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108. 別れと再会

 バナバザール侯爵の街でダンジョンの脅威を拭い去った私たちは、オスニエル子爵の街に帰ることにした。

 出立の日、魔空船の停船場には、侯爵様やギルドの仲間が見送りに来てくれたのだ。

 でも、そこには大切な仲間の姿はなかった。

 寂しい思いを抱いたまま、魔空船へ向かおうとした私たちの前に、一頭の馬が走り込んできた。


「待ってよ! ボクも連れていってぇ!」


「シアンタ!?」


 馬には二人の人間が乗っていた。うしろに座っていたのはシアンタだ。

 シアンタは馬から飛び降りると、私たちに抱きついてきた。


「よかった。間にあった」


「シアンタ? 貴族の学校に通うんじゃないの?」


 私は疑問の声をあげる。


「学校なんか行かないよーだ」


 驚いた私はシアンタをいったん離す。


「どういうことですの。聖竜剣まで持ってきて。今の時期は名誉侯爵家の娘として、やるべきことがあるのでは? 」


 エリーの言うとおり聖竜剣はシアンタに担がれている。


「あ、うん。それね」


 シアンタは思いっきりの笑顔で応えた。


「家出してきた」


『家出してきた』


 シアンタと聖竜剣は同時に答えた。


「ええっ!?」


 私たちと侯爵様たちは同時に驚いた。


「だって学校行きたくなかったんだもん。だから父さんとケンカした。ケンカしていたらお祖父さんまで乗ってきて……」


「それで、どうしたんだよ」


 キコアの言葉に、侯爵様も固唾をのんでいるかのように、彼女の言葉を待っている。


「お祖父さんと取っ組みあったよ。そしたら『オマエなんて今のまま貴族学校に行かせたらアルバレッツ家の恥だ。しばらく顔を見せるな。もっと世界を見て来い』だってさ」


 お祖父さんと孫娘が殴りあいでもしたのだろうか。

 孫娘嬢さまは信じられないという目でシアンタを見ている。


「せっかくDランクになれたんだよ。冒険者をしなくちゃ、もったいないよ」


 しれっと答えるシアンタ。


「そ、それでいいのですか。アンガトラマーさん?」


 ルティアさんがシアンタの背中の聖竜剣に問いかけた。すると。


『聞いてくれ姉ちゃん。グアンロンのヤツ、聖竜たる者はいつ何時であっても、気高く、強く、人々を導く存在であれ。対して俺様は聖竜としては未熟で野蛮なんだとよ。あのジジィめ、俺様は80年もアルバレッツを導いていたというのに。なぁ!』


「お、おぅ」


 キコアがとりあえず相打ちしている。


『だったらよ、今度はテメぇで導けってんだ。あの家はしばらくグアンロンに押しつけてやることにした』


「それで、家出してきたんですの?」


「うん!」


『おう!』


 エリーに元気よく返事をするシアンタと聖竜剣だ。

 なんだか聖竜剣がシアンタを相棒に選んだこと、わかった気がする。


「キミたち」


 シアンタが乗ってきた馬から一人の青年が降り立った。

 水色の髪をした優しい感じの人だ。18歳くらいかな。さわやかなイケメンで年上の女の人に好かれそう。


「はじめまして。シアンタの兄です。妹がとてもお世話になったみたいだね」


 この人がシアンタのお兄さん。たしか病弱って聞いたけれど。


「ハイポーションを飲むようになって、だいぶ身体が楽になったよ」


 それは良かったです。


「祖父からの伝言だ。これは僕の願いでもあるけれど、妹をよろしく頼む」


 お兄さんは頭を下げた。名誉侯爵家の後取り? に頭を下げられたのだから、私たちも深々と頭を下げる。


「あと、グアンロンからの伝言だ。世界には多くの魔竜と、封印された12体の魔王竜がいる。良からぬことを考えている輩もいるだろう。この世界をよろしく頼む。そう言っていたよ」



 ☆☆☆



 上昇する魔空船。窓の外では侯爵様たちが手を振ってくれている。

 これから1週間の空の旅で、私たちはオスニエル領に帰るんだ。

 シアンタは支部長からもらった私たちとおそろいの胸当て、そしてカタマンタイトの手甲と足甲をもらって御満悦だ。


「エリーたちの故郷って、どんなところなんだろう」


「歓迎しますわ」


 シアンタは初めての魔空船だという。興奮している様子だ。


「あっという間の5ヶ月だったよな」


「私はバナバザール侯、アルバレッツ侯との関係が築けて大満足ですわ」


「Eランクにもなれたしな」


 キコアとエリーは顔を見合わせて笑いあう。


「温泉街として、そしてハイポーションを王国へ送り出す街として、発展していくといいですね」


 そう言うルティアさんに、私は答える。


「ダンジョンも攻略出来たし、みんな良い人だった。とっても良かったよ」


 魔空船が街の上空に差し掛かった。

 私は船員に案内された部屋の窓から、街を見下ろす。

 魔空船のチケットも、貴族向けの部屋も侯爵様が手配してくれたのだ。ありがたい。


「フィリナさん。窓から何が見えるんですか?」


 街をジッと見下ろしていた私に、ルティアさんが声をかけてくる。


「もしかしたらリナンやお世話になった人たちが魔空船を見上げているかもしれないから」


 リナン、ギルド職員やランベさん、Cランク冒険者の男性、宿屋の女の子、シアンタのケンカ友達で、魔王竜との戦いを一番に信じてくれた人……。

 みんな、ありがとう。

 私たちは窓から、彼らに向かって手を振った。



 ★★★



 ここは、とある領にある、とある冒険者ギルド。

 多くのケガをした冒険者たちが待合室に溢れている。

 そこへ大柄な男性が駆けこんできた。


「こんなにもケガ人が。それだけヤツは強力な魔物を率いていたということか」


「ギルド支部長!」


 入口で立ちつくす大柄な男性のもとへ、何人かのギルド職員が走り寄る。


「剣術指南中にお呼び立てしてしまい申し訳ありません」


「構わん。子爵のご子息も納得していた。して、現状は」


 支部長と呼ばれた男性に見下ろされた職員たちは、ただならぬ表情で返した。


「冒険者が撤退後、男と魔物はその場に留まっているとのこと。周囲の村には出ていません。現在、斥候の天職持ちが現場を監視中です」

「すでに通信の魔道具で、王都のギルド本部には連絡済み」

「重傷者は奥の部屋で僧侶たちの治療を受けていますが……火傷が酷く、回復の見込みは、今のところ……」

「討伐の中心となって戦っていたBランクパーティ『流血王』および、Cランクパーティ『夜明けの暴君』、半数が重体。Cランクパーティ『南のつばさ』に至っては全滅。全員焼死し、遺体の回収も出来ていません」


 支部長は彼らの報告の脂汗を流す。ふと、最悪の事態を想像する。


「すると、指揮していた副支部長は」


「……魔物に焼かれ、亡くなったそうです」


 焼かれたと聞いた支部長は、待合室に横たわる冒険者の多くが火傷を負っていることに気付く。


「よぉ、支部長……」


 腕の火傷はそのままに、切り傷を負ったと見られる腹部を包帯で巻いている冒険者が、壁に手をついて立ち上がった。赤く滲んだ包帯が痛々しい。


「支部長聞いてくれ。未確認の魔物だとは聞かされていたが、あれは正真正銘の魔物だ。剣や槍が魔物に刺さる前に、燃やされちまった。あれじゃあ冒険者はどうしようもねぇ」


「そんな強力な魔物だったとは。とにかく、生きて帰ってきてくれて良かった」


「それからよ。たしかに強力な魔物だったが、ヤツらを率いている、真っ赤な……そう、竜のような魔人……」


 その冒険者は、そこまで言うと倒れてしまった。

 駆け寄り、息を確認すると、まだ生きている。気を失っただけのようだ。


「騎士が少ない、こんな時期に」


「おお、支部長。戻っていたのか」


 奥の部屋の扉を開け、待合室への長い廊下を駆けてきた者は若いシスターだ。


「シスター・ハルシュカ。重体の者の容態は」


「難しいぞ。僧正様の回復魔法でも魂を引き留めるのが精いっぱいだ。それに、もっとたくさんの包帯と傷薬、ポーションを寄こしてくれ。倉庫に貯め込んであるんだろ。時間がないのだ!」


 奥の部屋では彼女の上司、仲間たちが重傷者を看ている。中には天職・魔法使い、特技・回復魔法を持つ者も複数いる。

 それでもケガを負った冒険者を十分に救いきることができない。

 彼女の気迫と悔しさに満ちた言葉に、数多の戦いを掻い潜ってきたはずの支部長は威圧されていた。


「う、うむ。さっそく倉庫に案内を」


「支部長!」


 今度はギルド受付の奥にある支部長室から、新人の職員が出てきた。

 年齢は10歳。街の孤児院出身の冒険者の妹ということで、受付嬢の見習いとして雇っている娘だ。


「通信の魔道具から人の声が。相手は王都の偉い人だって言っています」




 支部長と職員らが、支部長室になだれ込む。倉庫に案内されるはずだったシスターも、行き場もないので彼らのあとについて行く。


 支部長室の机には水晶玉が置かれている。

 通信の魔道具である。魔法使いが魔力を注げば、相手の通信の魔道具に声を届けることができる。相手の魔道具の前で相手が声を上げれば、発信者がその声を聞くこともできる。

 離れた場所の相手とも会話ができる代物だ。

 王国の北に位置するテンダクル皇国の技術者が作ったものだという。


「もしものときのために、大金をはたいて購入した甲斐があったか」


 支部長は机に着き、虹色の輝きに満ちた通信の魔道具に声をかけた。


「ガスパリーニ子爵領の街の支部長です」


『こちらは王室直属・魔竜調査団のジェミアム・ラテロシュタインである』


「王室直属!?」


 支部長は王都からの連絡と聞き、てっきりギルド王都本部の本部長からの連絡かと考えていた。

 どうして子爵領の魔物の案件に、王室直属の貴族が? ラテロシュタインといえば侯爵だ。そんな彼が、どうして。

 それにしても魔竜調査団? 戦後に存在していたことは知っているが、まだあったのか。

 考えを巡らせる支部長にラテロシュタイン侯ははなしを続ける。


『ギルド本部長からの知らせによれば未知の魔物が現れたようだな。多くの冒険者が犠牲になったと』


「はい。騎士、魔法士の少ない時期ゆえ、冒険者のみの討伐戦となったことが仇になりました」


『魔物のほかに、紅の……竜のような魔人がいたとか』


 竜の魔人。そう聞いた支部長は、たしか冒険者が、そんなことを言いかけていたことを思い出す。

 支部長は職員に目を向けると、彼らは頷いた。どうやら職員には報告されていたようだ。


「そのようであります」


 支部長はラテロシュタイン侯に、魔人の存在を肯定した。


「ところで魔竜調査団の方が、なぜ?」


 魔竜。魔竜大戦後の数年間は、各地に生き残りがいたものの討伐され、最近ではオスニエル子爵領に現れたとの報告があるだけである。


『魔人の正体。リリエンシュテルン公の報告と照らし合わせると、竜魔人の可能性が高い。ならば魔竜が絡んでいる可能性もある』


 竜魔人? たしかオスニエル子爵領の魔竜の報告書に記述されていたなと、支部長は思い出す。


『間もなく調査を終えた末娘が戻ってくる。詳しいことは彼女と共に、直接そちらに伺って伝えるとしよう』


「はぁ……」


『それと、専門家の援軍も出す』


「専門家? 援軍はありがたい」


『私どもが着くまで無茶な真似はせず、踏みとどまってくれ』


 水晶から虹の光は失われ、通信は終わった。


「無茶な真似をしようにも、留守で残った騎士団、魔法士団、それに残りの冒険者だけで、どうしろと?」


 頭を抱える支部長。無意識に「こんな時期に」という言葉が漏れて出ていた。

 そんな彼に、シスターが不安げな視線を送る。


「そうだ。包帯とポーションだったな。ビーゼ、倉庫に案内してやってくれ」


「は、はい」


 シスターに気付いた支部長は、扉から顔だけ突っ込み、様子を(うかが)っていた10歳の職員に慌てて指示した。


「この街はどうなってしまうのだろう……」


 そう呟きながら、シスターは幼い職員と倉庫へ急ぐのだった。


読者の皆様。いつもお読みいただきありがとうございます。


第4章はこれにて終了です。

第5章は全17話、最終章は全2話でお届けします。

最終回は10月19日(水)朝7時を予定しております。


また、本日12時に第5章の冒頭を投稿します。


どうかフィリナたちの最後の冒険を応援してください。

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