117.VSファイヤーゴブリン(4)
ガスパリーニ領の森の屋敷に潜伏する手配犯シンクロンは、包囲する私たちにファイヤーゴブリンの集団を差し向けてきた。
私はルティアさんや魔法士と共に、北の冒険者集団といる。
「ではお爺さん、魔法士の皆さん、手はずどおりお願いします」
「承知した。留守番の小僧ども。居残りを言い渡された風魔法使いの意地を見せるのじゃ」
若い魔法士たちが中空に手をかざし風魔法の名を叫ぶ。
そこを中心に乱気流が生まれた。魔法士のお爺さんも中空に両手をかざし、叫ぶ。
「うぉぉ! 御年98歳、まだ若いもんには負けんぞ! 凍結魔法ブリザァドォ!」
顔を真っ赤にし、お爺さんは両手から凍結魔法を発動させた。
お爺さんの手を起点として、乱気流が横殴りの竜巻に変化。
凍気をふんだんに含んだ横向きの竜巻がファイヤーゴブリンの集団に直撃する。氷の竜巻だ。
「やはり先代はすごい」
そんな言葉が若手魔法士の口からこぼれる。
ファイヤーゴブリンが纏っていた業火は消え、むき出しの岩肌のような体表が露わになった。
「フィリナの話じゃ、これで攻撃が通るらしいぜ。冒険者のみんな、仲間たちの仇を討つぞ!」
「おおおー!」
キコア筆頭の冒険者らが槍や剣と斧で、無防備となったファイヤーゴブリンを斬りつけて倒していく。
次々と倒れていく魔物たち。
ファイヤーゴブリン。まともに戦ったら、こちらが不利だ。だから、まともに戦う気なんて一片もない。
そんな中、氷の竜巻の直撃を免れた魔物らは、むき出しの身体を再び炎で覆い始めた。
「お爺さん。敵は次々出てきます。魔法士の半分は置いていきますので、再び氷の竜巻で支援を」
「はぁはぁ。昨日、何度も聞いたわい。魔力だけは衰えないことを証明しちゃる!」
お爺さんと半数の魔法士は再び、氷の竜巻魔法の準備を始めた。
「残りの魔法士はルティアさんと共に西の騎士の援護に。私は一足早く南に走ります」
「キミ、一足早くって子供の足で? って速いし!」
コンプソグナトゥス×走力強化!
若い魔法士の言葉を背中に置いて、私は南に走りだす。
西を経由。ここは騎士と兵士が担当している。
魔法士がいないので、あらわれた魔物は皆、業火を帯びている。
そこへ。
「うおりゃああ!」
屋根の上からだ。ギルド支部長が大きな壺や甕、樽に入った大量の水を、土砂降りのように魔物に浴びせていた。
今回の作戦の準備段階。それは支部長を屋根の上に送ること。
まず私は『インロング×隠ぺい』で支部長の背中にぶら下がる。これで私と支部長は周囲に気配を悟られなくなる。支部長が手にした梯子も同様だ。
素早く屋敷に梯子を立て懸け、屋根に上る。
屋根の上でパンファギア×収納の魔法空間から大量の壺と甕、樽を取り出す。
「フィリナといったな。これを屋根から魔物にかければいいのだな」
「お願いします。作戦が始まるまで息をひそめていて下さい。私と離れると『隠ぺい』の魔法は効力を失いますから」
そう言って支部長を残し、屋根から降りてみんなのもとへ戻ったのだ。
北の方角以外には、人数の関係上、魔法士団は配置していない。魔法士団には臨機応変に立ちまわってもらうつもりだ。
そうなれば、初動は北以外が不利になる。魔物の対策である『氷の竜巻』の準備が遅れてしまう。
そこで支部長には『西へ、南へ、屋根の上から水をばらまいて、魔物の獄炎を弱火にしてもらう係』をお願いした。
「おらぁぁ! 水喰らえぃ!」
支部長の巨体と鍛え抜かれた筋肉は、水の大量に詰まった壺の重量なんて、ものともしない。
そもそも支部長って、スキンヘッドでボディビルダー、貴族がいないとすぐに上半身裸になる巨漢。オスニエル子爵領のギルド支部長との違いといえば、肌が褐色なことくらいだ。
聞いてみれば従兄弟だという。
西の戦場。屋根からの水を浴び、弱火になった魔物に、兵士らが矢と投げ槍を命中させていく。
それでも魔物は怯まない。魔物の火が弱くなるのは、数秒なのだ。ただの水じゃ、この程度なのか。
「一瞬でも、じゅうぶんだ!」
騎士団の留守番長を任されている、ガスパリーニ家の角刈り次男が、大剣で魔物を叩き伏せる。
よし。もうすぐ魔法士たちが駆けつけるから頑張って。私はこのまま南へ。
南では屋根の上の支部長から水を浴びせられた魔物が、エリーと貴族、その護衛たちと対峙していた。
「エリー、お待たせ!」
私は彼女たちに滑り込む。
「魔法士の皆さん!」
南方伯領には赴かなかった子爵様の親衛隊の魔法士に目を合わせる。
「私たちは回復と風魔法しか扱えませんが」
「構いません。冷凍魔法は私が担当します。皆さんは竜巻を」
「かしこまりました。トルネェェド!」
魔法士の女性たちが中空に風魔法の名前を唱える。私はそこに手をかざす。
「クリオロフォサウルス×冷凍。消費魔力10倍!」
かつてファイヤーゴブリンと戦ったとき。『クリオロフォサウルス×冷凍』の消費魔力は4だった。
あれから風の魔竜や竜魔人バイオン、スイルツ、それに魔王竜との戦いで消費魔力は低減され続けた。今や消費魔力は0.25。10倍にしたって2.5なのだ。
私と女性魔法士の合わせ技。強烈な氷の竜巻が生まれ、炎の魔物を飲み込む。
直撃した魔物は完全に凍てつき、直撃を免れた魔物は、炎を掻き消されて壁まで吹き飛び、痙攣している。
南の勝手口は氷で閉ざされてしまった。
エリーが頬をふくらます。
「これでは私の活躍が未来のお兄さまにお見せできないではありませんか。むっ!」
痙攣していた魔物が息を吹き返した。岩石のような体表は徐々に熱を帯びていく。
「これは好機ですわ。新装備の硬魔法金属カタマンタイトのナックル、威力を披露しようではございませんの」
エリーは向かってくる魔物の一体をナックルで殴り飛ばした。
魔物の殴られた箇所は一撃で欠損する。
「さぁ未来のお兄さま。それに貴族の方々。反撃の時間ですわよ」
「エリー、反撃といっても僕らは攻撃されていないが。まぁ、いい。皆、剣を取れ!」
「ぉぉぅ!」
貴族、商人の御子息らが抜刀し、親衛隊の指示の下、弱った魔物を斬りつけはじめた。
勝手口は氷で塞がっているし、しばらくはエリーに任せても大丈夫そうだ。
続いて私はコンプソグナトゥス×走力強化で西陣に舞い戻る。
炎の魔物は健在だ。屋根から支部長の水が降り注いでいる中、身体から水蒸気を発し、騎士らを睨みつけている。
角刈り次男さん筆頭の騎士、兵士の中には、すでに北から駆けつけたルティアさん、魔法士の姿があった。
「魔法士の皆さんは竜巻の準備を。ビーゼちゃん、いる?」
「ここです」
騎士らの中に一人だけ年少の魔法士を配置しておいた。アナの妹でギルド職員見習いのビーゼちゃんだ。
彼女は凍結魔法一種類しか扱えないらしく、度胸もないとのことで、魔法士団や冒険者になる将来を諦めていた。
それでもこの場において凍結魔法はありがたい。頑張ってもらおう。
「ビーゼちゃん。お願い!」
彼女は右手を上げ、人差し指を立てた。
「了解です。えっと、ブリザード!」
彼女の頭上に直径2メートルの吹雪の玉が出現。それを彼女は魔法士らが手をかざす中空へ移動させる。
氷の竜巻が魔物たちを飲み込んだ。魔物の一部は氷と風に切り刻まれ、その威力は東の勝手口付近を崩壊させる。
この子、一長一短なんだ。凍結魔法しか使えなけれど、その力は元・魔法士長より上だ。
生き残った魔物、屋敷から這い出してきた魔物、いずれも炎は弱火になっている。
「これなら私でも倒せますね」
既に妖精憑依したルティアさんが魔物に立ち向かう。
「敵は100体。まだまだ出てくるぞ。騎士は俺に続け。兵士らは援護しろ!」
「おぉー!」
角刈り次男筆頭の騎士らは、弱体化した魔物たちに剣撃を浴びせはじめた。
順調だ。魔法士の皆さんには再び北へ戻ってもらうことをお願いする。
ビーゼちゃんは凍結魔法でルティアさんたちの援護だ。
私はアーケオプテリクス×飛翔の力で屋根の上にのぼる。
「支部長!」
「フィリナか。もう水は無くなってしまったぞ」
「それなら南のエリーたちのもとへ向かって下さい。親衛隊には予備の武器を持たせてあります」
「わかった」
支部長は南へ飛び降りていった。ここ、結構高いけど大丈夫かな。筋肉あるから平気かな。
私は屋根の上から東の勝手口を見下ろした。
東はシアンタ率いる傭兵部隊だ。
「こっちは魔法士の援護なんていらないよーだ」
シアンタの前には10体を越えるファイヤーゴブリンが睨みをきかせていた。
「コイツらが魔竜の血を取りこんだ魔物だね。ボクの特技でやっつけてあげるよ」
『シアンタ、敵は100体を越えるってよ。よく考えて戦いやがれ』
「わかってるよアンガトラマー。だったら、手加減の魔竜討滅斬だ!」
シアンタが聖竜剣を振り下ろす。光の奔流が炎の魔物を飲み込む。
魔物の半数以上が爆発。これでも手加減なんだ……。
半数以下の魔物は弱体化したものの、それでもシアンタたちに迫りくる。
「ボクは屋敷から湧いて出てくる魔物をやっつけるよ。傭兵のオジサンたち、倒し損ねた魔物、任せていいよね」
「聖竜剣士。若くても、これほどまでとは。心得た。残りは傭兵団に任せろ。むしろ次々と寄こしてこい」
原始人のような傭兵ギルド支部長。彼が率いる傭兵らが魔物に群がっては息の根を止めていく。
屋敷から湧いてくるファイヤーゴブリンは、シアンタが斬り伏せている。
聖竜剣なら、敵の炎に焼かれず、その身体に刃が届くようだ。
東側も上手くやっているみたい。
アーケオプテリクス×飛翔の効果はまだ持続している。
私はこの力で、この辺りで一番高く、この屋敷を見下ろすことができる大木へと飛んだ。
「アナ!」
「フィリナ! まさか飛行魔法まで使えるとはね」
大木の太い枝の上にはアナが立っている。信号弾を放ったのはアナなのだ。
私が隣に立つと彼女は屋敷を見下ろしながら言う。
「借りた魔道具、魔力を2倍にするアイテムだっけ。すごいね。あと言われた通り、魔力を意識して2倍、3倍と念じたら遠くまで透視できるようになった。フィリナって魔法の先生だよ」
私がバナバザール領でもらったレアアイテム『魔力2倍のネックレス』はアナに預けた。
おかげでアナの魔力は2倍だ。魔力は特技を使えば使うほど消費するって、以前ルティアさんが言っていた。彼女には特技をたくさん使ってもらいたい。
今回、アナには屋敷の東西南北の出入口から魔物がでてきた際、信号弾で知らせてもらう係を担ってもらっている。
さらに紅の竜魔人、屋敷の地下から魔竜が出てきたときに備え、透視の特技をガンガン使ってもらいたい。そして、この場から信号弾で現場に教えてもらうために『魔力2倍のネックレス』を預けておいたのだ。
「今のアタシ、この位置からでも屋敷の地下が見えるよ。でかい魔物に動きはないみたい。その近くにシンクロン。何かやっているみたいだけど、理解できないな」
アナには消費魔力3倍で、遠く離れた屋敷の中を透視してもらう。今の彼女は遠くの屋敷の壁を何枚も通り越し、その奥まで観察できるのだ。
「ほかには何かあるかな?」
「屋敷の中では数十の魔物が外に出ようとしているけれど、出入口の氷の壁に阻まれている感じ。周囲では……ルティアって子、すばしっこいね。シアンタって子は聖竜剣士だって聞いたけど、本当にDランクなの? 魔物、次々やっつけてるよ」
東西南北とも優勢のようだ。
「私は屋敷に戻るね。竜魔人や魔竜に動きがあったら、お願い」
「任せといて」
アナに監視を任せた私は、再びアーケオプテリクス×飛翔の力で屋敷の北へと舞い戻った。




