後日譚3
「わあ、すごい。綺麗ね」
神殿内部は涼しく、青い水がとめどなくカーテンのように壁を流れていた。
中央の円状の泉には、セイレーンの水造りの像が浮かびあがっている。
「どうですか? 調子よさそうですか?」
ロキ・アンダーソンはミリアの横顔を甘やかに見つめながら言った。
「ええ、今なら少しの力でも水を操れそうだわ」
ミリアが指で宙を描くとその指先からきらきらと水の雫が宙に浮かぶ。
ここには潤沢な水の魔素に満ちているようだった。
しばらくここで練習すればすぐに感覚もとりもどせるだろう。
ミリアが瞳をキラキラさせているとロキ・アンダーソンはまなじりを下げた。
「ミリアさん、僕たち水と氷って元素的に相性がいい気がしませんか?」
ミリアがふわふわと浮かばせた水の塊に、そっとロキが手を伸ばす。
ひんやりとした冷気がかかりミリアの水がきらきらと氷の粒をインクルージョンした。
まるで水晶のようなきらめきがミリアの水球のなかで揺らめく。
「もっと仲良くなれる気がするんですけどね」
そういって微笑むロキは優しく手を伸ばし、ミリアの髪をついと触ろうとしたその時、
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだっ!!!!!
ものすごい豪風とともにリグリス副団長が頭に葉っぱと枝を引っ付けて登場したのだ。
ミリアはあっけにとられた。この人は今日大事な訓練が朝から晩まであるのだといってなかっただろうか。彼が忙しい人だから一人で訓練しようとしていたというのにどういうことだろうか。
ロキもあっけにとられた。行き場のない手は空中でとまった。なんてタイミングの悪い時に来るひとなのだろうか、それとも計算で来たのだろうか。
「ミ……いや、ロキ・アンダーソン。メロス・マーキュリー魔術師団長からだなその、言伝があるというので至急王城に来るようにと。非番の時にすまないな」
リグリス副団長はごほんとせきばらいをしていつもの寡黙な表情で言ってのけた。
彼の鋭い眼光はぎらりとロキ・アンダーソンに向けられている。
「リグリス副団長、お忙しい中どうもありがとうございます」
ロキは腰を折って挨拶した。
「うむ、急ぎ向かうがいい」
リグリス副団長はいつもの威厳ある物言いだった。
取り残されたミリアは目を白黒させる。
リグリス副団長はロキ・アンダーソンの姿が消えるのを目視で確認した後、ミリアをぎゅうと抱きしめた。
「頼るなら私を頼ってくれ、お願いだから」
ミリアはあきれた。なんて独占欲のつよいひとなのだろうか。
「リグリス副団長、今日はお忙しいのでは?」
「ああ、大丈夫だ。今行ったロキ・アンダーソンにまかせる」
どうやらリグリス副団長の仕事はメロス・マーキュリーに回り、メロス・マーキュリーの仕事はロキ・アンダーソンに回ったようだ。
「私はしばらく全然休みを取っていなかっただろう、半休くらい、いいではないか」
さすが人心掌握の鬼、リグリス副団長。
まさかの力技である。
「ええ、休むなとはいえませんわ……」
ミリアは嘆息した。
もとはといえばリグリス副団長の休みが全然ないのが原因だったのだ。
「ミリアの水魔術が見たい。見せてくれないか?」
リグリス副団長はミリアをぎゅうとしたまま言った。
ミリアが指をふると二人の上空をシャボン玉のように水球が浮かび、神殿内のぼんやりとした光を反射して虹色に輝いた。
「綺麗だ……」
なおもぎゅうぎゅうとミリアを締め付けてくるリグリスに苦笑しながらもミリアは水球を増やす。
「これは初歩魔術ですから簡単ですよ」
「いや、君が」
君が綺麗だ
…………
「ああ、ミリア・カーター女史、おかえりなさい!」
メロス・マーキュリー魔術師団長はハンカチで涙をぬぐった。
彼は本当に困っていたのだ。リグリス副団長の奇行が彼を苦しめていた。
「ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げるミリアはさらりと水色のポニーテールを揺らした。
「それで……リグリス副団長はいったいどのようなご用事で」
メロス・マーキュリー魔術師団長は胡乱げな視線を送った。
リグリス副団長はすっかりおかしくなってしまったのではないかという思いが彼の中にはあったのだ。
なにせ急に仕事を投げ出すわ、休日のロキ・アンダーソンを呼び寄せるわやりたい放題である。
あのあと何の用事かきいてくるロキ・アンダーソンにしどろもどろ理由をつけるのにどんなに苦労したことか。
「ああ、彼女はまた攻撃部隊にもどるのだろう。青田買いにきたのだ」
またか、またなのか。メロス・マーキュリー魔術師団長は白目をむきそうになった。
「今度こそ、私が君を守る」




