ミリアはかわいいなあ
ミリアと初めて会ったのは戦場でのことだった。
彼女の輝く水色の髪がたなびくのを目に留めてふっと顔を向けると、まるで雷が落ちたかのような衝撃が彼の体の芯を通り過ぎたのだ。
(う……運命だ!!)
これまでまったく女性に心を動かされなかった鋼鉄のような彼の心をミリアはあっさりと大震災かの如く揺り動かしたのだ。
そう、その衝撃はリグリス副隊長が思わず立ち上がれないほどの揺れだった。
突然の彼の蹲りに、なにか矢でも受けたのではないかと周囲の者が心配したが、彼はそれどころではなかった。
はるか遠くに見える彼女がその身の美しさを体現するかのような流麗な水魔法を駆使して、数多の敵兵を殲滅するのをすべて目に焼き付けておきたかったのである。
彼はその後足しげく彼女のもとに通い、世間話を交えた説教、いや説教をするために世間話をしているのではないかといった風体でたびたびミリアのもとを訪れたのだった。
そして現在に至る。
…………
初日は多少よそよそしかったものの、三日目ともなると気心が知れてくる。
ミリアは物おじしない性格でもあったから、存外慣れは早くにやってきた。
「リグリス兄さんちょっとじゃま」
リグリスに後ろ抱きされた状態でミリアは本を読んでいた。
彼女はリグリスのあぐらの中にすっぽりと抱え込まれている。
恐ろしいことにこれが彼女の日常なのだ。
いわれたリグリスのほうはへこんでいるかと思いきや案外大丈夫であった。
そもそも彼が一番の役得である。
「ミリアはかわいいなあ」
リグリスはさりげなくミリアの頬にほおずりをしながらいった。
ミリアの頬はもちもちだ。ぷるぷるのもちもちだ。
こころなしかいい香りもする。
(うおおおおおおおミリアアアアアアアアアああああああ)
心の声が聞こえていなくて、本当に、よかった。
ミリアはうっとうしそうに身じろぎした。
と、そのときミリアの体がぱちりと光り、その様子にリグリスはひるんだ。
途端にミリアの体は十五歳ほどの年齢まで成長したのである。
(うおおおおおおおおミリアああああああああああ!!!!)
リグリスは鼻から血が出たのを止める暇もなかった。
そのまま返り血が付きミリアは嫌そうに眉をひそめている。
「リグリス兄さん……いいかげんにして」
その冷たい視線ですら、リグリスにとってはご褒美だった。
そんな頬を緩めるリグリスを見てミリアは小さく息をはいた。
最初の内はけなげに心配していた吐血もこんなに頻繁に出されては希少でもなんでもない。
もはや日常の一環となりつつあった。
ミリアの急激な成長について報告するためにリグリス副隊長は神官を訪れた。
もしかしたら呪術に何らかの変化が起きたかもしれないのだ。
ミリアは若干身長が伸びて、服がぱつんぱつんになってしまっていた。
その窮屈そうな胸元と、はみ出てている膝上にリグリスはどきどきしっぱなしだ。
(これは……新しい服を早急に買わなくては!!!!)
神官はミリアの成長に驚きを隠せない様子だった。
「これはいい兆候ですね。どういう因果かはわかりませんが、直前になにか特別なことでもありましたか?」
リグリスは沈黙した。とても言えるようなことではなかった。
「いえ、とくには」
よくよく考えれば普段通りだった。
何ら変わったことなどないのだ。
そう、ふたりにとっては。
ミリアも普段通りだとうんざり思っていたのでとくに口出しもしなかった。
「そうですか、ではこのままお願いしますね」
(このまま……だと!!!)
リグリスは刮目した。十五歳になってしまったがこのまま今までと同じように溺愛してもいいのだろうか。