13.冒険者ルティア
ゴブリンたちの奥から現れた大きなゴブリン。
背丈は2メートルを越えている。まるで熊みたいな体格だ。
棍棒を振り回して私へ向かって駆けてきた。
「ギャオっ!」
「うわっ」
棍棒を避ける。頭上から何度も振り下ろされるので必死に避ける。
このゴブリン、ひょっとしてオバサンが言っていたゴブリンの親玉?
そう言えば伯父が言っていた。山の奥にはゴブリンキングがいるって。もしかしてゴブリンキングが山を降りてきたの?
「この!」
魔法はまだ使える。『エオラプトル×俊敏性強化(小)』を使って背後に回り込み、剣で斬り付ける。けれど。
「ギャオ!?」
「え?」
背中に切り傷が入ったものの、倒れない。致命傷には至らない。
「ギャギャオォ!」
ゴブリンの親玉はますます棍棒を振り回してくる。
そのうち棍棒が剣に当たり、剣が飛んで行ってしまった。
「なにか、なにか魔法は……」
ステータスオープンして、魔法の欄から頼りになりそうな魔法を探す。
『盾』という言葉が目に止まった。
「エオラプトル×盾!」
文庫本サイズの盾が出現。迫る棍棒を盾で受け止める。
「きゃあっ」
横へ薙ぎ払われる棍棒を盾で受け止めた途端、私は盾ごと吹き飛ばされたのだ。
エオラプトルと盾の魔法が、良い組み合わせでないことくらい分かっていたけれど。
コイツには勝てない。今日のところは逃げよう。
エオラプトル×俊敏性強化(小)でこの場から逃げることにした。
「ギャギャ!」
「嘘!」
ゴブリンの親玉は追ってきた。大きな身体なのになんて早さだ。
このまま村に戻っても、ゴブリンたちを引き連れて行ってしまう。森の中で撒くしかない。
でも『エオラプトル×俊敏性強化(小)』について来られたんじゃ、どうやって撒けばいい?
「倒すしかない……」
私はまわれ右。追ってきたゴブリンの親玉の虚をついて、持っていたナイフでゴブリンの親玉の腕を刺した。
「ギャオオっ!」
「これで諦めて」
「ギャオググっ!」
ゴブリンの親玉は諦めてくれなかった。より敵意に満ちた目を私へ向けてくる。
どうしよう。今の私には『エオラプトル×俊敏性強化(小)』以上の効果を発揮できる力がない。
それ以外の恐竜と魔法の最適な組み合わせを見つけていない。倒す手段が見当たらない。
このまま持久戦に持ち込めば、何時間もすれば帰ってくれるかもしれない。
でも魔力には限界がある。恐竜と魔法。最適な組み合わせでも一回につき一分しか使えない。
逃げよう。でも、どこへ……。
「そうだ。罠だ!」
先日、森の中でも村から近いところで罠を見つけた。伯父はフィリナちゃんが村人たちと仕掛けた罠だって言っていた。ここは、その場所からわりと近い。
「ついてきて!」
ゴブリンの親玉を引き連れて、罠が仕掛けてある方向へ向かった。
森の中でも不自然に開けた場所に出た。
その中でも地面が盛り上がったところがある。落とし穴だ。
この罠の設置にはヘレラちゃんの父親も携わっていた。話を聞けば、落とし穴の底には槍のように尖らせた太い木の枝が上に向かって埋められていて、落ちた魔物を串刺しにするようにできているらしい。
そこへゴブリンの親玉をつき落とせば私は逃げ切れる。
すぐ後ろに迫ってくるゴブリンの親玉。私は罠に向かい走り、罠の上を走り幅跳びのように跳んだ。
振り返る。
「ギャゴオっ!?」
追ってきたゴブリンの親玉は落とし穴に沈んだ。
ちょうど恐竜と魔法の効果も切れたところだった。魔力はあと、20残っている。
ほかのゴブリンは……追いかけてきていない。私とゴブリンの親玉の速さについて来れなかったようだ。
さてと、ゴブリンの親玉は……?
「ギャオオア!」
「うわっ」
ゴブリンの親玉は落とし穴から這い出してきて、あっという間に私の前に立った。
下半身は血まみれ。何本かの木や枝が、膝や太ももを貫いているけれど、殺意は失っていない。
ケガをしたせいか、より凶暴性が増しているように見える。
「ギャオっ!」
棍棒を振り払われる。
「エオラプトル×盾! あ、しまった!」
混乱してしまったのか、俊敏性強化(小)ではなく盾を選んでしまった。これではたいした力が出ないどころか、残りの魔力が10になってしまった。
剣は棍棒に振り払われて飛んで行ってしまった。ナイフは相手の肩に刺さったままだ。盾で殴りつけようか。この盾も30秒で消える。
「どうすれば」
「ニャオン」
え? 猫だ。キレイな黒色の猫だった。どうして森の中に猫が?
その猫はゴブリンの親玉の足下を素早く動き回る。
「ギャオっ!」
ゴブリンの親玉は気に障ったのか、棍棒で猫を殴りつけようとした。
「あぶないっ」
猫は、そんなこと言われなくても、といった身のこなしで棍棒をひらりと避ける。
シュッ! シュッ! シュッ!
この隙に三本の矢が飛んできてゴブリンの親玉の背中に命中した。
「ギャオングっ!」
「まだ倒れませんか」
誰? 茂みから現れたのは弓を持った女の子だった。さっきの矢はこの子が射ったんだ。
女の子と言っても今の私よりは年上なんだろう。背は160センチを越えている。生まれ変わる前のハタチだった私よりも高いくらいだ。
スタイルだって良い。芸能人、お人形、そんな言葉がしっくりくる。
長い髪はオレンジブロンド。整った白い顔にはニキビや傷ひとつない。
腰に剣を携えているというのに、奇妙な感じもなく、逆にしっくりくるのが不思議だった。
こんな子、村にはいなかった。
女の子は颯爽とゴブリンの親玉の前に立った。
「ミック。撹乱ご苦労様でした。この先は共に戦いましょう」
「ニャオン」
傷を負ったゴブリンの親玉は女の子を睨み落とすと、棍棒を振りかざした。
「妖精憑依!」
降ってくる棍棒。女の子はうしろに一歩だけ跳んでかわす。
同時に猫は消えて彼女の頭に耳が生えたのだ。猫耳だ。あの猫と同じ耳の黒色だ。
よく見たら腰から尻尾が生えている。尻尾も猫と同じ色だ。
「いきますっ」
女の子は抜刀すると、私の魔法よりも素早い動きでゴブリンの親玉の首を、すれ違いざまに撥ねたのだった。
☆☆☆
「お怪我はありませんか」
「あ、ありがとうございます」
既に女の子の頭とお尻には猫耳や尻尾はなく、足下には先程の猫がいる。その先には首のないゴブリンの親玉。
「私の名前はルティア。冒険者です」
「冒険者……どうしてここに?」
巡察員が冒険者を寄こしたのだろうか。でも、まだ一ヶ月ほどしか経ってない。巡察員は子爵様の街にも着いていないはずだ。
「子爵様の街へ行く途中、この森を抜けようと歩いていたら、ミックが異変に気付いたもので」
「ニャオン」
森の中には昔から村人たちが使っている道が幾つか通っている。馬車が何とか通ることができる道だ。この道を使って村人は川に出たり、隣村まで歩いて行っているのだ。
「そうだったんですか。ルティアさん、助けて頂きありがとうございます」
「いえ、アナタがここにいるということは、近くに村があるということですよね。もうすぐ日が暮れます。送っていってあげます」
「え?」
「怖いおもいをしたでしょう?」
「あ、はい。薬草を取っていたら、ゴブリンが襲ってきて」
「そうですか。では荷物と馬を取りに行きますので、ついて来てください」
ルティアさんはニコッとほほ笑むと、道がある方へ歩き出した。
気がつけば夕日が木々を照らしていた。そうか、もう帰る時間だったんだ。
「ルティアさん、よかったら村に泊まっていって下さい。私はリオハ村の村長の孫娘でフィリナっていいます。私の家はお客さんを泊められるお部屋があるんです」
「まぁ。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
振り向き、微笑むルティアさん。
私は質問した。
「あとで冒険者についてお話を聞いても良いですか」
「もちろん」
よかった。もしかしたら私は冒険者になるかもしれない。冒険者について詳しく聞きたいんだ。
「私もフィリナさんにお聞きしたいことがあるんです」
「ん?」
「どうして薬草を取りに来たのに、袋すら持っていないのか。どうしてこの森にはゴブリンがいないのか。ここに来る途中やっと見かけたゴブリンはどうして既に死体だったのか」
ギクリ。ルティアさんは笑顔を絶やさなかった。




