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38.護送開始

 お別れにやってきた二人の貴族と、数人の使用人に見送られ、御令嬢を乗せた箱馬車は出発した。


 先頭は魔剛馬のラケロパさんと兵士。

 続いて魔剛馬のウィナミルさんと騎士2名。

 箱馬車の御令嬢とばあやさん。御者は使用人。

 御令嬢の荷物を乗せた幌馬車。こちらも御者は使用人。

 私たちの荷物と、私たち冒険者3名を乗せた荷馬車。御者は兵士。

 最後に魔剛馬のラエリンだ。


 貴族街を抜けて街の外へ出る。すると。


「あれ? オッサンたち、先に行っちまったぞ」


 馬車から身を乗り出して先頭の様子をうかがっていたキコア。

 先頭のラケロパさんたち、どうしたんだろう。


「偵察に行ったんだ。俺たちは御令嬢を護送してるんだ。途中に変なヤツらがいないか確かめに行ってんだ」


 ラエリンが教えてくれた。それなら安心だ。




 お昼の時間になった。馬車を停めて昼食を軽くすませる。

 するとばあやさんがこちらにやってきた。


「三人はこれから私どもの馬車に乗っていただきます。お嬢様のはなし相手になってもらいますよ」

 



「何を話せばいいのだろう」


「なんで俺まで」


「楽しいおはなしですか。う~ん」


 箱馬車の中は前とうしろで座席が向かい合っている。電車のボックス席みたいだ。

 前の座席に私とキコア、ルティアさん。

 反対側には御令嬢とばあやさん。

 ばあやさんは、なにか喋ろよ、という視線を送って来る。


「よし。俺とフィリナがストレンジゴブリンに囲まれたとき」


「ちぇいっ!」


「イテェ!」


 ばあやは扇子でキコアの手の甲を叩いた。


「野蛮な話はお嬢様に悪影響を及ぼす恐れがあります。やめなさい。それとキレイな言葉を使いなさい。なんですか『俺』って」


「俺の何がいけないんだ」


「ちぇいっ!」


「ぎゃあっ!」


 楽しいはなしか。

考えてみたら、生まれ変わる前まで遡っても、ずっと大変だった気がする。

ああ、御令嬢はずっと無表情だ。


「あの、朝お見かけしたマルネス子爵とは、どなたですか」


 ルティアさんがマルネスという名前を出した途端、御令嬢の眉がピクリと動いた。


「まぁ、ご存知ない。では説明いたしましょう」


 ばあやさんが解説を始めた。

 その解説は、今日の旅が終わるまで、ずっと続いたのだった。



☆☆☆



「あの婆さん、ずっと一人で喋っていたな」


「おかげで間が持ちましたね」


 キコアが辟易といった感じで干し肉をかじっている。

 焚き火を囲んで遅めの夕食を取っているのだ。


 御令嬢や騎士たちが夕食を取っているあいだ、私たちは見張りをしていた。

 今はラケロパさんらが見張りをしている。

 騎士や御令嬢、使用人たちは休みはじめた。


「ばあやさんのおかげで、いろいろ分かったね」


 いろいろ教えてくれた。伯爵領の歴史、王国内での立場、伯爵領の現在……。

 もっとも熱を入れて語っていたのは御令嬢の父親の話だ。


 ピアノニッキ伯爵を支えていたのは二人の貴族だ。

 そのひとりが御令嬢の父親。

 天職が闘士であることを活かして、伯爵領の騎士団と共に領内の治安維持に努めていた。


 魔物退治にも力を入れていて、彼が伯爵領に来てからは、街の周囲で魔物に襲われる人の数は激減したという。


 さらにピアノニッキ伯爵領の西は、ゾルンホーフェン帝国という外国だ。

 国境となると、どうしても外国から犯罪者が逃げ込んできて、治安が悪くなってしまうという。

それでも伯爵領の治安が維持されていたのは、御令嬢の父親のおかげなんだと、ばあやさんは言っていた。


 そんな御令嬢の父親だけど、先日亡くなった。

 伯爵の街のさらに西。帝国との国境線付近に魔物の大群が出現した。

 御令嬢の父親は騎士団を率いて討伐に向かった。

 そして戦いの中で死んでしまったのだ。

 父親を失った御令嬢は伯父であるオスニエル子爵に引き取られることになった。


「あなたたち」


 私たちが火を囲みながら携帯食を食べていると、御令嬢がやってきたのだ。

 この時間、夜番以外は馬車の中やテントで休んでいるというのに。


「どうしました? 見張りは兵と冒険者が担っております。安心して休んで下さい」


 ルティアさんが優しい声でテントに戻るよう促す。

 ガサガサっ。

 ちょうどそのとき、茂みが揺れた。


「きゃっ!」


 御令嬢は怯える。私とルティアさんは茂みに視線を注ぐ。

 人や魔物の気配はない。

 キコアは素早く鉄の槍を手にすると、茂みにそっと近づき、一気に槍を押しこんだ。


「やったぜ。猛牛ガエルだ。焼いて食おうぜ」


 槍には小型犬ほどの大きさのカエルが刺さっており、ピクピクと動いていた。


「魔物や夜盗ではありませんね。お嬢様、安心してお休み下さい」


 ルティアさんは御令嬢に言うけれど、彼女の顔は明るくはならない。

なんだか思いつめているような表情なのだ。

 そしてボソッとつぶやいた。


「私は命を狙われていますわ」


「え?」


 目をあわせず、俯いたまま続けた。


「もし何者かが襲ってきたら、無理に戦わずに逃げて下さいまし」



☆☆☆



「あれってマルネス子爵と関係あるのかな」


 朝になり、出立の準備をしていると、キコアが疑問を口にした。

 命を狙われている。

昨晩、あのあと御令嬢はすぐに踵を返すと、テントへ戻っていった。


 昨日、馬車の中で、ばあやはマルネス子爵について教えてくれた。

 ピアノニッキ伯爵を支える貴族の一人。

 伯爵領の街で大きな賭場をつくり、収益金で伯爵領を支えているんだそうだ。


 賭場を開けば、領内外から多くの人がやってくる。

 中には悪い連中だってやってくる。伯爵領の治安だって悪くなる。


 そこで御令嬢の父親が心身をすり減らすおもいで、騎士や兵士と共に治安維持に努めていたそうだ。

ろくに屋敷には戻って来なかった。ゆっくりできる時間もなかったんだ。


 このことはウィナミルさんも知っていた。

 昨晩、マルネス子爵について聞いてみたところ、どうも御令嬢の父親との仲は悪かったそうだ。

 一方は街の平和のために命をかけ、もう一方は賭場を開き、お金儲けに走っていた。


 御令嬢の父親は賭場の閉鎖を求めていたともいう。

 でも、賭場の収益金のおかげで伯爵領が豊かなのも確かだったのだ。


 御令嬢の父親は魔物との戦いで命を落とした。

 どうも援軍が間にあわなかったらしい。

 援軍を率いていたのはマルネス子爵の息のかかった騎士だった。


 御令嬢の父親の部下たちは、援軍は故意に遅れたものだと考えている人たちもいるという。

そんな話を御令嬢が聞けば、どうなるか。


「マルネス子爵を悪者だと考えてしまいますね」


「実際、悪そうな顔してたもんな」


 ルティアさんとキコアの表情は硬い。

ばあやさんは、マルネス子爵は経済面で伯爵領を支えているとだけ言っていた。

御令嬢の前では、マルネスのことを悪くは語っていなかった。


「さぁ、出発するぞ」


 ウィナミルさんの号令で、出発の準備を整える。

 そこへばあやさんが私たちのもとへやってきた。


「あ、婆さん。御令嬢が暗いのって、やっぱりマルネス子爵が関係してたりする?」


「冒険者風情が貴族のことを悪く言うものではありません」


 ばあやが睨みを利かせてきた。


「さて、今日もあなた方にはお嬢様と馬車に同乗して頂きます。その前に……」




「どうして俺がこんな恰好を……」


 馬車の中のキコアは、恥辱っ! といった表情で視線を落としていた。

 キコアは今、いかにもお嬢様といった服を着せられ、座らされている。


「もし野盗が襲ってきた場合、お嬢様が第一に狙われるでしょう。さらわれてしまう恐れもあります。そこで、あなた方には日替わりでお嬢様の身代わりを務めていただきます」


 そう言うばあやさんの隣には、メイド服を着た御令嬢がいる。

 今日から御令嬢は、貴族の使用人という設定だ。

もし今、盗賊が襲ってきても、狙われるのは変装したキコアになるという作戦だ。


「だからって、どうして俺が!」


「そのための女性冒険者でしょう」


「伯爵領は安全なんだろ。盗賊なんて、来るときはいなかったぞ」


「念には念を」


「だからって、どうして俺が!」


「だから『俺』なんて言葉を使うのは、およしなさい。それでも女性ですか」


 ばあやがキコアの手の甲を扇子で叩く。

 キコアは泣きそうな顔だ。

 そう。キコアは女の子だったのだ。


「私はずっと男の子だと思っていたよ」


 言動といい、食べ方といい、座るときは胡坐あぐらだし。


「私は一目見たときから、女の子だと気付いていましたが」


 私とルティアさんのあいだに座っているキコアは実に不満そうだ。

 御令嬢のような長い髪のカツラまでつけているので、ここまで変装すると、女の子だったんだなって思う。


「どうしてキコアは男の子っぽい格好をしていたの?」


 私が聞くと、キコアはつまらなそうに口を開いた。


「だって女で子供の冒険者だと、周りから舐められるじゃねぇか。いい仕事だって回って来ない。だから俺は、できるだけ男っぽく」


「それは、大変でしたのね」


 珍しく御令嬢が喋ってくれた。


「冒険者は女子では活躍できないものなのでしょうか」


「そんなことはありませんよ。私がお世話になった冒険者パーティは全員女性でしたし」


 ルティアさんが返す。

 ルティアさんは可憐な女の子という印象だけれど、ちゃんと冒険者だ。

 実力があれば13歳の女の子でもDランクなのだ。

 私は聞いてみた。


「ねぇキコア。自分のことを『俺』って言いだしたのは、いつ?」


「生まれたときからだけど?」


「ガニ股や男の子みたいな言葉づかいは?」


「生まれたときからだけど?」


 どうやらキコアの言動は、生来のもののようだ。

 変装に慣れてきたのか、キコアはスカートの下の足を、いつも通り大きく開いていた。

 ばあやさんの扇子が、キコアの膝を容赦なく襲った。


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