19.VSファイヤーゴブリン(3)
リオハ村とアルマガ村の関係は良好だ。
お互いの村に女性が嫁ぐくらいだ。婿養子に出る男性だっているという。
伯父も何度かアルマガ村へとやって来ていた。
当然、アルマガ村から一番近い川の場所も知っている。しかも村からわりと近い場所にあるのだ。
「伯父さんお願いがあります。ファイヤーゴブリンを罠にはめたい。川に突き落とせば勝てるかもしれません。私を川まで連れて行って下さい」
「まだそんな事を」
「お願いです。伯父さんは戦わなくていい。私はお父さんの仇を討ちたい。どうか」
頭を下げる私に伯父は言葉をかけてきた。
「条件がある」
☆☆☆
「こっちだ! ついて来て!」
『ブルカノドン×火炎』の火球で敵を誘導する。
敵は思ったとおりこちらを追いかけてくる。
効果は1分間。このあいだでなら、小さな火球を何度も発射することができる。
それでも魔力の消費は4。燃費だっていいのだ。
「これほどまでとは」
先行する伯父が驚いていた。
伯父が私を川まで連れていく条件。それは。
「俺だってあの魔物に一矢報いたい。俺も戦う。だが、ダメだと思ったら、そのときはオマエを殴ってでも、連れて逃げるからな」
「構いません。よろしくお願いします」
「しかし武器の矢がない。まぁ、矢なんて武器にもならなかったが」
「なんだ、それなら」
私は伯父に背を向けて、パンファギア×収納の力で、矢を取り出した。
「村からいっぱい持ってきましたから。剣や槍、喉が渇いたのなら水もあります」
「……そんなに持てない」
不思議な顔をしながらも、伯父は私を川まで連れて行ってくれる。
「きゃあっ」
魔法の火の玉と、敵が放った火の玉がぶつかりあって、爆発が起きた。吹き飛ばされる。
「フィリナ!」
伯父が矢を放つ。もちろん矢は敵には効かない。敵の足下に射って足を止めるのだ。
「大丈夫か」
「まだ、負けてません」
「分かっている。川はもうすぐだ」
爆風で吹き飛ばされた私を、伯父が抱え起こしてくれる。
もう一度、誘導だ。
ブルカノドン×火炎。魔法の火球が敵に直撃。
「グルっグファァァ!」
効いている? そう言えば敵の体の炎も、勢いが下火になっているように見える。
火を吐きすぎた? それとも『クリオロフォサウルス×冷凍』が思いのほか効果があったのだろうか。
ここで敵を川に突き落とせば勝機があるかもしれない。
「川が見えたぞ!」
「やった。つり橋だ!」
伯父の言葉に目を向ければ、林道の向こうにつり橋がある。
つり橋なら敵を突き落とすこともできる。
私と伯父はつり橋を渡る。貧相なつり橋だ。
足下は太い枝や厚い板。蔦や縄で吊られていて、それらを入口と出口にある太い木が引っ張って支えている。
そんなに長くない。道路三車線ぶんくらいだ。
高さは平屋に家よりちょっと高い。
下を流れる川は、子供が川遊びをできるくらいだ。
つり橋は高さもないし、川は激流ではないけれど、敵の身体の炎をずっと消せると考えれば、こちらに有利な環境だ。
つり橋を渡りきる。
ファイヤーゴブリンは、つり橋の前でこちらの様子をうかがっていた。
どうしたんだ。渡ってよ。こっちはつり橋を落とす気満々なんだ。
敵が足を……一歩後退させた。
「逃がさない!」
「待てフィリナ!」
戻って敵をおびき寄せる。つり橋の中ほどまで戻ると、敵も動きだした。
つり橋に足を踏み入れてくれる。チャンスは今しかない。
「伯父さん、つり橋を落として。私のことは気にしないで」
「バカなことを言うな!」
この瞬間にも敵は火の玉を吐いてきた。
「ブルカノドン×火炎!」
魔法の火球が敵の火の玉に直撃。
爆発が起こり、その爆発がつり橋を支えていた蔦と縄を切断してしまった。
「フィリナ!」
「きゃうんっ!」
川に転落する。痛い。血も出ている。ファイヤーゴブリンは。
相手も川へ落ちていた。熱せられた体が川の水に触れて、水蒸気を発している。まるで永遠に熱い石を水の中に落としたみたいだ。
「グファアア!」
苦しんでいる。急に体を冷やされたんだ。ここに誘いこんで正解だった。
それでも相手は立ち上がると、体を燃え上がらせた。
足下は川に沈んでいるので、上半身だけで燃えている。
「まだ戦えるのは、オマエだけじゃない」
こっちも立ち上がる。まだ一分経ってない。
川の中でも上流側に位置を取って、魔法の火球を発射。
相手だってジッとしていない。避けてはこちらに火の玉を吐きつけてくる。
こちらは火の玉を避けるほどの体力も運動神経もない。火の玉には魔法の火球をぶつけるんだ。
互いの火球がぶつかって爆発。
爆風で吹き飛ぶ。頭から川に突っ込んで、急いで立ち上がる。
相手も倒れていたのか、立ち上がるところだ。
川の水で炎が消され、むき出しになった岩肌のような体表が、燃え上がりはじめる。
一分経った。もう一回ブルカノドン×火炎だ。でも……
「このままじゃ埒が明かないよね」
あの岩のような体になんとか魔法の一撃を加えられれば。
「グファガォ!」
火の玉を吐いてきた。
ブルカノドン×火炎! この魔法が尽きたら、残りの魔力は12。
相手の火の玉。エオラプトル×俊敏性強化(小)の状態なら避けられる。
今の状態だと避けられない。だから魔法の火球をとにかく撃ちまくって相殺させる。
「どれでもいいから、アイツに当たって!」
爆発。敵に当たったのだろうか。
違う。敵の火の玉に当たっただけだ。
どうしよう。このまま魔法を撃ち続けたって勝てない。
今度は冷凍を試そうか。ここは川だ。よく凍るだろう。でも、その先は?
凍らせて、どうやってトドメを……『腕力強化』は魔力を10も消費してしまう。
火炎も敵に当たる前に、敵の火の玉に相殺される。
せめて火の玉を突破できるくらいの魔法があれば。
「そうだ。残りの魔力、全部注げば」
ブルカノドン×火炎。消費魔力は4。残り魔力12を費やせば3倍の力になるんじゃないか。
「やってみよう! 私の中の全ての力。全部出てきて!」
かざした右手の先に炎の玉が出来上がる。
これまでの火球と同じサイズだ。
まだだ。まだ振り絞ってない。
「フィリナ!」
敵めがけて、上から矢が射られる。
伯父だ。私は叫ぶ。
「こっちに来てはダメ! コイツはお父さんの仇なんだ! 私がやるんだ! 邪魔をしないで!」
見下ろしてくる伯父は今にも川へ飛び込みそうだった。
それは危険だ。私の魔法の巻き添えを食うかもしれない。
私の叫びに、伯父は怯んだような顔をした。
でもありがとう。敵の注意が一瞬でもこちらから逸れた。
右手に集中する。火球が大きくなる。
こちらへ注意を戻した敵が火の玉を吐いてきた。
「うわぁぁ! 全部出しきれ! 私! ブルカノドン×火炎!」
発射された特大火球は、凄い勢いで敵の火の玉に衝突、粉砕、貫いた。
そのまま奥で身構えていた敵に直撃。敵はそのまま後ろへ倒れ込んだ。
「はぁはぁ」
息が上がる。めまいがする。川の中で膝をつく。
魔力はゼロ。成功した。けれど気力も体力も持っていかれた。
疲れた。もう動けない。
「え……」
敵は。ファイヤーゴブリンは尚も立ち上がった。
岩肌のような上半身にはヒビが入り、もう炎をまとっていない。
それでも大きな体は健在で、私にトドメをさそうと、こちらへ向かってくる。
これは、もう、勝てない。
「フィリナ!」
伯父の声。こっちに来たらいけない。
伯父にはリオハ村があるんだ。あなたは良い人だった。リオハ村に帰ってほしい。
そうだ。きっと、元の世界の叔母や白井さんだって本当は良い人なんだ。
本当の気持ちを知る機会がなかっただけなんだ。
だったら私は不幸じゃなかった?
それを知れただけでもいい。
それを知らせるために、神様はきっと第二の人生を用意してくれたんだ。
「だったら、もう、いいや」
ファイヤーゴブリン。あれだけ痛めつければ、しばらく人は襲えないだろう。
一ヶ月も経てば、街から着た冒険者が必ずやっつけてくれる。
アルマガ村の人たちも無事にリオハ村に辿り着く。
ヘレラちゃん、おばあちゃんに会って大喜びするはずだ。
じゅうぶんだ……
第二の人生は成功なんだ……
……疲れた。
「ニャオン」
え……猫?
見上げれば、崖の上から黒猫がこちらを見下ろしている。
「ニャオン! ニャアアアン!」
振り返って必死に鳴いている。誰かを呼んでいるの?
「フィリナさぁぁぁん!」
誰かが私の新しい名前を呼んでいる。この声は、たしか。
「ミック! 力を貸して!」
「ニャア!」
ルティアさんだ。
彼女はミックを憑依させて猫耳、猫尻尾を生やした。そのまま跳び下りながら抜刀。
ファイヤーゴブリンを剣で斬り伏せた。
「うわあああああ!」
川に沈んだファイヤーゴブリンを、ルティアさんは何度も何度も斬り付けた。
物凄い形相で。まるでバケネコのような表情で。
そしてファイヤーゴブリンは、もう立ちあがることはなかった。
「フィリナさん、フィリナさん!」
ルティアさんが叫びながら近づいてくる。
表情はバケネコから人のものに戻っているけれど、何だか必死だ。
ところで私はもう限界。
横に倒れた。ゴボっ。息できない。ここ、川だった。
「フィリナさん!」
抱え起こしてくれたルティアさんは泣いていた。
「よかった。生きてた。間にあった。なんでこんな無茶を。あなたは私の大切な……」
抱きしめられて、頬を頬ですりすりされる。
気が遠くなって、何も答えられない。その先は聞き取れない。
ここは川。ルティアさんの服は濡れていた。
それでも抱きしめられたから、なんだか温かくて、そのまま私は目を閉じた。