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2.異世界転生(2)

 神様は私たちにふたつの未来を提示した。

 ひとつは、この世界で生まれ変わること。これまでの記憶はない。

 もうひとつは、別の世界で別人として生まれ変わること。その世界はかつて魔竜との戦争があり、生活様式もこの世界とは違う。


 そのかわり夢を叶えられるだけの『天職』と『特技』をいただけるそうだ。いま抱いている夢を叶えるためには、記憶だって必要なので、記憶は引き継がれるという。


 魔竜に殺されたバスの乗客の何人かは、この世界で生まれ変わることを望んだ。

 神様に自分の望みを伝えると、彼らは姿を消していった。


『生まれ変わる準備に入られました』


 神様は私たちに目を向ける。


『さぁ、どちらの世界で生まれ変わりますか』


 ここに残っている人たちは、どちらの世界で生きるか決めかねている人、あるいは別の世界で夢を叶えたいと考えている人たちなんだ。


「今の世界で生まれ変わっても記憶がないのなら、家族や会社の仲間と再会することもできない。別の世界で生まれ変われば、億万長者になることも」


 向こうではサラリーマンが頭を抱えていた。


「別の世界か」


 同じ会社の三条さんが考えこんでいる。


「ドラゴンがいて魔法がある世界なのなら西洋ファンタジー風の世界なんだろうな。俺は倉庫会社に勤めているけれど、ファンタジーの世界で生きるとなれば商人か。『天職』は商人になるのかな。すると『特技』は暗算や在庫管理といったところか」


『ほかにも商品の真贋や等級を見抜く『鑑定』や、貴族や他国との関係を築くのに大事な『交渉』という特技もあるんですよ』


「へ、へぇ。そうなんだ」


 突然神様に話しかけられた三条さんは戸惑っている様子だ。

 神様がほかの人に呼びとめられる隙を見て、三条さんに話しかけてみた。


「あの、別の世界で生まれ変わるんですか?」


「ん? ああ、なんというか。正直わからない状態なんだ。元の世界で生まれ変わっても、赤ん坊から再スタートするのなら、やりかけていた仕事もできやしない。会社の仲間には悪い事をしてしまったよ」


 三条さんが悪いわけではない。


「それに、キミにも悪い事をしてしまった」


「え?」


「守れなかった。まだハタチだろ。この中で一番若いんじゃないかな。本当にゴメン」


「いえ、そんな。三条さんだって十分若いじゃないですか。大卒1年目だし。だったら私と2歳しかかわらないし」


「叶えたい夢だってあっただろ。一生懸命働いていたもんな」


 働く、と聞いて会社のことを思い出してしまう。それに私には夢なんてない。


「三条さん、気にしないでください」


「もっと俺がしっかりしていれば」


 そのとき。


「あのさぁ!」


 白井さんだ。一瞬会話に割り込んできたのかと思ったけれど、どうやら神様に声をかけたらしい。


『なんでしょうか』


「どちらの世界で生き返るかなんて、個人情報みたいなものだし。どうして大勢の前で宣言しなくちゃいけないの? こういう大事なことは一人で考えたいし。だから」


『これは失礼しました』


 その瞬間、三条さんと白井さんが消えた。ほかの人もだ。真っ白な空間には私と神様しかいない。


『ほかの方は、一人ずつ別の空間にいらっしゃいます』


「そうですか……」


 神様と二人きりになってしまった。


『時間は無限にあります。十分考えて、自分の心と向き合って未来を決めて下さい。辰巳翔子たつみ しょうこさん』


 なんで私の名前を。いや、神様なら知っていて当然か。

 そもそも私には夢がない。ときどき思い出しては感傷にふけるような記憶もない。家族との思い出だって。だから答えは決まっている。


「これまでの世界で生まれ変わります。記憶が無くなってもかまいません」


 いっそのこと、私という存在が消えてなくなったって良い。あのまま魔竜に飲み込まれて、魂が修復されなくても良かったんだ。

 すると神様がジィっと私を見てきた。もしや心を読まれた? 命を粗末にするなって説教されたら面倒だ。


『本当に、やりたいことはないんですか?』


「え?」


『やりたいこと。あるのではありませんか。辰巳翔子さん、よく考えて下さい』


 やりたいこと。そんなもの、ないよ。ないに決まってる。

 子供の頃に両親が死んで、叔父の家に引き取られた。血の繋がっていない叔母と従妹は私を煙たがっていたけれど、その気持ちは分からないでもない。

 だから高校卒業後は進学なんてせず、遠慮して働くことにした。大学で学びたいこともなかったし。


 バイト先に選んだのは倉庫会社。時給が良かったから。

 現場のオジサンオバサンは親切にしてくれた。働いていて楽しかったし、半年も経つと、バイトながら現場リーダーの補助的な仕事を任されていた。オジサンオバサンは私の成長を喜んでくれていた。


 職場の空気が変わったのは2年目。今年の春だ。大卒の新入社員がやって来た。

 一人は男性の三条さん。もう一人は女性の白井さん。

 白井さんは、現場で高卒ながら動き回る私が気に入らなかったようだ。いろいろ……イヤなことがあった。しかも深夜バスの中で出くわすし。

 私も調子に乗っていたのかもしれない。そう、これは罰なんだ。


 そうだ。新しいバイトを探そう。次の職場ではおとなしくしていよう。バイトらしく、新人らしく、一番下の地位で一番下の者がやる仕事を、何も考えずに黙々としていればいいんだ。

 次こそは、謙虚に。そう思いながらバスの窓から真っ暗な外を眺めていたっけ。


『やりたいこと、あるではありませんか』


 え? まさか謙虚に生きること?


『その願い、別の世界でも叶えること、できますよ』


「あの……」


 断ろうと思った、そのとき、不安がよぎった。

 器用でない私のことだ。記憶を無くした状態で生まれ変わったら、同じ失敗を繰り返してしまうのではないだろうか。

 だったら記憶を保持し、謙虚な姿勢で細々と生きていたほうが身のためかもしれない。たとえ別の世界でも。


 ひとつ。今すぐ死んで、謙虚に生きる術もなく生まれ変わり、そして20年後に痛い目に遭う。そこからずっと痛い人生。結局今の私と同じだ。


 ひとつ。記憶を保持して別世界へ。20年後、それなりに生きている。そんな未来。

 選ぶのなら……。


『答えは決まりましたか』


 これまでの世界だって震災や病気、事故、犯罪……安全だとは限らない。


『生きてみませんか。そろそろ幸せになるのもいいではありませんか』


 幸せか。考えてもみなかった。


「では別の世界で生きてみます。そこでお願いが」


『天職と特技ですね。何に致しましょう』


「『天職』は神様のおススメでお願いします。『特技』のほうは、皆さんが選んだあとの、余ったもので構いません」


『へぁ?』


 これまで驚かせる側の神様が、初めて驚いた顔をする。

 謙虚の第一歩は生まれ変わる前からの遠慮だ。今からやってやろうじゃないか。


「ついでに生まれ変わるのは、皆さんが生まれ変わったあと。一番あとで構いませんから!」



 ☆☆☆



「おおっ。奇跡だ。フィリナがよみがえったぞ!」

「これがポーションの力か。買っといてよかったな!」

「やったな村長! フィリナだけでも帰って来てよぉ!」


 ここはどこ? 目を開ければ何人かの男の人が私を見下ろしていた。

 身体は……寝ている状態だ。男の人たちの顔の向こうに天井が見える。

 天井といっても照明なんてない。部屋の片隅に粗末な光源があるようなだけで、天井の四隅なんて真っ暗だ。

 見下ろしてくる顔だってほとんど見えない。だけど皆、この上ない笑顔だ。何がそんなに嬉しいんだろう。


「ここは、どこですか?」


 立ち上がろうとすれば


「もう立てるのかよ」


「はい?」


 どういう状況? 確認するため部屋を見渡す。質素な造りだ。暗くて良く分からないけれど、壁や床に使われている木材はコーティングも加工もされていないらしい。むき出しの木材で家を作ったのかな。


「良かった。フィリナ。オマエだけでも助かって……」


 私の背後……寝ていた状態なら、恐らく私の顔の右隣にいたであろう、おじいさんは泣いていた。泣きながら喜んでいた。そして抱きしめてきた。さらに歓声が上がった。


「え? え? え? なに?」


 フィリナって誰? って、抱きしめられて気付いた。いまの私、裸だ。しかも身体が縮んでる。これは子供のサイズだ。どういうこと?

 そのとき部屋の扉が開かれた。


「ウルサイよ。私だって親友の忘れ形見が死んじまって悲しみを堪えているっていうのに。……え、フィリナが生き返ったのかい。いよぉっしゃぁぁぁ。よかったぁぁぁぁ!」


 扉を開けて入って来た体格の良いオバサンは誰よりも大きな声を上げていました。

 私はおじいさんに抱きすくめられた状態で皆に聞いてみた。


「あ、あの。どうして私は裸なんですか!」


 その言葉で皆はピタリと黙り、オバサンは咳を一つして。


「やい男ども。さっさと部屋を出て行きな。話はそのあとだ。村長、アンタもだよ!」


第2話もお読みいただきありがとうございます。

数時間後には第3話を投稿します。

週末の貴重なお時間、もう少しお貸しください


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