112.救援要請
王国南部に位置するガスパリーニ子爵領。ここにファイヤーゴブリンが現れたとの報告を受けた。
しかも魔物は何十体もいるそうだ。
「ファイヤーゴブリンが、たくさん……」
およそ10ヶ月前の記憶をなぞる。
私は転生者だ。この身体の本来の主であるフィリナちゃんはファイヤーゴブリンに焼き殺された。
彼女だけではない。彼女の父親を含め、リオハ村の男性たち、アルマガ村の多くの村民が炎の魔物の犠牲になった。
隣村なんて焼き払われて生存者はいなかったのだ。
あれだけ苦戦したファイヤーゴブリンが集団で現れたなんて。
「ファイヤーゴブリンだけではないのだ」
支部長がスキンヘッドから汗をたらしている。
「ケガを負って戻ってきた冒険者の報告では、ファイヤーゴブリンは紅の……竜魔人といったか。そいつに指揮されていたそうだ」
「竜魔人。それでボクたちに依頼したワケだね」
シアンタが頷いた。
「ファイヤーゴブリンを指揮するなんて。考えられません」
ルティアさんの強張る表情に、私も不安になってしまう。
もしやフィリナちゃんやみんな、隣村やアルマガ村を襲った魔物も、何者かによって指揮されていたのだろうか。
そもそも全身が燃えている魔物なんて、自然界で生まれるものじゃないハズなんだ。指揮しているヤツが生み出したのだとすれば、フィリナちゃんたちの仇打ちは終わっていないことになる。
魔物は多数。しかも竜魔人の指揮下にある。あのとき必死になって戦った魔物が、兵団のように向かってくるなんて。
でも、戦わなくちゃいけないんだ。村の惨劇を繰り返しちゃダメなんだ。
そう考えていると、支部長が立ち上がった。
「冒険者ギルドは領境、国境を越えてあらゆる人種の営みを守る組織であります。そこでお嬢様とご友人の力を」
その通りだ。バナバザール侯爵領では、先人たちの武器や防具をもらったんだ。
私たち、戦います。そう言おうとした矢先だった。
「つまり、エリーたちに再び危険な場所に赴けということか」
支部長の言葉を遮ったのは、ずっと黙っていたオスニエル子爵様の御子息、エリーの従兄姉であるお兄さんだった。
「騎士団を派遣させればいい。これは王国の危機だ。王都やほかの領主貴族も黙っていないだろう。騎士団と魔法士団。それらを南方に向かわせよう、お父上!」
お兄さんがエリーを大切にしていることは、ほんの数日でも見ていればわかることだ。
エリーを戦地に向かわせたくはないんだろう。ダンジョン行きも賛成ではなかったみたいだし。
「まずは座るのだ」
オスニエル子爵様だ。
「騎士団と魔法士団。彼らには街の治安維持、それに魔物の討伐という責務がある。彼らを丸ごとガスパリーニに行かせてみろ。そのあいだに王都や我が領に不測の事態でもあれば、目も当てられん」
「ならば人員を選別しましょう。優秀な者を。全員でなくても、王国中の優秀な騎士が集まれば」
「選別にも時間がかかる。それにお前の言う選別した騎士たちは、南方伯領の防衛を優先したがるだろうな」
子爵様はまゆ毛を下げながら、支部長を見やる。
支部長のスキンヘッドから汗が流れ落ちている。
「王国のギルド本部、および王室直属・魔竜調査団の依頼もあり、こちらとしては彼女たちを現地へ派遣したい方針です。我が街の最強冒険者リコリヌは魔物討伐の遠征中。ほかの冒険者は温存しておきたい。そこでお嬢さまたちのお力をお借りしたいのです」
「そんな……」
お兄さんは顔を手で覆って椅子に座りこむ。
「お兄さま、ガスパリーニ子爵の御子息は、私の……」
「わかっているさ。それでも……」
ここで初めて従兄姉のお姉さんが口を挟んだ。長女さんのほうだ。奥さまや次女さんも苦しそうな顔をしている。どうしたんだろう。
「ボクは行くよ」
シアンタだ。右手は背中の聖竜剣の柄を掴んでいる。
「お祖父さんから世界を見て来いって言われたからね。聖竜剣士の力を王国民に見せつけてやるんだ!」
「伯父さま、お兄さま」
エリーが立ち上がった。
「上位貴族であるシアンタさんがガスパリーニに赴くと仰っています。シアンタさんは貴族学校に行くことを拒んででも、国の同胞と未来の親族を救いたいと、今、宣言しました」
「え? 貴族学校、行かないのかい?」
「ギクっ!」
従兄姉のお兄さんが、驚いて顔を覆っていた手をどけた。
ご隠居様が怪訝そうな瞳をシアンタに向ける。
「たしかにシアンタちゃんの12歳の春は過ぎておる。学校行かんでいいのか」
「ギクギクっ!」
シアンタから大量の汗がにじみ出た。
「オホン」
咳払いはエリーだ。彼女の話の最中だった。
「五大武侯の孫娘様が現地に向かうと仰せです。ならば下位貴族の私が共回りせずして良いのでしょうか。伯父さま、お兄さま。私は貴族として、冒険者として、彼女の友人として行って参ります」
シアンタは精悍な顔を大人たちに向けている。
これを受けて子爵様だ。
「そうだな。ガスパリーニの救援を聞いた以上、我が領も貴族、騎士……誰かを派遣させなければいけない。増援は必ず出す。先んじて行ってくれるか、エリー」
支部長が口を開いてからというもの、溜息をついてきた子爵様。エリーが行くことを想定していたのかも。
「任されましたわ」
「そんな……」
お兄さんは今にも泣きそうな顔だ。
ここでルティアさんが立ち上がった。
「ご心配には及びません。私は騎士の妹としてエリザベス様を、生命を賭してお守りします」
ご隠居さんは頷く。
「ルティアちゃんの夢はお兄さんと同じ騎士だったのぅ。魔物の大群から子爵令嬢を守りきれば、それこそ騎士じゃ」
Cランク冒険者のルティアさん。Bランクに昇格すれば、騎士に推薦すると兄のウィナミルさんが言っていた。
ファイヤーゴブリンを一掃すれば、冒険者ランクが昇格するかもしれない。彼女の夢がかなう。
さらに。指揮している竜魔人がフィリナちゃんの仇と関係しているか、見定めなければいけない。
ならば。
「私がルティアさんを守る。だから安心して活躍して」
「フィリナさん……」
彼女は頬を赤らめながら、立ち上がった私を見つめてくる。
「じゃあ俺はフィリナを守るとするか」
キコアが立ち上がる。
「フィリナって強いのに危なっかしいんだよな。ここは俺が上手く立ちまわってやんよ」
さらにシアンタも立ち上がった。
「じゃあさ、みんなまとめてボクが守ってあげるよ。ボクの特技『魔竜討滅斬』は魔竜の力を持った魔物の天敵だ。この力でガスパリーニも救って見せる!」
シアンタは背中の聖竜剣を引き抜き、頭上に掲げた。
ここには公爵様も居るというのに抜刀なんて。
それでも公爵様こと、ご隠居様は笑顔で応えてくれた。
「任せたぞ。若き冒険者諸君!」
☆☆☆
ここから王国の南部にあるガスパリーニ子爵領までは距離が長い。
子爵様の街から領内のリオハ村でさえ、馬で一ヶ月もかかる。
どのように移動すればいいのだろう。
その答えは『小型高速魔空船』だ。
魔石の力で空を行く魔空船の中でも、緊急事態を想定して作られたものが『小型高速魔空船』。
国内に三隻しかないという。そのうちの一隻は王族専用機。
その一隻が既に王都から、ここオスニエル子爵領に向けて出発しているんだそうだ。どうやら私たちがガスパリーニへ向かうことを想定しての判断らしい。
そんな小型高速魔空船。オスニエル子爵領にやって来るのが、わずか3日後なのだ。
二日間、私たちはマリッパさんからガスパリーニ子爵領、南方伯領について学んだ。
屋敷の一室で机に座って授業を受けたのだ。
「魔物の素材を売ったときのことです」
ルティアさんが授業中にふと、口にした。
「魔物の素材は武器や防具になる。バナバザール領や南方伯が良い値で買い取ってくれる。不思議に思っていましたが、南方伯は毎年、魔物の大群と戦っていたのですね」
だから武器と防具が必要だったのか。
南方伯領。
もし虫の魔物が現れなかったら。そのときは怪鳥ガルーダの全軍と戦わなければいけない。
もしガルーダが現れなければ、そのときは虫の魔物の大群と戦わなければならない。
どちらがいなくなっても困るんだ。
虫VS魔物の周囲を警戒する騎士団も大変だ。
そんな南方伯領の北に位置するガスパリーニ子爵領。
毎年、この時期になれば上空を怪鳥の群れが通過するそうだ。もし降りてきたら大変なことになる。大森林の虫の魔物が全滅したら、怪鳥はどこに行くんだろう。
この世界は危ういバランスで成り立っているんだなって思った。
午後は自由時間だ。一日目。
ルティアさんは兄であるウィナミルさんに帰還の挨拶をしに行った。同時に出立の挨拶でもある。
ウィナミルさん、どんな顔で妹と面会したんだろう。
シアンタは子爵様の街の観光に向かった。
エリーとキコアは御隠居さんの従者であるミガットさんとムーアさんから、特訓を受けている。
なんでも従兄姉さんから、妹たちに、ケガを負っても死なない術だけでも身につけさせてくれと懇願されたらしい。
「ダンジョンで数多の魔物と戦ってきたといいますのに」
「俺の槍は魔法金属のマジリルだぜ。強くなったと思ったのによ」
ミガットさんとムーアさんは、エリーとキコアを圧倒している。
一方、私はというと、野宿の準備の仕方やこの世界の言語の授業をマリッパさんから、屋敷の厨房では、メイドさんたちから魚や獣の捌きかたを教わっていた。
屋外での生活、この世界の知識、料理のこと……すべてキコアやルティアさんの足下にも及ばない。少しでも近づかなくちゃ。
二日目の午後はルティアさん、シアンタも合流。
シアンタ、一人で街を観光していてもつまらなかったみたい。
ルティアさんは、マリッパさんの先輩であるポニーテールで鋭い目つきのお姉さんと、オカッパで糸目のお姉さんから特訓を受けている。
シアンタは、貴族学校に行っていないことを知ったエリーの従兄姉のお姉さんたちが教師となり、部屋で授業を受けていた。
夜、私が調理したお料理をみんなのもとへ持っていく。みんなは特訓で疲れていたのだけれど。
「勉強いやだぁぁぁ!」
シアンタは元気に泣いていた。
☆☆☆
小型高速魔空船が子爵領の停船場にやってくる日。
早朝にもかかわらず、お屋敷の庭では子爵家の皆さん、支部長、騎士団長や魔法士長、ウィナミルさんが見送りに来てくれた。
「若い者に任せてすまんな」
騎士団長が済まなさそうな顔でポーションの詰まった袋を渡してくれる。
「気にすんなって。魔物ブッ倒してくるからよ」
キコアはそれを笑顔で受け取る。
「お兄さま、行って参ります」
「まさかオマエが我が領の代表になるとはな。本来は私が行くべきなのかもしれないが」
ルティアさんとお兄さんは、しばしの別れを告げている。
「フィリナよ」
魔法士長だ。
「偏屈婆さんからの贈り物だぞ。魔力回復薬。あの婆さんが唯一の趣味として研究して作っていた代物じゃ。味と原材料の保証はできんが魔力は確かに回復する。持っていけ」
小瓶に入った液体は、キラキラと輝いている。
魔力回復薬なんてダンジョンの街でも聞いたことがない。あのお婆さん、すごいんだ。
「ありがとうございます。お婆さんによろしく」
向こうではエリーと従兄姉の長女さんが抱擁していた。
「あの人とガスパリーニ領の平和、任せたわ」
「承知しましたわ。お姉さま」
そこへ。
「お嬢様はたしかに闘士。しかし安寧と言うのは一人で勝ち得られるものではありません。背負うことはないのです。無理と分かれば、ほかの者に預けて逃げてしまえば良い。どんな状況でも、ばあやはお嬢様のお帰りを待っております」
久しぶりのばあやだ。エリーがこの屋敷に引っ越してからも、続けて面倒を見てくれているとのこと。エリーはほとんど冒険しているけれど。
「ありがとう。行ってきますわ」
エリーは笑顔で応えている。
あちらでは従兄姉のお兄さんがシアンタと聖竜剣に頭を下げていた。
「妹たちをよろしく頼む。キミもじゅうぶん、気をつけて」
「任せてよ。ボクがスパッと解決してくるからさ」
『安心して待ってな』
さぁ、出発だ。
「オスニエル領の平和は俺に委ねておけばいい! しっかり魔物を倒してこいよ!」
そう言うのは騎士のラエリンだ。いたのか、オマエ。
ご隠居様たちは一足早く停船場に向けて既に出発していた。魔空船で王都に行き、ファイヤーゴブリン討伐のための特別騎士団を編成したいらしい。その人たちは、いずれ私たちを助ける戦力になるはずだと。
「任せたぞ。フィリナサウリア!」
子爵様の言葉で私たちは魔剛馬に飛び乗った。
エリーは従兄姉たちの熱い抱擁から、ようやく解放され、フラフラと乗った。
目指すは小型高速魔空船が待つ停船場。馬を進めると同時に、昇ってきた朝日が私たちを応援するかのように照らし始めた。




