102.VS鈍色の竜魔人(2)
竜魔人スイルツの左腕はリナンを抱え込み、右手の槍の刃先はリナンの頭部を狙っている。
リナンが人質に取られてしまったのだ。
ルティアさんたちは武器を投げ落とす。
ソーンブレードは一分経っているため、とっくに消えている。
「冒険者どもめ。まずは聖竜剣士。その剣は厄介だ。剣を投げ寄こせ」
シアンタは唇をかみ、ゆっくりと聖竜剣を投げ渡す姿勢に入る。
「なぁスイルツさんよ」
キコアだ。マジリルの槍を放り投げながら、スイルツを睨んでいる。
「冒険者の手は誰かを泣かせるためにあるんじゃない。誰かの涙を止めるためにあるんだろ。騎士や貴族じゃできないことで、みんなを守るのが冒険者なんだろ。副支部長なんだろ。なんで竜魔人やってんだ。バカ野郎!」
「うるさい! 私は既に冒険者ではない!」
竜魔人スイルツは怒鳴る。
どうする。このままじゃスイルツが魔王竜石を手に入れてしまう。
「やめて下さい。お姉さんがた」
リナンだ。
「副支部長さん。リナンを狙ったのは魔王竜石を預かっている者だからですよね。それが手に入れば、お姉さんがたには用はないのでは?」
「なんだ、オマエは」
竜魔人スイルツがリナンを見下ろす。
「はい。案内人のリナンです。案内人が若くしてダンジョンの外で死ぬなんて、商業者ギルドでは笑い者です。リナンはまだ死にたくありません」
太い腕に拘束されるリナンは、動きづらそうに、手にした麻の袋から魔王竜石を取り出した。
「これが欲しかったんですよね」
「おおっ。これさえあれば、私の願い、あの方の願いが」
左腕をリナンから離した竜魔人スイルツは、左手で魔王竜石を掴んで掲げた。
「いつか死の魔王竜を再び。やったぞ!」
「でも、あげませんよ」
リナンは懐からナイフを取り出すと、素早く敵に投げつけた。
ナイフは相手の片目に突き刺さる。
「グエエ!」
魔王竜石は竜魔人スイルツの手から落ちて転がる。
「隙は作るモノ。先ほどのお姉さまがたの戦法から、リナンはそう学びました。とりあえず、えい!」
リナンは魔王竜石を蹴りとばした。いい判断だと思った。
ところが魔王竜石が転がっていった先は、あろうことか私が地震の魔法で作ってしまった地面の亀裂だった。
今度こそ正真正銘、亀裂に落ちてしまったのだ。
「リナンが取って来ます。お姉さんがたは竜魔人を」
亀裂に向かって走るリナン。リナンは小柄な身体を活かし、亀裂の中へと滑りこんでいった。
「待てェェ!」
目からナイフを引き抜いた敵はリナンを追いかける。
私たちは、一度は捨てた武器を拾いあげ、敵へと走った。
「お待ちなさい!」
竜魔人に一番早く辿り着いたのはエリーだ。
「子供を盾にする卑怯者!」
エリーのナックルが、防御姿勢を取った竜魔人スイルツの槍を貫き、さらに相手の鳩尾に沈み込む。
「グオオ!」
そのとき、リナンが亀裂から顔を出した。
「魔王竜石を回収しました。お姉さんがた!」
リナンは魔王竜石を投げた。
ところが行き先は竜魔人の頭上だった。
竜魔人は跳躍して、これを掴んだ。
「ククク。最後は私の手に戻ってくる運命だったのだ。おお、魔王竜さま……これは?」
ビュンっ。
風を纏った一本の矢が魔王竜石に突き刺さったのだ。
魔王竜石にヒビが入り、ボロボロと壊れていく。
矢を射ったのはプエルタさんだった。
「矢と風の魔法の合わせがけです。皆さんすいません。でも私は誰かが傷つくのは、もう見たくないんです」
プエルタさんは泣きながら膝をついてしまった。
魔王竜石。どうせ存在しても世界の邪魔になる代物だ。私は壊れたってかまわない。
「ちくしょうっ! あの方に献上するつもりだったのにぃぃぃ」
竜魔人は再び跳躍する。
「もう、こんな街に用はない!」
「アイツ逃げる気かよ」
キコアの言うとおり、相手は森のほうへ大ジャンプ中だ。
「させない」
ステータスオープン。日中にグアンロンから教わった恐竜×魔法で捕まえてやる!
「バロサウルス×重力増加!」
かざした右手から小さな魔法陣が、空中の竜魔人めがけて飛んで行く。
魔法陣は竜魔人に衝突すると大きくなり、竜魔人を地面につき落とした。
「グヌぅ。体が重い。地面に引っ張られる?」
竜魔人は立ち上がろうとするものの、手や膝は地面にめり込んでいる。
今回選んだ恐竜はバロサウルス。ステータス画面に描かれているイラストでは、四足歩行で首が長く、長い尻尾が特徴。大きな恐竜だ。
最近こんな恐竜ばかりだ。
重力増加の魔法と相性が良いのは、重いからだろうか。ほかの恐竜だって重そうなのに。
もがき苦しんでいる竜魔人の前にシアンタが近づいていく。
「アンタの中に魔竜の血があるというのなら、ボクが消し去ってあげるよ」
「聖竜剣士め」
竜魔人は立ち上がった。それでも増加した重力には抗えず、立っているのがやっとの状態だ。
「行くよ、アンガトラマー!」
『やれ。終わらせるんだ!』
「特技! 魔竜討滅斬!」
シアンタが聖竜剣を振り下ろす。
迸る光の波が竜魔人スイルツとその断末魔を飲みこんでいった。
☆☆☆
「ここは……」
人の姿に戻ったスイルツが横たわり、夜空を見上げている。
「負けたんだよ、オマエは」
支部長がスイルツの傍らに膝をつき、彼を見下ろしていた。
「シアンタたちから聞いたぞ。急に強くなったと思ったら、魔竜の血をくらったんだってな」
スイルツは虚ろな片目で空を見上げたままだ。
「力なんて得なくても、おかしな気を起こさなくても、オマエはじゅうぶん冒険者や職員に慕われていたんだぞ。それを、どうして」
「慕われていた? 誰に。ああ、バイオンか。あの方からもらった血をくれてやったからな。血はそもそも魔王竜さまに捧げるため、あの方からもらったものだった……」
「バイオンだけでなく、多くの者に感謝されていただろうが。それに気付きもせずに。大馬鹿野郎が。バイオンだったら一昨日に死んじまったよ。体が崩れていって、悲惨な有様だった」
あの人、死んだんだ。
支部長は続ける。
「ギルド幹部であるお父上からオマエを紹介されたとき、俺はオマエに同情した。父親が大物で息子が凡人。苦労してんなって。こりゃ一緒に楽しく仕事しなくちゃなと。だけどオマエは俺の下で苦心していたんだな」
「………」
スイルツは答えない。
足を見れば、靴がおかしな方向によじれ、手首にはヒビが入り始めていた。
身体が崩れ始めている。これは竜魔人の共通した死に方の前兆だ。
「スイルツさん、教えてください」
ルティアさんがスイルツの顔の横に膝をつく。
「あなたほどの方が、恨みごとだけで竜魔人になったとは思えません。あなたに魔竜の血を提供した者は何者なのですか。その者に何と言われたのですか」
スイルツは微かな声で応える。
「ああ。あの方と、あの方が身を寄せる一族のことを知れば、帝国民でなくとも同情するだろう。私は彼らを助けたかった。役に立つことで。そうだ、思い出した。私は幼い頃、弱き者を助けられる……そんな存在になりたかったんだ」
帝国、同情、助けたかった。どういうことだろう。
「おいスイルツ!」
キコアが呼びかけるけれど、応答はない。
間もなくして、支部長と私たちが見守る中で、スイルツの身体は崩壊していった。
ダンジョンに初めて潜入した日から4ヶ月と1日目。
ダンジョンの騒動の中心にいた魔王竜は討伐され、裏で暗躍していた最後の竜魔人は死んだ。
こうして私たちのダンジョン潜入は幕を閉じたのだった。
そして特設テントで夜を明かし。
翌日は朝から冒険者ギルドで、支部長とギルド職員から詳細な説明を迫られた。
これまで誰も到達できなかった第4層の『4分の1地点』を突破し、私とシアンタは聖竜石のグアンロンと出会い、魔王竜石が眠る深奥へと辿り着いた。さらに魔王竜を倒した。
この街の不安の源であるダンジョン攻略に一役買ったんだ。説明だって求められる。
アッという間に夕方になり、ギルドは宿を用意してくれた。
明日もギルドに来てほしいという。
「全部説明したんだけどな」
「魔王竜の死は今後の街の運営に関わることです。私たちが魔王竜の討伐に至った経緯を、できるだけ詳しく知っておきたいのだと思います」
宿につき、久しぶりにふかふかのお布団に横たわる私にルティアさんが声をかけてくれた。
リナンは商業ギルドに戻り、プエルタさんとボナ子ちゃんは、この街にある実家に戻っている。
布団の上で横になる私の視界には、同じく疲れた様子のエリーとシアンタが布団に潜っている。キコアは秒で寝ていた。
「みんなお疲れ様」
私は目をつぶり、すぐに眠りに落ちてしまった。
また翌日。冒険者ギルドへ行くと受付のお姉さんが駆けてきたのだ。
「バナバザール侯爵がフィリナさんたちを呼んでおります!」




