110.パーティ登録
「もうっ。不快ですわ」
「なんだか納得できませんね」
冒険者ギルドでダンジョン攻略の詳細を報告した私たちは、帰ろうとしたところ多くの冒険者に声をかけられた。
さらにギルドを出ても、大通りで、広場で、居酒屋さんの前で冒険者に声をかけられたのだ。
彼らのはなす内容は3種類。
ひとつ目は労いの言葉。よくやった、無事に帰ってきてよかったという言葉だ。
おもにキコアが、その言葉をもらっていた。
キコアはこの街に多くの顔なじみがいる。中にはキコアを7歳の頃から知っている冒険者もいて、彼女の成長が嬉しかったようだ。
二つ目は話を聞かせてくれというモノ。冒険者といえども、私みたいに遠くのダンジョンのことなんて知らない人が多くいた。
今後の冒険者活動に役立てたいという思いから話を聞いてきたのだと思う。
三つ目は……エリーとルティアさんが怒っていることなんだけれど。
自分を私たちのパーティに加えてほしいというお願いだった。
大事を成し遂げたパーティに加入すればいい仕事に巡り合える。だから良いパーティに加入したい。これは就職活動に似ているかも。
けれど、この手の人たちは私に話かけてきたものの、Gランクのフィリナと分かると。
「じゃあCランクのルティアって誰なんだ。そいつと交渉させろ」
「ダンジョン攻略してGランクなんだろ。きっと荷物持ちだぜ。リーダーに声をかけたほうが良いって」
「アナタじゃ話にならないわ。ルティアやシアンタって子を紹介して」
そんなことを言われてしまった。
はなしかけてくる冒険者にルティアさんたちが対応しているとき、私は暇を持て余していたくらいだ。
「私たちはフィリナさんのおかげで結ばれたようなモノです。それを」
「フィリナさんを蔑にするような輩を仲間に迎え入れるワケにはいきませんわ」
貴族街へ足を進めながら、二人はプリプリと怒っている。
まぁ、Gランクの私なんて誰も見向きしないだろうね。でも良いんだ。この世界に来て1年も経っていないし。
「ボクはフィリナの付与術のおかげで魔王竜を倒せたんだ。そんなフィリナに見向きもしないなんて」
『見る目もねぇ男たちなんざ、放っておけよ。俺様たちで冒険すればいいさ』
シアンタも聖竜剣もイラついている。私はどうでもいいんだけれど。
貴族街の入口にやってきた。
門兵はエリーに気付くと会釈して通用門を開けてくれる。
「なぁ、アイツらにも機会を与えてくれないか」
キコアだ。急に立ち止まってしまった。どうしたの?
「自分を売り込んできた冒険者。アイツらも必死なんだ。俺だって立場が違えば同じことをしていたと思う」
「キコア?」
「事情を知らないだけなんだ。成功したパーティに加入して安定した生活を送りたい。アイツらの話だけでも聞いてやっても良いと思うぜ」
なんだか珍しくまじめな顔だ。
「まぁ、そうかもしれませんけれど」
エリーが渋々といった感じで頷いている。
「そこでだけどさ。俺、さっきギルドで声をかけてきた連中と今晩メシ食うって約束したんだ。俺たちのパーティに加わりたいって。無下に断るのも悪いし。話だけでも聞いてやりたいんだ」
「今晩も子爵様から晩餐の誘いを受けています。断るのですか?」
『いいじゃねぇかルティア。俺様、考えが変わったぜ。な、エリー』
聖竜剣に話を向けられたエリーは答える。
「上位貴族であるアルバレッツ家の聖竜剣が、そう仰るのであれば引き留めませんわ」
そんなとき、冒険者風の男たちが近づいてくる。
「あれはダンジョンを攻略したっていうパーティじゃねえか」
「おい、俺たちを仲間に入れてくれよ。何でもするからよ」
「俺の矢は百発百中。絶対役に立つぜ」
ごついオジサンたちが自己アピールムンムンで走って来る。逃げたい。
「じゃあ俺、アイツら誘ってメシ行ってくる。良いヤツらがいたら、今後一緒に仕事していいかな。面倒は俺が見るから」
明朝にギルドで落ちあう約束をし、手を振って別れた。
キコア、面倒見が良いんだな。
☆☆☆
「お帰りなさいなのですよ!」
「マリッパさん?」
エリーの屋敷ではマリッパさんが待ち構えていた。
と、いうことは。
「よくぞダンジョンを攻略してきたものじゃ」
御隠居さんことリリエンシュテルン公爵と、従者であるミガットさんとムーアさんもいたのだ。
「おれ? おじいちゃんだ」
「シアンタ、御隠居さんを知っているの?」
「うん。何度も会っているよ」
御隠居さんは笑顔で頷く。
「詳しい話はあとじゃ。さぁ、メシとしよう」
食後のお茶の席。御隠居さんは私たちを誉めてくれた。
ところで。御隠居さんたちはエリーを襲った魔竜と竜魔人を追っていたはずだ。
「そのことなんじゃがの。魔竜が逃げた北の方角にある街に行き、情報を集めようとしたんじゃ。しかし有益なものは掴めなかった。どうやら魔竜はさらに北へ逃亡したようじゃな」
「さらに北というと国外でしょうか」
ルティアさんが首を傾げると、ミガットさんが大きな地図をテーブルに置いた。
世界地図だ。ここイスキガラスト王国を中心に描かれている。各国の境界線が太線で書かれているようだ。
西側はゾルンホーフェン帝国だとして……。
魔竜に襲われたのがオスニエル子爵領の西側。その北側には幾つかの貴族領がある。細線で区切られている。
さらにその北側が海。その海の先には黒く塗られた大陸がある。
『話はルティアたちから聞いているぜ。魔竜はやはり暗黒大陸から来たんだな』
聖竜剣が答える。
どうやら魔竜は暗黒大陸から飛んできたみたいだ。そして傷を負って帰っていった。
今度は私が首を傾げる番だ。すると。
「暗黒大陸。100年前、大海に突如浮上した大陸ですわ。魔竜の住処であり、魔王と魔王竜の拠点。魔竜らは暗黒大陸から世界各地を襲い、魔竜大戦が始まったといいますの」
地理に詳しいエリーが教えてくれる。
「今のところ新たな魔竜の目撃談は得られておらん」
「各地のギルドにも情報は寄せられていないようです」
御隠居様に子爵様が視線を合わせる。
「スイルツが誰に魔王竜石を渡そうとしていたのか。そして、それで何を成そうとしていたのか。気になりますね」
ルティアさんの表情が強張る。
魔竜の裏には竜魔人がいる。目的は何なのだろう。この世界で何を企んでいるのだろう。
☆☆☆
翌朝。私たちは仕事をもらうために冒険者ギルドへ向かった。
いつまでもエリーの屋敷にお世話になるわけにはいかない。
仕事をして稼いで、自立しないと。
子爵様たちは、いつまでも居ていいと言ってくれたけれど。
「え~。せっかくオスニエル領に来たんだから遊ぼうよ」
『せっかくDランクに昇格したんだから、Dランクの仕事をしやがれ』
聖竜剣に怒られるシアンタ。シアンタ、アルバレッツ侯から「もっと世界を見て来い」と言われたこと、忘れているな。
冒険者の朝は早い。昨晩、早朝からギルドへ出掛けることを子爵様に伝えると、出発時間に合わせてメイドさんたちが朝食を用意してくれたのだ。ありがたい。
朝食をしっかり取り、元気な状態で冒険者ギルドへ赴く。
「やはりリーダーが誰なのかを知らしめるべきだと思いますの」
先を歩くエリーが振り返る。
「昨日の輩たちときたら、フィリナさんを蔑に。魔王竜への勝利も、バナバザール領の未来もフィリナさんのおかげだといいますのに」
エリー、まだ怒ってる。
「そこで提案がありますわ。私たち、パーティ登録しませんこと?」
なにそれ?
「なるほど。そうすれば外部の人間にも、私たちの中で誰が一番偉いのか、明確ですね」
ルティアさんが私をジッと見る。
「パーティ登録とは、共に仕事を成す複数人の冒険者が、複数人で仕事を受けるために、複数人単位でギルドに登録する制度のことです。これにより複数人で同じ仕事を受けることができます」
複数人がいっぱい出てきた。
「登録することにより、パーティメンバーがギルドより発表されます。リーダーが誰なのかも、まわりの冒険者に知らしめることができます。ギルドの壁に張られた羊皮紙に、パーティに属している冒険者の名が記されます」
「ボナパルテやランベもパーティを登録していたよ」
ルティアさんとシアンタが教えてくれる。そんなシステム、気付かなかったよ。
今日はパーティ登録してから、仕事をもらう流れになりそうだ。
ギルドへ行くとキコアが待っていた。
昨晩は私たちのパーティに入りたい人たちと食事をしていたのだ。
「どうだった?」
「ダンジョンでの戦いを詳しくはなしてやったら、ほとんどのヤツらは青ざめていたぜ」
キコアはシアンタに首を振った。
「それでも一緒に冒険したいっていうヤツが20人いた」
「そんなにですか」
ルティアさんは驚いている。
「とりあえず少しずつ声をかけて一緒に仕事してみようぜ。それで馴染むようだったら仲間にしてやりたい。とりあえず今日のところは解散してもらったけれど。どうだ?」
キコアはみんなに視線を合わせる。
仲間が増えることはいいことだと思うし、立場が逆であったなら、仲間に入れてもらえることはとても助かる。
私は偶然仲間を得ることが出来た。恵まれていたんだ。
相手にその気があるのであれば、断る気はしない。
「いいと思うよ」
「ありがとうフィリナ。今度アイツらに会ったら誘ってみるぜ」
冒険者ギルドの朝は忙しい。みんな仕事を求めてやってくるからだ。
壁に張られた依頼書が、次々とめくられて受付に持っていかれる。
さすがにこの時間は私たちに話しかけてくる人はいない。
「そうだ。パーティ登録しなくちゃ」
みんなと受付に行く。受付はいつものお姉さんだ。
「おはようございます。お仕事を紹介します」
「あ、違うんです。この時間でもパーティ登録できますか」
「もちろんです。ではこちらの登録用紙にパーティメンバーのお名前をお書き下さい。それぞれのお名前はご本人がお書き下さいね」
みんなが自分の名前を登録用紙に書きこんでいく。最後は私の番だ。
「ねぇ、本当に私がリーダーでいいのかな」
私はこの世界に来て一年足らずだ。何も知らないのも同然だ。
「私たちはフィリナさんがいたからこそ巡り合えた仲です」
「そうですわ。貴女のおかげで今があるようなモノですし」
「フィリナには何度も助けられたからね」
「誰も反対しねぇよ」
みんなが推してくれる。パーティ内の最高ランクの人でなければリーダーになれない、そんな決まりはないようだ。
私は登録用紙にあるリーダーの名前の欄に、新しい名前をつづった。
登録用紙を受け取ったお姉さんが微笑む。
「リーダーはフィリナさん。メンバーはエリザベス様、シアンタ様、ルティアさん、キコアさんでよろしいですね」
「今のところは」
これから増えるかもしれません。
「メンバーの脱退、加入はまた受付を通して行って下さい。最後はパーティ名になります」
パーティ名か。考えてなかったな。
どうしよう。




