さいまし。ルティアさんも、そうやって強くなったのでしょう?」


「お嬢様! なりません」


 ばあやが御令嬢を諌めた。


「街の治安は騎士団や冒険者に任せればいいこと。お嬢様は子爵家の娘です。貴族の女性には貴族の女性にしかできない仕事がございます。それらを全うして頂きたいのです」


「私は冒険者ですわ」


 御令嬢は懐から冒険者証を取り出した。


「本物だな。しかもFランクかよ」


「天職と特技を持っております。登録時にFランクをいただきましたわ」


 確認をするキコアに、御令嬢は自慢げに答えた。


「ルティアさん、貴族のお嬢様でも冒険者になれるの?」


「ええ。登録に制限はないはずです」


 そうなんだ。


「いい加減になさってください!」


 ばあやだ。怒っている。真剣だ。


「お嬢様には強さは不要。街の治安、人々の安寧。心配しなくとも男性貴族や騎士団が命をかけます。ゆえに稽古も、ましてや闘士の力の使い方を学ぶ必要はないのです」


「そ、それでは、私は一生、あの子を守ることも、仇を討つこともできないではありませんか」


 御令嬢は竜鱗材ドラゴアーマーのナックルを抱きしめると、黙って座り込んでしまった。

 マルネス子爵との因縁。

それが御令嬢の発言に関係しているのかなと思った。



☆☆☆



 御令嬢の護送の三日目。

 この日の御令嬢の影武者は私が務めた。

 この日も御令嬢はメイド姿だ。


 四日目はルティアさん。

 彼女のお嬢様姿は、それはもう似合っていた。まるで本物のお嬢様だ。


「あなたが一番しっくりきますね」


 ばあやさんも、なんだか楽しそうだ。


「ほかのお二人は着こなせていませんでしたが、騎士の娘ともなると上品に映るものです」


「悪かったな。素が下品で」


 キコアは引きつった表情だ。

 ラエリンは、お嬢様なルティアさんの姿を目にするたびに、おぉっ、と小さな歓声をこぼしていた。




 五日目以降は、ずっとルティアさんが影武者の役となった。

 馬車の中での会話は、相変わらず冒険者のはなしは禁止だ。

 あれから御令嬢は稽古をつけてくれなんて言ってこない。

 どこか物憂げな感じだ。


 八日目。

 この日もルティアさんは御令嬢の役だ。

 子爵様の街まで、あと半分。


 かつてマリッパさんと別れた三叉路を抜ける。

 30分ほど進むと急に馬車が止まった。

 馬車の扉が叩かれる。


「ウィナミルです」


「どうしました?」


 扉の一部がスライド式の窓になっている。

 ばあやはこの窓を少しだけ開けて、ウィナミルさんにはなしを聞いた。


「野盗が数人、道を塞いでおります。部下の騎士に睨ませておりますが、相手が数人とは限りません。囲まれている恐れがあります。じきに戦闘になりますでしょう」


「オッサンたちが先陣を切っていたんだろ。どうして囲まれちまったんだ」


 キコアの言うとおりだ。

 この護送は、ラケロパさんたちが先行し、道中の安全を確認した状態で馬車を通過させている。

 馬車の行く先に野盗や魔物がいたのなら、引きかえして、馬車の進行を止め、敵を排除したうえで進行を再開させる。

 そんな決まりの下で護送をしていたんだ。


「お兄さま。ラケロパさんたちに、何かあったのでは?」


「ルティア、その可能性は低い。野盗が襲ってくれば、兵士は命がけで報告しに戻ってくる。そのために二人一組で先行させていたのだ」


「では?」


「周囲は森だ。先行する兵に見つからないよう、隠れていたのだろうな。あのラケロパが気付かなかったのだ。ただの野盗ではない。訓練されている者たちだろう」


「それって傭兵か私兵ってことかよ」


 キコアが困惑している。

 護送の八日目。ちょうど伯爵領と子爵領の中間だ。

 兵士に安全確認させながら護送していることを相手は知っていた?

 こちらの情報を相手は知っている。どうして。


「ばあや殿。お嬢様は我々が守り抜きます。馬車の中で息をひそめていて下さい」


「信じていますよ」


 そしてウィナミルさんの声は聞こえなくなった。

 ばあやは窓を閉める。

 メイド服姿の御令嬢は不安げだ。無理もない。

 こちらは騎士4人と兵士1人、冒険者は女の子3人だ。


 野盗がどれだけ強いのか分からないけれど、囲まれているとしたら、ずいぶんな数なんだろう。

 間もなくして外が騒がしくなる。怒声が聞こえる。

 戦闘が始まったんだ。


「私たちもお兄さまたちと戦いましょう」


「いけません。あなた方はここでお嬢様を守っていただきます」


 ばあやさんがルティアさんを止める。

それにルティアさんは今、お嬢様の役なのだ。お嬢様が戦うワケにはいかない。


「でも婆さん」


「いけません」


 扉の窓をうっすらと開けて、外の様子をうかがっていたキコアを、ばあやさんが止めた。


「でもさ、野盗の一人が騎士の守りを抜けて、こっちに向かってきているぜ」


「それを早く言いなさい。さっさと行って来なさい!」


 私とキコアだけでも出撃だ。


「お待ちになって。お二人とも武器は?」


 御令嬢は、武器を持たずに馬車から出ようとする私たちに声をかける。


「心配ありません。パンファギア×収納!」


 手元に魔法の収納空間を出現させて、キコアの槍と私の剣を出す。


「あなた、魔法使いだったのですわね」


「必ず守り切ります。御令嬢はルティアさんと一緒にいて下さい」


 馬車の扉を開けて外に飛び出す。


「うりゃあ!」


 キコアは躍り出たと同時に、すぐそこまで迫っていた野盗の喉めがけて、槍の石突きの部分を押しこんだ。


「おえぇぇ!」


 転げまわる野盗のお腹に、キコアは何発も蹴りを入れ、さらに槍の石突きで顔面を何度も叩く。

野盗は痙攣し、立てる状態ではなくなってしまった。


「これくらいやんねぇとな。さて」


 周囲を見回せばウィナミルさんたちが野盗と戦っていた。

 敵はざっと10人……15人以上いる。

 ウィナミルさんは素早い剣さばきで野盗を圧倒。

 ラエリンも意外と善戦している。

 野盗の一人が私に迫ってきた。剣を抜き、構える。


「エオラプトル×俊敏性強化(小)!」


 そういえば私がこの世界に来て戦ってきたのは魔物ばかりだ。

 人間と戦うのは初めてだ。

 私が振るう剣は、人に当たれば血が出るし、勢いよく振るえば相手は斬れてしまうし、場合によっては死んでしまう。


 野盗が剣を振り下ろしてきた。

 恐竜と魔法の力のおかげで、敵の動きが見えるし、避けられる。だけど……。


「フィリナ! なに相手に合わせてんだ。ちゃんと戦え!」


「そんなこと言ったって。この人たちは魔物じゃない」


 キコアは槍の穂先を躊躇なく相手に向けて戦っている。


「さてはビビっているのか? 覚悟決めねぇとこっちが殺されるぞ」


 そんなこと言ったって。

 こうなったらパンファギア×収納。

 魔法の空間から太い木の棒を取り出した。旅の途中で棍棒にピッタリだと思って拾っていたものだ。

 エオラプトル×俊敏性強化(小)!

 野盗の背後にまわりこんで、木の棒で後頭部をおもいきり叩いた。

 これで気絶して。お願い。

 ところが野盗は数歩よろめいただけで、再び襲ってきた。


「こうなったら」


 顔面を殴りつける。

 すると、鼻血を噴き出して倒れてくれた。よかった。


「油断するな。まだまだいるぞ」


 キコアの前には、足を斬られ、立てなくなっている野盗がいる。

 キコアの槍の穂先には、真っ赤な血が滴っていた。


「キコア……」


「ボケっとするな。走るぞ」


 ウィナミルさんの加勢に向かう。そのとき

 私とキコアのあいだを、何かがすり抜けていった。


「矢だ! どこから?」


「森の中か。弓兵まで用意するとは」


 キコアにウィナミルさんが答える。


「厄介だな。森の中の者は私が相手をする。ここは任せたぞ!」


 ウィナミルさんは息を吸い込むと、ものすごい加速で森の中へと突っ込んでいった。

 あまりの速さに、踏みしめた地面が抉れている。私の俊敏性強化(小)よりも速い。


 ルティアさんが言っていた。ウィナミルさんの特技は『身体強化』。

 体内の魔力を、筋力増強や動体視力の強化にまわすことのできる特技なんだそうだ。

 これなら森に潜む弓兵にだって勝てるはずだ。


「私だって戦いますわ!」


 メイド姿の御令嬢がナックルを構えて、馬車の外に出てしまっていた。

 ばあやは馬車の扉を開け、御令嬢に戻るよう叫んでいる。

 野盗が迫っている。

 しまった。馬車から離れ過ぎてしまった。


 ところが野盗は後退する。なぜ。

 そのとき馬車の前に筒状の物が何本も投げ込まれた。投げたのは野盗だ。

 筒状の物体は破裂して周囲は白い煙に覆われてしまった。


「ゴホっ! これは催涙……違う、催眠薬か。みんな、吸い込むな。近寄るなっ!」


 キコアは叫ぶけれど……煙の中には御令嬢やルティアさんもいるんだ。


「助けなきゃ……」


 駆けようとしたけれど……力が入らない。煙を吸い込んだみたいだ。

 遠のく意識の中で、ルティアさんの声が聞こえた気がした。


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