23.冒険者ギルド
ルティアさんと旅をして、やっと辿りついたオスニエル子爵様の街。
そこにある冒険者ギルドの扉を開ける。
中は広い。病院の待合室、あるいは銀行のように椅子がたくさんある。机もある。
壁には文字の書かれた紙がある。
紙。この世界に来て初めて見た。
冒険者の人たちはまばらだ。今はお昼。冒険者の朝は早いってルティアさんが言っていたから、人が少ないのは当然かもしれない。
入口で見とれていると、奥の受付のお姉さんが声をかけてきた。
「ご用ですか」
「あの、冒険者になりたいのですが」
「では、こちらに来てください」
言われるがまま、受付に向かった。
「冒険社ギルドでは10歳から登録可能です。ご年齢は」
「10歳です。リオハ村から来ました」
「リオハ村……。知っていますよ。周辺の村ともども、村人が未知の魔物に襲われたと」
ファイヤーゴブリンの件は巡察員を通して知れ渡っているのかな。
「私、リオハ村の村長の孫娘、フィリナって言います。登録はできますか」
「もちろんです。村長の孫娘さんが出稼ぎに来たのですね。歓迎しますよ。では冒険者証を作るので、こちらに記入をお願いします」
そう言って女性は紙と筆記用具を寄こしてきた。
筆記用具。黒いインクの容器に鳥の羽がささっている。これで文字を書くのかな。
紙。文字が書いていて記入欄のようなものがある。
触ってみると紙とは、ちょっと違う。
「紙ですか?」
「これは羊皮紙です。紙は貴族様が読む本に使われております」
「私、文字が書けないのですが」
「ご安心を。私が代筆して差し上げます」
私が名前と出身村を告げると、お姉さんはスラスラと羊皮紙に書いていった。
「フィリナさん。あなたには天職や特技はありますか」
「天職と特技!」
たしかにあるけれど、異竜戦士や魔法・80種類って、この世界では常識なんだろうか。
私が答えられないでいると。
「分かりませんよね。では鑑定具を持ってきますね」
お姉さんは席を立つと、奥から水晶玉のような物を持って来た。
「これは?」
「天職と特技の有無がわかる魔道具です」
ルティアさんから聞いたことがある。
彼女は幼いころ、鑑定の魔道具で自らが天職・妖精使い、特技・妖精憑依であることを知ったって。
「お姉さん、これで私の天職と特技が分かるんですか」
「いえ、こちらは貴族様が使うような鑑定具ではなく、天職と特技の有無がわかるだけの簡易版です」
「へえ」
「通常、冒険者ギルドはGランクから始めてもらいます。天職と特技があれば、鑑定具は淡く光ります。その際はFランクから始めてもらいます」
Fランク。旅の中でルティアさんが言っていた。自分はFランクから始めたって。
天職と特技のない叔父はGランクから始めたのではないかとも言っていた。
お姉さんは続ける。
「強力な天職・特技ならば強く光ります。その際はEランクから始めてもらいますね」
「Gランクの場合はどうでしょう」
「光りません。けれどGランクだからといって落ち込む必要はありません。多くの方がGランクから始めています。そこから経験を重ねて上級ランクに上ります。天職・特技を持たない者のほうが多いのですから。さあ、鑑定具に手を乗せて下さい」
私の場合、鑑定具はどんなふうに反応するのだろう。
それにしてもGとかFとか。ランクがアルファベットなんだな。
私でも分かりやすいように神様が翻訳してくれたのだろうか。
おそるおそる水晶に手を乗せた。すると……。
まばゆい光が溢れだした。なにこれ。太陽の光みたいで直視できない。
目をそらせば、受付の奥にいるギルドの職員もこちらを見ている。
待合室の冒険者も唖然としている。
「これはっ。こんなことは。眩しすぎっ。分かりました。じゅうぶん分かりましたから、手を離して下さい!」
お姉さんの悲鳴ともとれる声で、私は鑑定具から手を引っ込めた。
「おいおい、なんだよ。さっきの光」
「すげぇ天職持ちが来たっていうのか」
「バカ言え。鑑定具の故障だろうよ」
ギルド職員や冒険者が騒ぎたてる。
「あ~、目、痛ったぁ。なに、今の光。ありえへん」
お姉さんは手の平で目を覆っていた。
「あの、お姉さん、大丈夫ですか」
「え? あ、はい。大丈夫です。えっと、明らかにEランクよりも強い光だった。するとDランクから始まるの? そんな前例ないし。こんなときに限ってギルド支部長は子爵様のところだし、副支部長は現場だし。何よ、私が決めろってこと?」
お姉さんは一人言をブツブツ喋り出した。
ほかのギルド職員に目を向けてみると、みんな私を見ている。目が合っても逸らそうとはしない。
「お姉さん?」
「はっ。これは失礼しました。フィリナさんでしたね。ようこそ冒険者ギルドへ。あなたはEランクから始めて頂きます」
Eランク。それは伯父が10年かかって上りつめたランクだ。
10年。きっと辛いこと、悲しいことがいっぱいあったのだろう。
そんなランクを、私が冒険者の開始当初から始める?
冒険者のこと、何も知らない初心者なのに?
「いきなりEランクかよ。俺と同格だぜ。すぐに抜かれるんだろうな」
「たしかにスゲぇ光だったもんな。期待の新人が現れたもんだ」
「ケっ。なにが天職持ちだ。冒険者稼業は経験がモノを言うんだぜ」
ほかの冒険者に目を向ければ、口を開けている人、珍獣を見るような目で見てくる人、そして睨んでくる人もいた。
まずい。冒険者一年生だっていうのに、上級生に注目されるのはまずい。目立ちたくない。
「お姉さん、私はGランクで構いません」
「Eランクが不服なのですか。後日、上等な鑑定具を用いて、フィリナさんの天職と特技をお調べします。それまではEランクでご勘弁を。ギルド支部長と共にフィリナさんの実力を精査します……え、Gランク?」
「最初はGランクが良いのですが」
「そんな。Eランクになれば手当てがつきます。良い仕事にだってありつけます。貴族からの依頼も受け付けられます。なにが不満なんですか」
だって新人で目立ったら、ほかに冒険者から生意気だと思われて潰されるだけじゃん。
そうなれば冒険者を辞めることになる。冒険者を長く続けられない。
これでは意味がないよ。気付いてよ。
「すいません、お姉さん。やっぱり冒険者の登録はやめます」
「ふぁあっ? なんで。えっとですね。この街は冒険者を求めています。今だって戦力が必要なんです。期待の新人が来たら、すぐに現場にまわせって副支部長が。フィリナさんならすぐにDやCランクにでも。あ、待って下さい。逃げないで。誰か、この子にお茶! 早くっ!」
私はお姉さんを無視して出口に足を向けた。
だって仕方がない。目立って嫌な思いをするのはゴメンなんだ。
冒険者ギルドの扉を開けて外へ出る。
さてと。頼みの綱である冒険者ギルドへの登録は無理だ。
そういえば、ここに来る途中に出会った女性が傭兵ギルドや商人ギルドもあるって言っていた。そこへ行ってみようかな。
とりあえず、歩きだす。
「おいオマエ。新人だな」
「え?」
声をかけてきたのは薄茶色の癖毛の……男の子だ。髪は肩のあたりまで伸びている。
ズボンはハーフパンツ。ずいぶん華奢な身体と、手にした長い槍が何とも不似合いだ。
背は私と同じくらい。
槍を手にしているってことは、冒険者なのかな。
「えっとキミは」
「俺は冒険者のキコアだ。オマエ、新人冒険者だろ」
「えっと私は……」
「言わなくたって分かるぜ。おおかた、自分はすごいって思いこんで冒険者登録してみたものの、鑑定具でGランク判定されて落ち込んでんだろ。顔を見りゃ分かるぜ」
全然違います。
「なぁオマエ、俺と手を組まないか」
組む? それは一緒に冒険者をするってこと?
そのとき、冒険者ギルドの扉が開かれた。
「フィリナさーん。どこですか! 不安ならば上級冒険者のパーティを紹介します。きっと歓迎してくれるはずです。だから帰って来て~!」
お姉さんだ。キコア君は怪訝な表情を作る。
「何言ってんだ、あの姉ちゃん。ここはうるさくてかなわねぇや。こっち来いよ」
キコア君は私の手を掴むと歩きだした。
「俺さ、もう冒険者二年目なんだけれど、未だにGランクなんだ。現状を抜けだすためにもパーティ作って、大きな仕事を成し遂げたいんだ。そのために仲間が必要なんだよ」
「はぁ」
「どうせオマエ、冒険者のこと、なんにも知らないんだろ。武器もないし」
「武器はともかく、何も知らないのは本当」
「じゃあ俺がいろんなことを教えてやる。そのかわり、俺と一緒に依頼をこなして上級へ伸し上がろうぜ。な」
こんな小さい子が冒険者なんだ。大丈夫なんだろうか。
一体、どんな家庭なんだろう。心配だな。
「オマエ、名前は?」
「フィリナ。リオハ村から来たんだよ」
「聞いたことがない。田舎村なんだろうな。俺も田舎村出身だけど。じゃあフィリナ。これから魔物、退治しに行こうぜ」
こんな小さい子が魔物退治って。冒険者ギルドの倫理観って。
「キコア君。大人と一緒のほうが良いんじゃ」
「なにビビってんだよ。来ないのか。じゃあ仲間は諦める。今日は一人で行くとするぜ」
「キコア君だけじゃダメだよ。私も行く」
彼は白い歯をニィっと覗かせた。
「じゃあ俺たちは今からパーティな。さっそく魔物退治へ出発だ」




