12.伯父と村人
畑仕事をしているときだった。
「お祖父さん!」
一緒に畑仕事をしていたお祖父さんが立てなくなってしまったのだ。
「大丈夫? どうしたんですか」
「ああ、足をやってしまった」
以前から足を痛めていたらしく、無理がたたって悪化したようだ。骨粗鬆症からくる疲労骨折だろうか。
隣の畑から様子を見ていたオバサンやヘレラちゃんがやってくる。
「早く家に運ぶんだ。ああ、こんなときにピサノは何してるんだか」
オバサンはこの場にいない伯父に怒り心頭だ。伯父は今日に限って友人の畑の手伝いに行っている。
「お父さん呼んでくるね」
「待って。私が運ぶよ」
ヘレラちゃんが走りだすのを、私は止めた。
こういうときこそ魔法だ。
腕力強化……ううん、最適な組み合わせなら身体だって強くなるんだから、エオラプトル×俊敏性強化(小)でもお祖父さんくらいは背負えるはず。
「お祖父さん、おんぶしてあげます」
「いや、それは……」
「大丈夫です。ほら」
恐竜と魔法の力を使って、お祖父さんを抱っこして担ぎあげた。お姫様だっこだ。
「え!?」
「遠慮しないで。おんぶしてあげます」
「フィリナちゃんすごい。安心しなよ村長。フィリナちゃんは重い丸太だって持てるんだから」
ヘレラちゃんの絶賛とオバサンが驚く中、私はお祖父さんを背負って家まで駆けた。
☆☆☆
午後は自由時間だ。お祖父さんは家で寝ているけれど、畑仕事は伯父が買って出た。
以前、森には薬草が自生している場所があると聞いたことがある。
お祖父さんの足に薬草が効くかどうか分からなないけれど、今日はそこへ行ってみよう。
森の中を進むと薬草を見つけることができた。
私だってこの世界に来て一ヶ月。雑草と薬草の見分けくらいつく。村のみんなに教えてもらったんだから。
薬草を袋に詰めては森を進む。
ガサゴソ……
「ギャギャギャ!」
ゴブリンだ。ちょうどいい。剣もナイフも『パンファギア×収納』で取り出せる。
夕方。薬草採取とゴブリン退治をこなして村に帰った。
「薬草、お祖父さんの足に効くかな」
薬局もなければ病院もない村だ。薬草と食事が頼りなんだ。
村の周囲には柵が設けられている。村に入るには北にある門を開けて入る必要がある。
誰にも見られないよう、そっと村に戻るんだ。
何だか異和感がある。村の人たちが私を見てコソコソと話しているのだ。
森へ行ったこと、村の外から戻ってきたこと、誰にも見られていないはずなのに。
家の前まで来ると、何人かの村人が集まっていた。もしやお祖父さんの身に何か……。
戸は開け放たれ、家の中には数人の村人がいた。
「ピサノなんて村から追放するべきだ」
「うちの旦那をファイヤーゴブリンで殺した男よ。これを機に追いだすべきだわ」
「あんなヤツ、いくら村長の息子でも村には置いとけねぇ」
何なんだろう。戸の前から家の中を覗くと、村人がお祖父さんに詰め寄っている。
お祖父さん、無事だったけれど困った顔だ。足が痛くて寝ていたはずなのに。
「フィリナちゃん」
ヘレラちゃんだった。
「どうしたの? これ」
「フィリナちゃんの伯父さん、お酒飲んじゃったんだよ」
この世界でのお酒は高級品だ。元いた世界のように簡単に手に入るものじゃない。
それでも村にはお酒がある。巡察員のような偉い人が村に来たときに振る舞うときとか、収穫祭で皆で呑んだりするためらしい。
そんなときのために、村にはお酒を貯蔵している納屋があるのだ。
ある村人が納屋から出てくる伯父と仲間たちを目撃した。不審に思った村人があとをつけていくと、伯父たちは友人宅で酒盛りをしていたというのだ。
酒は納屋の酒樽から、容器に移し替えて、友人宅で呑んだくれていたという。納屋の酒樽の中身も減っていた。
お酒は村のものだ。年に一度の収穫祭で、皆が楽しみにしているものだ。
それなのに、伯父と仲間たちは、全てとは言わないが飲んでしまった。村人は怒ってしまったのだ。
「村の決まりも守れないヤツは追い出しちまえ」
「村長よ。アンタにとっては可愛い息子かもしれないが、俺たちにとっては……」
「次期村長はピサノ以外が良い。まだ幼いフィリナのほうがマシだ」
家の外に集まった村人まで、家の中へまで聞こえるような大声でまくし立てはじめた。
そのとき。
「俺が何だって?」
伯父だ。お酒を飲んでいたのか顔が赤い。
どうしてこのタイミングで帰ってきたの?
「やいピサノ。よくも俺たちの酒を飲んでくれたな」
「俺は絶対オマエなんか村長に推さないぞ。一度は村を捨てたヤツになんて」
「まだ子供のフィリナのほうがマシよ」
ここで私の名前を出さないで。
「ピサノ、帰ったか。事情は中で聞くでの。皆は帰ってくれぬか」
お祖父さんは足を引きずりながら、家の外まで出てきて村の人に訴えた。
お祖父さんの視線が私に移る。
「フィリナ、どこへ行っていた。ヘレラと遊んでいたのではなかったのか」
まずい。これまで私はゴブリン退治をしている時間を、ヘレラちゃんには『お祖父ちゃんの手伝い』、お祖父さんには『ヘレラちゃんと遊んでいる』と誤魔化していたのだ。
今日、薬草採取の目的で森へ行ったときも同じだ。
私は観念して手にしていた袋を掲げた。
「森で薬草を取っていました。お祖父さんが足を悪くしてしまったから。素直にはなしたら、森に出かけるのを反対されると思って嘘をついてしまいました。ゴメンナサイ」
「そうだったのか」
お祖父さんがつぶやくと、村人が一斉に口を開いた。
「聞いたか。幼いフィリナでさえ、村長がケガをしたとなれば森まで薬草を取りに行く。森にはゴブリンがいるっていうのに」
「それをピサノときたら、なんで酒なんて飲んでいるんだ。俺は絶対オマエなんて村長には推さないぞ」
「ほかのヤツかフィリナのほうがマシだ。俺は見たぞ。フィリナがケガをした村長を担いで、ものすごい速さで家まで送るところを。フィリナは特別な子になった。フィリナを村長にするべきだ」
ここで私の名前を出さないで。
伯父は私を一瞥すると、どこかに去っていった。
村人が帰ると、伯父は帰宅。しばらくすると、姿を消し、その日は帰って来なかった。お祖父さんが言うには友人宅に泊まったらしい。
お祖父さんは、私が森から採って来た薬草をすりつぶして足にこすりつけている。あんなことで足は良くなるのだろうか。
☆☆☆
翌日。午前中は畑仕事。お祖父さんは家で休養しているので、今日は伯父と一緒だ。
さらにヘレラちゃんの父親もやってきて、私は彼の指示に従って畑仕事をしていた。
気まずい空気だった。伯父は一言も喋らない。
伯父とその友人たちがお酒を飲んだ理由。それは「我慢できなかったから」だそうだ。
お祖父さんが足を悪くした以上、次期村長を決めるときは近いのかもしれない。村人の中には伯父よりも私が村長になったほうが良いと考える人もいる。
なんだか村中がピリピリしている気がする。
ファイヤーゴブリンに家族が殺され、自衛のために必死に柵を補強し、罠を仕掛け、巡察員には現状を伝えた。
やれることは全てやった。ここに来て緊張の糸が切れて、ストレスが爆発しているんだ。
ああ、私を見る伯父の目が辛い。私が調子に乗ると、いつもこうだ。
さらに翌朝。
お祖父さんはケガを押して畑に向かう。私もついていく。当然伯父も来る。
「フィリナちゃーん」
畑に着くとヘレラちゃんだ。
今日は彼女の一家や村の人たちもウチの畑仕事を手伝ってくれる。
「ねぇ、もうすぐ村長になるって本当?」
「ヘレラちゃん、なんのこと?」
「村の大人たちが言ってたよ」
すでに畑にやって来ていた大人たちの視線が私に注がれる。
「ハハハ。ワシはまだまだ引退せんよ。安心しなさい」
お祖父さんが笑い飛ばした。
「フィリナが村長だなんて、まだ早くないか。まだピサノのほうがマシだろう。性格は悪いけど」
「いやいや。フィリナは奇跡の子だ。体力は大人以上だぞ。経験が足りない分は俺たちが助ければ良い。なんてったって、俺はピサノなんかに村長になってほしくないね」
「そもそも村長一家に村長をやらせることはないだろう。そろそろ別の家の者にも村長を」
「ピサノに恨まれても知らねぇぞ。フィリナが村長になればピサノだって納得を」
「そうかな。フィリナは一度、ピサノに殺されたんだぞ」
畑仕事をする大人たちが、次の村長の噂をする。頼むから私たちの前では噂をしないでほしい。伯父の耳に入る。
私は畑仕事をしながら、伯父をチラリと見ると睨みかえされた。怖い。
伯父を差し置いて村長になるなんて、私は一言も発していない。
村の人が勝手に憶測を立てているだけだ。悪いのは私じゃない。どうしてこうなってしまったんだ。
☆☆☆
この世界に来て二ヶ月が経った。
ファイヤーゴブリンは現れていない。どこかへ行ってしまったのだろうか。
巡察員はそろそろ子爵の街に着いた頃だろうか。
村でのうっすらとした気まずい空気は変わらない。みんなの伯父の評価も変わらない。
私の髪はだいぶ伸びてきたけれど。
午後になれば私はモヤモヤした気持ちをふっきるように、ゴブリン退治をするため森に足を踏み入れる。
ゴブリン退治は良好。もう200体は倒している。
この日はなかなか見つけられない。
「もうほとんどやっつけちゃったのかな」
それならそれで、良いことだ。森の果実をゴブリンに横取りされることはない。釣りの帰りだって魚をゴブリンに強盗されることはない。
森を数時間かけて探索したけれど、ゴブリンは見つからなかった。
もう帰ろうと、村の近くまで来たときだった。
村まであと少しというところでゴブリンの集団と遭遇したのだ。およそ20匹ってところかな。
「ギャギャギャ!」
「エオラプトル×俊敏性強化(小)!」
素早く接近し、剣を振り落とす。
「ギャギャ!」
外した。でももう一回!
「ギャア!」
一体倒す。
「ギャギャギャ!」
「ん?」
なんだか様子が変だ。普段のゴブリンは一体でも倒せば多少はたじろぐか逃げて行くというのに、このゴブリンたちは好戦的に向かってくる。距離を詰めてくる。それに身体も少し大きい。
「えいっ」
「ギャイっ」
剣を振り下ろすと、ゴブリンが持っていた棍棒で防がれた。
私は素早く後ろに回って首の後ろをはねる。
今日のゴブリン、少しは戦い慣れているのかもしれないけれど、倒せない相手じゃない。
10匹目を倒したときだった。
「ギャオオン!」
残り10匹の背後から、大きなゴブリンが現れたのだ。




