121.VS超魔王竜
「怪鳥ガルーダ……」
「厄介な者を呼び寄せましたね」
どこかで戦う騎士の声にルティアさんが反応する。
超魔王竜は、倒してきたファイヤーゴブリンを強化させる形で復活させてしまった。
そのうえ、空を渡っていた怪鳥まで呼び寄せてしまうなんて。その数、100体以上。
ガルーダはギョロギョロと巨大な目を周囲に向けると、ここにいる人間を襲い始めた。
「魔物を呼び寄せるならともかく、魔物を復活させるなんて」
『コイツはただの魔王竜じゃねぇ。超魔王竜だ。常識なんて通用しねぇぞ』
シアンタは聖竜剣を振るい、ファイヤーゴブリンやガルーダに襲われている兵士たちを助けていく。
「俺たちは魔虫じゃないっての」
「ファイヤーゴブリンと距離を取ればガルーダが。なにげに連携していますわ」
キコアとエリーは奮戦しているものの、数が多い。
東西南北で倒したはずのファイヤーゴブリンが復活し、次々とこの場所に集まって来るんだ。
「もう魔力が限界です」
凍結魔法を撃ち続けていたビーゼちゃんは炎の魔物から距離を取る。
「あ……」
振り返るビーゼちゃん。その背後ではガルーダが彼女を見下ろしていた。鋭い嘴が小さな頭に振り下ろされる。
「危ない!」
間一髪。妖精憑依したルティアさんがビーゼちゃんを抱えて、その場を脱出した。
「よかった。……ルティアさん?」
大きく息切れしている。
「魔力が尽きる前に、どうにかしないと」
「ボクがみんなを守る!」
シアンタがルティアさんの周囲の魔物を斬り伏せていく。
『そうは言ってもよ。シアンタにも魔力の底があるってもんだろ』
魔法士だけじゃない。聖竜剣の言うとおり、ルティアさんやシアンタ、特技のある騎士や冒険者も魔力の限界が近づいてきたんだ。
「誰か助けてくれ。足をやられた!」
「火の勢いが強すぎて近づけない!」
「魔王竜やガルーダまで現れるなんて聞いてないぞ!」
混乱が広がっていく。こちらの戦力がみるみると削られていく。
「俺のマジリルの槍が溶けた!」
キコアが武器を喪失した。
冒険者や傭兵がファイヤーゴブリンとガルーダに蹂躙されていく。
乱戦状態。いや、一方的な虐殺になるのも時間の問題だ。
こうなったら撤退を。街のほとんどの戦力が集まっている中、ここで撤退してしまったら、あとがない。
だけど、このままじゃ不利だ。一度逃げてでも体勢を立て直さないと。
「そのためにも……」
問題は超魔王竜。コイツをどうにかしなくちゃ。
「うおお!」
『そうだシアンタ! こうなりゃ全魔力を振りしぼれ!』
「これがボクの限界の! 魔竜討滅斬だぁぁ!」
シアンタの特技が、騎士や冒険者を追い立てている魔物たちを飲み込んでいく。
振り下ろされた斬撃は、光の竜となって魔物を蹴散らし、超魔王竜へと届いた。
『ぬぅ。聖竜剣士か。小癪な真似を』
超魔王竜に隙が生まれた。今だ。
残りの魔力は58.125。クリオロフォサウルス×冷凍の消費魔力は今や0.25。
「賭けだ! 消費魔力100倍! 凍りつけ!」
まずは超魔王竜を足止めする。撤退や反撃は、そのあとだ。
これまでにない強烈な魔法の冷気の突風。それが右手から発射され、超魔王竜を包みこんでいく。
冷気が白い煙となって、周囲を覆い尽くす。地面には霜がつき始めた。
あまりの力に、反動で後ろに倒れそうだ。
「フィリナさん!」
「フィリナ!」
ルティアさんとキコアが私の背中を押してくれた。
「二人はみんなと逃げて。この冷気は、私ならともかく、二人は凍っちゃう!」
「フィリナさん一人を置いていけません!」
「ダンジョンでカタマンタイトの防具、受け取ったんだ。冒険者が逃げられるかよ!」
振り向けば、二人は表情を歪ませながら、敵の巨体からはね返ってくる寒波に必死に耐えていた。
超魔王竜は突然の冷え込みに唸っている。偶然周囲にいたファイヤーゴブリン、ガルーダは凍てつき、砕け散っていく。
「うわっ」
相手のほうから氷の破片が飛んできた。敵も、もがいているんだ。
そんな氷の破片が、私にぶつかって来る。
再び体勢を崩しそうになる。
「フィリナさん!」
「フィリナ!」
エリーとシアンタも私の身体を支えてくれる。
「まだ私の仇打ちは、真の意味では終わっておりません。黒幕を暴かないと。それはフィリナさんも同じではなくて? こんな所で挫けてはいけませんわ!」
「ボクはこれからもフィリナと冒険するんだ。この仲間たちと冒険者するんだ。誰ひとり欠けちゃダメなんだ。だから、ボクが、ここにいる!」
『あっちは元は炎の魔竜のようだ。凍りつかせろ、フィリナ!』
二人と一振りが鼓舞してくれる。
あと数秒で一分が終わる。いけっ!
冷気の霧が晴れていき、氷漬けになった超魔王竜の姿が露わになっていく。
魔法、成功したんだ。
私を支えてくれた4人は、ヘトヘトになってその場に崩れた。私は恐竜×魔法の力のおかげで、冷気放出中は寒さに強い。立っていられる。
そのとき。
敵を閉じ込めていた氷柱にヒビが入り、一気に割れた。
『面白いことをする魔法使いだ。キサマたちが勇者なのか?』
「まだ生きてんのかよ!」
キコアの言うとおり、超魔王竜はところどころ凍てつかせながらも、こちらに殺意を込めて見下ろしてくる。
「そんなことだろうと思ったよ」
「フィリナさん?」
ルティアさんは立ち上がりなら私を見た。
「まだ策は尽きていないということですね」
「もちろん。ファイヤーゴブリンと初めて戦ったとき、冷凍の魔法では倒しきれなかった。ああいうヤツは、ああいうヤツの得意分野で痛い目合わせたほうが良いんだ」
魔力はまだある。ブルカノドン×火炎! 消費魔力100倍!
さっきの魔法と、この魔法。一気に50の魔力が削られる。
「一分かけない。一気に振り絞る。みんな、もう一仕事、お願い!」
魔力を素早く右手に送る。4人は再び私の背中を押してくれる。
「頼まれなくても、私がフィリナさんを支えてみせます!」
みんなの想いを魔法にのせて。
「とことん付き合うぜ!」
最初はロウソクの灯だった火は。
「温度差攻撃ですわね。相手がいくら頑丈でも、私たちに不可能はないですわ!」
やがて勢いを増し。
「敵の足下はまだ凍っているよ。あれじゃあ逃げられないね!」
手に収まりきれないくらいの大きな火球となり。
『この時代にはフィリナサウリアがいるってこと、思い知らせてやれ!』
巨大な魔炎の塊になる。
周囲の空気が熱を持ち、敵の顔が歪んで見える。
「まだだ! もっと熱く。振りしぼれ私!」
現れた魔法は、直径10メートルを超える小さな太陽だ。
『これは、逃げ切れんか』
「喰らえ、超魔王竜!」
太陽の弾丸を高速発射。勢いで私と仲間たちは後方へ転がりまわる。
次に、耳をつんざくような爆発音。身体が壊れるような衝撃波。
顔を上げれば巨大な火柱が、青い空を焦がす勢いで立ち上がっていた。
☆☆☆
「みんな、無事? 寒くない? 熱くない?」
目の前では、超魔王竜を飲み込んだ火柱が轟々と立ち上がる中、もぞもぞと動くみんなに声をかける。
「フィリナさんこそ大丈夫ですか」
「俺、生きているのが不思議なくらいだぜ」
ルティアさん、キコアは地面に座り、私を見上げてきた。
「闘士は身体が資本でしてよ」
「フィリナの魔法、どんどん凶悪になっていくね」
『聖竜剣士の立場、ねぇな』
エリー、シアンタ、聖竜剣も大きなケガはないみたい。
よかった。そう安心しかけたときだった。
再び熱波。火柱が中から押し広げられ、弾かれた炎が足下を走っていく。
そんな。みんなが逃げる時間だけでも稼げれば。たとえ倒せなくても、深手を負わせれば、しばらくは仲間や街は襲えなくなるはず。
そう思って全力を出し切ったのに。
『炎の牢獄か。人間の使う魔法にしては面白かったぞ』
超魔王竜。凍傷と火傷を負っているものの、その巨体は健在だった。
「ここまで強力だなんて」
「シンクロンのヤツ、とんでもないモン作りやがったな」
ルティアさん、キコアが苦しそうにつぶやく。
エリーとシアンタの体力も限界だ。
周囲では騎士団や冒険者が、最後の力を振り絞り、なんとか魔物たちに抵抗している。
もう余裕はない。
どうする? どうすればいい。
『フン』
超魔王竜は翼をはためかせた。
『余をここまで感心させるとは。健闘を祝して一撃で葬ってくれよう。苦しまずに。この一帯ごとな』
超魔王竜は上空に飛びあがり、静止すると巨大な口を開けた。喉の奥が赤黒く輝く。まるで地獄の底のよう。
ここから相手までは十分距離があるというのに、温度がグンと上がる。
超魔王竜の周囲に陽炎ができる。
炎を吐く気だ。脳裏に、私が殺された夜のことがよみがえる。
魔竜が火を吐いて夜行バスを炎上させた。あの夜のこと。
超魔王竜は一帯を焼くと言っていた。
ここには仲間が、ビーゼちゃんやアナ、お爺さん、支部長、エリーの未来のお兄さん……。同じ志の冒険者だって、いっぱいいるんだ。
「そうはさせない!」
魔力はほとんどない。
私は懐から小瓶を出した。オスニエル領の魔法使いのお婆さんが作ってくれた魔法回復薬だ。
ふたを開けて中身を一気に飲み干す。お婆さん、力を貸して。
魔力がジワジワと回復していくのがわかる。
「フィリナさん! 何を?」
「みんなを守る! ルティアさんたちは敵の攻撃の余波に備えて!」
みんなのもとで防御の魔法を使ったところで、全ては守りきれない。
上空から撃たれた火の玉が、地表に到達する前に、どうにかしなくちゃ。
アーケオプテリクス×飛翔! 消費魔力2倍で急上昇。
それでも今から超魔王竜のもとへ飛んで行っても間にあわない。
だったら、敵とみんなのあいだに割り込んで、魔法で防御してやる。
『さらばだ! 人間どもよ!』
かつて私を殺した魔竜。そいつが吐いた火球。それの何倍も大きな火の玉が撃ち落とされる。
「させない! ステゴサウルス×防壁! 消費魔力、全部!」
空中で飛行魔法を解き、防御の魔法を全開。
半球状のドームが私を覆い、敵の火球の進路を妨害。これで、みんなを守りきれる……はずだった。
「そんなっ!」
火球と衝突。竜骨甲製のドームは全壊。
私の視界は真っ赤な世界となり、身体は痛みと熱に蝕まれ、薄れる意識の中、空を落下していくことだけがわかった。




