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27.葡萄酒の村

「先ほどは助けていただきありがとうございました」


 酔っぱらった騎士のラエリンに絡まれた私たち。

 そこへ声をかけてくれたのは兵士のラケロパさんだった。


「すまないな。ラエリン殿は貴族の生まれ。功績をたてたくて仕方がないのだろう」


 ラケロパさんはそう言った。

 功績をたてたい人間が、こんな僻地にまわされれば苛立つかもしれない。それにしたって、子供を殴るなんて。


「キコア、大丈夫?」


「痛くなくなった。あの婆さんに頭を撫でられたとたん」


「ラエリン殿たちは今ごろ村長から持て成しを受けているだろうな。葡萄酒三昧だ」


 ラケロパさんは困った顔をして、村を覆う柵に立てかけてあったスコップを握った。


「こんな深夜に持て成しですか?」


「わざわざ貴族出身の騎士が村の護衛に来てくれたんだ。村人だって気を使うさ」


 そう言うと、ラケロパさんはスコップで穴を掘りだした。

 ここは村の外。穴を掘るとはもしや。


「落とし穴ですか」


「今さら掘ってもね。でも、もしものことがあったとき、後悔したら遅いから」


 ラケロパさんは黙々と穴を掘っている。


「キコア。私たちも掘ろう。魔物が来たとき、落とし穴は有利になるだろうし」


 いつ魔物が来るか分からない。

 罠は仕掛けておく必要がある。今が深夜でも関係ない。


「交代で眠ったほうが良い。俺たち兵士も交代で寝ているんだ」


 ラケロパさんはほかの兵士と数日前から村に来ているそうだ。

 村を守るために、周辺に落とし穴を掘っている。

 そして昨日、騎士団から騎士が到着。それがラエリンら三人組だった。ずっと村長宅に入り浸っているらしい。

 そして今日の援軍は魔法使いと冒険者の二人だったわけだ。

 私とキコアは夜番も兼ねて落とし穴を掘ることにした。


「ラケロパさんも冒険者だったんですか」


「Eランクだったけどね。そろそろ自分の限界を感じたとき、運よく子爵様の兵になれたんだよ」


 冒険者から兵士になることもできるんだな。

 穴を掘りながらラケロパさんの話を聞いていた。


「兵になってからは結婚して子供もできた。妻は宿屋の娘なんだ。『短い首の羊飼い』って店を知っているかい。一階は食堂なんだけれど」


 何だか知っている気がする。


「じゃあよ。奥さんや子供のためにも、今回の戦いは活躍しなくちゃな」


 深夜でもキコアは元気に穴を掘っている。この世界の子供は体力がある。


「でもなぁ。今回で兵士は終わりかもしれない」


 ラケロパさんは汗を拭いながら言う。


「騎士団に若い者が入団したんだ。ほかの領の男爵の次男。さっきのラエリン殿だ。ほかの二人は騎士の息子だ。騎士が三人多くなる。そこで本来なら兵士が担う仕事を彼らが行う。すると兵士は余るワケだ」


 そこで兵士の中でも責任者ではなく、若手でもないラケロパさんがリストラ対象になったということだろうか。そういうの、なんだか悲しい。


「オッサン、もし魔物がこの村に来たら俺たちとオッサンだけで倒そうぜ。活躍できれば騎士団長だって考えが変わるはずだ」


「キコア君と言ったね。年齢が年齢だしな。ストレンジゴブリン相手に活躍できるかな。私はね、もし兵士を辞めることになったら、妻と一緒に宿屋の仕事をしようと思うんだ」


 死亡フラグ? え、やめて。


 ストレンジゴブリン。体表が甲で覆われたゴブリンだそうだ。

 素早く動き、何でも食べてしまう。仲間の死骸すら食べるという。


 それでも並の騎士なら倒せるくらいだとギルド副支部長は言っていた。

 ラケロパさんは元冒険者だ。ストレンジゴブリンがやって来ても、私たちと一緒なら勝てるはず。



☆☆☆



 幾つかの落とし穴を掘りおわり、今は休憩中だ。

 今は深夜何時だろう。今日はほとんど馬車に乗っていたのであまり疲れていない。深夜でも起きていられる。

 ラケロパさんは眠そうだ。きっと朝から村の外で罠を作っていたんだろうな。


「もうすぐ夜番との交代の時間なんだ。次の兵士が来るまで頑張るよ」


 ほかの兵士は村の中で仮眠中なんだそうだ。

 しばらく休んで、夜番兼落とし穴づくり再開。


「次はどこを掘りましょうか」


「待てフィリナ!」


 キコアが険しい顔をしている。ラケロパさんもだ。このパターンってもしや。

 カサカサ。カサカサ……。

 何の音? 近づいてくる。

 村の外は見渡しが良い。リオハ村と違い、森に囲まれているわけではない。

 だから、月明りに照らされた魔物も良く見えた。


 黒光りする甲に、長い触角。二足歩行で腕は四本。

 カサカサと足下の雑草を掻き分け、素早く前進してきたかと思えば、時おり止まる。そんな独特な歩き方。

 一体現れたかと思ったら、後続から十体現れた。一体いれば十体いる。

 これは、この魔物って……。


「でっかい黒きGじゃん!」


 なんで立ってるの? どうして大きいの? 

 この世界の魔物はみんな怖いけれど、別の意味で怖いよ。


「フィリナ、Gランクがなんだって」


「違うよ。黒きGだよ」


「違う。ストレンジゴブリンだ!」


 この世界の人たちって、もしかして何でもゴブリンにしているの?

 明日、騎士団や冒険者の人たちは黒きGの2000体と戦うの?

 そりゃ街に緘口令が敷かれるよね。気持ち悪くなってきた!


 ラケロパさんは筒状のものを地面に立てると、マッチで火をつけた。マッチがあるんだ。村では火打石だったけど。

 筒状の物から花火が上がり、上空で大きな音を立てた。


「仲間を呼んだ。もうすぐ騎士たちも駆けつける。村の者も警戒するだろう。しかし騎士団長の懸念が現実になったな」


 一部の魔物が集団から逸れて、村の方へ向かうかもしれない。

 本当に来たんだ。


「イヤな騎士どもが来る前に、俺たちで倒しちまおうぜ」


 ごめんキコア。今日はもう休みたい。怖くて眠れそうにないけれど。


「オマエら。俺の明日のメシ代になってもらうぜ!」


 キコアは槍を手に、威勢よく向かっていく。


「くらえっ! って、速い!」


 カサカサカサっ。

 魔物は、キコアの槍の突きを素早くかわす。


「敵の姿勢から次の動きを予想するんだ」


 ラケロパさんも槍で立ち向かう。

 槍を横に薙ぎ払い、魔物の腹を横に斬った。

 斬ったはずなんだけれど。


「こいつ、何かが変だぞ」


 魔物は出血すらしていない。たしかに斬れたように見えたのに。


「よし! 当たった! あれ?」


 キコアの槍が魔物を突き刺した。だけど。


「槍が折れちまったぞ」


 硬いんだ。刃物が効かない魔物なんだ。


「オッサン、こんなのどうやって倒せば」


「おかしい。以前戦ったことがあるけれど、こんな硬くはなかった。もちろん剣や槍でも倒せた。もしや変異種なのか」


 どうすれば。


「こっちは寝てたんだぞ! 何が起こったんだ!」


 そこへラエリンたち三人の騎士と魔法士のお婆さん、ほかの兵士も駆けつけてきた。


「ストレンジゴブリン! 俺の剣の錆になりに来たか!」


「ラエリン殿。この魔物には刃物が効かない。硬いのです」


「俺は子供の頃から騎士になるべく剣術の腕を磨いてきたんだ。オマエらの槍と同じにすんじゃねえよ。そりゃあっ……あっ?」


 魔物に突っ込み、振り下ろされしラエリンの剣、へし折れる。


「うぎゃああ!」


 魔物の四本の腕がラエリンを担ぎあげ、放り投げた。

 もう一人の兵士が矢を放ったものの、背中の甲に当たって弾かれていった。

 カサカサと近づいてくる魔物たち。


「村の中に入れてはいけません。ここは死守します!」


 ラケロパさんの声に反応し、二人の騎士も抜刀し立ち向かっていく。二人の剣術でも魔物に切り傷は負わせられない。


「オイ、誰か武器寄こせ。こっちに魔物が来やがった」


 へっぴり腰のラエリンに、魔物の一体が迫っていた。


「情けねえなっ」


 キコアはラエリンを狙う魔物の背後から近づいて、魔物の頭から網をかぶせる。

 角ウサギを捕まえるときに使った網だ。


「斬れないならブッ叩けばいいだろうよっ」


 網に絡んだ魔物を、キコアは先端の折れた槍で叩きまくった。


「カサカサァァ!」


「網が破かれた。ぐえっ!」


 魔物に殴られたキコアが地面を転がる。

 魔物がキコアへと向かって行った。


「斬っても叩いてもダメなのならさ」


 立ち上がるキコア。なぜかこちらではなく違う方向へ走っている。

 私は追いかけた。


「キコア!」


「こういうときは、誘導すればいいんだ」


 キコアは急に走り幅跳びをした。

 あとを追いかけていた魔物の姿が急に消えた。落とし穴にかかったんだ。


「誘導したの?」


「おう。俺がさっき掘っていた穴だ。結構深いぞ。さて、上から一方的に攻撃してやろうぜ。いくら硬くても顔面を斬ればどうにかなるだろう」


「そうだね」


 私は腰の剣を抜刀する。


「バキバキ……バキ」


 落とし穴の底から何かが割れるような音がした。例えば硬い板のようなものが割れる音。

 キコアと顔を見合わせると、二人で恐る恐る穴の中を覗いてみる。

 すると、魔物の……黒きGの背中の甲が割れ、黒いはねが露わになっていた。


 ブゥゥゥン!


 翅を展開して、落とし穴から飛び出してきた黒きG。


「チキチキ!」


 空を飛ぶ黒きGの鳴き声に呼応して、ラケロパさんたちが戦っている魔物たちも空を舞い始めた。

 月夜の空を舞う巨大なGの集団。私はめまいを覚えたのだった。


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