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105.貴族会議

 昨日、ダンジョンの入口広場でお風呂を作った私は、侯爵様の屋敷に向かった。

 この街はいずれダンジョンの魔物による収益がなくなってしまう。

 そうなる前に、転移陣で地下の温水を汲み上げて、温泉施設をたくさん作りたい。

 そんな提案を侯爵様にするためだ。


「温泉? ええ、どういう物かくらいは存じ上げております。温かい水が湧き続けるという、山奥にある不思議な泉……ですよね」


 屋敷に行ったところ、まずは私たちの窓口係として名乗り出てくれた、孫娘嬢さんが対応してくれた。


「フィリナさんといいましたね。そんな温泉が、なにか?」


「お嬢様。私たちは昨日、転移陣でダンジョン地下の温水を汲み上げてお風呂を作ってみたんです。温泉の試作品です。温泉が街の数か所にあれば、この街は温泉街として収益を得られると思うんです」


 とりあえず現物が見てみたいと言うので、お嬢様と馬車に乗ってダンジョン入口広場に向かったのだった。

 車中でエリーがお嬢様に、温泉街としての街の展望を語って聞かせていた。

 貴族の人と難しい話をするとき、エリーはとても役に立つ。

 お嬢様はとても目を輝かせていた。




 現場到着。

 あれれ? 昨日まではなかった景色が飛び込んでくる。

 広場の隅に、衝立ついたてが設けられており、人だかりができている。

 その場所は昨日まで、泥のお風呂があった場所だ。

 お嬢様を連れて行ってみる。


 人だかりの中で、たくましい背筋の人がこちらに振り返った。ギルド支部長だ。


「フィリナたちか。むっ。これはお嬢様。どうして、こちらに」


 支部長はお嬢様に気付くとスキンヘッドを下げた。

 私は事情をはなす。


「これもフィリナの魔法か。てっきり魔王竜の仕業かと思って、湯に浸かっているヤツらを追い出そうかと思っていたんだが」


 露天の泥風呂は、早朝に冒険者たちに見つかってしまったようだ。


「それで、さっそく入るなんて。怖いもの知らずだぜ」


「昨晩のキコアさんも、すぐに入浴していましたわよね」


 エリーがキコアに突っ込んでいる。

 私は衝立の向こうにある、泥風呂の様子を覗いてみた。

 そこには全裸の男性冒険者が10人ほどいた。浴槽の外で椅子に座って涼んでいる人たちは、丸出しだ。


 悲鳴を上げようかとも思ったけれど、お嬢様を前にして冒険者である私が叫ぶのも変だし。この世界に来てからというもの、不気味な魔物と戦ってきたワケだし。男性の裸を見ても、正直、何とも思わない。


 この世界に来て1年も経っていないのに、私は変わってしまったんだ。

 全裸の男性らも、子供が覗いているな、くらいにしか思っていないようだ。


「あら、フィリナじゃないの」


 回復魔法が使えるCランクの男性だった。


「見た目は汚ないけれど、ここのお湯は最高よ。お肌もつるつる。なかなか塞がらなかった傷も、なんだか塞がりはじめてきたわ」


 そうなの?


「俺なんて、毒蛇にかまれて麻痺していた指の感覚が戻ったぜ」

「俺は切り傷が治った」

「腰の痛みが引いたぞ」


 その場にいた全裸男性たちが口にする。


『嘘ではあるまい』


「グアンロン?」


『温水は深奥のさらに底から湧き出ている。そもそもダンジョンとは聖竜の墓場。我らの魂が帰る場所。魔王竜さえ封じていなければ、聖なる力が眠る聖地なのだ』


 つまりパワースポットの温泉だから傷が癒えるワケ? 聖竜のミネラル成分を含んでいるっていうの?


「じゃあ、お肌ツルツルって?」


『事実だろうな』


「お肌ツルツルですって?」


 お嬢様もお風呂を覗いてくる。


「え? 侯爵様のところのお嬢様!?」


 丸出しの男性陣は一斉に泥風呂に突入した。うん見えない。私のときとは大違いの反応だ。



☆☆☆



 お風呂に入っていた冒険者には、一旦出てもらって、お嬢様がお風呂を検分することになった。


「お湯が濁っているのは、土で浴槽を作ってしまったからです。ちゃんとした作りの浴槽に転移陣を張れば、お湯はキレイなままです」


「ふむ」


 お嬢様がお湯に手を入れる。支部長が驚いて口を開く。


「先ほどまで男どもが浸かっていた湯です。汚ないですよ」


「支部長。このお風呂は源泉かけ流しです。お湯は排水溝から森へと流れていきます」


「ゲンセンカケナ……フィリナ、なんだそれは」


 お嬢様はお湯から手を抜くと、支部長を見た。


「試しに入ってごらんなさい」


「え? お嬢様の前で?」


 困惑する支部長にお嬢様は頷く。


「いつも裸ではありませんか」


「上半身だけです。貴族街に出向くときは上着を着ます」


「早く入って感想を聞かせなさい」


「はぁ……」


 


 そして支部長は泥風呂に入るのだった。


「座って入ると、尻のあたりがシュワシュワするのだが」


「支部長、お尻の下は転移陣です。温水が湧いてきます」


「なるほど」


 支部長は気持ちよさそうに溜息をついた。お嬢様が声をかける。


「ところで支部長」


「なんでしょう。お嬢様」


「お肌はツルツルになったのかしら」


「そう短時間には……」


 支部長は腕をお湯から出す。

 するとお嬢様は真剣なまなざしで支部長の腕を触りはじめた。

 そして手を引っ込めた。


「よろしい」


「はい?」


「支部長、早く出なさい。次は私が入ります」


 衝立しかない泥風呂にお嬢様を入浴させるわけにはいかず、私たちは抵抗するお嬢様をお屋敷に連れて帰った。これは支部長命令でもあった。



☆☆☆



 さらに翌日のお昼前。

 私は孫娘嬢さまに呼び出された。街を温泉街にする計画について話し合うからだ。

 昨晩、孫娘嬢さまはバナバザール侯爵に温泉街のことを話してくれると言っていた。

 非現実的だと怒られるだろうか。それとも詳しい話を求められるだろうか。


 私たち4人は侯爵様の屋敷に赴いた。

 案内されたのは応接間ではなく会議室として使われている部屋。

 そこにある大きなテーブル席には、以前も見かけた貴族に混じって、知らないオジサンたちがいる。誰だろう?


「フィリナよ、そなたが提案する街を温泉街にするという考え、孫娘から聞いたぞ。気にいった」


 バナバザール侯爵は、まずは席につけと私たちに促す。


「それでだな。これは一大事業になると考え、商業者ギルドや街の者たちにも集まってもらった。聖竜石グアンロン殿の力があれば温水が湧き立つそうだな。詳しく話してくれたまえ」


 知らないオジサンたちは商業者ギルドや地元の人たちだったのか。

その中には街の高級宿『詩の創造物』の支配人もいた。初めてこの街に来た夜、シアンタを捕まえようとしていた人だ。


「こんなに……」


「フィリナさんが語るスパリゾートとやらは我が街にとって、とても魅力的なものです。現実化に向けて、是非その考えを我々に聞かせて下さい」


 孫娘嬢さんは輝いた目を私に向けてくる。


 まずい。


 あの……私、実はスーパー銭湯なんて二回しか行ったことがないんだ。

 温泉街にも行ったことがないし、銭湯や高級スパなんて知らない。想像で、こんなのやってみたら? そんな程度の提案なんだ。

 だって私の前世は、高卒の倉庫のバイトだよ。テレビで紹介されていた老舗温泉旅館やスパリゾートしか知らない。そこで働いたこともないんだ。

 ああ、昨日は調子に乗って孫娘嬢様に語ってしまったのがいけない。それも想像の域で。


「フィリナ、キミは面白い発想の持ち主のようだ」


 バナバザール侯爵だ。


「現実に手掛けるか否かは我々が判断する。キミは思いついたことを口にして言ってくれ。こちらが勝手に議論するから」


 こうなりゃヤケだ。思いつくというよりも思い出す。想像する。

 私はダンジョンに代わる、この街の新たな収入源としての温泉街の計画を説明した。

 ある建物は老舗旅館風。ある建物は庶民向けのスーパー銭湯風。冒険者向けの銭湯風や女性向け、貴族向けのスパもあればいい。

 そんな提案を夕方になるまで続けた。




 それからというもの、私は連日、伯爵様に呼び出された。

 そのたびに浴場の構造、スーパー銭湯とは何なのかを説明する。

 さらに露天風呂やサウナのこと。旅館には宴会場があって、歌手や芸人が来てくれれば良いよね。旅館の周囲には居酒屋や行楽施設があったほうが楽しい。

 スーパー銭湯なら卓球施設やバーベキュー施設、居酒屋やレストランがあってもいい。

 貴族向けやカップル向け、ファミリー向けに建物は分けたほうが良い。


 1年前までの記憶を呼び覚まし、想像に妄想をフル動員させて、とにかく語り尽くした。

 私が説明を終えれば、貴族や商人たちが議論を交わし合う。


「湯は転移陣があればなんとかなるが。人員の確保だな」

「リゾート施設といったな。人員を確保するとなれば、どれだけの人数が」

「人員ならば商業ギルドに任せてくれ。それにしてもフィリナの言う浴場は大きいな。実際に造ることは可能だろうか」

 貴族、商人、大工職人たちが議論を交わす。

 そんな日が何日も続いていった。



☆☆☆



「俺、別行動でいい?」


 二日目から、キコアは侯爵様の屋敷には行かず、別行動となった。

 冒険者ギルドで仕事を探したいそうなのだ。


「だって、暇だしな。冒険者の仕事をしていたほうがマシだぜ」


 侯爵様たちに銭湯のアイデアを語って聞かせるのは私の役目だ。

 同席しているルティアさんとキコアは退屈そうだったのだから、別行動と取ると言われても反対はしない。


「私はフィリナさんと共にいます」


 ルティアさんは、そう言うものの、キコアと共に冒険者ギルドへ行ってもらった。

 一方エリーは私についてくることを選んだ。

 前の世界の私の考えは、侯爵様たちに伝わりきれないことがある。

 そんなとき、エリーが代わりに説明してくれることがある。

 付き合いが長いためか、こちらの考えを察してくれるのだ。




 同時に大工の若い衆らが、ダンジョン入口広場で簡易的なお風呂を作りはじめた。

 小屋の中に木材で作った浴槽のある、そんなお風呂だ。

試験的に作ったものだから、見た目は簡素だ。それでも私が作った泥のお風呂に比べれば立派なものだ。


 グアンロンの力で、浴槽の底に転移陣を張ってもらう。

 お湯が出てきて、排水溝から小屋の外へお湯が逃げていく。お湯が流れつく先は森の窪地だ。

 ここのお湯は透明だ。浴槽を木材で作ってくれたおかげだ。

 ちなみに一番風呂は、お風呂を作ってくれた大工や、ケガをしてダンジョンから帰って来た冒険者ではなく、孫娘嬢さまだった。

 とてもご機嫌だった。


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