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35.出発

 騎士団の騎士であり、ルティアさんのお兄さんでもあるウィナミルさんが持って来た依頼。

 それは子爵領の隣にあるピアノニッキ伯爵領に住むという子爵様の御令嬢の護送だった。


 この依頼をふたつの条件を飲んでもらうことで快諾した。

 ひとつは仲間と共に受けること。

 ルティアさんはお兄さんと仕事ができると言って嬉しそうにしていた。


 伯爵領への出発は一週間後。

 それまでのあいだ、私とキコアはGランク冒険者として日々の依頼をこなした。

 角ウサギ狩り、暗渠のネズミ退治、住宅街の軒下にできた蜂の巣の撤去作業。


「ネズミ退治中にデイノスクスが出てきたときにはびっくりしたな」


 デイノスクスとはワニの魔物のことだ。魔法でやっつけたけど。

 私はキコアから冒険者として魔物を狩り方と、この世界の生活術を学んだ。

 どうしても実力では敵わなかったり、時間がないときにだけ魔法を使った。

 魔法が使えなくても生きていけるようになりたかった。

 キコアはそれを分かってくれた。


「でも受けた仕事はきっちり成功させたいし、金だって欲しいんだ。夕方になっても仕事が終わらなかったら、魔法を使ってくれねぇかな」


 キコアに困った顔でお願いされたことがある。

 お願いされなくても分かってる。

 私だって仲間にはしっかりした食事を取らせてあげたい。

 お金を稼ぐことだって大事なんだ。


 一方、ルティアさんは『短い首の羊飼い』で働きはじめた。

 メイド姿が好評なのか、翌日から噂がたち、私たちが仕事終わりに立ち寄ろうとしても、客席は満員で入店できない状態だった。


 そして一週間が経った。


 ご令嬢の護衛の騎士隊との待ち合わせ場所は街の西門だ。

 門兵に冒険者証を見せて、街の外に出る。


「来たか」


 騎士隊の隊長を務めるウィナミルさんがいる。

 ほかに騎士が3人と兵士が3人。


「よぉフィリナ! また会ったな!」


 ゲ、騎士の一人はラエリンだった。


「俺と一緒に任務をこなせることを光栄に思えよ冒険者ども。ん、ひとり美人がいるじゃねぇか」


 ラエリンはルティアさんを目に止めると、声色を変えた。


「意見があうな。その者は私の妹だ」


「え、ウィナミル殿の妹君でしたか……」


 ラエリンは後ずさりをして、馬の手綱を握る仲間のもとへ引っ込んだ。

 どうしてあんな男が護送任務についているんだ。

そんな私たちの視線を受けたウィナミルさん。


「上の者の判断だ。ラエリンは貴族の出。ご令嬢も貴族。そんな配慮だろ」


 どんな配慮だ。


「皆さん、来てくれたね」


 兵士の一人、ラケロパさんだ。

 私が護送の仕事を受けるに当たり、条件をふたつ提示した。

 そのひとつがラケロパさんにも護送の仕事をお願いしてほしいというものだ。

 ラケロパさんは兵士でありながら、仕事がないため自宅待機を命じられ、食堂兼宿屋の仕事を手伝っていたのだ。


「フィリナさんが仕事をまわしてくれるよう、お願いしてくれたそうだね。ありがとう」


「いえ。でも、お店から二人も働き手がいなくなってしまいました。女将さんには迷惑かけたかもしれません」


「接客に慣れていない私がいなくても、店の売り上げは変わらないよ。むしろ兵士として稼いでいたほうが妻と娘には喜ばれる。ルティアさんが店を離れるのは痛手だが、本当に忙しいときは、ご近所さんが助けてくれるさ」


 頑張らなくちゃね。そう言ってラケロパさんは仲間のもとへ戻った。


 ルティアさんとキコア、ウィナミルさんと騎士2名、ラケロパさんら兵士の人たち。あと馬。ついでにラエリン。

 この人たちとの旅が始まった。



☆☆☆



「さすが魔剛馬だ。速いな」


 キコアが幌つきの馬車の荷台から半身を乗り出して外をうかがっている。

 伯爵領までは馬で一ヶ月。

 また一ヶ月の長旅かと覚悟していたけれど、魔剛馬を使えば半月で到着するそうだ。


「瞬馬という馬なら5日ほどで到着するそうです。魔剛馬ほど力はないので、さすがに、この速さで馬車を引くことはできないそうですが」


 瞬馬は領主同士での親書のやり取りや、冒険者ギルドの支部間での緊急連絡の際に重宝されるのだとルティアさんが教えてくれた。


 ウィナミルさんと3人の騎士、ラケロパさんと一人の兵士は、それぞれ魔剛馬に乗っている。

 あと一人の兵士が御者をする馬車は、魔剛馬3頭が引いてくれている。

 そんな馬車の荷台には荷物や食糧と共に私たちが乗っている。


「ルティアさん。私たちが迎えに行くご令嬢って、たしか名前はエリザベス様だっけ」


「はい。エリザベス・オスニエル様ですね」


 エリザベス様。子爵令嬢なのに、お隣の伯爵領に住んでいるお嬢様だ。

 どうして伯爵領に住んでいるかというと。


 ルティアさんの話だと下級貴族は上級貴族を助けなければいけないそうだ。

領民が税を領主に納めるのと同様に、子爵様は財産のひとつである人材を伯爵様に預ける義務があるみたい。


 子爵様のお父さんは伯爵様の街の治安維持のため、自分の第二子である子爵様の弟を、伯爵様に預けた。

 弟さんは天職・闘士。

 彼は成人になると伯爵領に行き、貴族として伯爵様とともに歩み、格闘家として街の平和維持に貢献した。何十年も。

 そのあいだに結婚し、娘も生まれたという。


 そんな闘士の弟さんが先日お亡くなりになった。

 妻である女性は既に亡くなっており、家族は10歳になる娘さんだけ。

 ほかの親族は全員、子爵領に住んでいるそうだ。


 保護者のいない娘は子爵様が引き取ることになった。子爵様にとっては姪だからだ。

娘さんは引っ越さなければならない。

 そんな娘さんがエリザベス・オスニエル御令嬢だ。


「10歳で親が二人ともいないんだ。なんだか放っておけないな」



☆☆☆



「お兄さま。初日のお勤め、ご苦労様です」


「ああ」


 陽が沈みはじめた。

 ここは子爵様の街から魔剛馬で一日目の場所にある、とある村だ。

 村の広場にテントを張ることになった。


 キコアとラケロパさんが機敏な動きでゴハンの支度をしていく。

 驚いたことに騎士の人たちも料理が得意そうだ。私はただのお手伝いだ。


「お兄さま、お疲れでしょう。私どもは馬車に乗っていただけ。料理はお任せ下さい」


「何を言うか。魔物も賊も出なかった。馬に乗っていただけで疲れる騎士がいるものか」


 二人とも、本当は仲がいいのかな。


「はぁ。どうして俺がイモの皮むきなんか」


 オマエは働けラエリン。一日馬に乗っていただけじゃないか。

 ラエリンは村の人から分けてもらった野菜を剥いている。不器用だ。

 そう言う私もラエリンと変わらない不器用さだ。悔しい。


 野菜、畑の作物。リオハ村でも同じ物を作っていた。

 お祖父さんやヘレラちゃんは元気かな。

 伯父はみんなと仲良くなれたかな。


「皮むきが嫌なら街に戻るか」


「勘弁して下さいよウィナミルさん。戻ったら警護の訓練がある。やりたくはありませんよ」


 ラエリンが弱っている。


「警護って、子爵令嬢のためか」


「バカ言え。もっと偉い人がお忍びで子爵領にやって来るんだよ。なんと公爵様だぞ」


 キコアの質問にラエリンが答えると、ウィナミルさんが顔色を変えた。


「その件は他言無用のはずだ」


「あぁっ、すいませんでしたっ」


 その場が静まり返ってしまった。


「いや、すまないな。半端な情報だと勘繰られるか。ちゃんと話して上で口止めしたほうが良いな」


 そして夕食を食べながらウィナミルさんが話してくれた。

 偉い公爵様が子爵様の街にお忍びでやって来るという。

 公爵様の趣味は旅先で地元の貴族たちに出会うこと。


 今回の宿泊地はオスニエル子爵様の街だ。

 周辺の貴族たちも御挨拶のために子爵領にやってくる。

 時期はエリザベス嬢が子爵様の街に到着してから3日後のこと。

 公爵様へご挨拶ができるよう、エリザベス嬢の到着時期を設定したそうだ。


「いいか。他言無用だぞ!」


 口を滑らせた張本人であるラエリンが言う。

みんなでラエリンを睨んで一日目は終了した。




 子爵様の街を出てから7日目。


「さすがに山岳地帯は速度が出せねぇよな。うわ、また揺れた」


 私たちは馬と馬車で岩山の道を進んでいる。

 道には柵なんて設けられてなく、踏み外せば断崖絶壁から転落だ。

 キコアが言うとおり、馬車の車輪が石を踏めば、ガクンと車体が揺れる。

 それでも、この道は商人や貴族の使者がよく使う道なので、整備されているほうだという。


 ときおり、落石のあとなのか、大きな石が道を塞いでいた。

 私はエオラプトル×俊敏性強化(小)の力で馬車が通れるように石をどかした。

 ウィナミルさんも特技を生かして石をどかしていた。どんな特技なんだろう。

 ラケロパさんたちは500メートルほど先行して馬を走らせていた。ところが。


「ウィナミル殿」


 ラケロパさんともう一人の兵士が、魔剛馬に乗ったまま止まっている。

 私たちが追いつくのを待っていたようだ。


「どうしたのだ?」


「あれをご覧ください」


 ラケロパさんが指す先、崖の下は森が広がっている。

 よく見れば道がある。これから私たちが進むところだろうか。

 その道から逸れて、森の中。

 目を凝らせば、枝々の下の地面が見える。


「なにか、動いているの?」


 大きな生き物が走っている。

 先頭は、人?


「オークです。何者かが追われているようです!」


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