100.夜の規制線
魔王竜を倒すことができた。
けれど、死んだ魔王竜の体内にある魔王竜の魂、魔王竜石は健在だった。
それを狙って鈍色の竜魔人が襲来。
冒険者ギルドのみんなが駆けつけてきてくれたおかげで、竜魔人は撤退したのだけれど。
ギルドの支部長は、私たちが魔王竜を倒したことに眉をひそめていた。
それでも一緒に戦ってくれたギルド職員の証言と、魔王竜の死体を観察して、戸惑いながらも信じてくれたようだ。
冒険者たちは私たちを誉めてくれた。Cランク冒険者の男性は感激しながら、私たちに回復魔法をかけてくれたのだ。
☆☆☆
そして夜。
冒険者たちからの祝勝会の誘いを断った私たちは、広場の隅の目立たないところに設けられた特設テントで過ごしている。
テントから少しだけ顔を出して、辺りの様子を窺う。
戦場となったダンジョン入口の広場。
魔王竜との戦いのせいで、歩きやすかった広場は、今やグチャグチャだ。
周囲の森も被害を受けている。
あのあと遅れてやって来た騎士団とともに、冒険者ギルドが規制線を張り、広場の立ち入りは制限されている。
広場の片隅には、ダンジョンの中から地上に戻るための転移陣がある。そんな転移陣は、魔王竜の戦いの中でも奇跡的に無事だった。
転移陣を使い、ダンジョンから戻ってきた冒険者たちは、変貌した広場の有様に顔色を変えていた。
ギルド職員と騎士は広場で警備を続けている。魔王竜の死体もあるのだ。
「広場、元に戻るかな」
「ここで商売をする商人の皆さんには、悪いことしましたね」
テントの中に戻って座ると、ルティアさんが言った。
「一部はフィリナの地震の魔法が原因だけどなっ」
キコアの言葉が胸に刺さる。
「ダンジョンの入口は無事だったんです。広場の修復には時間がかかると思いますが、それでダンジョン潜入を諦める冒険者はいません。商人だって、商売になるのであれば、どこでだって商売します」
リナンがフォローを入れてくれる。
「ところでグアンロン。魔王竜石のことなんだけど」
『安心しろ。今のところ魔王竜石に意識はない。体を失ったばかりだ』
私の魔法空間にいるグアンロンが答えてくれた。
テントの入口が開かれた。
ギルド支部長だ。夜になっても上半身は裸だ。
「竜魔人は職員に捜索をさせているが、依然として見つからん」
「そうですか」
「だが、あの者ならお前たちの言ったとおり、来たぞ」
私たちは立ち上がった。
「早いですわね。何日も張りこむことになるかと覚悟していたんですが」
「向こうも必死みたいだね」
エリーとシアンタが顔を見合わせた。
ギルド支部長に連れられて、私たちとリナン、プエルタさん、ボナ子ちゃんは広場を行く。
行きついた場所は、魔王竜の死体のある場所と同じく、縄で進入を規制されている場所。
そこは私が地震の魔法で、地面に大きな亀裂を作ってしまった場所だ。
警備をしていたはずのギルド職員が、縄から少し離れた場所でソワソワしている。
「どうしたのだ」
「これは支部長。さきほど副支部長がやって来て、縄の向こうへ入っていってしまいました。探し物があるとかで。気が散るからと、職員はこの場から立ち去るようにと」
「アイツ、そんなことを」
ギルド職員を残し、私たちと支部長は縄をくぐって奥へと入っていく。
「やっぱフィリナの魔法はスゲぇな。足下がグチャグチャだ」
「ちょっとキコアさん、うるさいですわよ。相手に気付かれますわ」
エリーに怒られたキコアは神妙に黙る。
たしかに足下はグチャグチャだ。月明りのない夜だったら、躓いて転んでしまう。いたるところに亀裂が入っている。
そんな場所で、一際大きな亀裂のある場所で、一人の男が下を向いていた。
「ない。そんなバカな。たしかにここに落ちたはずだ。もうヤツらが回収したのか。ええぃ、再び魔王竜さまの声が聞ければ。意識が飛んでいらっしゃるのか?」
「副支部長、どうしてここに」
「え!」
支部長に声をかけられ、顔をあげたのは冒険者ギルドの副支部長のスイルツだった。
慌てた様子だ。私たちに気付き、複雑な表情を作る。
「ここは立ち入り禁止だぞ。副支部長」
「いえ支部長。私は魔王竜の被害がどれほどのものか、副支部長として調査を」
「そうか? 夜中にご苦労だ。てっきり探し物をしているのかと思ったぞ。職員を遠ざけたそうだな」
「え……ええ。そうです。探し物を。そちらの冒険者と竜魔人の戦いの最中、魔王竜の魔石と思しき物が、この亀裂に落ちたのを見たのです。魔王竜の魔石とあれば危険極まりない。そこで職員を遠ざけました」
「ほほぅ」
支部長は顎をさすりながら副支部長のスイルツをジッと見た。
今度は私たちが質問する番だ。
「副支部長さん。あなたは私たちと竜魔人が戦っているところを見ていたのですか」
「ああ。支部長たちがやってくる前だったか。私は偶然、この場に居合わせたのだ。もちろん竜魔人の隙を見つけ次第、キミたちに加勢するつもりだった」
ルティアさんにスイルツは答える。
「でもよ、アンタはダンジョンのキメラの部屋で、誰かと会話しながら転移陣で消えていったよな。魔王竜がいる深奥に行っていたんじゃないのかよ」
「たしかにいきなり現れた転移陣に飲み込まれたが、転移した先は見知らぬ部屋。私は命がけで地上への転移陣を見つけ出し、地上に戻ったのだ。地上ではキミたちと竜魔人が戦っていた。誰かと会話? なんのことだ」
キコアに質問されたスイルツは平然と嘘を唱えている。
バイオンやパーティの仲間を捨てるようなセリフを吐いていたっていうのに。
「お探し物の途中に失礼しますわ。魔王竜石が、そちらの亀裂に落ちたということですが、それらしい物は見つかりましたの?」
「まだだ。キミたちが回収したのか。あれは危険なものだ。私が預かろう。冒険者ギルドに保管していたら竜魔人が襲ってくるかもしれない。支部長、ここは秘密裏に保管する場所が必要です。私に考えがあります。ことは一刻を争う。私に魔王竜石を預けてはもらえませんか」
エリーに答えたスイルツは支部長におかしな提案を投げかけた。
「そうは言ってもさ。ボクたち、魔王竜石が亀裂に落ちたところ、見ていないんだよね。副支部長が見た物って、本当に魔王竜石だったの?」
口を挟んだシアンタにスイルツは目を丸くし、そして怒った。
「何を言うか。たしかに魔王竜石はこの亀裂に落ちた。それがないということはキミたちが回収したんだろう。また魔王竜が復活したら、どうする? 早く私に寄こすんだ。冒険者なら副支部長職の者に従うのだ!」
「だから。ボクたちは魔王竜石が亀裂に落ちたところを見てないんだって。どうして落ちたと思うのさ?」
「そこの娘が蹴ったからだろう」
スイルツが私を指した。
「フィリナという娘が魔王竜石を蹴って亀裂に落としたのだ。それを私は見た。誰も回収せずに夜になった。私はしびれを切らして、こうして回収をだな」
「あの……」
プエルタさんが手を挙げた。スイルツの鋭い視線に捕らわれてしまう。
「あぁ、すいません。私には、フィリナさんが蹴って亀裂に落とした物が、ただの石に見えたんです。ちょうど魔王竜石と同じくらいの大きさの石です。亀裂に落ちていきました。皆さんも、石に見えたと思います」
この場にいる、支部長以外の人間は頷き始める。
「そんなバカな」
スイルツはわめく。
「石であるはずがない。この目でしっかりと見たのだ。魔王竜石が亀裂に落ちていくのを。バカにするな。どうして嘘をつく。この私を誰だと持っている。この街のギルド副支部長だぞ」
「あの状況で、ただの石を魔王竜石だと思い込んでも仕方がない人物が、一人だけいます」
私の言葉にスイルツは目を向けてくる。
「私の魔法の幻惑魔法に捕らわれた人物です。その者はルティアさんの手を離れ、転がった魔王竜石を奪い取ろうとしました。私は魔王竜石の手を伸ばす人物を、手で押し返す形で幻惑魔法をかけたんです」
そのとき、相手は一瞬だけ光った。幻惑魔法がかかった合図だ。
「その幻惑は、私の足下にあった、それ……ただの石を魔王竜石に見立てる魔法。同時に魔王竜石をただの石に見せるものだったんです。私は足下のそれ、すなわち石を亀裂に向かって蹴りました。石は亀裂に落ちていきました」
「なんだと」
「幻惑をかけた相手は竜魔人。たった一人。魔王竜石が亀裂に落ちたと考えている人物は竜魔人しかいません」
スイルツは絶句している。
幻惑の恐竜×魔法の効果は一分間だ。スイルツにかけた魔法はとっくに時間切れになっている。
でも、一分のあいだにスイルツが見たものは、魔法が切れたあとに再確認をしなければ、本当の出来事だと錯覚してしまう。
ここでボナ子ちゃんが口を開いた。
「亀裂の中に、魔王竜石と似たような大きさの石はありませんか」
恐る恐る亀裂の底を確認するスイルツ。あっ……という声が漏れる。
「では、本物は?」
「ここです」
リナンが手にしていた麻袋を掲げる。本物の魔王竜石は、この中だ。
「鈍色の竜魔人はアナタだったんですね。副支部長」
ルティアさんが腰の剣に手を添える。
「ま、まて。私は遠くから見ていたんだ。竜魔人が亀裂を覗いて騒いでいるから、魔王竜石が落ちたのだと」
「副支部長!」
支部長だ。
「竜魔人に変貌する人間の右腕には竜の紋章があるという。今すぐ右腕の袖をめくり、紋章の有無を確認させろ」
拳を握りしめ、臨戦態勢の支部長がスイルツを凄む。
「え、待って下さい。これは何かの間違いだ。私が竜魔人だって。バカな」
「右腕を見せるのだ」
副支部長は長袖の右腕を左手で隠した。
支部長はゆっくりと近づいていく。
「支部長……ふっ。ハハハハハ!」
スイルツは笑い出した。気が狂ったように。
「幻惑の魔法だと。そんな魔法の使い手が冒険者だと。ハハハ。大地に炎、付与術。そんな魔法の使い手が冒険者なんてやってるんじゃねぇよ!」
みんな、スイルツの変貌に警戒する。
「ハハ。強力な魔法士が冒険者だなんて思いもしなかった。本物の聖竜剣士がダンジョンに現れるなんて思わなかった。冒険者なんて、何者にもなれない者がなるしかない、ゴミのような職業じゃねぇか。ギルドだってそうだ。ゴミ溜めのくせに。私を嵌めやがって」
そしてスイルツは私たちを睨み、鈍色の竜魔人に変貌した。
「やはり冒険者はクズで邪魔で、この世にはいらない存在だ!」