29.討伐戦(1)
葡萄酒の村に現れたストレンジゴブリンは硬い甲と飛行能力を持っていた。
私たちはこれからストレンジゴブリンと戦おうとしている騎士団の陣へ報告に向かった。
「炎と氷の魔法がないと、騎士の剣撃が通用しないだと」
一通り、昨晩の戦いを報告すると、騎士団長は表情を曇らせた。
ほかの人たちも困惑している。
「11体中、11体が変異種となれば、我々が戦うストレンジゴブリンも変異種の可能性が高い。騎士と魔法士が共闘する必要がありますね」
「それは、そうだがな」
冒険者ギルドの副支部長から話を向けられた騎士団長は表情を歪ませた。
そして、黒い三角帽子を被った黒いローブのお爺さんに視線を向ける。
「魔法士長、どう思う」
「魔法士は嫌がるだろうな。それは騎士たちも同様だろう。だから布陣を分けたのだろうが」
みんな黙ってしまった。
「現在の人員と布陣を再確認しましょう」
副支部長は机の上の地図を見下ろす。私たちも、それを覗いた。
地図はここ、平野だ。ここで魔物2000体を迎え撃つ。
この戦いの人員。
騎士70名
魔法士31名
兵士505名
冒険者・傭兵157名
計763名。
この人数で東から迫ってくる2000体の魔物の集団を、三方から挟んで迎え撃つ。
西の陣
騎士団長を含む騎士35名
兵士約200名
冒険者・傭兵約50名
北の陣
魔法士31名
兵士約150名
冒険者・傭兵約50名
南の陣
騎士35名
兵士約150名
冒険者・傭兵約50名
騎士と魔法士がとっても強いと考えた場合、従来の魔物が相手なら何とかなる布陣なのかもしれない。だけど。
「だからさぁ、今回の魔物は魔法で弱らせてからじゃないと、騎士や冒険者の攻撃が通らないんだって」
「分かっておる。魔法士の魔法だけでは倒しきれん。騎士だけでは剣撃が通用しない。ぬぅぅ」
キコアに意見された騎士団長は唸ってしまった。
「騎士には矜持がある。魔法士の援護なんぞ」
「魔法士にも自身の魔法に絶対的な自信がある。騎士の手を借りよう者なんぞ」
騎士団長と魔法士長が渋る。
「騎士と魔法士。そもそも共闘なんぞ、しばらくなかったからな」
「急に共闘ありきで編成しても、上手くいくかどうか」
この場にいる騎士や魔法士たちも乗り気ではなさそうだ。
どうやら騎士団と魔法士団の仲は良くないみたいだ。部署を越えて同じ仕事をしたことがないんだろう。
私が前の世界にいた頃、仲の悪い人と一緒に仕事しろなんて言われたら、憂鬱で仕方がない。
相手によっては、勝手にイラつかれて邪険にされる。良い結果なんて残せやしない。
でも、このままでは魔物に勝てないんだ。どうすればいいんだろう。
「ケンカしている場合じゃないだろ!」
キコアだった。
「お、おいっ」
騎士団長たちに近づくキコアに、ラエリンは声をかけるけれど無視されていた。
「いくつかの村が魔物に潰されているんだ。いくつ村を潰せば気が済むんだ。共闘すれば街ひとつが守れるんだぞ! こうやって判断が遅れて、守れるものも守れないで。街をサルタ村みたいに滅ぼす気かよ」
「サルタ村……5年前。魔物に蹂躙されて消えた村か。我々の判断が遅かったばかりに」
騎士団長が申し訳なさそうな顔でキコアを見た。
「キサマは何者だ」
「冒険者のキコアだ。そこにいるのは仲間のフィリナ。昨日一緒にストレンジゴブリンと戦ったんだ」
このタイミングで私を紹介するのか。みんなの視線が私に向くじゃないか。
「フィリナの魔法のおかげで魔物の甲が脆くなったんだぜ」
キコアの言葉に魔法士長が反応する。
「すると火炎と凍結の魔法を行使したのは、先代の魔法士長ではなく、オヌシだというのか」
あのお婆さん、先代の魔法士長なの?
目の前の魔法士長は私をジッと見た。
「オヌシが首からかけている、そのペンダントは」
「これですか。村を出るときに魔法士のお婆さんが預けてくれました」
「先代の魔法士長が、レアアイテムを預けたと。この娘を認めたということか?」
レアアイテム? そこへキコアが口を挟む。
「頭でっかちどもが何か言ってきたら、このペンダントを見せつけろって言っていたよな」
「ガハハッハハ!」
それを聞いた騎士団長は笑い出した。
魔法士長は帽子を取って頭を掻き、ほかの人たちは顔を見合わせている。
「まいったな。こりゃ、まいった」
騎士団長は呆れたようにニンマリとした。
「説得してみるか。部下どもめ。魔法士と共に戦えと言ったら、どんな顔をするだろうな」
☆☆☆
「騎士を西に30、北へ20、南に20人配置しよう。問題は……」
騎士団長が魔法士長を見る。
「魔法士か。難しいのぅ」
「難しいんですか」
聞いてみると魔法士長は頷いた。
「火炎と凍結の魔法。双方を使いこなせる魔法士はワシも含めて3人。火炎のみが15名。凍結のみが7名。ほかの6名は風や雷、回復魔法が専門じゃ」
雷の魔法でも何とかなる気がする。
「では、火炎の魔法士と凍結の魔法士を二人一組で西に3組。北と南に2組。両方使える3名をそれぞれ西・北・南に。ほかの魔法士は、それぞれ均等に」
「それが無難じゃのう」
魔法士長は副支部長を見た。
「冒険者で魔法が使える者は?」
「82人中、6人程度。火炎と凍結ともなると一組しか作れません」
「それで良い。その一組は西側に寄こしてくれ。ここが突破されたら、その先は街だからのぅ。さて騎士団長、布陣の再編成はできるかの?」
「やってみせよう。会敵まであと数時間。魔剛馬を使って魔法士を回収してやる」
こうして、ストレンジゴブリンとの戦いの準備が始まった。
☆☆☆
前方から黒い壁が迫ってくる。
でっかい黒きG。その数は2000体以上。
兵士がホラ貝を鳴らした。戦いの始まりを告げる。銅鑼じゃないのか。
私は今、騎士団長を魔法士長がいる西の陣にいる。
西の陣・人員
騎士30名
魔法士11名。内訳は魔法士長。火炎魔法と凍結魔法の使い手のペアが3組。ほか4名。
兵士約200名
冒険者・傭兵約50名
「弓兵、矢を放て!」
騎士の合図で、空に向けてたくさんの矢が放たれた。
矢は弧を描いて、黒きGの頭上へ雨のように降り注ぐ。
だけど、ほとんどがGの硬い甲に跳ね返されてしまった。
何本かは刺さったみたいだけれど、ものともせずに、こちらに向かってくる。
西の陣だけで2000体以上を相手にするワケじゃない。北の陣や南の陣も迎撃を開始しているはずだ。
目の前にいるのは大群の一部。一部だけれど、心が迫力に負けそうになる。
相手は二足歩行のG。大きさはゴリラなんだ。
「やはり効かぬか。魔法士隊。前に出よ!」
魔法士長の号令で魔法士たちが火炎魔法を放った。
何発もの火の玉が黒きGこと魔物に襲いかかる。
炎上する魔物。その中の何十匹かは背中の翅を広げて飛び出した。
「やはり上手くいかぬか。これは乱戦になるぞ。魔法士隊は続けて凍結魔法を放て! 飛んでいる魔物は矢で撃ち落とせ!」
魔法士が凍結魔法を放つ。
飛ばずに残っていた魔物に直撃。体表が凍てついていく。
それでも魔物は身体中の氷を砕き、こちらへ迫ってくる。
「敵の甲は脆くなったはずだ。槍隊、突撃だ!」
長槍を持った騎馬隊が魔物に突撃。槍で魔物を突き刺した。
「行けるぞ! 敵の甲は温度差で弱体化している」
騎馬隊は翻ると、こちらに戻ってくる。火炎魔法担当の魔法士が前へ出る。
魔物はまだまだ奥に控えているんだ。
問題は……
先ほどから頭上を飛び始めた魔物だ。
さらに進軍してくる魔物の中にも、翅を広げるヤツがいた。
「矢が効かないぞ!」
火炎魔法しか喰らっていない魔物だ。まだ甲が頑丈なんだ。
「クリオロフォサウルス×冷凍!」
手から冷気の風を出し、上空の魔物を凍結させて墜落させる。
それでも魔物は動きだす。
でも地面に落したんだ。あとは騎士や冒険者に。
「でかしたぞ。俺に任せろ!」
ラエリンの剣が魔物のトドメを差した。
「どうだ。すごいだろっ」
元気だな、この人。
「きゃあっ!」
魔法士の悲鳴に目を向けると、翅を広げた魔物が、魔物の隊列から飛び出して、魔法士の前に降りたっていた。
さらに魔物の隊列がばらつき始める。
お行儀よく並んで進軍してくれなければ、魔法士集団は効率良く魔法を当てることはできない。
魔法だって無限に放てるワケじゃないんだ。
「やはり、こう来たか」
騎士団長が魔法士を守るために前に出る。
「二人一組の魔法士は決して離れるな。兵どもは魔法士を守れ。騎士は魔物を魔法士の前に誘導しろ。冒険者と傭兵、上手く立ち回れよ!」
騎士団長は魔法士に襲いかかる魔物に斬りかかった。
だけど倒せない。まだ魔法を喰らっていない魔物なんだ。
私は駆けつける。
「今、私が魔法を撃ちます。だから離れて」
「むぅ。俺はいい。代わりに苦戦している者の下へ向かってくれ」
「でも」
「フィリナといったな。俺の天職は剣士。特技は重力操作だ!」
すると騎士団長は跳んだ。
とても重い鎧を着た中年太りのオジサンができるとは思えない跳躍だ。
私のエオラプトル×俊敏性強化(小)の跳躍よりもはるかに高い。
そして、不自然なくらいの高速で垂直落下。
真下にいた魔物を粉々に踏み潰した。
地面には半径1メートルほどの窪みができている。
「斬れないのならば、踏み潰すまでよ!」
髭をたくわえた丸い顔でニカッと笑った。やっぱりオーバーオールと赤い帽子が似合いそう。
周囲に目を向ければ騎馬隊が空から迫る魔物に邪魔されていた。
魔法士隊は……、凍結魔法を放った直後だった。騎馬隊には余裕がない。
私でも甲が脆くなった魔物なら倒せそうだ。
剣を握って魔法士のもとへ駆ける。
「おや、オヌシ」
「魔法士長さん、私が魔物にトドメをさします」
「おやおや。もうこちらの隊列が崩れたか。助けはいらんよ。ワシが何とかする」
「剣術が使えるんですか」
「使えるワケなかろう。ワシは魔法士。もっといいモノを見せてやろう……ゼフィロス!」
すると魔法士長は手から突風を放った。風の魔法だ。
魔法で甲が脆くなった魔物たちは、突風に粉砕されていく。
魔物たちのうしろに控えていた魔物もひっくり返っていた。
「さて、魔物どもめ。隊列を崩して左右に広がりおって。冒険者も傭兵も乱戦状態じゃ。フィリナよ、ここは任せよ。助けに行ってやってくれ」
こんなに強かったんだ。私はみんなを助けるために走った。




