106.ハイポーション
街を温泉街にしようとする私の考えを、侯爵様や貴族たちは好意的にとらえてくれた。
地元商人や大工職人、町内会長までやって来て、連日、会議室で話し合いが行われた。
貴族や商人から質問攻めにされる私。
温泉街、温泉施設、老舗旅館。銭湯にスーパー銭湯、スパリゾート、サウナや温水プール……前の世界での知識を絞り出すことになってしまった。
この街が温泉街になれば、将来的にダンジョンから魔物がわかなくなっても、収益を得ることはできる。
街の商人も仕事を失わずに済むし、街の外からやって来る人たちも途絶えることはない。
これまで出会ってきた人たちが、10年後も20年後も笑顔ならいいな。そんなふうに思った。
そんな、10日目のこと。
「失礼します。バナバザール様にお伝えしたいことが」
会議室で貴族や商人、大工職人たちと話しあっているときだ。
やってきた執事の人が侯爵様に耳打ちしている。
「それは本当なのか」
驚く侯爵様。みんな、何事かと侯爵様を見はじめた。
「皆にも説明してやれ」
執事の人はこちらに向き直った。
「領内の森で上質な薬草が見つかりました。薬学者のはなしだとハイポーションを作れるほどの代物だといいます」
「ハイポーション?」
私がつぶやくと孫娘嬢さまが頷いた。
「ポーションを越えるポーションです。大抵の傷なら塞がります。しかしそれを作れるほどの薬草は希少なものです。薬学者も薬草を育てていますが、通常の品質のモノを得るのが精いっぱいと言っておりました。なのでハイポーションが市場に出回ることは、なかなかありません」
ポーションって薬草から作られるんだね。
「それにしても、ハイポーションを作れるほど高品質な薬草が我が領で見つかるなんて」
孫娘嬢さんは執事の人に説明を促した。すると。
「薬学者はいつものように冒険者ギルドに薬草採取の依頼を出したといいます。依頼を受けた冒険者が、ダンジョン広場の横にある森に出向き、採ってきた薬草を薬学者が調べたところ、上質なものだったと」
「あの森には普通の薬草しか自生していないはずだが」
侯爵様の言葉に、ほかの貴族も頷く。執事の人は続けた。
「なんでも魔王竜の衝撃波でできた窪地に生えていたそうです。そこは地下から汲み上げた温水が、最近できた屋外風呂を経て排水される場所だそうでして。見つけた冒険者はルティア、キコアと名乗っているそうです」
私とエリーが貴族と話しあっているあいだ、あの二人はそんな仕事をしていたのか。
それにしても、まるで温水のおかげで薬草が生えてきたみたいだ。
「そんなこと、あるの?」
『ないわけは、ない』
すっかりテーブルの中央が定位置となった聖竜石のグアンロンが言う。
アルバレッツ侯の魔力をもらい、グアンロンはみんなと喋れる状態だ。
『温水には人を癒す効果がある。もともと森には薬草が自生していたのだろう。温水で薬草を育てれば、それなりのものが出来るだろうな』
魔王竜の衝撃波で木々や薬草が巻きあげられて、窪地になった。
多少なりとも薬草の種や苗が残っていて、それらがお風呂から排水された温水を得たことで成長。すごい薬草になったようだ。
「そういうこと?」
『そうであろうな』
そうなんだ。
ん? 侯爵様や一部の貴族がワナワナと震えている。
どうしたんだろう。
「も、森にはまだ、その薬草は生えておるのか」
「へ? あ、薬学者が発見者を引き連れて森へ調査に向かいました」
侯爵様に詰め寄られた執事の人が答える。
これを受けて貴族の人たちが騒ぎだした。
「温水さえあれば上質な薬草を育てられる。我々はハイポーションを作れるのだ」
「これは我が領にとって新たな収入源になりますぞ」
「侯爵。温泉街はもちろんのこと、薬草育成にも力を入れるべきだ」
なんだか新たな街の収入源が見つかったようだ。
「みなさん。静粛に」
孫娘嬢さんが興奮したオジサンらに呼び掛ける。
「うむ。孫娘の言うとおりだ。ここは冷静に薬学者の調査を待とう」
興奮した様子で廊下へ飛び出しかけていた侯爵様は席に戻ってくる。
周囲が静かになったのを見計らい、孫娘嬢さまは言う。
「お祖父さま。そして皆さま。私の言いたいことはですね、高品質な薬草が育つ要因となった温水。これを汲み上げる発想をしたのは誰か、ということです」
みんなの視線が一斉に私に注がれる。
「利益を得るのであれば、功労者に還元する。それが貴族なのではありませんか」
孫娘嬢さまが貴族たちに微笑みを向ける。
ん? 私、なにかもらえるの?
☆☆☆
ほかの日。ダンジョン広場。
今日も朝から冒険者たちがダンジョンに潜るため入口で手続きをしている。
広場は相変わらず、戦いの爪痕が残っているものの、たくましい商人らは露店を構えていた。
私とエリーは侯爵様から休みをもらった。
連日話し合いが行われていたので、みんなで一日くらいは休もうということになった。
侯爵様も貴族たちも、商業ギルドの偉い人たちも、ほかにやることが沢山あるらしい。
グアンロンの提案で私とエリー、ルティアさん、キコアの四人は久しぶりに朝から行動を共にすることになった。
『ダンジョンの奥、我が埋まっていたあたりには、先人たちが使っていた武器や防具が埋まっている。掘り起こすのだ』
私が手にする聖竜石のグアンロンは、アルバレッツ侯から魔力をもらい、みんなにも声が聞こえる状態になっている。
「それで穴を掘るための道具が用意されているのですね」
ルティアさんが、私とエリーが用意したショベルやツルハシを見る。
この世界にも土木用の道具はあるのだ。これらの道具をレンタルさせてくれるお店もあった。
「私の地面泥化の魔法って、100分しかもたないんだけど」
「そのために道具があるんですわ」
「それにしてもよ」
キコアは難しそうな顔をしている。
「グアンロンが埋まっていた場所ってダンジョンの奥のほうだろ。第4層の『4分の2地点』に辿り着くにしたって2ヶ月以上かかったぜ。装備もろくに用意していないぞ」
『心配するな。転移陣で移動すればいいことだ』
私たちの足下に転移陣が現れる。
広場の冒険者たちが何事かと、どよめく。
そして、あっという間に目の前の風景が変わる。
「ここはグアンロンと初めて会った場所だね」
わずかな足場と光源。地底湖のような温水が広がっている。
私が以前掘った穴もある。
「なんだか、あっという間につきましたわね」
「魔物を倒しながら苦労して歩いてきた地点よりも、さらに深いところ、ですか」
「魔王竜石を砕ける人間が必要だったんだろ? 最初から、こうやれば良かったんじゃね?」
エリー、ルティアさん、キコアの視線がグアンロンに注がれる。
『ゴホン。アルバレッツ侯から提供された魔力で、今でこそ潜入するための転移陣が作れるが、土に埋まっているときまでは、ろくな魔力がなかったのだ。脱出用の転移陣を維持するので精いっぱいだった。それにダンジョンで苦難を乗り越えた者でないと魔王竜石は砕けん』
「ふぅん……そうかよ」
キコアはもちろん、みんな、何か言いたげだ。
『さて皆の者。この辺りには武器が埋まっている。掘り起こすのだ!』
こうして掘削作業を開始。
夕方になり、転移陣で地上に帰還。
その日に掘りあてた物は魔法金属マジリル、竜鱗材、硬魔法金属カタマンタイトの武器、防具、さらにレアアイテム。数は50点以上。
これらの物は80年前の魔王竜との戦いで、騎士や戦士たちが使っていたものらしい。
武器を持ったまま死んでしまったこともあったと思う。
掘りあてた物は、いわば当時の人たちの遺品だ。人骨は見つからなかった。
それらはグアンロンと共にバナバザール侯爵様に返還することにした。
「事前に話は伺っておりましたが、こんなに……」
珍しい武器・防具であり、かつて世界を守ってくれた人たちの遺品を前に、孫娘嬢さまはとても驚いていた。
☆☆☆
ダンジョンの街から温泉のある街へ。そのための連日の会議。
アイデアを出しきった私は、次第に発言する機会を失っていく。
ルティアさんとキコアは冒険者ギルドで、簡単な依頼をこなしながら、日当を稼いでいた。
街でプエルタさんやボナ子ちゃんと出くわせば、お茶するらしい。
リナンを訪ねに商業ギルドへ行ったこともあるそうだけど、リナンも忙しいのか、会えなかったそうだ。
シアンタにも……ずっと会えていない。
グアンロンの相棒として会議に参加しているアルバレッツ侯のはなしによれば、この領にある別荘に滞在しているとのことだった。
その別荘には彼女の両親、お兄さんも来ているそうなのだ。
「彼女は名誉侯爵家の娘。貴族の子は12歳の春になれば貴族学校に通います。そのための準備で忙しいのだと思いますわ」
エリーは、そう説明する。
私たちはダンジョンの第1層と第2層の中間にある谷底で新年を迎えた。
あれからもう4ヶ月以上経っている。季節は春だ。
エリーのはなしだと、すでに貴族学校の入学式の時期から半月は経っているという。
本来であれば、シアンタは既に学生である身分なんだ。入学前の大事な時期をダンジョンで過ごしていたんだ。
「入学手続きで忙しいんだろうな」
家出した子が実家に戻れたようなものだ。今は家族と楽しくやっているんだろう。
良かったなと思いながらも、なんだか寂しくなってしまったのだった。




