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103.報酬と昇格

「おおっ! 来てくれたか。この街の英雄たちよ」


 バナバザール侯爵に呼び出された私たち。

 冒険者ギルドの前にやってきた馬車に乗りこみ、侯爵様の屋敷にやってきた。

 屋敷の大きな応接間では、街の最高責任者であるバナバザール侯爵が出迎えてくれた。


 大きなテーブルには侯爵のほかに立派な服を着たオジサンたちがいる。この街の貴族たちだと思う。

 さらに何人かの女性がいた。服装からして貴族だ。

 侯爵様は家族だと紹介してくれた。

 中でも私たちよりちょっと年上の女性……18歳くらいかな。そんな女の子が私たちに輝きの目線を送っている。孫娘だろうか。


「ギルド支部長もいるぞ」


「さすがに服は着ていらっしゃいますわね」


 キコアとエリーの言うとおり、普段は上半身裸の支部長が上等な服を着てテーブルについていた。


「みなさん!」


 プエルタさんとボナ子ちゃんもいる。彼女たちも招かれたようだ。

 あとは……。

 以前、パーティ会場でシアンタの髪を引っ張り、ダンジョン攻略を諦めさせようとしていた、シアンタのお祖父さんもいた。

 相変わらず髭は八の字。釣り上がる眉毛は逆の八の字。いずれも顔から飛び出している。


「本当にあの者たちが魔王竜の魂を鎮めたというのか」

「魔王竜の死骸、貴公も見たであろう。信じるしかあるまい」

「しかし女だぞ。しかも子供と来ている。真実なのか」


 偉そうなオジサンがコソコソと声をたてる。

孫娘さんと思しきお嬢様が彼らを睨みつけている。


「よく来てくれた。さぁ、座りなさい」


 侯爵様は私たちに着席を促した。相変わらず豊かな白ひげが口元から滝のように落ちている。顔もお腹も丸くて、人が良さそうだ。

 やはり赤い帽子と服を着せてあげたい。表情といい、シルエットといい、トナカイが引くソリがとても似合うと思う。


「聞いたぞ。魔王竜を倒したそうだな。にわかには信じられなかったが、ギルド職員の証言、魔王竜の死骸、それに80年前からこの地で魔王竜の魂を封じてきた聖竜……グアンロンと言ったか。彼の言葉を聞けば、真実だと認めざるを得ん」


 侯爵様はシアンタのお祖父さんであるアルバレッツ候に視線を送った。

 アルバレッツ侯の前には聖竜石のグアンロンと聖竜剣が置いてある。


 実は昨日のギルドでの説明の際、ダンジョンでグアンロンと出会い、いまは私が所有していることを伝えたところ、夕方になる頃にはアルバレッツ家の使いがギルドにやって来ていたのだ。


 聖竜石のグアンロンを預からせてほしいという。

 私は警戒したものの、グアンロンとシアンタは心配ないというので預けてみることにした。同じく、聖竜剣もアルバレッツ家に引き取られた。


 昨晩のうちにグアンロンと聖竜剣がアルバレッツ侯に真実を伝え、アルバレッツ侯がバナバザール侯爵に伝言したんだと思う。

 アルバレッツ候は黙って頷く。

 侯爵様はそれを受けて、口を開く。


「そしてこれが、我が街を長年に渡り恐怖に落とし続けてきた、魔王竜石」


「おおっ!」


 侯爵様の声に答えて、執事らしき人が、お盆の上に載った魔王竜石をテーブルの中央に載せた。

 魔王竜石は粉々だ。プエルタさんの矢に射られたからだ。

それを私たちが回収して、昨日のうちに冒険者ギルドに提出していた。


『その魔王竜石からは魔王竜の気配はない。魔王竜は完全に死んだのだ。安心していい』


 テーブルの上のグアンロンが言う。

 みんなにも聞こえる声だ。きっとアルバレッツ侯がグアンロンに魔力を提供したんだと思う。


「これでダンジョンは魔物をおびき寄せることはなく、魔物を溢れさせることもないのですね。お祖父さま」


「左様。この街は救われたのだ」


 侯爵様は貴族の女の子に笑顔で応える。やはり孫娘だったか。


「そう考えてよろしいな、アルバレッツ侯」


「詳細な調査が必要だが、聖竜石と聖竜剣が魔王竜を倒したと告げている。この街の魔王竜は討伐されたと考えて良いだろうな」


 逆八の字の眼光を持つアルバレッツ侯が、厳しい表情で頷く。


「よかった。この街は解放されたんだ。これから真実の戦後だ」

「いつ溢れかえるようなダンジョンの魔物に恐れることはないぞ」

「地盤沈下も、もう起きないのだ」


 貴族たちが騒ぎたてる。

 自分たちの足下にはダンジョンが広がり、その中では魔物が蠢いている。そんな生活が何十年と続いていたんだ。

 解放された貴族たちは舞いあがっている。


「静まれ。貴族ならば、平穏をもたらした者たちに褒美を与えるまでが義務であろうが!」


 アルバレッツ侯の一喝に、貴族たちが黙りこむ。


「おほん」


 バナバザール侯爵が咳払いをする。


「さて、そなたたちには礼をせねばなるまいな」


 キコアが羨望の眼差しで侯爵様を見つめている。

 報酬かな。ますます赤い帽子と赤い服、プレゼントが詰まった大きな袋が似合うお爺さんだと思った。


「では支部長よ」


 ギルド支部長が立ち上がった。

冒険者ギルド経由で報酬をくれるようだ。そのために支部長も呼ばれたんだな。


「まずは報奨金だ。侯爵様の御前で言うのも何だが、ご本人が伝えよと言うので伝えるぞ。フィリナたちにはそれぞれ金貨50枚を与える」


 金貨50枚。Gランク冒険者が休みなく半月以上働いて稼げる額が金貨一枚だ。私たちは4ヶ月と1日、ダンジョンに潜入していた。

 そのあいだに狩った魔物の素材を勝手に売っていた。そうして得たお金で生活していたんだ。

ここで金貨50枚は破格のご褒美だ。


「魔王竜の討伐に貢献したプエルタとボナ子には金貨30枚。ここにはいない商業者ギルド所属の案内人リナンには金貨15枚。これでどうだ」


 支部長の言葉にプエルタさんとボナ子ちゃんの目が輝く。


「続いて冒険者ランクの昇格だ。まずはルティア。Cランクに昇格」


「私がCランク!」


 ルティアさんが口を手で押さえている。


「よかったねルティアさん。これでBランクに一歩近づけたね」


「はい。もうすぐお兄さまと共に騎士の道を歩むことができます」


 ルティアさんは笑顔で私に頷いた。


「続いてシアンタ・アルバレッツ。オマエはDランクだ」


「えへへ」


 シアンタはニコニコしながらお祖父さんであるアルバレッツ侯に目を向ける。

アルバレッツ侯はなんだか気まずそうに目を背けた。


「エリザベス・オスニエル。それにキコア、プエルタ、ボナ子。オマエたちはFランクからEランクに昇格する」


「やりましたわ。ダンジョンに来た甲斐があったというモノですわ」


「私がEランクに」


「よかった」


 エリー、プエルタさん、ボナ子ちゃんは大喜びだ。そんな中で。


「やったぜ。俺がEランクとか! Fランクから4ヶ月と半月で異例の大躍進だ!」


 キコアは拳を突き上げて立ち上がった。侯爵様たちの前だというのに。

 歓喜のキコアは拳を握りしめたまま、笑顔はだんだんと硬くなる。


「ん? 俺たちってAランクのバイオンや騎士団ですら成し遂げられなかった魔王竜の討伐をしたんだよな。そんで街を平和にしたんだよな。それなのにEランクと金貨50枚って、少なくね?」


 この場が静まり返った。キコアったらすごい胆力だ。


「ああ、それな」


 支部長がスキンヘッドを掻いている。


「ダンジョンの魔王竜を倒したのならば、魔物は強化されず、大繁殖もせず、突然変異せず、巨大化もしない。ダンジョンの経路も変わったりはしない。それらが実証されるのは、数ヶ月、数年単位でわかる話なんだ」


「どういうことだよ?」


 キコアが困り顔の支部長に尋ねる。


「たしかにオマエたちはAランク冒険者や騎士団でも成し遂げられない偉業を成し遂げた。それらが本当に成し遂げられたか否かは、数年後になって、やっと分かることなんだ」


 魔王竜を倒したからといって、今すぐダンジョンから魔王竜の力が消えるという事はないみたいだ。

 魔物の数は減らないし、強化されたままだし、凶暴になったまま。


 長い年月をかけて、少しずつ魔王竜の力が薄れていって、魔物たちは世代交代しながら、少しずつ数を減らしていき、弱体化していくんだと思う。


「なんだよ、それ。俺たちは本当に魔王竜を倒して、命がけでダンジョンの街を平和にしてやったんだぞ!」


 キコアは怒りはじめた。シアンタも立ち上がる。


「そうだよ! アンガトラマーもグアンロンも魔王竜は死んだって証言したんだよね。どれだけの冒険者が身体を張ってきたと思う?」


 テーブルを叩きながら侯爵たちを見る。


「さんざん冒険者を使ってきたのに、冒険者が魔王竜を倒した途端、この程度の報酬なの? それっておかしいよ。嫌がらせ? そんなに騎士団や貴族で功績をたてたかったのなら、最初からアンタたちだけでダンジョンに潜っていれば良いじゃんか!」


 うぅ~、という獣のような息づかいで侯爵様とアルバレッツ侯に歯を見せるシアンタ。

 横に座るエリーがシアンタをなだめようとするけど無駄みたいだ。


「言いたいことは分かる。ここまでダンジョンの攻略が苦難を極めたのも、我々の責任だ」


 侯爵様は頭を下げた。孫娘さんたちも頭を下げる。

 周囲の貴族たちは驚きながらも、頭を下げ始める。アルバレッツ侯爵も同様だ。


「我々は街の収益とダンジョンの危険性を天秤にかけた。それを見誤った。そのせいで多くの冒険者、街の者を危険な目に、不安な思いに駆らせてしまった。どうか許してくれまいか」


 バナバザール侯爵は顔をあげると、どこまでも優しい目で私たちを見つめた。


「もちろん、報酬はこれだけではない。ダンジョンの魔物の危険性が認められなくなり、街に長年の平穏がもたらされることが確証されれば、そのときは改めて礼をする」


「そ、そういうことなら。これからは気をつけてよね」


 シアンタは困った顔で席に着いた。キコアも黙って座り込む。


「えっと、さて」


 最も困った顔の支部長は続ける。


「数年単位でダンジョンの調査を続ける。魔王竜が倒されたといえど、ダンジョン内の魔王竜の力がすぐに消えることはないというのがアルバレッツ侯の意見だ。よって今日や明日に魔物たちの勢力が落ちるとは考えられん」


 ルティアさんが頷く。

支部長の言うとおり、魔王竜の魂の力がダンジョンの中からパッと消えることはないんだ。


数年後、魔王竜の力が少しずつ消えていき、魔物の数も少なくなり、繁殖数も正常化して、突然変異や巨大化もなくなっていく。

 そこで初めてダンジョンのある街に平穏が訪れるんだと思う。


「そこで、だ」


 支部長が、まだ続ける。


「報奨金も冒険者ランクの上昇も段階的に続けさせてもらう。Aランク冒険者のバイオンでも成し遂げられなかったダンジョン攻略だ。冒険者ギルドでも、発足以来の前代未聞の案件として混乱している。褒美は段階的に授与させてもらいたい」


「じゃあよ、ランクはまだまだ、上昇するのかよ」


 キコアが驚いた表情で支部長を見る。


「その通りだキコア。それまでに冒険者を続けていればの話だけどな」


 それを聞いたキコアは、声にならない喜びを噛みしめている。

 じゃあルティアさんも、いつかはBランクになって騎士になれるんだね。

 私が目線を送ると、ルティアさんは嬉しそうに頷いてくれた。


 ランクが上がれば仕事も増える。安定した生活ができる。

 エリーやキコア、プエルタさんは齢10代にして10年目の冒険者と同格だ。


「えっと、いいか?」


 支部長だ。上着のボタンがはち切れそうだ。


「最後になってしまったが、フィリナ。オマエのランクをGからFに昇格させるぞ」


 はい? 私はすぐに返答する。


「遠慮します。Gランクのままで構いません」


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