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109.ただいまの日

 ダンジョンのあるバナバザール侯爵の街から魔王竜の脅威を取り除いた私たちは、魔空船でオスニエル子爵の街へ戻ることになった。

 魔空船に揺られて一週間。やっと子爵の街の停船場に到着。

 そこから馬車に揺られて夕方になる頃、エリーの家である子爵家の屋敷に到着した。


「お帰りなさい。今日にでも帰って来ると思っていたわ」


 屋敷の扉を開け、広いエントランスに足を踏み入れれば、エリーの従兄姉の二人のお姉さんが出迎えてくれる。


「お姉さま、ただ今戻り……ぐしゅ」


 二人のお姉さんから左右から抱きしめられたエリーは、顔面を豊かな胸に沈まされ、頭を撫でまわされていた。


「どうして私たちが帰って来ることがわかったんだろう?」


「きっと侯爵様が子爵様たちに手紙を送っていたのだと思います」


 私の疑問にルティアさんが答える。


「その通りだ」


 奥から御子息と執事を引き連れたオスニエル子爵がやってきた。嬉しそうだ。


「バナバザール侯から手紙を受け取った。今日にでも帰ってくるかと思い、待ちかまえていたのだ」


 そうなんだ。

 私たちは魔王竜石を砕いてから一カ月間、侯爵領に滞在していた。侯爵様に帰ることを伝えてから出立まで一週間はあった。

 そのあいだに侯爵様が子爵様に手紙を宛てたんだな。私たちが戻ってくるという内容の手紙は、事前に魔空船で空輸されていたんだ。


「エリー、それに冒険者たち。よくぞダンジョンを攻略して帰ってきてくれた」


「もったいないお言葉です」


 ルティアさんはすかさず頭を下げる。


「ところで、そちらのキミは?」


 子爵様の視線がシアンタに注がれる。


「ボクは聖竜剣士のシアンタ。この剣は聖竜剣アンガトラマー。ボクもエリーの友だちだよ」


「おおっ。手紙にあったアルバレッツ侯の孫娘嬢さまか! 魔王竜討滅に貢献したという」


 子爵様はもちろん、うしろの執事や様子を見に来たメイドさんも驚いていた。


「お父様、この子たちをいつまでも立たせていたら失礼ですわ。早く晩餐ばんさんの席にご案内を」


「そ、その通りだ」


 お姉さんに急かされた子爵様は、メイドさんたちに目配せする。


「子爵様、お気持ちはありがたいのですが」


 私はオスニエル子爵に頭を下げた。


「これから私たちは冒険者ギルドへ報告をしに行きたいと思っています」


「エリー、久しぶりに帰ってきたんだから報告は俺たちに任せろよ」


 キコアはエリーを置いて報告を優先することを伝えた。

 それに私たちは汗臭い。魔空船の中は密閉状態で空気も淀んでいた。元の世界のように航空機内に空調が完備されているワケではない。空を飛んでいるので窓も開けられなかった。

 体臭が気になって、貴族の人とお食事をするのは気が引けるのだ。

 今日はギルドに報告して、冒険者用の宿泊施設に泊まればいい。


「何を言うか。我が街の英雄を逃がすものか。今晩は、いや、好きなだけ我が家に留まるといい。バナバザール侯はキミたちにとても感謝していたのだ。キミたちは私たちの誇りだ」


 子爵様は貴族とは思えない俊敏さで、出口となる扉に先回りし両手を広げた。

 これじゃあ報告に行けない。


「報告は明日でもいいではありませんか。なんでしたらギルドに使いの者を出します。支部長には明日に伺うと伝えておきますから」


「アルバレッツ家のお嬢様に、温泉街の提案者、ハイポーションになりえる薬草を見つけた者。その全てがエリーのお友達だなんて嬉しいわ」


 従兄姉のお姉さんたちは言う。

 解放されたエリーは激しい呼吸だ。抱きしめられ続け、息ができなかったみたいだ。


「では、お言葉に甘えましょうか」


 ルティアさんの言葉に私たちは頷く。


「甘えよう、甘えよう」


 子爵様たちに促され、食事ができる広間に向かう。

 シアンタは意気揚揚と足を進める。


「オスニエル領にはどんな郷土料理があるんだろうな」


『最近食べてばかりだぞシアンタ』


「だってアンガトラマーに魔力をあげるとお腹がすくんだもん」


 名実ともに聖竜剣士となったシアンタは、毎朝聖竜剣に魔力を分け与えている。聖竜剣は私が魔力を込めなくても、みんなとはなすことができるのだ。


「剣がしゃべった?」


 子爵様たちが反応する。

 得意気にニヤリとするシアンタ。

 この夜、私たちの前にはご馳走が並び、夜遅くまでダンジョンの出来事を喋らされたのだった。



 ☆☆☆



「へぇ、これがエリーの街の庶民街か。なんだかバナバザール侯の街を小ぶりにしたみたい」


「キョロキョロとしていないで行きますわよ」


 翌朝。子爵様の屋敷で豪華な朝食をいただき、冒険者ギルドへ向かう。

 冒険者の朝は早い。冒険者は仕事を求め、早朝にギルドへやってくる。

 私たちは子爵様たちとゆっくり朝食を取り、食後のお茶までいただいた。


 冒険者ギルドの扉を開ける。

 そんなに早い時間にギルドに到着したわけでもないのだけれど、冒険者たちが何人もいる。


「珍しいぜ。仕事にあぶれたクチか?」


 キコアが首を傾げながら、ズンズンとギルドの奥へ進む。

 私たちはこれから、オスニエル領で冒険者活動を再開する。

 ならば、バナバザール領の出来ごと、帰ってきたことを支部長に報告するべきだ。

 それにしても、なんだか冒険者たちの視線が気になるな。ジィッと見てくる……熱い視線? 中には目を輝かせている人もいる。これは?


「皆さん、これを御覧になって」


 エリーが壁に貼られた羊皮紙の一枚を指さす。

 依頼書? 違うか。私だってこの世界の文字は読めるんだから。


「えっと。バナバザール領のダンジョンを攻略した冒険者たち……?」


 羊皮紙には私たちの活躍と名前、年齢、登録したギルドの支部、新たに昇格したランクが記されてあった。


「キコアとフィリナってヤツはこの支部の者らしいな。もしかしてあの子たちなんじゃないか」

「冒険者の一人は子爵令嬢だよな。あの装い、令嬢様に違いない。それに五人組だし」

「本当にまだ子供なんだな。ダンジョン攻略なんて信じられないが。ちょっと声かけてみるか」

「まずは俺からだ。休みを取って張りこんでいた甲斐があったぜ」


 周囲から私たちを眺めていた屈強な男たちが、少しずつ距離を詰めてくる。

 これは? みんなはこれを見て私たちに注目しているの?


「おう! オマエたち、戻ってきたか」


 周囲の冒険者たちを掻き分け、最初に声をかけてきたのはギルド支部長。今日も上半身が裸なのであった。




「うちのギルドの者が大事を成し遂げたんだ。そりゃ自慢したくなる」


 ギルド3階にある会議室に通された私たちは支部長に、あの羊皮紙は何なのかと聞いた。

 冒険者ギルドでは冒険者が大きな案件を成し遂げると、冒険者の活躍内容とプロフィール、新ランクなどを記した羊皮紙を作成。

 そして魔空船などで各地の支部に届けるのだそうだ。


「だからって。女性の年齢を勝手に公表するなんて、たまった物ではありませんわ」


「おかげで有名人になっちまったな」


 エリーは不満げ。キコアはなんだか嬉しそうだ。


「冒険者の活躍、昇格をしっかりと公表することで、ほかの冒険者に希望を持たせる。きっと、そんな意味なのだと思います」


 ルティアさんは私の耳元でつぶやいた。

 なるほど。

 会議室のテーブルには美味しいお茶と可愛いお菓子が並んでいる。

 私たち、厚遇されているな。


「それにしても本当にダンジョンを攻略するなんてな。何があったのか教えてくれ」


 支部長はもちろん、副支部長や受付のお姉さんまで同席している。

 お姉さん、私が冒険者登録時に担当してくれた人だ。仕事はいいのだろうか。


「じゃあ、まずボクが」


 シアンタだ。上手く説明できるかな。


「支部長って、ダンジョンの街の支部長にそっくりなんだ。どうして?」


 双子だからだよ。



 ☆☆☆



 支部長たちにダンジョンの出来事を報告し、お姉さんの質問に答えていたら夕方が近づいてきた。

 大雑把なはなしは侯爵領のギルドから伝わっていたそうだけれど、ダンジョン内での生活や魔物の退治、罠のことなどを聞かれた。

 後進育成に役立てたいとのことだった。


「侯爵の街のギルドでも、似たようなこと聞かれたぜ」


「細かいところまでは伝達されていないようですね」


 辟易しているキコアにルティアさんが言う。

 この世界では議事録を関係各所に一斉配信なんて出来ないからね。

 支部長たちには、今後この5人で冒険者活動すると伝えておいた。5人の平均ランクはE。

 このランクになれば、街の外の魔物の調査や商人の護衛もできると言っていた。


「ダンジョンの……魔王竜だったか。そんなものまで退治しちまうんだから、ランクなんて関係ねぇんだろうけどな」


 支部長はそう言うけれど、私はランクに見合った仕事がしたいと念を押しておいた。

 だって目立ったら、ほかの冒険者に何を言われるか分からないから。




 報告から解放された私たちは、ギルドの一階に降りる。

 すると。


「やっと降りてきたぞ。アンタら、ダンジョンを攻略したって本当か」

「なぁ、話を聞かせてくれよ。酒飲みながらさ」

「パーティの中で最高ランクのルティアって誰だ。俺はソイツと話がしたい」


 え? なに?

 午前中よりも多くの冒険者が一階で待ち構えていた。

 そうか、仕事を終えて帰ってきた冒険者もいるんだ。


「真っ直ぐ帰らせてはもらえないようですね」


 ルティアさんは肩を落とす。


「ボクは自慢できるのなら、それでいいよ」


「伯父さまたちが食事を用意して待っているといいますのに」


 シアンタに比べて、早く帰りたいエリーは面倒そうだ。

 意外とキコアは、はなしかけてくる冒険者にしっかりと答えていた。

 こうしてギルドを出るのに一時間ほど費やしてしまったのだった。


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