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34.指名依頼

 ルティアさんが街に慣れるまで働くことになった食堂兼宿屋の『短い首の羊飼い』。

 お店の前をホウキで掃除していると男の人が声をかけてきた。


「フィリナ、さっそく客を捕まえたな」


 厨房からキコアが顔を覗かせる。

 立ち話はなんだからと、男の人は店の中に入り、テーブル席についてしまった。

 私に用があるみたいなので、私も席に着く。


「ご注文はなんですか」


 娘さんが注文を聞きに来た。


「そうだな。では肉入りのスープを二人分くれ」


「私はいりません」


「そう言うな。私の話のために労働時間を割いてしまっているのだ。奢らせてほしい」


 この人、勘違いしている。私はこの店で働いているワケではないんだ。

 男の人はこちらの思いとは裏腹にはなしだす。


「私はオスニエル子爵様の騎士団に所属しているウィナミルという者だ。キミは冒険者のフィリナなのだな」


「はい」


「騎士団長が感謝していた。私は街の留守を任されていたため、討伐戦には参加できなかった。なんでもキミは強力な魔法で魔物を弱体化させ、騎士や魔法士を助けていたそうだな。よく仲間たちを助け、街を守ってくれた。感謝する」


 ウィナミルさんは頭を下げた。


「いえ、私はたいしたことはしていません。私は遠くから魔法を使っただけ。魔物に立ち向かったのは騎士の人たちや先輩冒険者です。お礼されるような者ではありません」


「ストレンジゴブリンが変異種であることを知らせてくれたそうじゃないか」


「知らせただけです。実際に戦ったのは騎士や魔法士の皆さんでした」


 ウィナミルさんは神妙な顔つきになった。


「実はな、ストレンジゴブリンの甲が厚くなり、飛行能力を得ているという情報は事前に得ていたのだ」


「事前に?」


「そうだ。数日前、騎士団の先遣隊が魔物数体と戦っていた。やはり変異種だったため苦戦したそうだ。しかし、これまで騎士がストレンジゴブリン相手に負けるようなことはなかった。そこで変異種はごく一部だという仮説をもとに陣が敷かれた」


「それが騎士と魔法士が別れた布陣」


「そうだ。変異種の存在は多くの騎士や魔法士、冒険者には知らされていなかった。ところが葡萄酒の村に現れた魔物は11体中の11体が変異種。変異種は一部だけではない可能性が出てきたのだ。キミの報告で上の者の考えが変わったのだ」


 もし私たちが報告をせずに葡萄酒の村に留まっていたら、騎士や冒険者の死傷者はもっと増えていたのかも知れなかったんだ。

 そして、この街だって、どうなっていたか分からない。


「倒した魔物から得られた素材なんだがな」


 ウィナミルさんが話を続ける。


「硬い甲や魔石を大量に手に入れることができ、子爵様はお喜びになっている。なんでもアルマガ村という場所に未知の魔物があらわれ、焼き払われたらしい。税収が減ってしまったが、魔物の素材を売ることで、赤字を補てんできるとのことだ」


 黒きGの素材……私は使いたくない。


「役に立つんですか? 焼いたり凍らせたりしたのに」


「無事な部分もある。甲は鎧に使える。バナバザール侯爵領や南方伯が買い取ってくれるのだ。魔石も上質だと聞いた。さきの討伐戦は魔物の数と力のわりには死傷者の数は少なく、得られたものは大きい」


「それは良かったですね」


「キミの活躍も大きかったのだ。強力な魔法が扱えるのなら、魔法士学校に入学し、将来は魔法士になるべきだ」


「魔法士学校。そんなものがあるんですか」


「天職が魔法使いであり、攻撃魔法を特技とする者は魔法士学校に。回復魔法を特技とする者は僧侶学校に通うことになる。将来は両者とも魔法士団で働くのだ」


 攻撃が得意なら魔法士。回復が得意なら僧侶なのか。

 魔法士のお婆さんは回復魔法を使えたけれど、僧侶って感じじゃなかったし、攻撃魔法が特技だったのかな。


「フィリナ。子爵様は天職が魔法使いである子供には、助成金で学校に行かせてくれる。将来は魔法士団の魔法士になるのだが……よかったら」


「いえ。私は冒険者です。ちょっと前に目標ができましたから」


 私の目標。それはルティアさんをBランクにすること。

 学校には通っていられない。


「どんな目標か教えてくれないか」


「騎士にしてあげたい女の子がいるんです」


「ほぅ」


 騎士と聞いて興味を持ってくれたのか、ウィナミルさんは私の目を覗きこんだ。


「その女の子は家族の人に騎士になることを反対されたんです。その子はとっても強くて凛々しくて優しくて。騎士にピッタリだと思うんです。私、何度もその子に救われました」


「優しいか。私にも似たような妹がいる。その者も騎士になりたいと言っていたよ。しかし、騎士というのは辛い仕事だ。優しい者が就くべき職ではない。キミの友人の家族は、おそらく、そのことを知っているからこそ夢を諦めさせたのだろうな」


「私の知っている子は強い子です。どんな困難でも乗り越えられると思います。ちなみにキレイでおしとやか。可愛いところもあります」


「私の妹も同じだ。しかし強かろうが適性というものがある。騎士の務めは多様だ。汚れ仕事だってあるのだ。優しくて思いやりのある者では心が折れてしまう。私はそれを危惧し、妹には諦めてもらったのだ。妹が悲しむ姿なんぞ見たくはないのだ」


「けれど、彼女のお兄さんはBランク冒険者になれば騎士になれると言っていたそうです」


「冒険者が騎士になることにランクは関係ない。重要なのは適性だ。その者はずいぶん適当な嘘をついたものだな」


「ウィナミルさん、騎士を目指している妹さんがいらっしゃるのなら、もう一度会って話を聞いてあげて下さい」


「すでにこの街にはいないかもしれないな。酷くあしらったんだ。でも、せっかく会いに来てくれたんだ。一緒に食事くらい、してやればよかった。後悔しているよ」


 ウィナミルさんは私から目を逸らした。

 その目は少し潤んでいるように見える。なんだか寂しそうだ。


「お待たせしました。肉入りのスープ二人前です」


 現れたのはメイド姿のルティアさんだった。スープの載ったお盆を持っている。

 そういえば以前ここに勤めていた人が置いていった服に着替えたんだっけ。

 その人は貴族の屋敷のメイドだったとか。だからメイド服なのか。

 さっそくお店の仕事をしているんだ。


 そんなルティアさんに気付いたウィナミルさんの目からは、潤いが消えていき、大きく見開いていく。


「ルティア! なんて姿をしているんだ!」


「きゃあっ! お兄さま! なぜここに!」


 ウィナミルさんが大声を出し、ルティアさんが悲鳴を上げ、お盆から手を離した。

 このままではスープがもったいないことに。

 エオラプトル×俊敏性強化(小)! 

 お盆が床に落ちる前にキャッチ! よし、間にあった。

 ところで、どうして目の前の二人は固まっているんだろう。



☆☆☆



 話を聞いてみれば、ウィナミルさんはルティアさんのお兄さんだという。

 ルティアさんを席に座らせ、二人の前にはスープを置いてあげた。

 私はお盆を持って立っている。

 お兄さん、妹と念願のお食事だ。

 妹はメイド服だ。だけどその顔は険しい。


「ルティア。てっきり男爵様の街に帰ったものだと」


「お兄さま。私は騎士になるまで、この街から離れる気はありません」


「オマエがBランク冒険者になれるとは思えないが」


 ウィナミルさん。騎士になることと冒険者のランクは関係ないって言っていたのに。


「まぁいい。勝手にしろ。私はそちらのフィリナに冒険者の依頼をしに来たのだ」


「冒険者の依頼?」


 ルティアさんが首を傾げる。


「そうだ。私は仲間と共に一週間後、隣の伯爵領に住む子爵様の御令嬢を迎えに行かねばならない。御令嬢は10歳。男だらけの騎士に囲まれながら旅をすることは、心苦しかろうと考えているのだ」


 そこで女性冒険者を雇って、ご令嬢の側につかせたいんだそうだ。

 ようは御令嬢と護衛の騎士とのあいだにクッション役の女性が必要なのだ。

 女性でも冒険者、なおかつ同い年の私にクッション役を依頼したいんだと言う。

 私は聞いてみた。


「女性の騎士はいないんですか」


「残念ながら子爵様の騎士団にはいない。魔法士の女性はいるが、騎士と魔法士での共同任務に手を上げる者はいないだろう」


「騎士になりたい女性なら、目の前に座っていますが」


 私が言うと、ウィナミルさんはゴホンっと咳をした。


「フィリナ。御令嬢の護送の任。受けてくれないだろうか」


「御指名ですか」


「そうだ。受けてくれれば、騎士団が正式に冒険者ギルドへ依頼を出す。報酬も出るだろう。どうだろうか」


 子爵様のご令嬢。

 どうして隣の伯爵領に住んでいるんだろう。ところで。


「ねぇキコア、Gランクって指名された依頼って受けられるのかな」


「わざわざGランクを指名する物好きなんていねぇよ。まぁダメってことはないだろうけど」


 厨房から顔だけ覗かせたキコアが答えてくれる。


「なんだと?」


 ウィナミルさんの顔色が変わった。


「フィリナがGランクだと言うのか。魔法で騎士団を勝利に導いた者が! Gランク? 冒険者ギルドは正当な評価すらできないと言うのか! 抗議してやる!」


 やめて下さい。こちらには事情があるのです。


「お兄さま、ご一緒します」


 ルティアさんまで。

 私は初心者です。だからGランクなんです。


「ウィナミルさん。お仕事、お受けします。けれど条件がふたつあります。ひとつは私には仲間がいること。その子たちと一緒で良いですか」


「パーティか。もちろんだ」


「仲間は奥にいるキコアと、そこにいるルティアさんです」


「なにっ!?」


 驚くウィナミルさん。

ルティアさんがハッとした表情で私を見た。


「私がお兄さまとお仕事ができる?」


「そうだよ。よかったね」


 口を開けたままのウィナミルさんに、ルティアさんは頭を下げた。


「お兄さま、よろしくお願いします」


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