16.私の天職は異竜戦士。特技は余った魔法、全部もらっちゃいましたから
アルマガ村がファイヤーゴブリンに襲われた。まだ生きている人がいるかもしれない。私たちはアルマガ村へ馬車を走らせている。
馬車の御者はルティアさん。その横には私と猫のミック。
幌の付きの馬車の荷台には案内役のアルマガ村の代表者。
それと元冒険者の伯父だ。
「フィリナさん」
ルティアさんが荷台の伯父をチラリと見て、私に声をかける。小声だ。
「オバサマから噂を聞きました。フィリナさんの伯父様はファイヤーゴブリンを利用してフィリナさんもろとも弟を亡き者にしたと」
「いつの間に」
「出立する直前です。村の方々も心配していました。オバサマいわく、伯父様はこれを機にフィリナさんも亡き者にするのではないかと」
私がアルマガ村に行くと言ったあとから、伯父も名乗りを上げていたもんな。
「ルティアさん、そんな事はないと思います」
確証はない。なんせ伯父とろくに会話したことがない。
ルティアさんはしばらく黙りこむと、切り出した。
「ファイヤーゴブリン。話を聞く限りではゴブリンリーダーよりも格上であることは確かです。もしや昨日のゴブリンリーダー、ファイヤーゴブリンを恐れて移動してきたのかもしれません」
「はぁ」
「そうであるならば、本来ならDランクの私一人で行うような仕事ではありません。出くわしたら、生存者救出を諦めて、フィリナさんたちを連れて逃げる可能性もあります」
「はい……」
ルティアさんの目は真剣に前を見据えていた。ゴブリンリーダーを倒したときのような余裕は感じられない。
「私には、姉のように尊敬できる存在がいました」
「え?」
「その女性は使命半ばで、仲間を守るために命を散らしました。フィリナさんからは、まるで姉のように慕っていた女性と同じ雰囲気がするのです。フィリナさんは年下なのに、不思議ですが」
それは私の中身がハタチだからか。
ルティアさんは左手を手綱から離すと、前を見ながら私の手を強く握った。
「どんな者が立ち塞がろうが、アナタは私が絶対守ります!」
どんな者。魔物ではなく。
振り返る。荷台の奥では伯父が弓を握りしめ、静かに座っていた。
ファイヤーゴブリン。全身が燃えさかっている魔物。目撃者のはなしでは火の玉を吐いてくるそうだ。
「全身が燃えている……」
隣村から私たちを救出してくれた人たちのはなしでも、ファイヤーゴブリンの全身の火は休むことなく燃えていたという。
それって、どれだけ魔物の体力を消耗するんだろう。すぐにお腹がすいてしまうんじゃないか。
なにより獲物を捕えても、全身が燃えていたら、掴んで口に入れるまでのあいだに獲物が黒焦げになってしまう。
自分以外が黒焦げになってしまったら、繁殖は? 子育ては?
どうやって生きてきたんだろう。常識破りだ。
それとも、それこそが身体の中に魔石を持った生き物の証拠なんだろうか。
普通の生き物ではないから、魔物……。
そんなことを考えながら、馬車に揺られて数時間。
「見えてきたぞ。あの大木の下にアルマガ村があるんだ」
案内役の人が叫んだ。
よかった。日が暮れる前に到着できた。
村の入口にさしかかる。ここにはファイヤーゴブリンはいない。
「村の生存者の救出が優先です。先ほども言いましたが、死体の回収は後日で構いませんね」
「ああ……」
馬車から降りたルティアさんが案内役に確認した。
「では皆さん、手はずどおりに」
ルティアさんの号令のもと、私は村に進入する。
私の担当は村の東側だ。
村で見せた『エオラプトル×俊敏性強化(小)』のおかげで、ルティアさんは納得して、一人での捜索を任せてくれた。
私の速さなら、ファイヤーゴブリンに遭遇しても逃げ切れると思ってくれたんだ。
村の西側はルティアさんと伯父の担当だ。
猫のミックがファイヤーゴブリンの有無を確認するため先行していった。二人があとを追う。
ルティアさんには、ミックと少し離れていても、その五感がなんとなく分かるそうだ。
私は駆けながら、周囲にくまなく目を向けた。
村の入口は畑。奥に進むつれ、家々が見えてくる。
正確には、元・家だ。焼かれている。中を覗けば、もう何人目かの死体。
ここに来るまで、畑でも村道でも、助けを求める姿勢のまま焼かれてしまった人たちがいた。
「今は生きている人を……早く」
大声を出して生存者を探したいけれど、できない。
もしファイヤーゴブリンが私の声に気付きでもしたら。
「くそっ」
村に入ってから4回目の『エオラプトル×俊敏性強化(小)』の効果が切れた。
ルティアさんは馬車の上で私にこう言った。
「特技を行使すると魔力が消耗します。フィリナさんの力も無限に使えるワケではありません。もしもファイヤーゴブリンに遭遇したときのために、特技は温存しておいて下さい」
今日は盾を出して、リオハ村でも恐竜×魔法の力を使っている。アルマガ村では4回。
残りの魔力は70だ。
ここからは恐竜×魔法を使わずに生存者の捜索をする。
広大な畑の中に焼け焦げた家が何軒も見える。全ての家を見て回るのに時間がかかる。
村の外れにやって来た。この辺の家は被害が少ない。
中に生きている人が、ヘレラちゃんのおばあちゃんもいるかもしれない。
「誰もいない……」
家の人たちはどこへ行ったんだろう。
ここに来るまでに見かけた多くの死体。あの人たちが、この家の住人だったのか……。
「ヘレラちゃんに、なんて言えば」
村に入ってからずいぶん時間が経った。村といっても広い。
東側を全て見切れたわけではないけれど、一旦、村の外に停めてある馬車へ戻ろう。
ルティアさんたちが誰かを見つけたかもしれない。そう願いつつ、馬車へ戻った。
「こちらも生存者を確認できませんでした」
「そんな……」
西側の一部の柵が燃え尽きていたという。そこからファイヤーゴブリンは村に侵入したのかもしれない。
太陽を見る。まだ山の向こうに差し掛かってはいない。まだ探せる。
「もしかしたら、村の外の洞窟にいるかもしれない」
「洞窟?」
案内役のはなしでは、村から見て東側には洞窟が幾つかあり、生き残った人たちはそこへ避難しているかもしれないということだ。
「行ってみましょう」
ルティアさんが馬車に飛び乗った。
☆☆☆
村の入口から馬車で、体感時間30分ほど。洞窟が近づいてきた。
「ミックに中を確認させます」
ミックが素早く洞窟へ入っていく。
「うわぁ! ……え、猫?」
中から人の声が聞こえた。生きている人がまだいたんだ。
アルマガ村の生存者は洞窟の中に避難していた。
幾つかの洞窟に分散して助けが来るのを待っていたそうだ。
「それにしても、これだけ?」
五つの家族だけだった。その中にはヘレラちゃんのおばあさん一家や、村の男の子のお祖父さん一家もいた。
「ほかはみんな、焼き殺されちまった」
洞窟の中でミックに驚いていた男性が泣きそうな顔で答えた。
「また魔物が来るかもしれません。早くリオハ村へ戻りましょう」
ルティアさんの号令で、馬車にお年寄りや子供、重傷者を乗せる。
ほかの人たちは、悪いけれど歩いてもらう。
馬車といっても、さほどの速度は出ない。早歩きでも追いつけるくらいだから、置き去りにさせるワケじゃない。
洞窟から、再び村の入口へさしかかる。焼けた村がよく見える。
馬車に乗った子供たちが泣き出してしまう。
また魔物が襲って来たら……そんな不安の言葉が女性たちから聞こえてくる。
火傷を負いながら馬車の横をついてくる男性陣は、引きつった顔をしていた。
アルマガ村の入口の前はT字路だ。東西に延びる道に北へと延びる道がぶつかっている。
東側の洞窟から戻って来た私たちは、馬車の先頭を東から北側へ向ける。
北に向かって馬車を進ませれば、リオハ村への道に出られる。
「グファアア!」
「あぁっ……」
誰かが悲鳴を上げた。
出た。出てきたんだ。
このタイミングで。
西に延びる道の向こう。傾いた日の逆光の中でもよく分かる、燃えさかる体。
「なんで……」
男性の一人がつぶやいた。
ファイヤーゴブリンがゆっくりと近づいてくる。
あの魔物は火の玉を吐く。馬車に直撃したら、せっかく助けた人たちが……。
「ここは私が引き受けます」
馬車の御者を務めるルティアさんだ。
「ピサノさんは御者を代わって下さい。皆さんをリオハ村へ連れて戻って!」
「あんた……」
伯父が、意を決したルティアさんの横顔を見つめる。
「え……行っちゃイヤだ」
村の女の子が泣きながらルティアさんの腕にすがっていた。
行っちゃイヤだ……か。
なんだか魔竜に襲われたとき、三条さんや白井さんに置いてけぼりを喰らったときのことを思い出してしまった。
「そうだよ。強い冒険者のルティアさんが、みんなから離れたらいけないよ」
私は馬車から飛び降りる。
「フィリナさん!」
「大丈夫です!」
「大丈夫なワケありません。あの魔物は危険です。一目見れば分かります。戻って来て!」
ファイヤーゴブリンはこちらに向かってくる。歩いているだけだけれど、ルティアさんが言うだけあって、威圧感がすごい。
でも……そう、私にとって、あれは、あの魔物は……。
私はファイヤーゴブリンへ歩みを進めた。
「フィリナさん!」
「あの魔物はフィリナちゃんの父親と村のみんな、それにフィリナちゃんの仇なんです!」
「え!?」
「魔物との距離が近い。フィリナなら足が速い。ここから離脱するぞ」
「なっ!? 囮に出たのはあなたの姪ですよ。それが伯父の言うことですか!」
御者席の伯父はルティアさんから手綱を奪うと、馬車を走らせた。
合わせて、徒歩の男性陣も走りだす。
「待って。勝手に進めないで。フィリナさん!」
「ルティアさんはみんなを守ってあげて」
馬車が遠ざかっていく。
「大丈夫だよ、ルティアさん。私の天職は異竜戦士。特技は余った魔法、全部もらっちゃいましたから。なんだか凄そうですよね……って、もう聞こえないか」
私は視線をファイヤーゴブリンへ向けた。




