104.お風呂を作ろう!
「なぜGランクのままで良いのだ!?」
支部長が奇声を上げた。
バナバザール侯爵が、魔王竜を討伐し報酬の発表のために設けてくれた席。
多くの貴族が不思議そうな目で私を見る。
「だって私は冒険者ギルドに登録してから、半年ほどしか経っていませんから」
「いや、ランクというものは登録年数に比例したものではない。実績だ。フィリナ、オマエは魔王竜討伐に貢献した。アルバレッツ侯から聞いた聖竜石グアンロン、聖竜剣アンガトラマーのはなしでは、このパーティの中心的人物だったそうじゃないか!」
興奮した支部長の胸筋が盛り上がり、上着のボタンが弾け飛んで行く。ボタンが貴族たちの顔に当たっている。それでもだ。
「そこにいるキコアは冒険者の二年目でやっとFランクに昇格しました。私の冒険者歴はまだ半年です。だからGランクです」
「だからって」
「また始まりましたわ」
エリーが溜息をついている。プエルタさんとボナ子ちゃんが何事かというふうに視線を送って来る。構わない。
「それに私に金貨50枚も多い気がします」
そう言った矢先、貴族たちの表情が変わった。
「キサマ、バナバザール侯爵の気持ちを無下にするというのか」
「なんて無礼な小娘だ。こんな者に報酬なんて」
貴族たちが騒ぎたてる。
『うるせぇよ』
アルバレッツ侯の目の前に置かれていた聖竜剣が、跳ねて、貴族たちのテーブルの前に突き刺さった。
「ひぃぃっ。剣が勝手に」
「各々がた。聖竜剣は聖竜の魂である聖竜石を剣に打ち直した代物。生きている。大目に見ていただきたい」
アルバレッツ侯は私に目をやった。
「フィリナと言ったな。キサマの望むことは何だ」
「私のぶんの報酬を、ダンジョン攻略で傷を負ったボナパルテさんやランベさんに使ってあげて下さい。彼らには強力な回復魔法の使い手、治癒魔法の使い手の魔法が必要です。私がもらうべき報酬で僧侶や侯爵様の魔法士団を雇い、身体を治してあげてほしいんです」
「フィリナさん……」
ボナ子ちゃんはその場で泣き始めてしまった。
「それで良いのか。冒険者フィリナよ」
アルバレッツ侯が鋭い目つきで私を見た。
「構いません。ダンジョン攻略に貢献した仲間たちを、助けてあげて下さい」
「その言葉、本来ならば孫に言ってほしかったが……」
ぎくりとしたシアンタがアルバレッツ侯の視線に怯えている。
「冒険者フィリナはこう言っているが」
「うむ。そうか」
バナバザール侯爵はアルバレッツ侯の言葉を受けて頷いた。
「そうしよう。フィリナよ、ほかに望みはあるか」
侯爵様は柔かな目を私に向けてくれる。よかった。これは頼みやすい。
「聖竜石グアンロンを、明日私に預けてほしいんです」
「フィリナ?」
シアンタが首を傾げる。みんなも何事かという顔をしている。
「あとバナバザール侯爵様。私はしばらくこの街に滞在しようと思います。できれば今後も会っていただけないでしょうか」
☆☆☆
バナバザール侯爵との謁見において、私は聖竜石のグアンロンを貸してもらえないかとお願いした。
アルバレッツ侯は、しばらく侯爵様の屋敷に滞在するそうで、そのあいだならばグアンロンを預けてくれるという。
グアンロンはアルバレッツ家に引き取られるようだ。
シアンタは聖竜剣と共にアルバレッツ侯と過ごすようだ。
「ボクはみんなといたいのに!」
アルバレッツ侯に手を握られ、侯爵様の屋敷の廊下で叫ぶシアンタ。
ちょっと可哀相だけれど、パーティーのときと違い、無理やりってワケではなさそうなので、私たちは元気に手を振っておいた。
しばらく歩いて振り向けば、シアンタは楽しそうにお祖父さんに話しかけていた。
ダンジョンでの活躍を自慢しているのかな。
シアンタには家族とのわだかまりを解くための時間が必要なんだ。
そして私たち4人は、グアンロンと共にダンジョン入口広場を訪れていた。
一昨日、魔王竜との戦いの舞台だった場所だ。広場と言うよりも災害跡地だ。
そんな広場でも現在の規制線は魔王竜の死骸の周囲だけになっている。魔王竜の死骸には布が覆いかぶされている。近いうちに焼却するそうだ。
時刻は夕方なので、ダンジョンに潜入しようとしている冒険者の姿はなく、ギルド職員と魔王竜の死骸を見張る騎士の姿しかない。
「ここで何をするのですか?」
ルティアさんが訪ねてくる。
キコアとエリーも不思議そうだ。
「ちょっと試したいことがあるんだ。ところでグアンロン」
再び収納の魔法空間に納めているグアンロンに話しかける。
「力は回復したの? 魔王竜との戦いのとき、力が残っていないという感じだったけれど」
『心配するな。アルバレッツの者から魔力をもらった。しばらくは魂を維持できる』
「よかった。じゃあ働いてもらえるかな」
『なんだとっ!』
「この辺が良いかな」
広場の隅に立つ。目の前には、魔王竜の衝撃波で出来てしまった窪地が、森の奥まで走っている。
よし、ここで作ってみよう。
リムサウルス×地面泥化。
すでに聖竜の魂の力は感じられない。魔力は回復しないものの、消費魔力は1なので、たくさん使える。
地面を泥にし、用意したスコップで泥を掻き分け、穴を作って形状を整えていく。
この方法なら、固い地面を掘るよりも楽に掘れる。
「思ったより、泥だらけになるな」
「フィリナさん、何をしているんですか」
ルティアさんが聞いてきた。
「うん。ここにお風呂を作ってみようと思って」
「お風呂!?」
ルティアさんは驚いた様子だ。キコアとエリーは良く分からないといった表情だ。
「私とシアンタが落とし穴に落ちたときのことなんだけど、そこは温水だったんだ。その水を、地上に持ってこられたら、みんな喜ぶかなって」
「たしかに広場にお風呂があれば、冒険者の皆さんは地上に戻ってきた矢先に、お風呂で疲れを癒すことができますわね」
エリーが考えこむ。
『フィリナよ。考えていることが分かったぞ。地下の温水と、広場の風呂を転移陣で繋げろ。そう言いたいのだな』
「うん。グアンロン、できる?」
『転移陣をひとつ増やすのか。できないことはない」
☆☆☆
100分経過。
魔力を全部使い切った。それでも、大雑把なお風呂は完成したのだ。
「ゴメンね、みんな。泥だらけにしちゃって」
「泥遊びなんて子供のころ以来だぜ。結構楽しかったぞ」
泥まみれのキコアが笑う。
「汚れた服は洗えば良いんです。これから温水が出るんですよね」
「それなりに、お風呂のようになりましたわね」
ルティアさんとエリーが見つめる先には、大きな浴槽がある。
浴槽と言っても長方形に穴を掘り、周囲をプールサイドのように平らにしてみた。
さらに浴槽の脇に、湧いて出てきた温水の逃げ道を掘り、森の中の窪地に排水できるようにしてみた。
魔法で地面を泥にしたおかげで、ずいぶん簡単に作ることができた。
地面泥化の魔法は、魔法がとければ、泥はもとの地質の土に戻る。
今は泥の浴槽ではなく、固い土の浴槽だ。
「グアンロン、お願い」
『分かった』
お風呂の底に転移陣が浮かぶ。転移陣から、ダンジョン地下の温水が湧きだしてくる。
「おおっ!」
キコアたちが歓声を上げる。
温水はみるみると浴槽に溜まり、溢れた温水は排水溝を伝って、森の窪地へと流れていった。
「成功ですねフィリナさん」
「うん……あれれ?」
お風呂に溜まった温水が、茶色く濁っていく。
そうか。土で浴槽を作ったから、温水で土が溶けて泥水になるんだ。
私は呆然とする。これじゃあ温かい沼を作っただけだ。
「泥水だっていい。俺は入るぞ!」
泥まみれのキコアが服を脱いで泥風呂に突入した。
「ちょっとキコアさん。ここは屋外でしてよ。いつ殿方が来るか分からないのに」
「広場の隅に誰も来やしねぇよ。来たら追い返せばいい」
キコアはエリーの注意をもろともせず、気持ちよさそうに泥風呂で足を伸ばす。
「あったかい。広い。宿屋の風呂とは大違いだぜ」
宿屋のお風呂は小さかったな。それにお湯もあまり温かくはなかった。
お風呂なんて、どのくらい入っていないんだろう。水浴びだって、この前はいつだっけ?
ルティアさんは手をお湯に浸した。
「丁度いい温度ですね。キコアさん、ずいぶん気持ちよさそう。ご一緒していいですか」
「ルティアさん?」
「いいですよねフィリナさん」
ルティアさんも服を脱ぎ出した。人、来ないだろうな?
広場の中央に目を向ければ、ギルド職員と騎士くらいしかいない。こちらを誰も見ていない。ならば……。
☆☆☆
結局四人で入浴しました。
あったかい。お湯が透明だったら、もっと気持ちいいのに。
「底に砂利を敷けば少しは……でも壁面が土なのだからムダか。次に作るのなら木材、檜風呂がいいな。それとも大理石。魔法金属とか」
「マジリルでお風呂はちょっと贅沢ですね」
ルティアさんが私の一人言に答えてくれる。
「別にこのままでもいいじゃんかよ。お湯自体はキレイなんだろ」
キコアは満足そうだ。
「ところでフィリナさん、グアンロンを借りた目的って、お風呂を作ることでしたの?」
はじめは入浴を渋っていたエリーは、ニコニコしながら聞いてくる。
「実はこの街の何箇所かに転移陣を作って温泉を作りたいんだ」
『なんだと!?』
転移陣を作るのは、当然グアンロンの仕事だ。
「この街はずっとダンジョンで成り立っていたんだよね。でも魔王竜が死ねば、今後ダンジョンの魔物は数を減らすことになる。大きな魔物もいなくなる。それじゃあ冒険者も来なくなって、武器屋さんや宿屋が儲からなくなる」
街全体の収益が減ってしまう。冒険者はもちろん、冒険者を相手に商売してきた人たちも職を失う。
魔王竜が死んで街は平穏を取り戻したかわりに、数年後か十数年後、活気を失ってしまうだろう。人々は離れていき、街は小さくなってしまうかもしれない。
そうなる前に、新しい事業を興すべきなんだ。
侯爵様や貴族たちは、すでに考えがあるかもしれない。
私は温泉を作りたい。ダンジョンの第4層には温水が湧いているんだ。これを使わない手はないと思う。
「街に温泉施設や銭湯、スーパー銭湯をたくさん作って、旅人や冒険者に来てもらえれば、それなりの収益が見込めると思うの」
「ま、待って下さいましフィリナさん。それは、商売どころのはなしではなく、街そのものの発展に及ぶ、壮大なおはなしではないですの?」
エリーがバシャバシャとお湯を掻き分け、こちらにやってくる。
「そんなこと、侯爵様の許可なくして、できることではありませんわ」
「もちろん明日にでも提案しに行くよ。そのために今後、会う約束をしてもらったんだし。ちゃんとした浴槽と転移陣さえあれば、地下の温水を汲み揚げることができるって分かったしね」
侯爵様と会う約束をしたものの、随分と多忙のようで、代わりに侯爵様の孫娘のお嬢様が窓口になってくれた。
孫娘嬢さまは、女の子だけでダンジョンに挑んだ私たちを、とても気に入ってくれたのだ。
「フィリナさん。報酬を手放してまで侯爵様の謁見の機会を得たのは、そのためでしたのね」
エリーが顔を赤く染めながら私を見つめる。もしかして、のぼせた?
「ところでフィリナ。銭湯ってなんだよ? スーパー銭湯って?」
キコアが聞いてきた。
そういえば子爵様の街には銭湯がなかったな。じゃあスーパー銭湯もないんだ。
「それじゃあスパも温水プールもないんだ。どうやって侯爵様たちに説明すればいいんだろう」
「だからスパってなんだよ?」
「どう説明すればいいんだろう」
『フィリナよ』
グアンロンだ。
『さきほど魔法金属で浴槽を作るとか言っていたが』
「無理だよね。聞き流して」
『いや。浴槽を作るほどの魔法金属は無理だが。地下深くには我の聖竜石のほかに、多くのマジリルや竜鱗材の武器が埋まっているのだ。かつての同志が魔竜と戦う際に使っていた物。掘り起こして、いまの世のために使ってもらえないだろうか』
「すごい武器が埋まっているってこと?」
『使ってもらったほうが、散っていった同志も喜ぶと思うのだが』
やることがいっぱいだ。
温かいお湯に浸かる私たちの頭上には一番星が輝いていた。




