後日譚2
騎士団演習場では艶のある低い声で怒号が飛んだ。
「二分二十一秒の遅れだ。たるんでるぞ!」
氷の鬼、鋼の副騎士団長リグリス・ガルシアは今日も声を張り上げる。
軍隊並みの厳しい鍛錬だった。
「なあ、リグリス副団長彼女ができたんじゃなかったのか」
「ああ、相変わらず仏頂面だよな」
「丸くなったっていうのは嘘なのかよ」
新人騎士たちはひそひそと囁きあった。
のろけていたかという噂はどうやら眉唾物の話だったようだ。
「休憩を五分はさんだらもう一度同じ動きを繰り返す! 準備しておけ! あとそこ! うるさいぞ!」
リグリス副団長の怒号に新人騎士たちは肩を震わした。
明日は絶対筋肉痛だ。
「リグリス副団長」
この場に似つかわしくない穏やかなこの声は魔術部隊団長メロス・マーキュリーだ。
彼は長い金髪に赤紫の瞳をもった優男だ。
演習場の扉から顔を出し、小さく手招いている。
「なんだ」
リグリス副隊長は、水分補給をしながら演習場の扉近くまで歩いていく。
その堂々たる歩みは覇者の風格だ。
リグリス副隊長の耳元で、メロス魔術部隊団長が何事か囁いている。
途端にリグリス副隊長の顔色が変わった。
赤くなって青くなった。
なんだなんだと新人騎士たちにどよめきがおこる。
「ここはまかせた」
リグリス副隊長はぽんとメロス魔術部隊団長の肩をたたき、風のように出ていくではないか。
仕方なさそうに練習場に入ってきたメロス魔術部隊団長は淡々と言った。
「では五分経ったということで、さきほどやった流れをもう一度最初からやってみせてくださいね」
この人も、鬼か!
新人騎士たちは心の中で悲鳴を上げた。
…………
『ミリアさんとロキ・アンダーソンが水の神殿に入るのを見たという報告が入ってますよ。彼女リハビリ頑張っているみたいですね』
メロス魔術部隊団長の何気ない世間話はリグリスの心臓をはげしく揺さぶった。
(ふ、二人で!!!みみみみみ密室にだとおおおおおおおおおおおお!!!!!!!)
それはデートか! デートなのか! なぜ私を誘わないのだミリア!!!!
リグリス副団長は悶絶した。
こうしてはいられない。一刻の猶予もない。
そんなムード満点のところでミリアになにかあったらどうしたらいいというのだ。
しかもアイドル顔と評判のロキ・アンダーソンとだと!!
リグリスはすぐさま半休をとった。その足で水の神殿に向かったのだ。
全速前進、最大出力で走った。
彼の通り過ぎたあとにはつむじ風が起きた。
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!ミリアッ!
!!)
リグリス副団長の日ごろの勤務態度ならば半休もすぐに取れるし、彼の脚力とスタミナならば王都内など目と鼻の先だ。




