狂い舞う
※胸糞注意報です
私達の出逢いは間違っていたのだ。
私は国一番の踊り子だ。赤く長い髪を揺らし、体を音楽に合わせ、蠱惑的笑みで自由に踊り、観客を魅了する。
今日はこの国の王太子殿下の生誕祭。街はお祭り騒ぎ、私もただ自由に街の広場で大衆の目の前で踊る。舞い散り滴る蜜花の香りは甘く、私は蠱惑的に挑発するように舞う。どんなに求めても、誰にも私の心を渡さないとばかりに。
夜になり、私は独り馴染みの酒場でお客さんと軽口を言いながらお酒を飲んでいるとフードを被った男性が私の席の前に立つ。
「お嬢さん、俺も貴女と一緒に飲んでも?」
私は男性をじっと眺めると、フードから覗く金色の凛々しい男は瞳に熱を灯して、視線が絡みただ見つめ合った。私はふわりと笑い男を席に座らせた。金色の瞳を持つものは王族の証だ。だが、姿を隠しているのだから、私は何も知らないフリをする。
「君の踊りは素晴らしいな。時々観に行っていたのだが、今日の踊りは今までの中で一番美しかった」
「お褒めの言葉をありがとう。どうせなら、どんな踊りも優劣をつけないで欲しかったわ」
私はいつものように軽口で返しながら男性と話す。それからというもの、男は時々私の踊りを熱を込めて見つめ、その後は酒屋にいる私に話しかける。そんな日々が続き、私も男と視線が絡む瞬間に心臓が高鳴り、見つめ合い、微笑交わし、男の熱心な瞳に恋に落ちた。
そんなある日、大勢の観客が見つめる中で私は踊り終わると、男はローブを脱ぎ捨て私の前に跪き愛を囁いた。私は跪いた男……セドノア王太子殿下の手を取ってしまった。これが全ての間違いだった。いや、酒屋で言葉を交わした時点で間違っていたのだ。何もかも全て。
私とセドノアの関係は貴族や王族から非難されたが、民衆の中では大いに盛り上がり、セドノアの愛妾としてならと陛下は私を認めた。セドノアは不満そうだったが私は別に愛妾だろうが何だろうが構わなかった。
「すまない、ベラ。君を愛妾だなんて……」
「いいのよ、セドノア。この世にはどうにもならない事があるのだから。寧ろ、平民の私が王太子殿下の愛妾だなんて奇跡だわ」
私は分かっていた。セドノアはこの先妃を取らなければいけないことも。それでも、私はセドノアの愛の言葉に幸せを感じていた。
少しすると、セドノアは結婚した。ヘーゼル妃殿下は私の存在を知った上でセドノアと結婚した。だが、セドノアは変わらず私に愛を囁く。だが、城の皆は私を卑しい人間として扱う。ヘーゼル妃殿下の侍女達に嫌がらせされても、私は気にせず美しく咲き続けた。
私は何も強請らず、愛を囁き続けるセドノアに愛を与え続けた。だが、少しずつだが私とセドノアにズレが生じ始めた。少しずつ、私の与えられた宮殿に足を運ぶ事が減り、私に愛を囁く顔には罪悪感が混じり始めたのだ。
そして私はセドノアから聞かされた。ヘーゼル妃殿下が懐妊したと。だけど、愛しているのは私だけだと。必死に私に愛を語るセドノアに私は嗤う。そして、子供が産まれるとセドノアは私に会いに来ることは殆ど無くなった。
私は信じてた。疑うなんて嫌だと、セドノアが離れていく気はしていた。でも、囁いてくれた愛は初めから全部嘘じゃないと。
偶に来ては、愛してると、君だけと囁き餌を与えて……狭い世界に詰められて……。何年も何年も。
私は侍女達の制止の声を無視し、ヘーゼル妃殿下の宮殿へと足を運び庭を覗くと、セドノアは小さな女の子を抱き上げ幸せそうに笑っている。ヘーゼル妃殿下は大きく膨らんだお腹を撫でて、セドノア達を優しく微笑んで見ていた。
私は声も出ず、自分に与えられた狭い世界へと戻り泣き叫ぶ。周りの調度品を手当たり次第に壊し、シーツも枕もナイフで切り裂き羽が舞う中、私はずっと、ずっと、狭い世界をこうしたかったのだと気づく。
ねえ、セドノア。私は扱いやすかった?思い通りに私を転がすのは楽しかった?……こんな狭い世界で踊らされて馬鹿みたい。
都合よく、意味を失った愛の言葉。
私は夜になり裸足で庭へと出る。
風に舞い散る花の中で、狂い咲いた花のように美しく踊る。私の心は私のものだ。もう二度と渡すものか。セドノアへの想いは既に葬った。
「ベラ……?珍しいな、君が踊ってるところは久々に見た。やはり君は何年経っても変わらず美しいな……」
「ああ……セドノア様。……私をもう自由にしていただけませんか?貴方の自己満足の愛など私にはもう必要ないのです。明日にでも城から出て行きます」
「何を言っている、ベラ!!俺は君を愛している!!」
「……私は貴方の玩具ではありません。感情のある人間なのです。貴方の囁く言葉は愛じゃない……唯の私を転がす為の餌でしかなかった」
「そんな事は許さない!!君は俺のものだ!!君が他の男のものになるなど吐き気がする!!しばらく部屋で頭を冷やせ!!」
「……自由な私を愛していると言った貴方が、自由を奪うのですか……」
セドノアは私を部屋に閉じ込め、庭にすら出してもらえなず、ただ、死んだ様に生きる。私はヘーゼル妃殿下に手紙を書き、私を憐れむ侍女にこっそりと手紙を渡し、ヘーゼル妃殿下に届けてくれと頼んだ。その間も毎夜のようにセドノアに乱暴に抱かれ、私は壊れていく。
ある日、ヘーゼル妃殿下が私の部屋を訪ねて来た。ヘーゼル妃殿下は私を憐れみ、私が手紙で頼んだ毒が入った小瓶を渡してくれた。
「本当に貴女はいいのですか……?貴女は望めば何でも手に入るのに」
「ヘーゼル妃殿下、ありがとうございます。私は何もいらなかった……いや、本当はセドノア様の変わらない愛が欲しかったのかもしれない……。でも、私の心は私のもの……やっと自由になれます」
私はセドノア様が来るだろう時間に合わせ毒を飲む。狂い踊りながら、狭い世界をグチャグチャにして舞う。引きちぎった枕の羽が月夜に照らされ舞い、幻想的な中私は昔のように蠱惑的に嗤い血を吐きながら踊る。そんな光景を扉を開けたセドノアが言葉を失い、私に見入っていた……昔の熱の籠った目で。
そして私は大量の血を吐き、倒れる。そんな私をセドノアが抱き上げ、医者を呼べと叫んでいる。
「やっと……やっと自由に……」
私は舞っていた羽を手を伸ばし掴み取る。
私の心は私のもの。二度と誰にも渡しはしない。
ありがとうございました!!