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22.オスニエル子爵様の街

「フィリナさん。街が見えてきましたよ」


 ルティアさんと馬での旅を続けて一ヶ月。

 森を抜けると平野が広がり、遠くには高い塀が見えてきた。

 塀の奥には高い建物もある。


「あれがオスニエル子爵様の街です。いきましょう」


 街の入口にやって来た。私たちの前には数組の先客がいる。

 馬から降りて観察してみると、前の馬車にはたくさんの木箱や袋が載っていた。前の人は商人だろうか。


「次の者!」


 馬車が塀と塀のあいだに作られた大きな門をくぐっていくと、脇に立つ兵隊風の男の人が、私たちを呼んだ。

 兵隊風の人たちが何人もいて詰所もある。

 入管ゲートみたいな物だろうなと勝手に思った。


「子爵様の街に何用だ」


「私はガストン男爵様の街から来た冒険者、ルティアと申します。オスニエル子爵様に仕える騎士、ウィナミルに会いに来ました。これは冒険者証です」


 兵隊風の人はルティアさんの冒険者証を凝視する。


「発行はガストン男爵様のギルドか。よし。次にその者は?」


 視線がこちらに向かってきた。


「この子はリオハ村のフィリナです。冒険者になることを希望していたので連れてきました」


「リオハ村……。そうか。近隣に未知の魔物が出たという村か。さしずめ畑が魔物にやられ、出稼ぎに来たということか」


 ルティアさんが私のことを紹介すると、兵隊風の人は勝手に納得していた。


「よし。二人とも入ってよろしい。ようこそ、オスニエル子爵様の街へ」


 門を抜けると……


「わぁ……」


 長い橋があり、その先に街が広がっていた。

 たくさんの人がいる。建物が並んでいる。

 建物はレンガ造りもあれば木造建築もある。

 どれも村の建物より立派だ。なにより二階建ての家がたくさんある。


「とりあえず広場に行きましょう。街の案内板くらいはあるはずです」


 ルティアさんが馬を引きながら、笑いを堪えていた。

 私、はしゃいでいるように見えたのかな。

 道をまっすぐ進む。行きかう人々の中には剣や斧で武装している人もいた。


「あの人たちは冒険者でしょうか」


「冒険者か傭兵、商人の護衛のいずれかと思いますよ」


「へえ。剣を差した人は剣士でしょうか」


 するとルティアさんは首を横に振った。


「おそらく剣を武器とする戦士でしょうね」


 え? どういうことだろう。


「剣士というのは天職の名前です。剣の才があり、訓練や独学で剣の腕を磨き、剣を武器にして戦う者が剣士です。兄の天職は剣士。幼い頃は貴族の子たちと共に剣の師匠のもとで剣の腕を磨き、今では騎士として働いております」


「じゃあ、これまですれ違ってきた、剣を持った人たちは?」


 村にやって来た冒険者の中にも剣を持った人がいたけれど。


「多くの剣使いは、おそらく天職『剣士』ではないでしょう。剣を使う戦士です」


「戦士って?」


「武装し、戦う意思を持てば、どんな人間も戦士です。冒険者は戦士タイプが多いのです」


「じゃあ斧を持った人は?」


「斧で戦う戦士です。冒険者ギルドに所属していれば冒険者です」


「あっ。あっちの人は弓と矢を持っています」


「弓と矢で戦う戦士です。天職『弓手』なら騎士として働いているはずです」


「ちなみに街の外にいた兵隊風の人たちは?」


「騎士団の兵士です」


 色々あるみたいだ。すべて理解できたわけではないけれど。

 ふと、通りの端に街灯のようなものがあることに気付いた。

 街灯? この世界には電気なんてないのに。


「あれは魔石灯という魔道具です。魔物の身体の中にある魔石の力で光を灯します」


「魔石?」


「フィリナさんが倒してきたゴブリンの体内にもありますよ。魔力が宿った石のことです。魔石の魔力を動力にして動く道具が魔道具。もっともゴブリン程度の魔石では魔道具は動かせませんが」


 思い出した。ファイヤーゴブリンを倒したあと、フィリナさんは村の周囲の森へ行き、かつて倒したゴブリンリーダーの死体から魔石なるものを取り出していた。

 そして私にくれたんだ。

 ファイヤーゴブリンの魔石は気味が悪いと言って、村にやって来た冒険者に死体ごと引き渡していたけれど。


 しばらく進むと広場に着いた。


「案内板はと……ありましたね」


 ルティアさんは案内板を睨む。


「冒険者ギルドは西の通りを真っすぐ行って、広場に出たのちに北に進むとあるようです」


 案内板には地図が載っている。なんとなく分かった。


「では私、冒険者ギルドに行ってみますね」


「はい」


 笑顔のルティアさんを見上げると、目が笑っていなかった。


「フィリナさん、良かったら私もギルドまで行きましょうか」


「いえ、ルティアさんには会わなければいけない人がいるんですよね。ただでさえ一ヶ月以上、リオハ村に留まらせちゃって。できるだけ早く会いに行ってほしいです」


「でも、これだけの街です。人だって多いです。不安でしょう」


 たしかに村に比べればスゴイ街だけれど。

 前の世界のターミナル駅周辺に比べればたいしたことはないし、人混みだって観光地や通勤ラッシュに比べれば少ないほうだ。

 これくらい何でもないと言いたい。


「平気です。お知り合いの方も早くルティアさんに会いたいと思います。ここまで連れてきて下さってありがとうございました。ルティアさんは初めて会ったときから、私の恩人です」


 すると、ルティアさんの笑っていない目が、じんわりと潤いを湛えはじめた。そして。


「フィリナさん!」


 ルティアさんは私をガッシリと抱きしめてきた。


「初めてアナタを助けた日から、アナタには特別なナニカを感じていました」


 それって天職と特技のことだろうか。

 それとも私がこの世の者でないと勘付いているの?


「村での共同生活。そして街までの旅。私はフィリナさんのことが……まるで妹ができたかのようで」


「妹……私は姉ができたみたいで嬉しかったです」


「あ、ああっ。どうして、そんなこと言われたら……別れが辛くなるではありませんか!」


 姉妹ネタを振って来たのはそちらでしょ。

 ルティアさんは涙を流しながら頬ずりをしてきた。

 ああ、広場の真ん中で泣きはじめるものだから、周りの人たちが何事かと見てくる。

 馬だって驚いている。

 猫のミック、他人のふりをしながら顔を洗うのはやめて。

 

 数分経っても離れてくれなかったので、ルティアさんをなだめ、お互い新たな一歩へ踏み出そうという流れを作り……。


「それでは改めて、ルティアさん、これまで本当にお世話になりました」


「こちらこそ。私はしばらく……いえ、この街で長らく働きたいと考えております。なにか困ったことがあれば相談に乗ります。冒険者になれば共に仕事を、場合によっては仕事を依頼するかもしれません」


「依頼? はい。よろしくお願いします。ルティアさん、ありがとう」


「フィリナさん、お元気で。冒険者という職業は危険がつきもの。十分に気をつけて。子爵様の街といえども悪人はいます。盗みや騙しには注意してください。街の外にはゴブリン以上の強敵もいます。仕事の受注は慎重に。フィリナさんと再会できる日を楽しみにしています」


 フィリナさんは街の北側にある貴族街に用があるようだ。

 私の目的地は誰でも行き来できる南側の庶民街。この広場も庶民街にある。

 たしか冒険者ギルドは西に進んだところにある広場を、さらに北にいったところにあるんだっけ。


 広場を抜けて振り向くとルティアさんが人混みの中で手を振っていた。

 しばらく進んで振り向くと、まだ手を振っていた。

 馬に跨っているのか、人混みの中でも良く見えた。


 またしばらく進んで振り向くと、まだ手を振っていた。

 え? ルティアさん、あとをつけてきている?

 数分ほど進むと広いところに出た。ここが西の広場だろうか。

 西の広場から北へ向かう。

 ふと視線を感じ、振り向くと、柱の陰からルティアさんがこちらを見ていた。

 私は北へ駆けた。なんとなく走りだしたかったからだ。


 ずいぶん北へ向かっているというのに、冒険者ギルドへは辿りつけない。

 本当にこの道で合っているのだろうか。

 交差点やT字路に差し掛かると立て札がある。


 私はルティアさんとの旅のあいだ、この世界の文字を彼女から教わっていた。

 それでもなかなか覚えられない。この世界の文字はアルファベットよりも複雑だ。

 服のポケットから葉っぱを取り出す。

 ルティアさんから習った『冒険者ギルド』という文字を、大きな葉っぱに記したメモ帳だ。ペンなんてないから、葉を石で傷つけて文字を書いた。


「ダメだ。こりゃ」


 ポケットの中に入れておいた葉はボロボロになっていた。

 紙って優秀だったんだな。でもこの世界に来て、紙なんてなかった。


「紙クズという言葉が失礼に思えてくるよ」


 せめて葉を特技・魔法の収納に入れておけばよかったな。

 そんなわけで立て札に描かれた文字が、『冒険者ギルド』なのか、別の意味を成している言葉なのかも分からない。

 こんなときは人に聴こう。

 私は通行人の女性に声をかけた。


「すいません。冒険者ギルドはどこにあるのでしょう」


「冒険者ギルド? 隣の通りだよ」


 女性は西側を指さして教えてくれた。

 どうやら西の広場かと思った交差点は、西の広場ではなく、ただの交差点だったようだ。

 道を間違えたんだな。


「冒険者ギルドへ行きたかったら、次の交差点を西に行って、次の交差点を南に行くんだね」


「ありがとうございます」


「ところでお嬢ちゃん。どうして冒険者ギルドへ」


「冒険者になりたいと思います」


 すると女性は、う~んと唸った。


「冒険者ねぇ。どこかから稼ぎに来たみたいだけれど、冒険者ってのは儲からないっていうよ。イイ仕事は上級冒険者が持っていっちまうって話だし」


「そうなんですか」


「バナバザール侯爵の街なら冒険者でも安泰だって聞いたことがあるけれど、遠いからね。冒険者ギルドのほかにも傭兵ギルドや商人ギルドもあるし。お嬢ちゃんなら商人ギルドに登録して売り子として働くのが合っているんじゃないかい?」


 知らない単語が常識のように出てきたな。


「お心遣い感謝します。とりあえず冒険者ギルドへ行ってみます」


「冒険者ギルドなら、近くに行けば分かるはずだよ」


 女性にお礼して冒険者ギルドへ行ってみた。




「たしかに、行けば分かるなぁ」


 三階建ての建物があった。

 建物の前では馬車が何台も停まっていて、焼き鳥のような物を売っている露天商もある。

 食べ物だけじゃない。剣を研いでいる店主や、ケガ人を手当てしている店主もいる。

 ここも広場みたいな活気がある。


 建物からは武装した人が出入りしていた。杖を持ち、フードを被った男の人も出てくる。

 きっとここが冒険者ギルドだ。


「登録して一人でも生きていかなくちゃ」


 私は冒険者ギルドの扉を開けた。


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