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107.停船場でのおはなし

 最初に会議に参加した日から一ヶ月が経った。


「帰られてしまうんですね」


 孫娘嬢さまが名残惜しそうに声をかけてくる。

 ここは魔空船の停船場。私たちのうしろでは魔空船と停船場の作業員たちが、出発の準備を進めている。


 魔王竜石を砕き、ダンジョンの脅威はなくなった。

 温泉街の魅力はすべてはなした。あとは貴族や商人、大工職人が新たな街を作っていくんだ。

 ルティアさんたちの冒険者ランクも上げることができた。

バナバザール侯爵様の街でやることは、すべて済ませたつもりだ。


「オスニエル子爵領に戻るというのだな」


「はい。みなさん、お世話になりました」


 そろそろ帰ろうか。私の言葉にルティアさん、キコア、エリーは賛成してくれた。

 そして魔空船で子爵様の街に帰るため、停船場にやってきたワケだけど。

 侯爵様や孫娘嬢、ギルド支部長やプエルタさんたちが見送りに来てくれたのだ。


「この街が温泉街として生まれ変わった暁には、フィリナ、そなたに騎士の称号を与えようと考えているのだが」


 バナバザール侯爵様は豊かな白ひげを撫でながら、そんなことを言う。

 騎士って……。ルティアさんの夢だよね。私なんかが騎士なんて。


「申し訳ありません。辞退します」


「そなたは、それだけ街に貢献したのだがな」


 侯爵様は残念そうだ。でも、すいません。騎士の肩書は重いんです。


「フィリナさん」


 孫娘嬢さまだ。


「あなたのおかげで我が領では上質な薬草が育つようになり、ハイポーションも作れる目途めども経ちました。安定して薬草を育てられるようになれば、ハイポーションを大量に作り、各地に向けて売ることができます。その権利なのですが、本当に放棄なされるのですか」


 地下の温水で育った上質な薬草から、ハイポーションが作れることがわかった。でも、これらの製造、販売は私の範疇ではない。


「権利はいりません。そのかわり、冒険者には安く売ってあげて下さい」


「意思は固いようですね。わかりました。そのように致します」


 ニコリと孫娘嬢さまは微笑む。


「娘ともども、世話になったな」


「ありがとう、フィリナさん」


 ボナパルテさんとボナ子ちゃんだ。


「怪我の具合はどうですか」


「侯爵様が紹介してくれた魔法士団の僧侶の回復魔法、そしてハイポーション、さらにダンジョン広場の温泉に毎日通ったら治ってしまったよ」


 竜魔人マスカードに重傷を負わされたボナパルテさんは、すっかり良くなったようだ。

 ハイポーションも試作品が出来上がり次第、無料でボナパルテさんに届けてもらった。


「おかげで冒険者を続けられる。ここには来ていないが、ランベも感謝していた。もう無茶な戦いかたや冒険者の引き抜きは行わないと言っていたな」


 ランベさんも元気になったみたいだ。良かった。


「みなさん、なんてお礼を言えばいいのか。うぅ……」


 泣いているのはプエルタさんだ。


「これまでの恩を返すためにも、ついて行きたいんですが」


「せっかくお母さんが回復されたんです。近くにいてあげて下さい」


 プエルタさんは病気のお母さんのお薬を買うためにダンジョンに潜入し、お金を貯めていたんだ。

 そんなプエルタさんのもとにも、侯爵様にお願いして強力な治癒魔法が使える僧侶を派遣してもらった。あとボナパルテさんと同じく、試作品のハイポーションを送ったのだ。

 お母さんは快方に向かっているという。


「ダンジョンには、まだまだ強力な魔物がいるんだぜ。強い魔法士の冒険者が、この街を離れることはねぇよ」


「助けられてばかりで、ごめんなさい……」


 キコアの言葉にプエルタさんは、さらに泣き出してしまった。


 街の高級宿『詩の創造物』の支配人はエリーに挨拶をしている。

 高級宿には三回ほど宿泊した。侯爵様いわく「英雄を安宿に泊めるワケにはいかない」からだそうだ。

 私とキコアは冒険者用の格安宿泊所でも構わない人間なんだけれど。


「また泊まりに来てください。リリエンシュテルン公爵様によろしく」


「わかりましたわ」


 支配人はエリーに深々と頭を下げていた。

 ちなみに高級宿の宿泊費は侯爵様が支払ってくれた。ありがたい。

 改めてお礼を言おうと侯爵様に目を向けると。


「さて、忘れないうちに渡さないといけないな」


 なんだろう。


「そなたたちがダンジョンから掘りあてた武器・防具・レアアイテムだが」


 グアンロンの転移陣でダンジョン地下に移動して掘りあてた品々のことだ。

 あれから4回、同様の掘削作業をしたおかげで、掘りあてた物の総数は200点以上にのぼった。


「これらの所有権だが」


「掘りあてた品々は私たちの物ではありません。かつてこの土地を守るために戦った先人たちの物です。それでしたら、それらは今この土地を守る人たちが使うべきだと思うんです」


 かつて魔王竜と戦っていた人たちの子孫に渡せることが、一番いいんだろうけど、難しいだろうな。

 この世界に当時の戦死者の記録があるかどうかも怪しいし。子孫を探そうにも戸籍謄本が存在するかも知らないし。

 だったら、武器や防具は、この街を守る騎士や冒険者が使うべきなんだ。掘りあてた私たちでなく。


「この前も同じ理由で所有権を放棄していたな」


 はい侯爵様。この前もお断りしました。


「そうか。ならば」


 侯爵様はギルド支部長に視線を移した。

 今日は上着を着ている支部長は黙って頷いた。


「発掘された武器等の一部は冒険者ギルドが保有することになった。そこでダンジョン攻略に尽力したフィリナたちに、数点を授与したい」


「え? 武器や防具はこの街のために」


「そう言うな。温泉街の提案にハイポーションを作れるほどの薬草。これだけ街に貢献したのにフィリナよ、オマエは侯爵様からの礼金も受け取らなかったそうだな」


 報酬の金貨50枚は遠慮したものの、是非受け取ってくれと言うので貰いうけてしまった。大金をもらったんだ。これだけでもしばらく生活には困らないだろうし。


「聞けフィリナ。掘り起こした武器や防具の持ち主は、家族やこの土地のために戦ったのかもしれない」


 支部長が語りはじめる。


「だがな。世界を守るために戦う意思も持っていたはずだ。冒険者ギルドは国境を越え、世界の魔物や悪と戦う組織。そんな組織に所属している冒険者は、魔王竜との戦いで散っていった先人たちの心を引き継いでいると、俺は考えている」


 生活のために冒険者していてゴメンナサイ。


「魔王竜と戦い、先人たちの仇をとったオマエたちだ。武器を受け継ぐには十分な人材だと思うぞ。これからも魔物と戦い続けるんだろ。受け取ってくれないか」


「これはもう、譲り受けてもいいのではありませんか」


 ルティアさんが私の肩を叩いた。

 思い出してみれば、竜魔人スイルツの戦いでは剣が折れてしまった。キコアの鋼鉄の槍だって、魔王竜が復活させたサイクロプスに折られてしまっていた。


 今後も戦うのであれば、強力な武器があったほうが良いんだ。

 ここは受け取るべきなのかもしれない。


「そういうことであれば、頂戴します」


「そうこなくちゃな。オマエたちにピッタリの武器と防具を用意しておいた」


 そうして馬車の中からゴソゴソと武器を取り出した。そのために停船場に馬車を引きこんできたのか。


「それ、受け取れ」


 こうして頂いたのが……ルティアさんには竜鱗材ドラゴアーマーの剣。エリーにはカタマンタイトのナックル。


「フィリナには、これだ」


 支部長が差し出したのはネックレスだ。たしかにネックレスも採掘中に出てきた。レアアイテムのようだ。

 以前、ストレンジゴブリンから子爵様の街を守る際、魔法士のお婆さんから預かった物と、よく似ていると思ったのだ。

 首にかけてみると……魔力が増していくのがわかる。

 集中すれば、魔力が2倍になっていることがわかった。


「こんなレアアイテム。私が貰ってもいいのかな」


「フィリナには何が似合うか考えたんだが」


 支部長が言う。


「魔法が使えるのなら武器ではなく、魔力増幅のアイテムが良いと思ったんだ。受け取ってくれ」


 侯爵様や孫娘嬢さまが「よく似合う」と言ってくれる。


「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」


「俺のぶんはないのかよ?」


 キコアだ。支部長は溜息をつく。


「オマエが持っているマジリルの槍、うちの職員の物だろ」


「うっ」


 魔王竜との戦いのときから、返しもせずにそのままなのだ。


「だからキコアの分はなしだ」


「ばれていたのか」


「まぁいい。くれてやるよ。代わりと言っては何だが、おそろいの防具だ。受け取れ」


 次に差し出されたのは、胸当てだ。


「少しぶかぶかだね」


「でもカタマンタイト製ですわ」


「これなら攻撃を受けてもへっちゃらだぜ」


 これで心臓やろっ骨を守れそうだ。いい物をもらえた。キコアもご機嫌だ。


「女性用らしき大きさの物を選んだんだが。よく似合うのはルティアだけか」


 支部長が困っている。

 女性用でも私とエリーは11歳、キコアは小柄な13歳だ。胸当てといっても、お腹の上まで隠れている。

 丁度いいのはスタイルが良い14歳のルティアさんだけだ。


「いえ、ありがとうございます。私たち、すぐに大きくなると思いますから」


 馬車の荷台も見ると、同じ胸当てが、もうひとつあった。


「シアンタもいるかと思って、5人分用意したんだけどな」


 支部長の言うとおり、シアンタはこの場にはいない。

 新年の日から5ヶ月が経っている。この世界でも季節は春の終わり、初夏に差し掛かる。

 貴族学校の入学式が12歳の春。シアンタは12歳なのだから、学生でいなくちゃおかしな時期だ。


 バナバザール侯爵領にあるアルバレッツ侯の別荘に滞在していることまでは聞いていたけれど、詳しいことは分からない。

 もしかしたら、私が貴族たちと会議しているあいだに入学手続きを済ませて、今ごろは貴族学校で授業を受けているのかもしれない。


 オスニエル子爵領に戻ると決めたとき、会議に参加しているアルバレッツ侯にシアンタに会いたいとお願いしてみた。

 そのときは「伝えておく」という返答を受けただけだった。

 とりあえず出立の日取りも伝えておいたんだけど……。

 アルバレッツ侯は難しい顔をしていたな。


「お別れの挨拶、できなかった」


 それはリナンにも当てはまることだ。

 先日、ルティアさんたちが商業者ギルドに行き、リナンとの面会を願ったのだけれど。

 なんとリナンはギルドを辞めていたのだ。


「リナンには怖い思いをさせちゃったのかな」


 リナンはあくまで案内人だ。だけど、結構危険な目に遭わせてしまったと思う。

 商業者ギルドによれば、リナンはこの街の人間ではなく、遠くにあるという実家に戻ったそうなのだ。


 凶悪な魔物に魔王竜。竜魔人スイルツとの戦いでは人質に取られてしまった。

 案内人という仕事が怖くなっても仕方がない。まだ10歳なんだ。


「リナンは子供でも立派な案内人だ。魔物が怖くて仕事を辞めるとは思えねぇよ」


「案内人稼業は家庭の事情と仰っていましたわ。きっと、何かの用件があって実家に戻られたのでは?」


「またきっと、どこかで会えますよ」


 キコア、エリー、ルティアさんが慰めてくれる。


 うしろの魔空船から轟音が鳴り響く。エンジンのようなものが起動したようだ。

 振り返れば魔空船の左右のプロペラが回転を始めた。

 従業員が駆け出し、乗客が魔空船へと向かう。

 出発の時間まで、あと少しだ。


 私たちも乗り込もう。ここでやれることはやったんだ。

 残していくのは、少し寂しい気持ちだけ。

 ルティアさんたちを見れば、頷いてくれたので、私は侯爵様たちに向き直る。


「では、みなさん。すごくお世話になりま」


「おーい! 待ってぇぇぇ!」


 聞き覚えのある声だ。

 見れば停車場に一頭の馬が駆けこんでくるところだった。


10月2日と10月3日に読者様から誤字脱字報告をいただきました。ありがとうございました。


令和4年10月5日 あなたの近所の野良猫

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