後日譚1
「水魔術、取り戻して見せます!」
リグリスに宣言したその日からミリアは自らがかけられた呪術に関する情報を集めた。
王都の図書館に足しげく通い、自身のかけられた退行の術式について調べたのだ。
(心拍数が大事みたいね)
寿命は心拍で決まることがおおい。ネズミなどの体の小さい生き物は時間当たりの心拍数がはやくその分早く年を取り、寿命が来る。一方体の大きい像のように体の大きい生き物は心拍数が少なく長生きする。
つまるところ、本当にリグリスのいう通り、鼓動のどきどきで呪いが解けた可能性が高い。
(なんてこと)
恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
(つまり私がリグリス副団長に恋をしたと間接的に教えてくれたってことね!)
ミリアは顔を覆った。穴があったら入りたい……。
そして水魔術はほんとうに一から始めないといけないようだった。
体内に魔力は残っているのだから、感覚を忘れただけのようだ。
ミリアは水浸しになっても構わないような場所を探して、図書館の近くの公園に向かった。
ここの噴水の水で何か練習でもしてみよう。
「あ、ミリアさん。こんにちは!」
公園につくと魔術師団で一つ下のロキ・アンダーソンが犬の散歩をしていた。
かわいい白い毛糸のような雑種の小型犬はよくしつけられているのか全く吠える様子もなく、しっぽをふっている。
ロキ・アンダーソンはふわふわの薄い茶髪に、青紫の瞳の好青年だ。
「ききましたよ、今事務のほうを手伝ってるとか」
「ええ、魔術がつかえなくなってしまって」
戦闘部隊でできることがなくなってしまったので、かわりに事務部門にまわしてもらったのだ。できることからやっていきたい。いままで気づかなかったこともいろいろ発見された。
私たちが前線でスムーズに連携が取れるのも、事前のデータ分析や、戦略的配置や、物資の手配などおおくの方々の協力あってこそだ。
「かえってよかったのかもしれないわ。わたし、傲慢だったのかも」
そう、自分ならできるという根拠のない過信で指定されていた前線より前に出てしまった。
自分の落ち度だ。
「うーん、そんな威風堂々たる戦い方もよかったですけどねえ」
「やさしいのね、ありがとう」
「あ、そうだ。魔術練習するっていうんなら手伝いますよ」
ロキ・アンダーソンは氷の魔術師だ。
彼のようなほがらかな人物が氷なんてなんだか不思議な気もするが、とにかく安定した出力でよく戦場の敵の足止めに重宝されている。
「この近くに水の神殿あるじゃないですか、あそこ普段水に覆われて中入れないですけど、僕が凍らせれば道ができるんで」
目からうろこだ。そんな方法考えもしなかった。水の神殿はいわゆるダンジョンで、水の精霊がおり、魔術の流れもよく、属性も同じ水だから練習場にはうってつけだ。
「すごい! なんていい考えなの!」
「なんなら今から行きます? ちょうど帰るとこなんで付き合いますよ。一旦家にによらせてもらっていいですか? シロ帰らせないとなので」
「ありがとう!」
なんて親切なのだろう。さすがは魔術師団の天使ことロキ・アンダーソン!
彼は我らが魔術師団の癒し系だ。
「そういえば、リグリス副団長と婚約したとか。おめでとうございます」
「もう噂になってるのね、ありがとう」
どうやら人の口に戸はたてられないらしい。
「てっきり仲悪いかと思ってたのに意外ですね」
そういいながら、自宅の庭先でロキ・アンダーソンはシロを放した。
彼の家は男爵家で使用人はそれほど多くないもののこぎれいに手入れが行き届いた良い庭をもっていた。
シロはおとなしく小屋の中に入って丸くなった。
小屋はきれいで、かわいがってもらっているのがよくわかる。
「ちょっと荷物用意してくるんで、お茶でものんで待っててください」
ロキ・アンダーソンはミリアを家に招いた。
ささっとメイドがティーセット用意する。口に含むとバラのフレーバティーでとても香りがいい。
準備の終わったという彼はしっかりと冒険用の身軽な服装に着替えていた。
騎士服に着こむ胸当てをつけ、上に冒険者用の茶色のコートを羽織っている。
水の神殿は王城の北の森の奥深くに位置する。
大河の流れる水がここの森の中ほどで泉を作り、その泉に精霊が居つき神殿が形成されたのだという。
水のみでできた神殿は周りを円柱状の柱で支えられている。
その中央部分にはそこの見えない水面があり、その下に地下に続く下り階段がある。
そこが普段水が張ってはいられないところだ。
「氷よ」
ロキの短縮詠唱で、水面が裂け、氷のつららのようになって脇に避け水面の中央部分が現れる。
地下への階段だ。
「さすがね。すごいわ!」
思わず感嘆の声をあげる。まるで氷のつららに囲まれて氷の神殿のようにさえ見える。
「照れますね」
ロキは嬉しそうに笑った。
二人は水の神殿内部に足を踏み入れたのだ