25.冒険者の生活
キコアに誘われた角ウサギ退治。
その帰り、私たちの行く手を大きなオオカミのような魔物が阻んだ。
「あれはキラーウルフだ。どうしてこんなところに」
キコアは角ウサギが詰まった袋を落とし、槍を構える。
「もしかして角ウサギの匂いにつられてきたのかな」
角ウサギの多くが、殴ったときに出血している。
血の匂いが魔物を引きつけたのだとしたら。
「フィリナ、それは違うぜ。キラーウルフは街の外なんかに出る魔物じゃない。もっと郊外のほうだ。どうしてだ。強い魔物に追い立てられでもしたのか……あ、まさか」
キラーウルフはこちらに狙いを定めている。牙からヨダレが滴っている。
さらに、後方の茂みの左右から二体のキラーウルフが現れた。
三方向から囲まれている形だ。
「上級冒険者から聞いたことがあるぜ。キラーウルフに出くわしたとき。そのときは既に囲まれているって思えってな」
「キコア。キラーウルフってゴブリンよりも強い?」
「当然だ。Dランクの冒険者でなくちゃ戦えない強さだ。それも一対一で。囲まれたら仲間の支援がなくちゃ助からない」
このあいだにもキラーウルフは息が合わせたように、三匹ともジリジリと距離を詰めてきた。
「フィリナ。角ウサギは置いていけ。先輩冒険者である俺が逃げ道を作ってやる。オマエならすばしっこいから、ヤツらから逃げられるかもな」
「囮になるのなら私が」
この前、囮、やったし。
「ここにオマエを誘っちまったのは俺だ。責任持つ。サヨナラだ」
「待って。家族はどうなるの。キコアの身に何かあったら」
「冒険者稼業を選んだヤツから言われるとは思わなかったぜ。俺には親はいない。オマエは生きろ」
「ところでキラーウルフってゴブリンリーダーよりも強い?」
「こんなときに質問多いなっ! 俺はGランクだから知らねーよ。戦ったことないし。でもキラーウルフのほうが弱いんじゃねーの? 数が多いしなっ!」
ゴブリンリーダーよりも格下なら、なんとかなるかも。
角ウサギの詰まった袋を投げ捨てると、キコアの背後に背中をくっつけた。
「オマエ、だから逃げろって」
「キコアは前の一匹を警戒して」
後ろから現れた二匹のうち一匹が、大きな口を開けて襲いかかって来る。
「スクテロサウルス×盾!」
私の手に竜鱗材でできた盾が現れる。
ファイヤーゴブリンとの戦いで新たに三種類の恐竜×魔法が解禁された。
最後の組み合わせは、街への旅の中でやっと見つけた。
スクテロサウルス×盾。
このスクテロサウルス。小さな頭にスリムな身体。長い尻尾。特徴は全身から生えた、小さなトゲトゲ。
全然盾っぽくない外見だから、組み合わせを見つけるのに苦労したんだ。
文庫本サイズだった盾は、恐竜との最適な組み合わせのおかげで、図鑑ほどの大きさになった。トゲトゲだって生えている。
魔物の攻撃に耐えられるか分からないけれど、このまえ盾で石を殴ったら石が割れた。
跳びかかって来たキラーウルフの牙が盾に襲いかかる。
「ギャウっ!」
盾に噛みついたキラーウルフが悲鳴を上げて地面を転がった。
この盾が現れるとき、私の身体は盾を支えるくらいの筋力を備える。
大型犬よりも大きなキラーウルフだったけれど、盾で押し返せるくらいの力は発揮できるみたいだ。
盾からはボロボロと何かが落ちた。これは牙?
転がるキラーウルフを見てみれば、牙や爪が欠けている。ところどころ出血もしている。盾のトゲが刺さったみたいだ。
「オマエ、その盾って、どこから?」
「次はブルカノドン×火炎!」
盾が消え、右手から放たれた魔法の火の玉が、転がるキラーウルフに直撃。
キラーウルフは爆発した。
わぁ、この魔法って凄かったんだ。ファイヤーゴブリンが異常だったんだな。
旅のあいだもゴブリンと遭遇していた。でもルティアさんと一緒に剣で撃退していた。ブルカノドン×火炎を試す機会はなかったんだ。
よし、次は剣で戦ってみよう。
パンファギア×収納で剣を取り出す。
この剣は村を出るときに叔父から餞別としてもらったモノだ。
「エオラプトル×俊敏性強化(小)!」
すでに逃げ始めた一匹のキラーウルフを追いかける。
「背中を見せるから!」
私は追いついて、首の後ろを斬った。
さらにキコアの正面にいたキラーウルフ。
すでに逃げ始めていたところだったけれど、追いかけて後ろから叩き斬る。
「ふぅ。良かった。やっつけられた」
「オマエって……」
キコアは槍を構えたまま唖然としていた。
☆☆☆
「まさかキラーウルフまで倒しちまうとはな」
「キラーウルフってお金になるのかな」
「なるなる。冒険者ギルドからの報酬は角ウサギだけだけれど、素材は売れば買い取ってくれるぞ」
一匹を爆死させてしまった。もったいなかったな。
キコアがキラーウルフの死骸を重そうに担ぎあげている。
「せっかく倒してくれたけれどよ。重くて街まで持って行けそうにない。隠しといて、明日、引き車を借りて街まで持っていこうぜ」
「だったらパンファギア×収納」
魔法で出した黒い穴の中に、キラーウルフの死骸を入れる。
「収納の魔法かよ。オマエの天職って魔法使いだったのか」
「ちょっと違う」
「そうなのか。でも収納の魔法があれば貴族んところで使用人として雇ってもらえるんじゃねえか」
そんな働き口もあるんだ。
「それって、どうすればなれるの?」
「えっと、そうだな。いや、冒険者のほうがいいや。フィリナ、面白いヤツだから冒険者のほうがいいって」
うん。貴族が相手だと、いろいろ大変そうだもんね。
こうしてキラーウルフは収納の魔法にしまい、角ウサギの詰まった袋を持って街へと帰った。
街につくと、真っ先に向かったのは魔物の買い取り業者だ。
店に入ると店主が視線だけ送って来る。
「ここで買い取ってくれるの?」
「そうだぜ」
私は受付に行って店主に袋を渡した。
「買い取って下さい」
「中身は角ウサギか。じゃあ冒険者証を見せてくれ」
「え? ありません」
「ないだと?」
「ないと買い取ってくれないんですか」
「当たり前だろ!」
怒鳴られた。なんで。
「マジかよフィリナ。あ、店主、俺は冒険者証あるぜ。コイツはさ、俺の連れだから。そいつの角ウサギも俺のと一緒に買い取ってくれ」
「キコアか。ふん。それならいいが」
「あと尻尾は持って帰るからな」
☆☆☆
「この店、来てみたかったんだ。ちょっと前まで、いつも大勢のオッサンが並んでいて気になっていたんだ」
「今日は入れて良かったね」
今は宿屋の一階にある食堂兼酒場にいる。
キコアの希望で、以前から来てみたかったというお店なんだそうだ。
「それにしても、まさか冒険者証を持ってないなんてな」
「冒険者登録に手間取って、途中でギルドの外に出ちゃったんだ」
ウソは言っていない。
「ところでキコア。どうして冒険者証がないと買い取ってくれなかったんだろう」
注文した料理が運ばれてくるまでのあいだ、テーブル席に座って聞いてみた。
「ああ。客が全員良いヤツだとは限らないからな。盗んだモノ、奪ったモノを持ってくるヤツもいる。冒険者ならある程度、身元がはっきりしているし、冒険者が悪さして手に入れたモノを売ったときには、ギルドが黙っちゃいない」
つまり泥棒や強盗が生計を立てられない世界にするために、冒険者ギルドがあると。
そして冒険者になるからにはギルドに登録する必要があるということか。
「店主の人、私が泥棒して角ウサギを持って来たんだと思ったんだね。だから怒鳴ったんだ」
「でもキラーウルフを出した途端、上機嫌になったな」
角ウサギはお肉になる。キラーウルフの毛皮は毛布に、牙や爪は矢に使われるそうだ。
さらに収納にしまっておいたゴブリンリーダーの魔石も売ることができた。
魔石を出したとき、店主は上機嫌を通り越して呆れていた。
そのあとキコアは角ウサギの尻尾を持って冒険者ギルドへ行った。尻尾が角ウサギを退治した証拠になるのだそうだ。
私は冒険者ギルドの建物に入ることが気まずくて、外で待っていたけど。
「それにしても、今日は儲けたな」
冒険者としての角ウサギ退治の達成料は、退治した数に応じて高額になる。
さらに肉を売って得たお金。キラーウルフとゴブリンリーダーの魔石を売ったお金。
合計、銀貨80枚。
「あんな大金。12年の人生で初めて見たぜ」
「ルティアさんのはなしだと金貨1枚が銀貨100枚だっけ」
ここで店の女将さんが料理を持ってきてくれた。
プレートの上にはパン、生野菜、具の入ったスープ、お肉が並んでいる。
「こういうシャレたの、食べてみたかったんだ」
ああ。久しぶりの食事らしい食事だ。いろどりが良い。温かい。
ずっとイモや薄いスープ、旅の途中は木の実や保存食ばかりだったから。
キコアはガツガツ食べはじめた。私もいただきます。
ん……?
「キコアって12歳なの?」
「そうだぜ」
「背が私と同じくらいだから、てっきり同い年かと」
「悪かったな!」
ルティアさんと一歳しか変わらないのに。
「次は寝床だ」
キコアに連れられて、夜の街を行く。
「さっきの食堂。二階は宿屋になっていたけど。泊まれば良かったのに」
「金が勿体ねぇよ。冒険者のための格安の寝床があるんだぜ」
そう言われてやって来たのは、冒険者ギルドの近所にある建物だった。
「銀貨一枚で泊まれるんだ」
受付で銀貨を渡すと、厚めの布を貸してくれた。毛布の代わりのようだ。
奥の部屋は広いものの、多くの人たちが雑魚寝していた。ここで、寝るのか。
キコアは部屋の一角へ行き、自分の部屋のように寝転がる。
私も横になって、厚い布にくるまった。
「なぁフィリナ。今日はありがとうな」
「うん。私、知らないこと、たくさんあるって知ることができた。明日も明後日も教えてほしいな」
「Gランクが相棒でもいいのかよ」
「私なんて冒険者証も持ってないよ」
「ハハ。明日にでも登録すればいいのに。でもフィリナが仲間になってくれたのなら……明日の朝一番に動けば……間にあうかもな」
「何が間にあうの?」
「……フィリナ、あのとき俺を捨てないでくれて、ありがとう……」
「あのとき? キラーウルフに囲まれたとき?」
キコアは既に寝息を立てていた。疲れたのかな。私も休もう。
「起きろ! 朝だぞフィリナ!」
毛布代わりの布がキコアにひっぺ返された。
何事かと思い見回せば、私以外の人たちは朝支度を整え、出口に向かっていた。
冒険者の朝は早いのだ。
冒険者ギルドで仕事を探すのかと思いきや、やって来たのは倉庫のような建物だった
大きな扉から多様な荷物が運び出されて、馬車に積まれていく。
「オッサン。騎士団のところに行くんだろ」
キコアは一台の馬車を見つけ、御者席にいる商人風の人に話しかけている。
「荷降ろしを手伝うからさ、乗せて行ってくれよ。これ、冒険者証」
「冒険者か。若衆はほかの馬車に取られちまったからな。誰もいないよりマシか。報酬は出ないぞ。乗ってけ」
「ありがとう」
キコアは馬車の荷台に飛び乗る。
「ねえキコア、今日はどこに仕事に行くの?」
するとキコアは拳を握った。
「戦場だ。魔物とのな」




