表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/127

119.VS紅の竜魔人(2)

 ついに現れたファイヤーゴブリンを指揮するシンクロン。

 炎を操る紅の竜魔人となった彼に、私とエリーは特技を炸裂させ、ルティアさんは剣でその武器を弾き飛ばした。


「もう貴方に武器はありません。大人しく投降してください」


「バカめ。吾輩の武器はこれだけではないぇ!」


 ルティアさん目がけて突進する竜魔人シンクロン。


「けれど私、囮なんですよ」


「なんだとぉ?」


「丁度いい頃あいだぜ!」


 その言葉に竜魔人の足がピタリと止まる。

 竜魔人の背後の上。屋敷に背を向けていた敵を見下ろすのは、屋根に上っているキコアだ。


「行くぜ! 爺さん、ビーゼ!」


 キコアは手にした魔法金属マジリルの槍を握り、竜魔人に向かって飛び降りた。


「ひぃ、ひぃ……こんなに走りまわされたのは何年ぶりかの」


「お爺さん、大丈夫?」


 魔法士のお爺さんとビーゼちゃんが走って来る。


「まだまだじゃ。若い者には、負けぇん! ブリザァァァド!」


「すごい。じゃあ私も。ブリザード!」


 必死の後期高齢者と自分の真価を知らない女の子。二人の凍結魔法が落下してくるキコアの槍に集まっていく。

 打ち合わせではお爺さんにしか言っていなかったけれど、ビーゼちゃんも来てくれたんだ。

 キコアの槍は魔法の冷気を纏っていく。これに刺されでもしたら、竜魔人だって。

 声高らかに、叫ぶキコア。


「これにつらぬかれろってんだ!」


「そんなもの!」


 竜魔人は即座に方向転換。キコアに反応した。その顔はルティアさんを捕えている。


「小娘! さきほど自分を『囮』と言ったぁ。それはこれから攻撃が来るということ。次の手の内を晒すということなのだぁ!」


 キコアに正対した竜魔人の右手から炎が生れる。


「冒険者不足で少しはできるガキを寄こしたようだが、所詮ガキぃ。大人同様に焼き殺してくれるよぉ!」


 発射される炎の玉。このままでは飛び降りてくるキコアに当たってしまう。

 竜魔人の手から生み出される炎の玉。負傷した冒険者やアナへの聞き取りで分かったこと。竜魔人の武器は剣だけではない。

 手から火の玉を弾丸のように撃ちだし、命中した対象を爆発させる攻撃手段を持っているのだ。

 そんな火炎の弾丸のせいで多くの冒険者が死傷した。この街の副支部長も、これで焼死したらしい。

 だから、対策は練っている。


「なんだぁ?」


 飛び降りてきたキコアがあらぬ方向に進行方向を変える。まるで時間を巻き戻したように、屋根のほうへ戻っていく。


「俺も『囮』なんだよな」


「何だと?」


 キコアのお腹には縄がくくりつけてある。縄の先端は屋根の上、そこに立つ支部長の手の中にある。


「うおおぉっ! 水を落とす次は、子供の引き上げか!」


 支部長は縄をぐいぐいと手繰り寄せ、キコアを引き上げる。がんばれ!

 それでも炎の弾丸はキコアへと向かっていく。

 今だ!

 アギリサウルス×俊敏性強化(中)で炎の弾丸の目の前へ。

 さらに。


「パンファギア×収納! 消費魔力20倍!」


 巨大な黒い穴。私の魔法空間が炎の弾丸を飲み込んだ。


「収納の魔法だと? なんて巨大な」


 驚く竜魔人。この隙を逃さない。

 収納の魔法は消費魔力を20倍にすることで、魔法空間に繋がる穴はとても大きくなった。でも、それだけじゃない。


「吐き出せ! パンファギア×収納!」


 魔法空間は収納した火炎弾を吐き出した。

 昨日のこと。納めることができるのなら、吐き出すことだってできると、魔法士の女性が教えてくれたのだ。

 さっそく試した。その排出速度は消費魔力によって比例していた。

 消費魔力10倍以上での排出速度は矢よりも速い。これはもはや盾や防壁なみの防御魔法だ。

 20倍なら弾丸以上だと思う。その目標は竜魔人だ。


「ぐぇぇ!」


 自らが放った炎弾に直撃し、竜魔人は爆炎の中に消える。

 轟々と燃え立つ赤いゆらめきを掻き分け、竜魔人がおぼつかない足取りで這い出てきた。


「うげぇ。炎の竜魔人となった吾輩が、炎で焼かれるとは。しかも自分の技でぇ」


「お覚悟の時間ですわ」


「投降して全てを自白してください」


 エリーとルティアさんが竜魔人に立ち塞がる。


「ふん。イイ気になるなぁ。炎の魔竜の血を宿した吾輩が、爆発で力を削がれたとでもぁ」


「思っているよ」


 私は敵を指さした。


「自分の身体。ちゃんと見て」


「なんだ? なんだと! これはぁぇ?」


 竜魔人の身体は、まるで鱗模様の甲冑だ。そこには一切の隙もない。

 けれど今のシンクロンの身体にはヒビが入っている。まるで張り巡らされた迷路のように。


「この身体が、何故にぃぃ! まさかぁ」


「錬金術師なら、それくらい分かるでしょ」


「温度差ぁ!」


 もともと熱かったと思われる紅の竜魔人の体表。そこへ20倍のクリオロフォサウルス×冷凍。さらに守護者から垂れ流された冷水。ここにきて自身の炎弾による大爆発。

 体表が悲鳴を上げたんだ。

 温度差。ストレンジゴブリンとの戦闘で一緒だったお婆さんを思い出す。ありがとう、お婆さん。遠く離れたこの場所で、私はしっかり冒険者しているよ。


「これなら竜鱗材ドラゴアーマーの剣でも、攻撃は通りそうですね」


「未来のお兄さまの手前、まだまだ活躍しなければなりませんの」


「俺なんて、まだコイツと戦っていないぜ」


 ルティアさんとエリーが武器を手に竜魔人へ迫っていく。

 キコアも屋根から降りてきて、槍を手に近づいて行く。その矛先は魔法の冷気で凍てつき、巨大な刃となっていた。


「なめるな。吾輩の武器はまだあるぞぉ。血を分けしゴブリンども、吾輩を守れぇ。生意気な冒険者どもを焼き殺せぇぁ!」


 竜魔人は怒鳴るものの、誰も応えず、何も起きなかった。

 耳を澄ませば、屋敷の各方向から騎士や冒険者の歓声が聞こえるばかりだ。屋敷の勝手口は沈黙している。


「なんでゴブリンどもは出てこない。まさか、120体全て出し尽くしたというのか!」


 おののく竜魔人。

 追い打ちをかけるように、一人の駆ける足音が近づいてくる。

 ここ、西側から最も遠い場所で戦っていた仲間。そして駆けつける途中にいるファイヤーゴブリンたちを一人と一振りで退治してきた剣士が、目の前にやってきた。


「フィリナ! アイツが紅の竜魔人だね!」


『ここの頭角か。やっちまえ! シアンタ!』


 シアンタは竜魔人を確認すると、聖竜剣を強く握った。


「ずっと力を温存してきたよ。くらえ! 魔竜討滅斬!」


「ゲャリョギャシァァァ!」


 竜魔人はシアンタが振り下ろした聖竜剣の光の波に飲み込まれ、絶叫と共に血と体表と撒き散らしていった。




「あがっ! あぁぁぁ!」


 人の姿に戻ったシンクロンがもがいている。

 ファイヤーゴブリンの100体は倒し切ったと思う。新たな出現があるのなら、大木の上で待機したアナが信号弾を鳴らすはずだ。

 戦いを終えた騎士、兵士、魔法士、冒険者、傭兵が集まってきた。


「ふぅ、ふぅ……」


「やい、爺さん大丈夫か」


 元・魔法士長のお爺さんは大活躍した。そのご老体を、戻ってきた角刈りの騎士が支えている。


「本当に討伐してしまうとはな」


「信じていたが、これほどまでとは」


 支部長と傭兵ギルド長は顔を見合わせていた。

 でも、誰ひとり油断していない。シンクロンが、そこに横たわっているからだ。


「シンクロン、お前には聞きたいことがたくさんあるから」


 私はボロボロになって空を見上げるシンクロンに近づく。

 いったい誰から魔竜の血を与えられたのか。ファイヤーゴブリンを使って、具体的に何をしようとしていたのか。尋問しなければいけないのだ。

 シンクロンの体。指の先からひび割れていく。戦いに敗れた竜魔人は、みんな同じだ。

 真実を聞き出す前に身体を崩壊させて死んでしまう。


 今回は、そうはさせない。ハイポーションを無理やり飲ませてでも延命させて、黒幕と目的を吐かせてやる。

 角刈りの騎士が、部下に拘束するよう視線を送った。


 そのとき、周囲に突風が吹き荒れた。

 なんだろう。この不自然な風は。


「彼には手を出さないでもらえるかい?」


 シンクロンに近づく騎士たちの行く手を、竜巻が妨げた。

 その中心に姿を現したのは。


「竜魔人!」


 エリーの護送のときに襲ってきた魔竜。それを操っていた竜魔人だったのだ。


「キヒヒ。ミキナス様ぁ!」


 シンクロンはやせ細った身を躍動させて、口から笑いを溢れさせた。

 ミキナス? シンクロンの仲間?。


「お初にお目にかかるよ。おや、見た顔もいるね。いつかの騎士はいないみたいだけれど」


 竜魔人ミキナスは私に顔を向けた。


「キミたちにシンクロンはやらせないよ。せっかく魔竜の血を与えたんだ。彼は復讐に必要な人材だからね」


 魔竜の血を与えた。するとコイツが黒幕。これまでの竜魔人に血を与えたのはコイツなのかも。

 ミキナスは腰にぶら下げた袋から小瓶を取り出すと、シンクロンに放り投げた。


「様子を見に来て正解だった。こんなときのために用意していたよ。飲みたまえ」


 シンクロンは指が欠け始めた手で、地面に転がる小瓶に飛び付いた。

 そして中の液体を口に注ぐ。


「みんな危ない。離れて!」


 まずいことになると思った私は、周囲に危険を促した。


「ひょっほぉ~。疲労回復。気分高揚。世界最高の絶好調ぅ~」


 シンクロンは飛びあがると、クネクネと踊り跳ねた。

 あの目は完全にイッてる。ヤバい人の目だ。


「何を飲ませたの?」


「ポーションと魔竜の血を混ぜた非合法薬。これを飲めば瀕死でも生き延びることができるんじゃないかな」


 ミキナスは私に応える。

 シンクロンは完全におかしな人となり、私たちに不気味な笑顔を差し向けてきた。


「絶対に廃人じゃんかよ」


 キコアの言葉のあと、支部長と角刈り留守番長が部下たちに視線を送る。

 冒険者と騎士らが武器を構え、身を乗り出そうとした。


「オマエらなんぞにぁ。吾輩の最後の武器、これがあるのに捕まるなんてぇ、バカだよぉ!」


 シンクロンは懐から器具を出し、地面に叩きつける。

 器具は地面の上に粉々に散った。


「煙幕かと思いましたが?」


「いえ、見て下さい。中に魔石が。あれは魔道具です!」


 エリーが首を傾げると、ルティアさんがすぐに返答した。

 次の瞬間、屋敷は爆発。

 もうもうと立ち込める粉塵の中、巨大な黒い影が姿を現した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ