悪役令嬢に入れ替わりを強制された平民の私は、なぜか公爵令息に気に入られる
「ねえジャンヌ!私たち3日間だけ入れ替わってみない?」
「え?でも……」
「黙って言うこと聞きなさいよ!私たち顔が似ているからまずバレないわよ。」
☆☆☆
しがない平民の娘の私はある日、貴族の乗る馬車に轢かれそうになった。馬車から降りてきたのは伯爵令嬢のルーシィである。
一目見て2人とも気づいた。私とルーシィは顔がとても似ていたのである。年の頃も15歳と同じで背丈もそっくりだった。
それからしばらくして伯爵令嬢であるルーシィが、召使いと共に私の元を訪れ、とんでもない提案をしてきた。
「一度でいいから庶民の生活を体験してみたいのよ。お勉強やお稽古ばっかりでウンザリよ。ささ、着替えてちょうだい」
流されるままに私は服を交換し、馬車に乗り込んだ。
「このことはほんの数人の侍女と召使いしか知らないからね。お父様にも絶対バレちゃダメよ!あと、明日お茶会あるからそれも出といてねー」
こうして私たちは入れ替わり、貴族のしきたりなど何もわからない私は伯爵令嬢ルーシィの立場で3日間を過ごすことになった。
☆☆☆
1日目の午前中は侍女たちに囲まれて立ち振舞いや話し方のお稽古をさせられた。なんでも明日のお茶会でバレないようにとのことだ。
お昼になると屋敷に侯爵令嬢のフィーネが現れ、明日のお茶会に何か手土産を持参しろという。もし大したものじゃなければ皆で笑いものにしてやるとのことだった。
貴族の令嬢というものはどうしてこうもイジワルな人ばかりなのだろう。ルーシィが嫌になって入れ替わりなどという提案をしてくるのも納得できた。
侍女が私に言う。
「ジャンヌ様、なんとかルーシィ様の顔を立ててくださいませ。でないとあとが恐ろしいのです。」
「やるだけやってみます……」
私はしばらくの間手土産を何にしようか考えたが、貴族の喜ぶものが何も思い浮かばず、結局得意の手作りのクッキーに決めた。
子供の頃、今は亡き母が私に作ってくれたクッキーが大好きだった。母が亡くなってからも母のレシピでよく作っていた。父は甘いものがキライだったので全然口にしてくれなかったから、私しかそのクッキーの味は知らなかった。
私が夜まで一生懸命クッキーを作るのを侍女たちは心配そうに見守っていた。
☆☆☆
2日目のお茶会の日、私は手土産に50人分のクッキーを持参し参加した。
侯爵令嬢のイジワルフィーネはすぐに私のところに飛んできて手土産を全員に渡せと迫った。
「あーら、クッキーですの。先日私は、ケーキとパイをお持ちしましたがそれに比べたら多少見劣りしますわね」
相変わらず好きなことを言うフィーネに対して私はニコニコして穏やかに振る舞っていたが内心はらわたが煮えくり返っていた。
私はムキになって大声でこう言った。
「これは母から作り方を教えていただいて手作りしたとてもおいしいクッキーですわ。どうぞ食べてごらん遊ばせ!」
会場内に私の声が響き渡ると、一瞬静まり返り……ところどころで失笑が起こった。
フィーネはそれを見て勝ち誇ったようにこう言った。
「ま〜あ、あなたが作ったクッキーでしたの!シェフでもないあなたが?それは特別おいしいのでしょうね!」
全員にお茶とクッキーが配られお茶会がスタートする。
皆がジャンヌの作ったクッキーを一斉に口にする。
私はフィーネをじっと見ていたが、なんと彼女はクッキーを口にもせず顔をシカメるとこう言った。
「ぜーんぜん大したことのない味ですわ。私がいつも食べているシェフのクッキーのほうがおいしいですわ!」
私は亡き母をバカにされたようで、悔しくて悔しくて涙が溢れそうになるのを必死にこらえていた。その時!
「これはおいしい!」
会場内に、男性の声が響いた。
「このクッキーはとてもおいしいよ、どこのご令嬢が作ったものだって?」
声を発したのは公爵令息であるカールだった。
この場にいる誰よりも地位の高い公爵家の令息が声を上げたことで会場内がガヤガヤしだした。
私は何が起こったかわからずにうろたえながらフィーネを見ると、彼女も口をポカンと開けている。
そこかしこからクッキーへの賛辞が聞こえてくる。
会場内の人々が皆、私のクッキーを口にして笑顔になっていた。
そしてフィーネもクッキーを一口噛じり、目をパチパチしてこちらを睨んでくる。私はそんな彼女をまっすぐに見据えて、満面の笑みを浮かべた。
こうして無事にお茶会が終わる頃、公爵令息のカールが私の元に駆け寄り、声をかけてきた。
「やあ、君のクッキーは格別の味だったよ。よかったら明日森へ散歩に行きませんか。明日の朝お迎えにあがりますよ」
私は目を丸くしながら、首を縦に振る他なかった。
☆☆☆
3日目の朝、カールがそれはもう豪華な馬車で迎えに来てくれ森へ向かった。カールの言いつけで侍女も従者も森の入口で待たせ、私たちは2人きりの時間を過ごすことになった。
新緑のブナの木が生い茂り、葉の隙間から木漏れ日が差している。小鳥のさえずりがあたりに響いている。そんな森を2人で会話しながらゆっくりと歩いた。
「君のような女性は初めてだ。僕の知らないことを知っていてとても魅力的だし、僕を1人の人間として見てくれる。まるで貴族のしきたりなと知らないみたいに」
私は正体がバレることへの不安からずっとドキドキしていた。なにか質問されたらバレるかもしれないので、こちらから話しかけることにしたが、何を話したらいいかわからずに他愛もない話をした。
カールは私の話に楽しそうに耳を傾けてくれた。たぶん私がする料理の話や町の話が新鮮だったのだろう。いつしか私の胸の鼓動が彼へのトキメキに変わっていた。
しばらく歩くと木々が開けて目の前に湖が広がった。風が吹き豊かな水の香りが漂ってくる。
その湖を眺めながら私の手作りのサンドイッチとクッキーを食べながら、2人で時間を忘れて語り合った。彼の優しい眼差しは私だけを見ていた。
☆☆☆
「あなたいつまで私の立場を満喫してらっしゃいますの!」
屋敷に帰ってくるなりルーシィが怒鳴りつけてきた。
「庶民の生活なんて体験するんじゃなかった!汚くて狭い家で落ち着けやしない!食べ物もまずいし最悪でしたわ。あなたこんな暮らしでよく満足できるわね」
そっちから言い出しといて不満をぶつけられて信じられない気持ちでいっぱいだった。
「聞きましたわよ!あなた庶民の分際で公爵令息とお出かけになったのね。ふん!あとは私が上手くやって婚約までこぎつけてみせますわ!あなたもう帰ってけっこうですのよ」
「ではルーシィさん、失礼いたします」
「ジャンヌ!このことは他言無用ですのよ!あと私の屋敷にも今後一切近づかないこと!」
このワガママな伯爵令嬢に、私や私の環境のことをどんなに否定されても、そんなことはどうでもよかった。
森の中で過ごしたカールとの2人きりの時間は私の心に大切に残った。もう彼とは会うことは2度と叶わないと思うが胸に大事に仕舞って生きていこうと思った。
☆☆☆
5年が過ぎ私は一生懸命に働き、小さなお菓子屋さんを開いた。小さいながらもなんとか食べていけるだけの収入を得て細々と暮らしていた。
伯爵令嬢のルーシィはあれからカールに猛アピールをしてなんと婚約までしたそうだが、ルーシィのワガママぶりに敢え無く婚約破棄を言い渡され、それが原因で伯爵家は資金繰りが厳しくなり町から出ていったそうだ。
☆☆☆
そうしてある日、運命の日は訪れた。
「いらっしゃいませ」
私は唖然とした。
そこには確かにカールの姿があった。
彼はあの時と同じ優しい眼差しを私に向けてこう言った。
「クッキーをお一つ頂けますか」
私は……そんなわけない、勘違いしてはいけないと自分に言い聞かせ、何も言わずクッキーを差し出すと彼はその場でそれを口にした。
「これは……この味は間違いなくあの時のお茶会で出たものだ。ルーシィ、いや違う、君の本当の名は?」
そんなことって、彼はたまたまクッキーを買いに来ただけで……私は声を震わせながら答えた。
「私はジャンヌと申します」
「ジャンヌ……ずっとずっと、君を探していた。もうどこにも行かないでくれ、私のそばにいてほしい」
私の目からは大粒の涙が溢れた。
☆☆☆
1ヶ月後、公爵の結婚披露宴、新郎カールの隣には新婦ジャンヌの姿があった。
ご拝読ありがとうございます、恋愛物初挑戦です
ざまあ要素はほどほどにしました
↓の☆評価、感想など頂けると励みになりますのでよければお願いします