3.村娘フィリナ
昨晩は一睡もできませんでした。
「そういえば神様、別人に生まれ変わらせるって言っていたっけ」
別人って、私の魂がほかの人の身体に乗り移るって意味だったんだ。
昨晩、オバサンは部屋から男の人たちを追いだすと、服を用意してくれた。
そのあと村長と男の人たちがいる居間に行き、色々聞いてみた。もちろん私が別の世界からやって来た人間だとは言っていない。
私がこの世界の事に無知なことは、焼き殺され、生き返った際の副反応的なことだろうと、みんなは納得していた。
話を聞いて分かったこと。
まず、この身体の本来の主はフィリナちゃんという10歳の女の子だ。私を抱きすくめていたのは、この村の村長のお祖父さん。
村の名前はリオハ村。
ここリオハ村から南西に位置する隣村に、複数のゴブリンが現れた。
そこで村長の息子であるフィリナちゃんの父親、そして村の男たち数人で退治・罠を仕掛けに出掛けたという。
フィリナちゃんも父親と共に隣村へ行ったというのだ。なんでも隣村は高齢化が進んでおり、若い衆が少ないんだとか。それで手助けしに行ったという。
けれど、ちっとも帰って来ない。隣村へは一日も歩けば往復出来る距離なのに(それでも驚きの距離だけど)三日経っても帰って来ない。
そこで村の別の男衆が迎えに行ったところ、隣村は焼き払われ、多くの焼死体があったそうだ。
さらに、見たこともない魔物が村をうろついていた。
全身燃えさかる風体から、ファイヤーゴブリンと名付けられたソイツのせいで、迎えの男衆は村に入れず、ソイツが村から出た隙を狙って焼死体を回収。
急いでこの村へ逃げ戻ってきたと言っていた。
死体は損傷が酷く、誰のものかも分からない。唯一分かったのは、死体のサイズからフィリナちゃんのみだった。
村長は以前、村を訪れた商人から大金をはたいて、もしものときのために購入しておいた魔法の回復薬・ポーションを手に入れていた。
村長はポーションをフィリナちゃんの焼死体にふりかけ、なんとか形を残した口に注ぎこんだという。
もう助かるはずがないと、ある村人がポーションの使用を止めたそうだけど、村長は奇跡を信じていた。
そうして奇跡が起こった。フィリナちゃんは火傷ひとつなく、キレイな身体で蘇ったのだ。
たしかに見た目はフィリナちゃん、しかし中身はハタチの私なのだ。
「フィリナちゃんがポーションで生き返ったんじゃない。神様が私の魂を死んだ子に宿した。さらにサービス的な感じで火傷が治っただけだよね」
子供の頃に従妹が遊んでいたRPGでは、ポーションではダメージの回復できても、死んだキャラまでは生き返らなかった。焼け死んだ人間がポーションで生き返るはずないのだ。
今は朝を迎え、私は村の片隅にある広場にいる。
お祖父さんと何人かの村人はお墓を作るために村の片隅で墓穴を掘っている。焼き殺された人たちのお墓を作るのだ。
死体の損傷が酷いので個人の特定はできない。共同のお墓を作ると言っていた。もちろんフィリナちゃんの父親も、多くの犠牲者と共に埋葬されるんだ。
私も手伝うと言ったのだけれど、お祖父さんから子供のやることではないと言われ、私はやることもなく村の広場にやって来た。
広場と言っても何もない。雑草の上に丸太が置いてあり、そこに腰をかける。椅子なんてない。そういえば今の私の家にも椅子なんてなかった。
朝ご飯は床に座り、粗末な木の皿に置かれた果実や野菜を食べた。固かった。水洗トイレもシャワーもない。当然電気もない。
「まるで昔の村みたい」
遠くを見やれば村人たちが畑仕事をしている。リオハ村の朝は早いのだ。
リオハ村はイスキガラスト王国の南部に位置するらしい。西側には大きな山が連なっている。山の向こうは帝国という名の別の国だという。
地図を見せてとお願いしたら、お祖父さんは、そんな上等なモノはないと返してきた。そう言えば家の中では地図はもちろん、紙なんてなかった。
さて、私が置かれている状況だ。
別世界での私は村長の孫娘である。フィリナちゃんの母親はずいぶん前に亡くなっていた。父親はファイヤーゴブリンに殺されてしまった。兄弟姉妹はいない。おばあさんは亡くなっている。昨晩いたオバサンが教えてくれたのだ。
「怖い目にあったんだ。記憶だって、飛んじまうだろうねぇ」
オバサンの目は私への憐みでいっぱいだった。
すると現在はお祖父さんとの二人暮らしかと思いきや、同居人がいたのだ。
伯父である。父親の兄だ。この人との関係が、何というか複雑なのだ。
「フィリナちゃーん」
向こうから袋を持った女の子が駆けてくる。
「ここにいたんだね。心配したよー」
フィリナちゃんと同い年くらいだ。
女の子は満面の笑みで、私をよく観察し、安堵した表情で隣に座った。
「えっと……」
多分いまの私の友達だよね。名前がわからん。
「あ、お母さんから聞いたよ。記憶がないんだって? 大火傷したって言ってたもんね。記憶も燃えちゃったのかな。もしかして私の名前も?」
「え、あ、ごめんね」
子供を悲しませるワケにはいかない。咄嗟に謝ると、女の子は笑顔で頷いた。
「私はヘレラだよ」
ヘレラちゃんか。昨晩家にいたオバサンは何も知らない私にいろいろと教えてくれたのだけれど、その中のひとつが「フィリナ、アンタには友達がいるんだよ。うちの娘だ」だった。それがヘレラちゃん。
オバサン、最初は家族の人かと思ったけれど、ご近所さんだったのだ。
「それにしても、フィリナちゃんの伯父さん、酷いことするよね。そのせいでフィリナのお父さんや、髪の毛まで」
ヘレラちゃんが私の頭部を見て怒っている。
神様のサービスのおかげでこの身体の皮膚は完全に蘇生された。
子供の肌はツルツルのプニプニだ。ムダ毛だってない。桜色の爪、柔らかなほっぺ、長いまつ毛も同様に蘇った。
けれど、髪の毛までは元に戻らなかったのだ。そりゃ全身大火傷を負ったんだもの。髪の毛だって燃えたでしょう。だからって、どうして髪だけサービスしてくれなかったんだ。
そんなわけで、今の私の頭部は、足や腕同様にツルツルのピカピカだ。
私は仕方なく家にあったボロい布をターバンのように巻いて隠している。泥色の布だ。帽子はなかったのだ。
「そうだ。イイ物を持って来たんだよ」
ヘレラちゃんは袋から何やら取り出した。
それはキレイな黄色い布だった。まるで手芸屋さんで売っているような上等な生地である。こんな村にも、このような逸品が。
そうやって驚いていると。
「フィリナちゃんのキレイな金髪には敵わないけどね」
そういうとヘレラちゃんは私の頭のボロ布を取ると、黄色い布をバンダナのように頭に巻いてくれたのだ。
とても長い布なので、後頭部で締めた結び目から垂れる布がとても長い。ヘレラちゃんは、それを二つ編みにした。
「完成。これで火傷前に近づけたよ」
「あ、ありがと。私の髪は長かったんだね」
「へへ。よかった」
これが、この子なりの想いやりなんだろうな。そう感じたら、とても嬉しくなって目が潤む。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「ううん。最近死んだりして、いろいろあったから、優しくされると嬉しくて」
「うん。そうだよね。目も黒くなっちゃったしね」
「そうなんだ」
「キレイな青い目だったけれど、目も焦げちゃったんだね」
黒い目。日本人である私の影響かな。すると生えてくる髪も黒なのかな。生えてくればいいな。
ヘレラちゃんに頭を撫でてもらう。ああ、従妹もこのくらい可愛ければよかったのに。
「それにしても奇跡だよね。大人たちはもうダメだと言っていたのに。神様はいるんだね」
たしかに神様はいるけれど。私は聞いた。
「ポーションひとつで蘇ったこと、変じゃない? あれってただの回復薬だよね」
「変じゃないよ。そんな非奇跡的なこと言わないで。帰って来た私の親友」
「非奇跡的……」
非科学的という言葉なら知っているけれど。科学とは無縁そうなこの世界では、奇跡がまかり通っているのだろうか。
「さてと、フィリナちゃんの元気な顔も見ることができたし、私そろそろ畑に向かわなくちゃ」
立ち上がるヘレラちゃん。私も思わず立ち上がった。
「畑仕事? 子供なのに」
「関係ないよ。フィリナちゃんだって畑仕事してたよね。男の子よりも真面目に」
「そうだったんだ」
「村の大人、何人もファイヤーゴブリンに殺されちゃったから。頑張らないと。フィリナちゃんは昨日まで火傷だったんだもん。しばらく休んでいていいからね」
「ありがとう。あと、バンダナも」
「バンダナ? 頭の布のことね。いいって。じゃあね」
そう言うと、ヘレラちゃんは畑の方へ駆けて行った。
イイ子だな。
それに引きかえフィリナちゃんの伯父だ。オバサンの言うことが本当だとしたら、伯父はとてもとても、極悪人ということになる。
何故かといえば……フィリナちゃんたちがファイヤーゴブリンに殺された原因は伯父にあるというのだ。
第3話をお読みいただきありがとうございました。
第4話は数時間後に投稿します。
引き続き読んでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。