114.ガスパリーニ領
三日間の魔空船の旅を終え、午前中のうちに私たちはガスパリーニ子爵領に到着した。
ここの停船場も、ほかと同じく街から離れた場所に存在する。
停船場の職員から魔剛馬を借りて、街へ向かうことにした。
夕方になる前に街の入口に差し掛かる。
街は高い塀に囲まれている。外から見た様子だと、規模はオスニエル子爵様の街と同じくらいかな。
この街はまだ無事なんだ。
敵が現れた森林は、街からいくらか距離にはあるものの、辺境ほど離れているわけじゃないみたい。
いつ魔物が押し寄せて来てもおかしくはないんだ。
マリッパさんが森林の場所を教えてくれたけれど、現在の正確な状況を掴んでから動いたほうがいい。
とりあえず、この街の冒険者ギルドへ行って情報を得よう。
「兵士の人、入れてくれるよね」
入口には兵士が立っている。
私たちには冒険者ギルドから発行された特別通行手形がある。今回は増援のために来たようなものだ。これを見せれば兵士は通してくれるはずだ。
「そんなのなくても、冒険者証があればどこの街でも通してくれるって話だぞ」
キコアはそう言うけれど、通行手形があれば、すぐに通してくれるらしい。
私たちの前には何組かの先客がいる。商人と思しき馬車が列を成している。
どこの街の入り口でも似たような光景があるものだと思った。
私たちは魔剛馬の手綱を引きながら、列に並ぶ。
「おい、あれって冒険者じゃないのか?」
入口で入場管理を行っている兵士の一人がこちらを指さす。
「ボクたちに気付いたみたいだよ。この街でも有名人みたいだね」
シアンタは浮かれた声色で話すけれど。ルティアさんはうしろを振り返り、誰かに気付いた。
「あれは!」
振り向けば、10代半ばくらいの女の子がフラフラとこちらにやってくる。様子と服装がおかしい。
「やっと、着いた……」
女の子は倒れてしまった。兵士は私たちに気付いたんじゃない。この子に気付いたんだ。
私は女の子のもとへ駆けた。
「しっかりしてください。え、これって」
近づいてみて分かった。この子は火傷を負っている。服のほとんどは焼け焦げ、身体中が爛れている。顔は右半分が真っ赤だ。
「はぁ、はぁ……」
私が声をかけても、顔も上げられない状態だ。
「やはり数日前、例の現場に出向いた冒険者だ。急いで街に入れるぞ。誰か、馬車を用意しろ!」
やってきた兵士が彼女の容態を見て、仲間たちに指示を飛ばした。
「み、水……」
彼女はそう言うけれど。
「水なんかでどうにかなる状態じゃないだろ!」
兵士は急いで馬車を取りに戻っていく。
「水じゃないけれど、これを飲んで!」
パンファギア×収納から、木工職人が作ったという木製の水筒を取り出し、彼女の口に水筒の中身を注ぎこむ。
「うう……」
「何があったんですの?」
エリーが彼女を覗きこんだ。
「あ、アタシは冒険者のアナ。この街の近くの森で未知の魔物が現れて……アタシはヤツらを見張っていたんだ。魔物どもが屋敷に戻ったから、欲を出して、屋敷に近づいて……現れた魔物と赤い変なヤツに、仲間は焼かれた……」
アナは手を伸ばして私が持つ水筒を掴もうとする。喉が渇いているんだ。
私は彼女の手を取って水筒を握らせた。
「なんとかアタシは、見てきたことを伝えようと……早く冒険者ギルドに……あの数は危険だ。それに屋敷の地下には……」
「落ちついて。それを飲んで」
私が彼女の上体を起こすと、彼女は水筒に口を付けてゴクゴクと喉を鳴らした。
「あんな魔物が、周囲の村に、いつかこの街に押し寄せたら……残りの冒険者が束になっても敵わない。早く伝えなくちゃ。でも、アタシはもうダメだ。せめて最後に……ギルドで働いている妹に……会いたかった……」
「妹さんがいらっしゃるのですね」
ルティアさんが声をかける。
そしてアナは地面に胡座をかくと、水筒の中身をゴクゴクと飲みほした。
「ぷはぁ。ごちそうさま。妹のビーゼはまだ10歳なんだ。ちょっとは魔法が使えるんだけど、一属性だけでね。アタシ、孤児院出身で妹は唯一の身内なの。だから死ぬ前に会っておきたくて」
「じゃあ、会いに行けばいいんじゃねえか?」
「うん?」
キコアの言葉に、アナは疑問いっぱいの表情になる。
「だってアタシはもうすぐ死んじゃうし……ってあれ? どうして死ぬ寸前のアタシがこんなにペラペラ喋ってるの? って、痛みが引いてる? 火傷、ほとんど治ってるし!」
アナは立ち上がると、身体中を観察しだした。そして私に目を向ける。
「どうして? なんで!」
「それはアナが飲んだものがハイポーションだからだよ」
「ハイポーション!」
驚くアナ。エリーはアナが捨てた水筒を拾った。
「フィリナさん。この形状の水筒の中身はたしか、間違って作ってしまったという、高濃度薬草エキス配合の速攻性万能特別ハイポーションですわよ」
「そうだっけ。それでもアナが元気になって良かったよ」
「火傷の痕がまだ残っていますね。ファイヤーゴブリン、許せません」
アナの肌を凝視していたルティアさんは表情をきつくする。
「え? ハイポーションの上っていえばエクストラポーションじゃん。上位貴族しか飲めない国宝級だよ。アタシ、飲んじゃった」
「気にしなくていいよ。バナバザール領で試作品、たくさんもらったし」
「さすがにエクストラポーションは、まだ非売品だけどね」
シアンタも説明を加える。
「アンタたち、何者なのさ」
アナは目を丸くしてこちらを見つめる。
「私たちは冒険者。この街を助けに来たんだよ」
☆☆☆
元気になったアナは冒険者ギルドへ報告しに行くと言うので、私たちは同行することに。
街の入口の兵士は彼女に「報告ならば子爵様の屋敷でしたほうがいい」と伝えてくれた。
私たちが特別通行手形を見せると、兵士はすぐに通してくれた。
「午前中も来たな。特別通行手形」
門を通過すると、兵士の声がうしろから聞こえてきた。
「冒険者が参りました。報告があるそうです」
ガスパリーニ子爵様の屋敷で事情をはなすと、使用人はすぐに広間へと案内してくれた。
「この街の貴族は敷居が低いな」
「それだけ緊急時ということですわ」
エリーがキコアに耳打ちをしている。
通された広間には貴族のほかに、あきらかに冒険者風の人や騎士、魔法士がいる。
それに僧侶やシスター。あと、野人のような毛深いオジサンもいる。
「彼が首から下げているペンダントは傭兵ギルドのものですね」
ルティアさんの予想では、彼は傭兵ギルドの支部長ではないかとのことだ。
すると、この広間には街の全戦力のリーダーが集合しているのかな。だから私たちも入って来れたと。
「黒目の黒髪……」
え? どうしてか、シスターが私をジッと見つめてくる。
そんな中、大柄で色黒の男性が近づいてきた。スキンヘッドだ。
「アナじゃないか。現場はどうした」
「すごく大変だよ、支部長」
支部長と呼ばれた男性に、アナは説明を始めた。
二週間前、シンクロンと未知の魔物を倒すために冒険者による討伐隊が組織された。けれど返り討ちに遭ってしまった。
ここまでは私たちも知っている情報だ。
その後、アジトがばれても動きを見せず、屋敷に籠っているシンクロンを監視するため、複数人の冒険者が監視役として置かれた。
その一人であるアナは『天職・斥候』、『特技・透視』を活かして、シンクロンの企みを看破しようと機会を窺っていたそうだ。
屋敷の周囲を見張るファイヤーゴブリンが、屋敷に戻ったタイミングでアナは動いた。
透視の力を最大限に発揮させるため、屋敷の壁まで近づいた。
そして透視で見えたものは……。
「屋敷の中には燃えている魔物が何体もいたんだよ。驚いた。100体くらいいたよ」
「100体だと? 前回の戦いで報告された数よりも多いぞ。増えたのか? いや、錬金術師め。増やしたのか」
支部長は髪ひとつない頭に手を当てて考えている様子。
周囲の人たちは聞き耳を立てている。
「シンクロンは錬金術師じゃった。なんらかの技術を得て、魔物らを作っているのならば」
「そんな技術、一体どこから」
「そんなことまで知らんわい」
魔法士風のヨボヨボなお爺さんと、質問した角刈りの騎士は睨みあってしまった。ここでも魔法士と騎士の仲は悪いのか。
「アナ、ほかに報告は?」
支部長は再びアナに聞いた。
「あるよ。アタシの透視、運よく屋敷の中の床の下まで見れたんだ。つまり地下なんだけど、そこにすごく大きな魔物が蠢いていたんだ」
「その魔物は何者なんだ」
「わからないよ。そのとき例の魔物がアタシに気付いて出てきて、襲われて……手配書の男が赤い化け物に変貌して……ほかの冒険者たちが助けてくれたけれど焼かれたんだ。アタシも火傷して、命からがら逃げてきて……」
それで全身火傷だったわけだ。やはりシンクロンが竜魔人なんだ。
アナは黙りこむ。地下の巨大な魔物。そして100体のファイヤーゴブリン。
支部長らの表情が硬くなる。
場の空気が悪くなり貴族たちがざわつきだした。
「南方領から騎士団を呼び戻そう。そうでもしなければ」
「待て。上位貴族に派遣したのだぞ。こちらにもメンツが」
「こうなると、頼みの綱は魔竜調査団が寄こすと約束した援軍の到着を待つしかあるまい」
ん? 呼ばれたような気がする。
「それにしてもアナ。死にかけたような説明だったが、元気そうだな」
「うん。死にかけたけれど、この子たちが助けてくれたんだ」
アナが支部長に私たちを紹介する。
「この子たちも冒険者みたい」
「そうか。ほかの街から稼ぎに来たようだが運が悪いぞ。この街からわりと近いところに強力な魔物が現れたんだ」
これは自己紹介の良い機会だ。ご隠居様から預かった手紙を用意して。
「あの支部長」
「ん? いや、待ってくれ」
支部長は部屋の入口に目を向ける。ちょうど、二人の貴族が入って来るところだった。
彼らに続いてやってきた女の子が私たちに気付く。
「あ、お姉さんがた。来てくれたんですね」
向けられた笑顔。それは久しぶりの再会だった。




