24.キコア
冒険者ギルドへ登録に行ってみたけれど、私が希望するGランクには、してもらえなかった。
そこで出会ったのはGランク冒険者のキコア君。
仲間に誘われたのだけれど、一人でも魔物退治に行くっていうからついていくことに。
だってキコア君だけじゃ心配だから。
「街の外って、こんな所からでも出られるんだ」
「ああ、冒険者御用達の通用門だ」
キコア君のあとを追って、街を囲む壁のところまで来てみれば、小さな門があった。
ここにも兵士の詰所があったものの、そこにいる兵士は椅子に座って居眠りをしていた。
「オッサン、外に出たいんだけどなっ!」
「ん? ガキの冒険者か。冒険者証は」
「これ!」
「はい確認。さぁ、働いて来い」
兵士はキコア君の冒険者証を確認すると、門扉を開けて、再び眠りについてしまった。
私たちは街の外に出る。
「あのオッサン、いつもこんな調子なんだ」
「キコア君。どんな魔物を退治しようとしているの?」
私でも倒せるだろうか。ファイヤーゴブリンより強かったらどうしよう。
「そのキコア君っていうのやめろよ。キコアでいい。俺たち仲間だろ、フィリナ」
キコア君改め、キコア。
「それでキコア、どんな魔物を」
「これだよ」
キコアは懐から紙を取り出した。
この紙、冒険者ギルドの壁に張ってあったモノに似ている。
「そりゃそうだ。ギルドの依頼を受けて魔物を退治するんだからな。この文字は『角ウサギ』って書いてあるんだぜ」
「つまり、これから角ウサギを退治すると」
「ああ。たいした数は一人じゃ狩れない。でも仲間がいれば効率的に狩れる。たくさん狩れれば昇格できる。フィリナ、働いてもらうぜ」
キコアはGランク。登録してから二年間、ずっとGランク。
彼は現状に嫌気がさし、そろそろ昇格を願い始めた。
そこで退治できる魔物の数を多くすべく、仲間を集め始めたという。
けれど彼はGランク。仲間になってくれる冒険者はいない。
そこで昼ごろまで冒険者ギルドを見張り、新人冒険者を勧誘する行為を二週間ほど続けていたそうだ。
そうして声をかけた人間の中で、ついてきたのは唯一、私だけだったらしい。
「角ウサギっていうのはな。この辺りの平原や森に住んでいる魔物なんだ。街を囲う塀の隙間から、ときおり街に入って来るし、排水溝に突っ込んで詰まらせちまう。だから冒険者が退治しないといけないんだ」
「退治した経験は?」
「何度も。アイツらって繁殖力が強いからすぐに湧くんだ。ある意味、冒険者の味方だけど」
街を囲む平原を抜けて森へ入っていく。
「フィリナ。今日はついてるぜ。早速発見!」
森に入って数分。ウサギのような生き物の群れを見つけた。10匹以上いる。
大きさはウサギよりちょっと大きい。額に角が付いているのが特徴的だ。
「あれってゴブリンより強い?」
「Gランクが依頼を受けられる魔物だぞ。それも一人で受けた依頼なんだから一番弱ぇよ」
キコアはカバンから網を取り出した。
「これをヤツらにぶっ掛ける。フィリナ、息を殺せよ」
「うん!」
キコアが網を投げると、角ウサギの群れを捕えて……ない。
網に引っ掛かったのは1匹だけ。あとの角ウサギは網にもかからずに逃げていった。
「まぁ、こんなもんだ」
網の中の角ウサギはもがいている。
「コイツを殺るときは頭を殴れよ。身体の肉は売れるからな。傷ませられない」
キコアは手にしていた槍を放ると、腰に差した木の棒を手に取った。木刀じゃない。木の棒だ。
「せぇいっ!」
角ウサギの頭を三回ほど棒で殴打した。ぐったりした角ウサギを袋に入れる。
「これを一日に何度も続ける。角ウサギの角には触るなよ。小さなトゲがいっぱいついているからな。次はフィリナ、オマエの番だぞ」
キコアは木の棒を私に寄こし、網を回収した。
ゴブリンより弱くて安心だ。冒険者ギルドも子供に受けさせていい依頼の分別は付くようだ。
「ねぇキコア。罠を張れば一網打尽にできるんじゃない?」
罠を張る。かつてEランク冒険者であった伯父から学んだことだ。
「軽い魔物は落とし穴にかかりにくいんだ。罠を張ろうにも忙しいし」
「そうなんだ」
「昨日はドブさらい。おとといは地下のネズミ退治。網が一番効率いいって」
角ウサギが逃げた方向へ向かう。
「あと半刻すればヤツらは警戒心を解く。それまでに追いつこうぜ」
再び角ウサギの群れを発見。オシリをつけ合わせて、みんなで周囲を警戒していた。
それでも一時間ほど立つと、キコアの攻撃を忘れたかのように跳ねまわりだした。
「それ、やってみな」
キコアから網をもらう。
最初の狩りから一時間も経ってしまった。効率が悪くないかな。
網を投げる。
今度は二匹がかかった。ほかの角ウサギは逃げていく。
「やるじゃねぇか」
「う~ん。逃げた角ウサギを追いかけるから、キコアは網にかかった角ウサギをお願い」
「はぁ? あいつら、すばしっこいんだぞ。魔物だぞ。無理だって」
「エオラプトル×俊敏性強化(小)!」
逃げる角ウサギを追いかける。うん、追いつける。
ゴブリンほど速いワケでも反撃してくるワケでもない。
追いついた横から木の棒で頭部を殴る。ゴブリンと違って一回でやっつけられた。
そうして10匹以上はいる角ウサギを全滅させたのだった。
「すげぇ。なんて速さしてるんだ。オマエ」
「キコア。今日はこれで終わり?」
「え? いや。依頼では倒せるだけって書いてある。街をまわしている文官からの依頼なんだ。倒した分だけ金が出る」
「じゃあ、いっぱいやっつけよう」
☆☆☆
日が落ちてきた。
あれから森を進み、角ウサギの群れを見つけては、恐竜と魔法の力で追いかけてやっつけた。
「いやぁ。まさか32匹も倒せるなんてな。袋が重いけど」
二人でそれぞれ、角ウサギが入った袋を担いで街まで戻るところだ。
「まさかフィリナが天職と特技の持ち主なんてな。なんの天職か知らないけど。今日はついてたぜ。ありがとよ」
「こちらこそ、ありがとう。明日も角ウサギを狩るの?」
「角ウサギは街のまわりにいっぱいいるからな。今日で依頼がなくなるってワケではないだろうけれど。でもフィリナは別の依頼を受けるんだろ」
「どうして?」
「だって天職があるじゃねぇか。ボケっとしたヤツだから、ただの新人かと思って声をかけたけれど、天職があるんなら最低でもFランクだ。今日より良い仕事、ギルドからもらえるぜ。そっちのほうが良いだろ」
キコアはニカっと笑ったけれど。なんだか寂しそうだ。
「ねぇキコア。私、冒険者のことも街のことも、なんにも知らないんだ。明日もパーティ組もうよ。いろんなこと教えてよ」
「たしかに街には詳しいけれどよ。オマエならEランクのヤツからも誘われるんじゃねぇか。ソイツから教われよ。良い仕事のほうが金をもらえる。金はあったほうが良いって」
「聞いてキコア。私、そもそも冒険者ギルドで登録を……」
「うるさいっ!」
え? なんで怒った?
キコアは前方を凝視している。今日で一番険しい顔つきだ。
「こりゃあ……まずいぜ」
やっと分かった。キコアは怒ったんじゃない。
私の声が、警戒するのに邪魔だっただけだ。
私たちの前方に、大きなオオカミのような魔物が立ちはだかっていた。




