家に、連れ込んでしまった……!!
リグリス副団長がミリアを迎えに行ったとき、彼女は素直についてきた。
事実、彼女はなにも覚えていないのだ。
ぼんやりとした表情でリグリスに手を引かれて、されるがままに歩いている。
まるで夢遊病にでもかかっているかのような足取りだ。
「君のことは……なんと呼んだらいいだろうか」
もしかしたら名前で呼ばせてくれるのではないかという期待がリグリスの心にあった。
淡い期待が心に広がっていく。ミリアはリグリスを振り向いた。
背の高いリグリスから見ると自然と上目遣いにもなる。
「わたしはミリアっていいます」
案の定、彼女は無防備にも下の名前を教えてくれるではないか!!!!!!
ミリアの瞳は限りなく純粋だった。
「ミリアか、いい名前だな」
リグリス副団長はまるで今初めて知ったかのような態度をとってのける!!!!
リグリス副団長に腕を引かれとぼとぼと歩くミリアはどこかさみしそうな瞳をしていた。
彼女は自分が今どういった状態なのかまだよくわかっていないのだろう。
外はしんしんと雪の花びらがゆっくりと降っていた。
リグリスは馬に乗るとミリアを前に抱くような形で手綱をとり自宅へと向かった。
あらためて見ると彼女の背中は随分と小さい。
ぎゅっとしたら腕の中にすっぽりおさまってしまいそうである。
ミリアは物珍しそうに馬の上からきょろきょろと視線をさまよわせていた。
彼女の横顔には好奇心の色がかすかに浮かんでいた。
「どうした? そんなにめずらしいか?」
リグリスはそういえばミリアが魔術師団に入隊してからのことしか知らないなと思いをはせた。
「ここ、しらないところ」
ミリアは簡潔に答えた。彼女にとっての王都はまだ来たことのない大都会なのだ。
「そうか、今日からここに住むんだぞ」
リグリスはなるべく安心できるような優しい声で言った。
ミリアはちらりと後ろを向いてリグリスの顔をのぞいてきた。
(うおおおおおおおお!!!!!かわいいいいいいいい!!!!!!)
リグリスは馬の上から悶えていた。このまま転がり落ちて馬に蹴られそうだ。
彼の家は職場からほど近いところにある。
彼の生家は王都から遠く、一人暮らしをしていていた。
こじんまりとしたこの一軒家が彼の家だ。
ミリアの目には茶色のレンガの屋根の格子模様の木枠で縁取られたカントリーハウスは魅力的に見えた。
…………
(家に、連れ込んでしまった……!!)
リグリス副団長は悶えていた。ああ、まさか、こんなことが起こるなんて!!
「あの、おじちゃんはなんていう名前なの?」
ぐさり、ミリアの言葉がリグリスの心を直角に抉ってきた。
さすがは攻撃魔術のスペシャリスト。遠隔攻撃が凄まじい。
「私はまだ二十五歳だ、おにいさんと呼んでくれ」
そしてミリア、君の方が本当は年上だからな……リグリスはその言葉を呑み込んだ。
つまりは年下の他部署の上司が部署を飛び越えてねちねちと嫌味を言いに来ていたということである。ミリアに同情する。
「おにいさん。何て名前なの?」
ミリアは素直だった。
(天使か…………!!!!!!!!!!!!!!!)
リグリスはその場に蹲った。心不全を起こしそうだった。
ミリアはその背中をさすっている。なにか持病持ちだと思っているに違いない。
「ああ、リグリスおにいさんと呼んでくれ」
リグリスは床を見つめたままさりげなく呼び方を押し付けている。
「はーい」
ミリアは素直だった。
(あああ、どういいうことだ!!! ここが天国か?)
リグリスは天に感謝した。
…………
夕飯の買い出しに出かけながら、リグリスはこれを機会にミリアの食べ物の好みを聞いておくべきではないかと思った。
「なにか、食べたいものはあるか?」
城下町の市場は仕事帰りの人々でにぎわっていた。
店先には、旬の野菜や魚や、吊るした干し肉が並んでいる。
リグリスは市場をぐるりと回りながら今日の献立を考えていた。
寒いから温かいものがいいだろう。鍋にするとかいいかもしれない。
ミリアはきょろきょろと物珍しそうに視線をさまよわせていた。
「スープ……?」
若干語尾をあげて疑問形だ。リグリスはじいいんと胸に響いた。
今日はミネストローネにでもしよう。
食器ももう一組、揃えで買った。自分とおそろいのデザインだ。
色はミリアの好きな色を選んでもらう。まるで新婚生活を始めるかのようだ。
台所に規則正しく野菜を切る音が響く。
ミリアも煮込みを台に乗ってくるくるとかき混ぜるのを手伝った。
(あああ、しあわせすぎる……!!! ここが天国か!!)
リグリスはにやけが止まらなかった。
顔を覆っては悶えては料理の手をたびたび止めた。
出来上がったミネストローネと丸パンと季節のサラダに干し肉の薄切りを添えた。
ふうふうと小さく息を吹いてミリアはスプーンでとろりと赤いスープを口にふくみ、にこりと微笑んだ。