私に守らせてください
「ああ! カーター女史、元に戻られてなによりです!」
魔術部隊団長はハンカチで涙をぬぐった。
彼女の身を案じていたのはもちろんのこと、戦力面でもかなり痛手を被っていたのだ。
「ご心配おかけしました」
ミリア・カーターはその輝く水色の長い髪を後ろで一つにくくり、高めのポニーテールにしていた。
お辞儀のさいにゆれる髪先に、隣にたたずむリグリスの心も揺れた。
「リグリス副団長も、ありがとうございました」
魔術部隊団長はきらきらと尊敬のまなざしをリグリスに向けた。
休みをすべて返上して部下の監督にあてるだなんて、奉仕の精神。
なんて責任感の強い人なのだろう、と思っているようだった。
「ああ、問題ない」
リグリス副団長はミリアの横できりりとした顔つきで言い切った。
「もとはといえば、俺が彼女を守れなかったのが原因だ」
彼の部隊が、遠隔攻撃手としてミリアを指名したのは、彼女の実力もさるものながら、リグリスの強い推薦があったからだ。
そしてその戦場で、リグリスがふと目を離したすきにミリアが相手の攻撃を受けて倒れてしまったのだった。
「だが、大変なことに、彼女は水魔術が使えなくなってしまってな」
リグリスの言葉にミリアはきまずくて下を向いた。
彼のいうように彼女は水魔術が使えなくなっていた。彼女の体にかかった退行の負荷は思いのほか大きかったのだ。
「だから俺が責任をもって彼女を引き受けようと思う」
いきなり何をいいだしたのかとミリアは驚きの表情でリグリスを仰ぎ見た。
魔術部隊団長もまた口をぽかんと開けてリグリスを見つめている。
一方、リグリスは最初から最後までじっとミリアを見つめていた。
「……本気ですか?」
ミリアは胡乱げな視線をリグリスに送った。一体どういうつもりなのだ副騎士団長は、とでもいいたそうだ。
「ミリアはなぜ呪いがとけたと思う?」
ミリアは沈黙した。そんなことわかるわけもない。
「それは愛だよ」
リグリスは大まじめだった。リグリスの目は自信に満ち溢れている。
「愛の力で呪いは解ける。そういうものではないか」
「おとぎ話の世界ではそうですね」
ユリアは間髪入れずぴしゃりと返した。
目の前の副騎士団長はみかけによらずロマンティックな感性をもっているらしい。
「いや、実際のところ呪術の根幹は憎しみ。愛と正反対ではないか」
「愛の反対は無関心かと」
また間髪いれずにぴしゃりとミリアは否定した。
「いや、『好き』の反対が、無関心だ」
リグリスは自信満々にミリアの目を見て言い切った。
おそらく事前に返しを準備していたのだろう。
ミリアはぽかんとする。そんなの屁理屈ではないか!!
「私の思いは好きよりも重い、だから呪いがとけたのだろう」
うんうんと自信満々にうなずくリグリスの態度と言葉にはかなりの説得力があった。
彼ならば、白を黒だと簡単に人を言いくるめられるだろう。
さすがは歴戦を乗り越えてきた人心掌握の鬼、副団長である。
「だから君は私といっしょにいたほうがいい。君のためでもある」
まるで彼のそばにいないと呪いが再発するかのようないいぐさだ。
彼は沈黙するミリアをふわりと抱きしめた。
「君を守る」
魔術部隊団長は唖然とした。
一体自分はなにを見させられているのだろうか!!
…………
「まってくれミリアッ」
ミリアが、彼の部屋をでていこうとしている時だった。
ミリアが荷物を丁寧にパッキングしおわったとき、突然部屋におしいってきたリグリスは声をあらげた。
しばらく持ち物を整理するから隣の部屋にいてといっておいたのに……。
「行かないでくれ! 私を捨てないでくれ!」
まるで痴情のもつれかのようだ。
「やめてください」
ミリアは縋りつくリグリスを何とかしようとしていた。
彼はミリアの旅行鞄のはしをもって離さないのだ。
彼の鍛えぬかれた腕の筋肉にかかれば、ミリアの鞄など簡単にホールドされる。
まるで歴戦のゴールキーパーのようだ。
「はなしてっ」
ミリアは声をあらげた。なんて情けない姿をさらしているのか。
これはほんとうにあの副団長か!?
リグリスは子犬のように目を潤ませてみせた。
ミリアの良心に訴えかけることにしたらしい。
「君と共に一週間すごしてわかったんだ。私はきみがいないともうだめなんだ!」
なんと情熱的な告白!!
ミリアの心は一瞬揺らいだ。
リグリス団長ここで一気にたたみかける!!!
「君じゃなきゃだめなんだ!!」
ミリアの手の力がぬけ、鞄をつかんでいたリグリスがうしろにしりもちをつく。
ミリアは茫然として部屋を見回した。
リグリスの部屋にはすでにしっかりとミリアの分の生活用品が買い揃えられている。
この一週間の間に買い揃えられたものたちーー彼女のもともともっていなかった服やタオルや、歯ブラシやコップやお皿や、彼女の好きなカーテンの柄、シーツの色、新しいテーブルクロスなどをみてミリアの心はふるえた。
ここには彼とすごした日々が積み重なって残っているのだ。
リグリスのあつい熱をもった青みがかった灰褐色の瞳と視線がまじわる。
ミリアのサファイアブルーの瞳は揺れた。
彼はしりもちをついた姿から、膝をはたいて立ち上がるとミリアの前にすっとひざまずいた。
うやうやしく右手をさしだす。
まるでダンスをさそうかのように。
「私に守らせてください」
ミリアはふるえた。
そしてゆっくりとその手をとったのだ。
「でも私、魔術部隊やめませんから」
リグリスの手をとりながらもミリアは言った。
そのサファイアブルーの瞳には強い意志が宿っていた。