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20.旅立ち

 気がつくとリオハ村の自宅で寝ていた。


「え? なんで?」


 脇にはミックが添い寝をしている。

 ミックは眠そうに目を開けると、私をジッと見て、あくびをして二度寝してしまった。


「起きたか?」


 お祖父さんだ。


「私、どうして?」


「うむ。それがの」


 そのとき、家の戸が物凄い勢いで開けられた音がした。

 そしてバタバタと足音が近づいてくる。


「フィリナさん。目覚めたんですね」


「本当だ。ルティアさん、すごい」


 ルティアさんとヘレラちゃんだった。




 ルティアさんはファイヤーゴブリンが出没したアルマガ村からじゅうぶんな距離に馬車を移動させると、馬車と村の生存者を村の代表者に任せて、私を助けに向かってくれたという。

 ファイヤーゴブリンから馬車を逃がす際、早い段階でミックを馬車から下ろし、私の捜索に当ててくれたらしい。

 気がつかなかったけれど、どうやら途中からミックに見つかっていたので、ルティアさんの到着が間にあったそうなのだ。


「私はミックの五感をある程度なら感じ取ることができますから」


「だからルティアさんはフィリナちゃんが目を覚ましたことがわかったんだね」


 ヘレラちゃんは感心しながらミックを撫でた。

 ミックは就寝を邪魔されて嫌そうな顔をしていた。


「ルティアさんが私をここまで運んでくれたんですね。ありがとうございます」


「いえ、フィリナさんを馬車まで背負ったのは伯父様です」


 伯父か。みんなと仲良くなれるといいな。



☆☆☆



 アルマガ村が焼かれた。生存者は、逃げてきた人たちと救出した人たちを合わせて72人。

 彼らの帰る村は焼かれてしまったので、復興するまではリオハ村にいてもらうことになった。

 ケガをしている人もいる。住処も必要だ。

 これから彼らに何をしてあげられるか。何を手伝ってもらうか。

 それらの指揮を伯父が執ることになった。

 みんな、伯父に反対することなく従っていた。


 伯父はアルマガ村を助けに行き、ファイヤーゴブリンを討った人間の一人だ。

 助けた人の中にはこの村の村人の親戚だっている。

 評価が変わり始めたんだ。

 オバサンも、伯父のことを鋭い目つきで見ることはなくなった。

 今すぐ仲良くなるのは無理だろうけれど、きっといつか。


「街から冒険者が来るまで、私がいたほうがみなさん安心すると思います」


「じゃあ、しばらく一緒にいられるんですね」


「はい。お祖父さまのご厚意に甘えようと思います」


 お祖父さんはルティアさんに言ったそうだ。ファイヤーゴブリン討伐の報酬を用意したいが、村にはお金がない。その代わり、好きなだけ村にいてほしいと。


「せっかく助けたフィリナさんが、怪我でもしたら嫌ですから」


「と、言うと?」


「またゴブリン退治をするのですよね。私も同行いたします」


 やった。冒険者の魔物退治を見学できるチャンスだ。




 そして一ヶ月後。

 街から巡察員が冒険者をつれてやって来た。

冒険者にファイヤーゴブリンを倒したことを伝えると、ほかの個体がいないかの調査が必要だと、森の中に入っていった。

 10日ほど捜索するという。


 ゴブリンは群れをなす魔物だ。それが単体で活動していたのだから、この辺りにはもう出没しないのではないか。それがルティアさんの見解だった。

 巡察員にはアルマガ村がファイヤーゴブリンに焼かれ、多くの村人が亡くなったことを伝えた。

 巡察員はアルマガ村まで確認に行ったり、村の代表とはなしこんだりと忙しそうだった。

 これから子爵様に報告するための必要な情報を集めているらしい。


 子爵様のことだから、今年のアルマガ村は無税、リオハ村は減税対象にしてくれるはず。

 できるだけ早く商工ギルドにかけあい、食糧や大工職人をアルマガ村へ寄こすだろうと、巡察員が帰り際に言っていた。

 そして冒険者が村に戻り、第二のファイヤーゴブリンがいないことをみんなに知らせ、街へ帰っていった。



☆☆☆



「ルティアさん、ずっとこの村にいれば良いのに」


 この村でおばあちゃんと共に暮らし始めたヘレラちゃんが不満そうにつぶやく。


「いつまでもお世話になることはできません。それにファイヤーゴブリンはもういないとの報告を受けました。もう皆さん、安心でしょう」


 ルティアさんはヘレラちゃんに笑顔で答える。

 出立の朝が来たのだ。

 この一ヶ月と10日間。

 ルティアさんは村のみんなと畑仕事をし、アルマガ村のケガ人の世話をしてくれた。午後は私と森でゴブリン退治を続けてくれた。

 もう村の周囲にゴブリンは見当たらない。

 ルティアさんはすっかり村のみんなと仲良くなっていた。


「礼らしい礼もできなかったのう。すまないな」


「いえ、滞在させてもらえたのですから助かりました」


 多くの村人が朝の畑仕事を休み、私の家の前でルティアさんにお別れの挨拶をしている。子供たちは名残惜しそうだ。

 でもルティアさんは子爵様の街に行って、会わなければならない人物がいる。

彼女にとっては旅の途中なんだ。


「でも……本当にフィリナちゃんまで行ってしまうの?」


 寂しそうなヘレラちゃんに、私は頷いた。

 伯父の誤解は解けた。次はみんなと仲良くなるときだ。

 村のみんなが頼るべきは、奇跡の子や冒険者じゃない。伯父になるべきなんだ。


 それに今年の冬はアルマガ村の人も一緒だ。

 村の周囲のゴブリンは退治したのだから、森の果実は全部人間のものになるし、釣りに出かけても、帰りに魚を横取りされることもない。

 それでも冬が来れば食糧が少なくなるだろう。

 だったら村の外で生きていけそうな人間は、村から出て、春になるまで冒険者として生計を立てれば良い。


「フィリナ、子供一人の食いぶちなんて、どうにでもなるんだぞ」


 伯父だ。この一ヶ月で口数が多くなった。

 アルマガ村のケガ人の世話は、伯父と仲間たちが率先して行っているからかな。


「私、外の世界を見てみたいんです」


 もうゴブリンもファイヤーゴブリンもいない。私は冒険者になって村の外で生きてみる。

 この一ヶ月、私の想いを、お祖父さんに打ち明け、ルティアさんに相談した。

 お祖父さんはしきりに心配していたけれど、ルティアさんから冒険者の素質があると説得され、さらに伯父からも村の外を知っている人間が村には必要だと念を押されていた。

 ついにお祖父さんは首を縦に振ってくれたのだ。


 ヘレラちゃんはフフっと笑うと、この三ヶ月でだいぶ伸びた私の頭を、背伸びして撫でてくれた。


「村の外か。血は争えんのぉ」


 お祖父さんが伯父を見てぽつりとつぶやいた。

そして。


「フィリナ。行ってきなさい。ワシは村長の孫娘として頑張るオマエのことが可愛く思えていた。誇りに感じていた。そのせいで危険な目にも遭わせてしまった。これからは村長の娘ではなく、一人の人間として、村の外を見てきなさい」


「お祖父さん」


「これだけは忘れるな。村の外でもオマエはワシの孫娘だ。ワシが村長を辞め、死んでも、大切な孫だ。リオハ村の娘だ。いつでも帰っておいで」


「ありがとう。あと、伯父さん」


「なんだ?」


「村の男の子たちに、釣りを教えてあげて下さい」


「ん? わかったよ」


 お祖父さんはルティアさんに頭を下げた。


「ルティア殿。最後まで無理を言ってすまんの。フィリナを道中、頼みます」


「行き先は同じです。任せて下さい」


 ルティアさんは笑顔で答えた。




 この村を出る前に行きたいところがある。

 そう言って村のみんなとやって来たのは、ファイヤーゴブリンに焼き殺された村人たちのお墓だ。

 ここにフィリナちゃんの父親も眠っている。フィリナちゃんの魂だって。


 私はお墓の前で座って手を合わせた。

 ファイヤーゴブリンは倒しました。ゴブリンも倒しました。

 もう村の人たちを苦しめる魔物はいません。

 だから安心して天国へ旅立って下さい。


「お父様とのお別れは済みましたか」


 立ち上がるとルティアさんが声をかけてくる。

 はい。

 そう言いかけたときだった。

 猫のミックが突然、私の足下にやって来たのだ。


『ありがとう辰巳翔子さん。この世界、たくさん楽しんで行ってね』


 え? ミックが喋った?


「フィリナちゃん、さっきなんて言ったの?」


 ヘレラちゃんがミックではなく、私に問いかけてくる。


「ヘレラちゃん、さっきの声って、私の声だった?」


「うん」


 ミックが私の声で……。

 そうか。お祖父さんは言っていた。


「猫は、あの世の使者とも言われておる。殺された者たちがリオハ村に導いてくれたのかもしれんな」


 声の主。それはきっと本物のフィリナちゃんだ。

 私、見守られていたんだな。

 猫のミックは既に何食わぬ顔で顔を洗い始めた。


「そろそろ行きましょう」


「はい」


 ルティアさんに促され、村の門へと足を進める。

 私はお墓のほうへ振り返り、空を見上げて「ありがとう」と言った。


おはようございます。

これにて第1章は終了です。


よろしければ……

第2章も引き続きご愛顧下さい。


また本日12時に追加エピソードを投稿しますので、そちらも読んでいただければ幸いです。


今後もよろしくお願いします。

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