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113.再び空の旅。そして暗躍

 ファイヤーゴブリンの大群が出現したというガスパリーニ子爵領。

 そこへ向かうため私たちは小型高速魔空船がやってくる停船場へ向かった。

 到着すると、たしかに魔空船よりは小さな船が停まっていた。


「フィリナサウリアの方々ですね。私は王都騎士団の魔空船担当官です。どうぞご乗船下さい」


 船の前で待機していた男性が恭しく頭を下げてきた。




「この魔空船は高速でガスパリーニ子爵領に向かうため、多少の揺れはご勘弁下さい。こちらが皆さんのお部屋になります」


 魔空船の乗組員である騎士に案内され、部屋に通される。

 彼のはなしによれば、この小型の魔空船は、従来の魔空船に比べて娯楽施設は持ち合わせていないという。積載量も少ないとか。乗員数は50人に満たないらしい。

 小さいぶん、高速で王国内を飛び回れるらしい。


「報告では怪鳥ガルーダは、まだ南方の大森林に向けて飛び立ってはいないようです。しかし、空路にガルーダが現れたとなれば、この船は目的地とは違う停船場に降り立つことになります」


 彼はそう言い残すと去っていった。

 これから向かうガスパリーニ領。その上空を例年ならば、間もなくガルーダの群れが通過する。空でバッティングするワケにはいかないもんね。

 数分も経たないうちに小型高速魔空船は離陸した。この停船場で乗船するのは私たちだけだからだ。


『キコア、元気出せよ。時期が早すぎたんだって』


「それでも仲間にしたかったぜ。フィリナサウリア(仮)のメンバー」


 キコアは聖竜剣に慰められたものの、元気はない。

 それもそのはず。キコアは、この3日間「仲間になりたいって言っているヤツらに会いに行く!」と言って、子爵様とのディナーには参加していなかった。

 私たちのパーティに加わりたい冒険者たちと食事を兼ねた面接に行っていたんだ。

 これからガスパリーニ領で未知の魔物と戦う。その陰には竜魔人という化け物がいる。そんな説明をしたんだと思う。

 そして結果は……。


「全身が燃えさかる化け物? わざわざ遠くまで行って、そんなヤツらと戦うのか」

「現地の冒険者がボロ負け? オマエらと一緒なら楽できると思ったのに!」

「ダンジョンの次は竜の魔人率いる未知の魔物? しかも3日後ってアンタら無茶し過ぎだぜ」


 誰も手を上げてくれなかったそうだ。

 気落ちするキコア。まぁ、敵とタイミングが合わなかったんだろうな。


「ところでルティアさん。ずっと気になることがあるんだけれど」


「なんですかフィリナさん」


「オスニエル領とガスパリーニ領って遠いんだよね。それと王都からも。どうして、そんな遠い場所の危機を、この街のギルドは知ることができたんだろう」


 だって、この世界には電話やインターネットはないんだから。


「それはきっと、通信の魔道具を介して知り得たのだと思います」


 通信の魔道具?


「水晶の形をした魔道具です。魔法士が魔力を注ぐことで、指定した魔道具に言葉を送ることができます。受け手が応えれば会話だってできます。緊急事態ゆえ、ギルドもそれを使用したのかと」


 へぇ。そんな便利なものが。


「私も一度しか見たことありませんが」


 そう話をしながら、ルティアさんと私は二段ベッドの一段目に腰を下ろした。

 この部屋には二段ベッドが二組。普通のベッドがひとつある。

 三日目の朝にはガスパリーニ領に到着予定だ。


「さて、皆さん。現場に到着する前に今回の依頼の復習をしますわよ」


 向かいのベッドに座ったエリーが意気込んでいる。


「魔空船恒例のエリーの授業かよ」


「え? 授業。やだやだ」


 床に胡座をかいたキコア、寝ころんだシアンタは表情をげんなりとさせる。


「さて、今回の依頼ですが……」


 事の発端は2年前。南方伯領に錬金術師のシンクロンという男がいたそうだ。

 その仕事は虫型の魔物によく効く薬剤の開発。その薬剤は魔虫に効果覿面だった。

 しかし男は裏で人体にも効く殺人薬剤を作っていたそうで、浮浪者を誘拐しては人体実験を繰り返していた。

 これを伯爵様に知られ、錬金術師の職を解かれ、投獄されることになった。

 男は投獄される前に逃走。行方知れずに。当然、騎士団や冒険者ギルドは捜索していた。


 数ヶ月前、南方伯領の北に位置するガスパリーニ子爵領。首都となる子爵様の街から、程ない距離にある、とある村。そこを、みすぼらしい風体の男が通過し、近くの森へと入っていった。

 そして数日後に異変が起きた。森から出てきては悪さをするゴブリンがいなくなったのだ。

 珍しいこともあるものだと村人たちで話題になっていた。


 ある日、森の近くの別の村の者が作物の交換にやってきた。その者によれば、彼の村でもゴブリンによる被害がなくなったらしい。

 森からゴブリンがいなくなったのか?


 1ヶ月前、村にシンクロンを捜索する冒険者がやってくる。村人いわく、冒険者の持つ羊皮紙に描かれたシンクロンの似顔絵と、森に入った男の人相が似ていたことから、冒険者ギルド・ガスパリーニ領支部は同一人物と断定。

 村長のはなしでは、森の奥には大昔に領主が使っていた別荘があるらしく、シンクロンは、そこに潜んでいるのではないかとのことだった。

 冒険者は森に入り、数時間歩いたところで別荘と思しき屋敷を発見。その周囲には見たことのない魔物が徘徊していたそうなのだ。

 全身燃えさかる身体。一目で敵わないと悟ったという。

 さらに屋敷からは。


「キヒヒヒィィィ!」


 それはシンクロンの口癖と合致したことから、冒険者は冒険者ギルドへ帰還。

 このことを支部長へ伝えた。


「けれど時期が悪かったんですよね」


 ルティアさんの言うとおり、領内の多くの騎士、魔法士、冒険者、傭兵は例年通り南方伯領へ派遣されていた。

 それでもシンクロンを捕まえなければならない。

 そこで冒険者ギルドは冒険者のみでシンクロンの確保および未知の魔物の討伐を行うことにした。

 そして惨敗したのだ。相手はファイヤーゴブリンの集団と紅の竜魔人だったのだ。


「BランクやCランク冒険者筆頭のパーティだって討伐に参加してたんだろ。そいつらがやられたって……」


「竜魔人の正体が錬金術師のシンクロンである可能性が高いですわね」


 キコアとエリーの言葉には不安が帯びている。

 シンクロンがファイヤーゴブリンを操っているのだとしたら。フィリナちゃんたちを殺したファイヤーゴブリンの動向もシンクロンの意思だとしたら。仇打ちは終わってない。


「今回の事件の裏にいるのは、マルネスに加担した者かもしれませんわ」


 そうだ。エリーの親友は竜魔人マルネスに殺された。マルネスに魔竜の血を与え、竜魔人に仕立て上げた人物。そいつこそエリーの本来の敵であり、私の敵でもあるんだ。

 マルネスの黒幕がシンクロンなのか。それともシンクロンも手下なのか。

 私が硬い表情だったのか、ルティアさんは肩を叩いて励ましてくれた。


「大丈夫ですよ。あの日からフィリナさんはとても強くなりました。仲間も私だけじゃない。エリーさんにキコアさん、シアンタさんだっています」


 そうだね。

 魔空船は風よりも速く、この世界の空を南下していった。



 ★★★



 ここはガスパリーニ子爵領の街から、だいぶ離れた場所にある森林。

 そんな森林の入口から数時間歩いたところに、とある屋敷がある。

 以前は先々代のガスパリーニ子爵の別荘だったものだが、百年ほど使われておらず、とても古いため、いつ朽ち果ててもおかしくはない、そんな家屋だ。

 周囲は鬱蒼とした森が囲い込み、人気はない。

 森の周囲に貧しい村々が幾つか点在する、そんな場所である。

 屋敷の奥の部屋では、二年前まで錬金術師と呼ばれていた男が、通信の魔道具を前にして不気味な笑みを浮かべていた。


「研究は順調でございますよぉ」


 男は通信の魔道具の向こうにいる相手に、現状を報告している。


『僕の部下のはなしでは、その場所が冒険者に特定され、攻撃を受けたと聞いたんだが?』


 通信の相手は怪訝な声色で男に問いかけた。


「ご安心を。燃えさかるようになったゴブリンを使い、追い返してやりましたともぉ」


 男は興奮し、通信の魔道具である水晶に顔を近づけた。


「聞いて下さいよ。貴方さまから頂いた魔竜の血。注射器にして計30本。それらに耐えられ、吾輩わがはいしもべになったゴブリンは7体ほどでしたが、空きになった注射器に我が血を満たし、ゴブリンに注射したところぉ」


『どうなった?』


「より従順な燃えるゴブリンが高確率で生まれましたぁ。吾輩が生きている限り血は無限。よってしもべも無限。さすがにゴブリンをさらい過ぎて、この辺りからは姿は消えてしまいましたがぁ」


 通信の相手は考える。魔竜の血よりも、魔竜の血で竜魔人となった人間の血のほうが、魔物を強化することに安定性が見込めるのかと。


『キミにはやってもらいたいことがある。キミに預けた魔竜……その強化を忘れないでくれ』


「もちろんですよ。たしかに老いさらばえた個体ですが、我が輩の血を……『投与』? でしたっけ。投与して元気になりつつあります。吾輩の研究は間もなく完成ぃ」


『そうか。研究を完成させる時期はガスパリーニ領の騎士が留守である今が最適だ。成功した暁にはキミを華麗なる一族の錬金術師として迎え入れよう』


「研究し放題! おはぁ! ありがとうございますよ、ミキナス様ぁ!」


『復讐を遂げたあとには、存分に帝国の貴族を研究素材として使うが良い。それとシンクロン、どこで誰が聞いているか分からない。僕の名前を口にするな』


 その言葉を残し、水晶から光は消えた。


「あの者もいちいち確認などうるさいものだ」


 男はビーカーや三角フラスコといった研究道具に囲まれた部屋で愚痴をこぼす。

 それらの道具は本来この世界にある物ではない。通信の相手、ミキナルから与えられた物だ。


「ミキナルが風の竜魔人。吾輩が炎の竜魔人か。いずれ吾輩が上に立ってやるぅ」


 屋敷の床からうめき声が聞こえてくる。


「まだ血が欲しいか。まったくとんだ魔物だな、魔竜というものは。ん?」


 シンクロンと呼ばれた男は窓の外を見やる。


「気配ぃ? また冒険者か。まぁいい。吾輩としもべで追い払ってやろう。キヒヒィィ!」


 男は森に木霊する大きな奇声を上げたのだった。


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