14.夜のおはなし
私はルティアさんという冒険者に助けられた。
恐竜と魔法の力でも倒せなかったゴブリンの親玉を、彼女はあっという間にやっつけていた。
ルティアさんとミックと馬を村へ連れて帰る。ミックとは猫の名前だ。馬の名前を訊ねたら「ない」と言われた。
村の北の門を開ける。門番はいない。鍵もかかっていない。ゴブリンには門を開ける知識がないからだ。
普段はこっそりと村へ戻るんだけれど、今日はお客さんと猫と馬がいる。堂々と入る。
「フィリナちゃん。誰? その子」
ヘレラちゃんに見つかる。私はルティアさんを命の恩人として紹介した。
家に戻ると間もなく晩御飯となった。
「ほぅ。男爵様の街から子爵様の街まで旅をしておるのか」
「はい。出会わなければならない人物がおりまして」
お祖父さんが感心したようにルティアさんを眺める。
男爵様の街はここから南に位置している。とても遠いらしい。
子爵様の街は、リオハ村が子爵様の管轄だけあって、比較的近いのだそうだけれど、それでも北へ馬で一ヶ月だ。
そんな距離を女の子一人で旅できるのは、ルティアさんはとても強い冒険者だからだろう。
「それにしても弱冠13歳で冒険者。しかもDランクとは」
お祖父さんはまだ感心している。
それにしても私と3歳しか違わないんだ。スタイルが良いな。元いた世界でも、こんな大人っぽい13歳はいなかった。
居間には私とお祖父さんのほかにヘレラちゃん一家もいる。
家へ帰る途中、偶然私とルティアさんを見かけたヘレラちゃんが走って来て、誰かと聞かれた。
私が事情を話して家に戻ると、ヘレラちゃん一家が食べ物を持ってやってきたのだ。
「フィリナの命の恩人が来たんなら、黙っていられないからね」
オバサンがスープをよそって、ルティアさんに差し出す。
料理といっても野菜がたくさん入ったスープとイモだ。
それでもじゅうぶん、我が家の晩御飯にしては豪華なのだ。普段はイモだけだから。
なんだか巡察員が来たときとは違う、温かい雰囲気の歓迎会となった。
「ねえ村長。Dランクって何?」
「冒険者の階級だとピサノが言っておった。ピサノはEランクだったが、そこで諦めたといっとったの」
ヘレラちゃんの質問にお祖父さんが答えた。
すると伯父は10年間でEランクまで上り詰めたのか。最初のランクは何だったんだろう。
皆の視線がルティアさんに向けられる。
「私は『天職』と『特技』に助けられました。それに頼れる先輩冒険者に仲間にしてもらえたおかげで、順調に成長できたんです」
「『天職』と『特技』!」
私の声にヘレラちゃんが何事かと振り向く。
ルティアさんにも『天職』と『特技』があるんだ。もしかしてルティアさんも、この世界で生まれ変わった人間なのかも。
「私の天職は『妖精使い』。特技は『妖精憑依』です」
「妖精?」
「はい。そこにいるミックです」
猫のミックは部屋の隅で丸まっている。
猫型の妖精。ルティアさんと戦ってきたからこそ、ゴブリンの親玉の攻撃をひらりとかわし、ルティアさんはミックを自分に憑依させて猫耳と尻尾を生やして強くなったんだ。
ミックは食事を取らなくても平気なようだ。馬は外で干し草を食べている。
「猫は、あの世の使者とも言われておる。殺された村の者たちがリオハ村に導いてくれたのかもしれんな」
お祖父さんが嬉しそうにミックを眺めた。
「ミックがいなければ、とても三年間でDランクになることはできませんでした」
「へぇ、ミックは偉い猫ちゃんなんだね」
ルティアさんに返事をしたヘレラちゃんは早速、ミックの背中を撫で始めた。そして私に視線を結ばせる。
「普通の猫ちゃんだよ?」
「それにしてもルティアさん。よくフィリナを助けてくれたよ。この子は一回死んだんだ。これでまた死んじまったりしたら、神様の御好意が無駄になるところだったよ」
オバサンはルティアさんへスープのおかわりを差し出した。
「一度死んだ?」
「そうさ。フィリナは……フィリナだけじゃない。多くの村人がファイヤーゴブリンに殺されたんだよ」
この場には伯父はいない。ルティアさんが来たと知って、友人の家に行ってしまった。
オバサンは伯父のことは伏せ、ファイヤーゴブリンにまつわる事件をはなしだした。
「ファイヤーゴブリン。聞いたことありませんね。先輩冒険者の口からも出てきませんでしたし、冒険者ギルドの資料でも見たことがありません」
「そうかい……」
オバサンは残念そうだ。
もしファイヤーゴブリンが村の近くに現れたときのために、対処法を聞きたかったのだろう。
「さて暗い話はここで終わりじゃ。さあルティアどの、食事を続けましょう」
お祖父さんの言葉で、皆ふたたび食事を始めた。
ルティアさんの魔物狩りのはなしや旅のはなし、男爵の街のはなしで楽しい雰囲気は盛り返したのだった。
そのあと歓迎会はお開きとなり、ヘレラちゃん一家は自宅へ帰った。
ルティアさんは巡察員も使った客室で寝ているはずだ。伯父は結局帰って来ない。
「それにしても、オバサンに怒られてしまったな」
森へ入ったことだ。薬草を取りに行くにしても、一人で行ってはいけないと強く注意されてしまった。
「オジサンにも焦らされた」
オジサンとはヘレラちゃんの父親だ。ゴブリン退治のはなしでルティアさんと盛り上がっていた。
私がゴブリンを一人で倒していたことを喋るんじゃないかとヒヤヒヤした。
ルティアさんには村に入る前に口止めしていたので、約束は守ってくれていたのだから良かったのだけれど。
私はルティアさんに聞きたいことがたくさんあった。
でも、あっという間に就寝時間になってしまった。テレビや電気のないこの世界の就寝時間は早いのだ。
お祖父さんも「旅でお疲れでしょうに」とルティアさんを客室へ案内してしまった。
きっとみんな、内心はルティアさんにファイヤーゴブリンを退治してほしいはずだ。せめて街から冒険者がやって来るまで、村に留まってほしいはずだ。
私だってルティアさんといっぱいお話がしたい。明日、フィリナさんが出立する前に話を聞かなければ。
「フィリナさん、起きていますか」
「ルティアさん?」
ルティアさんが私の部屋にやって来た。
「どうかしましたか。客室で何かありました?」
「いえ。二人のほうが話しやすいと思いまして」
ルティアさんは気にかけてくれていたんだ。
客室からルティアさんのぶんのゴザと布を持ってきて、私のゴザの横に敷いた。布団のような上等なモノはこの村にはない。
二人で横になって暗い天井を見上げた。
「どちらからはなしましょうか」
「お先にどうぞ」
「どうしてフィリナさんは、ゴブリン退治を?」
「ゴブリンは森の果物を採ってしまうんです。遠くの川で魚釣りをした村人の魚を横取りしてしまうこともあって。この時期はみんな畑仕事で忙しいから、村長の孫である私が」
「それではゴブリン退治のこと、なぜ皆さんに黙っているのですか」
ギクリ。村の人には、神様からもらった天職と特技のことなんて言えない。
「えっと、ファイヤーゴブリンから生還してからというもの、いきなり強くなったというか、いきなり倒せるようになった? コツを掴めたような感じで。女の子がいきなり強くなったりしたら、みんな驚いてしまうと思って」
そのわりには村の中でも魔法を使ってしまったな。
「そうですか。私、フィリナさんは天職と特技を持っていると思うんです」
持っています。
そうだ、ルティアさんも天職と特技を持っている。私と同じで、魂が別の世界から来た人なのかも。
「ルティアさんは前世って信じますか。例えば、この世界とは違う、魔法がなくて魔物もいない世界。この世界よりずっと便利な道具に囲まれた世界の記憶、ありませんか」
「いえ、そんな記憶は。私には幼少期からの記憶しかありません」
「天職と特技を持っているのに」
「ごめんなさい」
「あ、いえ、すいません。天職を持っている人、珍しくて」
天職と特技を持っているからといって、元の世界から来た生まれ変わりとは限らないのかな。
「確かに珍しいかもしれませんが、私は何人か知っていますよ。私の兄も天職と特技を持っています」
「そうなんですか」
「天職のみの所有者なら、さらに数が多いはずです」
天職だけの人もいるんだ。
ルティアさんははなしを続ける。
「この村では自分の天職と特技を知る術がありませんから、フィリナさんが混乱するのも無理ありません。私の父は男爵家の騎士なので、魔道具で鑑定してもらい、自分の天職と特技を知ったくらいですから」
「魔道具……」
「はい。私の場合、幼い頃から猫のミックが現れては消えていたので、周りの大人は天職を持っていることに勘付いていたようですが」
「そうなんですか……」
色々あるんだな。
「天職が妖精使いだから冒険者になったんですか」
「いえ、冒険者になったことは、あくまで過程なんです」
「騎士の娘だからですか?」
「それもありますが……フィリナさんは冒険者になりたいんですか?」
「はい。冒険者にならなければいけないかもしれません」
このままお祖父さんが村長を引退し、伯父が村長を引き継いだら。私が村を出ていかされることもあるんだ。
もうすぐ村は次期村長を誰にするかで、揉めるだろう。もう揉めているんだろう。
私には伯父を押しのけて村長の座に収まる気も勇気もない。フィリナちゃんは村を愛していた。だから私はゴブリン退治をしてきた。
私が村長になって、ずっと村のために尽くすことをフィリナちゃんは望んでいるだろうか。
でも誰かを押しのけてまで、目立つポジションに立つことは、もう辛いんだ。
私は目立つと目をつけられる。調子に乗るとイヤな目に遭う。
私がいなければ、伯父はすんなりと村長の座におさまっていたのかもしれない。村の人も伯父と話し合い、もう少し距離を縮められていたかもしれない。
伯父が隣村で目撃したのは、本当にただのゴブリンで、ファイヤーゴブリンではなかった。
誤解だった。
何度も訴える機会があれば、村の人と仲良くなれたのかもしれない。
伯父が皆と話し合う機会を奪った原因は何だろう。
私が生まれ変わったこと、村の人から見れば奇跡的に復活したことで、注目が私に向いているのではないだろうか。
だったら今すぐにでも村を出て行ったほうが、伯父も村も幸せなんじゃないのか。
「フィリナさん!」
「は、はい!」
「伯父さまのこと、聞きましたよ」
「どうして」
「部屋がひとつ空いていたので、ご家族がもう一人いると考え、お祖父さまに挨拶したいと伺いました。なんでも今日はご友人のお宅にいるとか。そのときに、お祖父さまから伯父さまの事情を……」
「そうだったんですか」
「フィリナさんが冒険者になりたいのは、もしかして村を出て一人で生きていくためなのではありませんか」
そこまで見抜かれているとは。
「子爵様の街に行けば調停員がいます。調停員に事情を話せば伯父さまを村から出ていかせることもできると思います。もちろん依頼料はかかりますが」
「そこまで、しなくていいですよ」
そう言うと、ルティアさんは喋るのをやめてしまった。
天職と特技。この二ヶ月、村では聞かなかった言葉。きっと誰も持っていないんだ。もちろん伯父も。
伯父が再び冒険者になって生計を立てるのは至難の技だろう。
対して私には天職と特技がある。ゴブリンだって倒せた。村の外でもきっと生きていける。
今は村の人の関心事は私なんだ。私に向いているだけなんだ。奇跡的な復活を遂げた女の子に。
そんな子がいなくなれば、みんな伯父の言葉に耳を傾けるだろう。
伯父は言っていたそうだ。皆を騙していないって。
「フィリナさん」
「はい」
「冒険者は10歳から登録できます。子爵様の街には冒険者ギルドがあります」
「そこに行けば冒険者になれるんですね」
「フィリナさん!」
返事をする前に抱きしめられた。
「自分を大切にして下さいね」
突然のことと、部屋が暗かったことで、ルティアさんがどんな顔をして抱きしめに来たのかは分からなかった。
それにしても、ルティアさんってあったかいな……。
私は疲れていたのか、どんな返事をしようか考える間もなく、彼女に抱っこされたまま眠ってしまった。




